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危険な男

 緑岩亭の食堂は人気がまばらである。ほとんどのお客は朝食を終えて、それぞれの日課をこなしに行ったようだ。三人は少し遅い朝ゴハンを取っていた。

「ネアスがあそこまで負けず嫌いだとは思わなかったわ」

 レテは落ち着きを取り戻し、マリーの特製ドリンクを味わう。

「私のせいです。レテ様の剣技を見て興奮してしまったんです。レテ様に訓練の成果を見せようと意気込みすぎました」

 アーシャはかなり反省している様子で野菜サンドと特製ドリンクになかなか手が出ない。

「しかし、ネアス殿は大丈夫なのか。マリー殿がドロス殿を呼びに行ってくれたがワシもついていったほうが良かったかもしれないのじゃ」

 ガーおじはそう言いながらも野菜サンドをどんどん口に放り込んでいく。

「私も昔シルちゃんの力を使いすぎた時に倒れた事があったわ。魔力が枯渇しちゃったみたいね。マリーの特製野菜サンドは最高ね。アーシャも今日も仕事があるのよ、とりあえず食べなさい」

 レテはアーシャに上司として命令をする。

「了解です、レテ様。お仕事のために朝食をいただきます」

 アーシャはためらいつつも特製サンドを頬張っていく。

「どんなときでもオイシイ食べ物は良いものじゃ。オイシイのじゃ」

 ガーおじはさらにがんがん口に放り込んでいく。

「ガーおじ、食べ過ぎはダメよ。今日もストーンシールドを背負っていくんでしょ。昨日みたいに気持ち悪くなるわよ」

 レテも負けずに特製サンドを味わう。

「今日は筋肉痛がひどいからストーンシールドには休んでもらうのじゃ。休息も戦士には必要なのじゃ」

 ガーおじはちょっと口に放り込む量を少なくする。

「ストーンシールドって、あの石の盾ですか。ガーおじさんはあれを持ち歩くつもりですか。信じられません」

 アーシャは驚いてしまう。レテはうなずいて同意を示す。

「信じられないわよね。意味が分からないわ。ガーおじは頑固すぎるのよ、年を取ると融通が効かなくなるのかな」

 レテはため息をつく。

「ワシの力を見くびってはいけないのじゃ。ネアス殿のように能ある鳥は爪を隠しているかもしれんのじゃ」

 ガーおじはネアスの風の障壁に感嘆したようだ。

「そうですね。私はネアスさんを見くびっていました。ちょっとだけ脅かせて、試合を終えようとしたんですけど逆の立場になりました」

 アーシャは風の力を思い出して、さらなる訓練の必要性を感じる。

「私がお願いしたのもあるとは思うけどシルちゃんがあそこまで力を貸してあげるとは思わなかったわ。私も実はびっくりしたのよね」

 レテは二人に本音をもらす。彼女の発言に二人は驚きを示す。

「やはり、レテ殿の意図した展開ではなかったのか。精霊の力はすさまじい。人が触れる力ではないのかもしれない」

 ガーおじは食べるのをやめてドリンクを飲みだした。

「ガーおじさんの言うことが分かります。レテ様とシルフィー様と直接手合わせをしたことは今までなかったのですが、実際に戦ってみると精霊の力の凄さがよく分かりました。

 アーシャはもう一度風の力を思い出してしまう。今度は訓練でどうにかなるかと迷いをいだいてしまう。

「二人とも怖がりすぎよ。シルちゃんが人を傷つける事はないわ。ゴブちゃんにだって手加減をしているのよ、だからって甘く見るのはダメだと思うけどね」

 レテは二人を安心させようと説明を続ける。

「シルちゃんが誰かを傷つけたのは見たことないわ。王国唯一の精霊使いの私が言うのだから間違いはないわ」

 レテは自信満々に説明して、オールラ入りの特製ドリンクを味わう。

「それはレテ殿に限っての話じゃ、ネアス殿は違うのじゃ。用心が必要だ」

 ガーおじは声を小さくして二人に伝える。レテは不快な表情を浮かべる。

「ネアスさんもレテ様と一緒で悪いことが出来る人には見えません。ガーおじさん、考えすぎです」

 アーシャの発言にレテは安心した表情を見せる。

「そうよ、アーシャの言う通り。ネアスが悪人だったら王国の人たちはほとんどが悪人よ。ガーおじはヒドイことを考えