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記憶力

 緑岩亭のネアスとガーおじの部屋に全員で入っていく。部屋の中ではベッドの上でネアスが静かな寝息を立てている。彼のお腹の上でモラが同じようにいびきをかきながら眠り込んでいる。

「モラもありがとう。もう朝よ、お寝坊さんは置いていくわよ」

 レテの優しい声にモラは反応を示さず、ネアスのお腹の上で二度寝と決め込んだようだ。

「モラちゃんも疲れているようです。ゆっくりしてください」

 アーシャはやさしくモラのお腹をなでる。モラは気持ちよさそうである

「ネアスさんもモラも疲れただけのようですね。私は先に失礼しますね。何かあったらいつでも呼んでください、レテ」

 マリーはベッドの様子を見て安心したようで朝の片付けに向かっていく。

「ありがとう、マリー。朝ごはんは確保してあるから問題ないわ。ネアスがおきたら喜んで食べるかな」

 レテは残しておいた特製野菜サンドとドリンクをテーブルに置く。

「レテ様、私も今日の任務に戻ります。ネアスさんも心配ですがここで私が出来ることはないようなので、お先に失礼します」

 アーシャも騎士団の駐屯地に戻るようだ。

「良い判断ね。でも、用事があって宿まで来たんじゃないの、アーシャ。忘れ物は大丈夫かな?」

 レテが最終確認をするとアーシャがすぐに思い出す。

「昨日の夜に友達にデフォーさんの事を聞いたんです。その話をしようと、忘れていました。レテ様の剣技とネアスさんの事ですっかり頭から抜け落ちていました」

 アーシャはレテの判断を仰ぐ。

「ワシもよくあるから気にしないことじゃ。忘れっぽい者同士仲良くしたいのじゃ」

 ガーおじの発言をアーシャは華麗に無視する。

「そうね。今日もお昼は屋台で食べようと思っているからお昼時にでもあの辺りで会おうか。待ち合わせ場所はどこにしようかな」

 レテが考え始める前にアーシャが答えを出す。

「私がレテ様たちを見つけるので問題ありません。風の加護がありますように」

 アーシャはレテの返事を聞かずに颯爽と去っていく。

「アーシャさんはおきれいです。お近づきになりたいです。ガーおじ様、ご紹介していただきませんか」

 ドロスはアーシャが出ていった扉を見つめている。

「どうしてガーおじに頼むのかな、ドロスさん。上司の私に頼んだほうがチャンスがあるわよ。理由が気になるかな」

 レテは自分ではなくガーおじが選ばれたのが気に食わなかったようだ。ガーおじは逆に喜んでいる。

「レテ殿には頼み事をしにくいのじゃ。何でも貸し借りの話になるから、みんな警戒いているのじゃ」

 ガーおじはさっきの恨みを晴らそうとする。

「アーシャさんが最後にガーおじ様をじっと見つめていたのでお二人には何か関係があると思い、ご相談しました。最初にレテ様に伺うのが礼儀でしたね」

 ドロスは質問に答えるとそっとネアスの額に手を当てる。

「ワシもアーシャ殿の視線は感じていたのじゃ。しかし、ドロス殿の勘違いですのじゃ。理由は……」

 ガーおじが理由を説明しようとするとレテがガーおじの足を蹴っ飛ばす。ガーおじは悲鳴をあげてしまう。

「ガーおじ、いい加減にしなさい。アーシャと約束したでしょ。彼女とは今後一切関わりを持たない。何も話しちゃダメよ」

 レテはアーシャよりも厳しい要求を突きつける。ドロスは聞いてないふりをしてネアスの呼吸を確認している。

「そこまで言われていないのじゃ。デートに誘ったらひどい目にあわせるって言われただけなのじゃ」

 ガーおじはうっかり口を滑らしてしまう。レテは大きなため息をつく。

「ガーおじはいつか取り返しのつかない失敗をするわよ。断られた、断られたって騒ぎ立てられる側の気持ちも理解しなさい」

 レテは穏やかな調子でやさしく諭すようにガーおじに伝える。いつもと違う様子のレテにガーおじはさらにショックを受けてしまう。

「ワシはそこまで悪いことをしてしまったのか、アーシャ殿に謝らないといけないのじゃ」

 ガーおじはさらにとんちんかんな行動に出ようとする。レテが注意しようとするとドロスが先に話を始める。

「ネアス様の体に異常は見られません。目を覚ましされたら、また確認しましょう。それより問題はガーおじ様の方です」

 ドロスはガーおじの方に向き直る。

「ネアス殿は無事か。良かったのじゃ。ドロス殿、ワシの記憶の糸口になりそうなものがみつかったのか」

 ガーおじは期待に胸をふくらませる。

「ドロスさんにガーおじの記憶喪失について相談したかな。覚えてないわね。私の記憶力も鈍ってきたかな」

 レテは神殿でのドロスとの会話を思い出そうと試みる。

「神官見習いの女の子たちからお聞きしました。ガーおじ様は記憶喪失でお困りだと仰っていたとか」

 ドロスはレテの疑問に答える。レテは自分の記憶に問題がないことにホッとする。

「そうなのか、あの女の子たちにも良いところがあるのじゃ。いたずら好きなのはあの年頃だから仕方がないのじゃ」

 ガーおじは彼女たちに感謝する。

「苦いドリンクを飲んだかいがあったわね、ガーおじ。記憶喪失を治す方法、私も興味あるわ。早く教えてくれるかな、ドロスさん」

 レテも興味を示す。ドロスは困った顔つきになり話を始めようとする。

「そうだったわ。ガーおじが記憶喪失について自己紹介をしたわね。思い出したわ。喉の骨のつかえが取れたわ。ドロスさん、ごめんね」

 レテはしっかりとやり取りを思い出せて安心する。

「いえいえ、レテ様が思い出されていたようで私も満足です。記憶とは不思議なものです。私は今でもガーおじ様が記憶喪失の自己紹介をしたとは思い出せません」

 ドロスはウンウンとうなずく。

「ワシも少しずつではあるが記憶は思い出してはきているのじゃ。しかし、まとまりがなくて困っているのじゃ」

 ガーおじは思い出した記憶を整理しようとするが上手くいかないようだ。

「私は記憶喪失ってキーワードで思い出したかな。ガーおじが何回も言うのよね。でも、逆に誰に言ったのかが分からなくなってくるわね」

 レテは誰に伝えたか思い出そうとするが面倒なのですぐにやめた。

「神殿の書物を全て記憶できたのならば楽だとは私も思いますが、それも良きことなのか、悪しきことなのかは分かりません」

 ドロスはガーおじをじっと見ている。

「ドロス殿、どうしたのじゃ。ワシの顔に何か付いておるのか、それともワシの記憶に関して悪い方向でもあるのか?!」

 ガーおじはドロスの雰囲気に違和感を持つ。

「ガーおじはネアスにも裏切るって思われているし、アーシャにも嫌われたわね。残っているのはきれいでやさしくてかわいい私だけ」

 レテはからかうようにガーおじに伝えた後、ネアスの様子を見るためにベッドに近づく。

「レテ様はガーおじ殿を信じているのですか」

 ドロスはきわどい質問をする。部屋の空気が凍りつく。

「ワシがスパイとでも言うのかバカらしいのじゃ。スパイだったらもっとモテているのじゃ。ここまで苦労をしたくないのじゃ」

 ガーおじは疑われていることにショックを受ける。レテが静かに答える。

「ガーおじは確かに怪しいわ。一緒に行動を共にしている理由の一つね。決定打がないだけ、怪しいことはしているかな。今の所は無害だからダイジョブ、ダイジョブ」

 レテは二人を安心させるように答える。

「しかし、アーシャさんに迷惑を掛けています。それはよろしいのでしょうか」

 ドロスはレテに問いかける。

「アーシャは男に慣れていないのよ。私が変な男たちを追い払ってきたからだと思うわ。ガーおじ程度で面倒がっていたら騎士の仕事は続けられないわ」

 ガーおじはレテがかばってくれたのはうれしかったが面倒と言われて複雑な表情になる。

「ガーおじは面倒なだけじゃ。悪いことは考えてないのじゃ、ウザったいかもしれないのは認めるのじゃ」

 ガーおじは素直に自分の非を認める。

「おせっかいのようでしたね。私も神官になる前は女性に声を掛けられて困る事が多かったのです。恋愛より学問の方が好きなもので、誤解を与える事が多かったもので心配してしまいました」

 ドロスの表情が緩み、部屋の空気も和やかになる。ガーおじも元気を取り戻す。

「ガーおじが悪いのは変わらないわよ。私はこういう事に耐性が出来ているから大丈夫だけど普通は気にしちゃうものよ」

 レテはガーおじにまた注意をして、さらに話を続ける。

「アーシャも武術一辺倒だからドロスに似ているかもしれないわね。いろんな事に興味を持ったほうが楽しいと思うけどな」

 レテはそっとネアスの額に触れる。彼女の手の接触に気づいたようで、ネアスは目を覚ます。

「レテ、ここはベッドの上か。そばにいてくれたの」

 ネアスはびっくりしてつぶやく。レテは済まなそうに答える。

「ごめんね。お腹が減ったから先に朝ごはんを食べちゃった。そばにはいなかったかな」

 レテはネアスが目覚めたことで安堵の表情を見せる。

「レテ殿がずっと付き添っていたらワシはうらやましくて嫉妬したのじゃ。これで良かったのじゃ、ネアス殿」

 ガーおじも安心して気を緩める。

「そうか、残念だったけど仕方がない。ガーおじに恨まれたら大変そうだ。裏切られるだけではすまなくなりそうだ」

 ネアスはガーおじをからかうが部屋の空気が変わるのを感じる。

「ネアス様もそう思っているのですね。ガーおじ様は怪しすぎます。これは神官長にも伝えさせてもらいます」

 ドロスは確信を得たようで今後の方針を決定する。

「心配な事があったら上司に相談するのは良いことよ、ドロスさん。神官さんたちもガーおじが何かやらかさないか監視するとこっちも楽だわ」

 レテも一緒にガーおじをここぞとばかりにからかう。ネアスはキョトンとしている。

「ワシはほんわかまったりのシブおじじゃ。記憶喪失だが悪いことは考えていないのじゃ。信じてほしいのじゃ」

 ガーおじは泣きそうになる。

「僕も冗談がへたなのかな。ガーおじは悪い人じゃないよ。僕が保証する」

 ネアスはガーおじを信じている。

「良いの、ネアス。安請け合いはダメよ。ガーおじは記憶喪失なの、そこは忘れちゃいけないわよ。私だって信用したいけど経歴が何もわからないんじゃ仕方がないわ」

 レテはネアスの肩に手を当てる。

「ガーおじ殿はアーシャさんにも嫌われているようです、ネアスさん。この事も考慮に入れるべきではないですか?!」

 ドロスは先程の話を蒸し返す。

「それとこれとは関係ないのじゃ。アーシャ殿に嫌われてのは確かではあるが、ワシが裏切る理由にはならないのじゃ」

 ガーおじは頑張る。

「アーシャさんはガーおじがキライなわけではないよ、きっと。生理的にだめってヤツだと思う。素性とか性格とかは関係ないから参考にはならないさ、ドロスさん」

 ネアスは起き上がって話を続けようとするがレテがそっとベッドに押し付ける。

「ネアス様はもう少し横になっていたほうが良いでしょう。魔力の使いすぎであれば、もうじき良くなるはずです」

 ドロスはネアスの様子を確認しようとする。

「のんびりしてればすぐにもとに戻るから心配しないでね、ネアス。初めてだから不安かもしれないけど、私のアドバイスをしっかり聞けばダイジョブ、ダイジョブ」


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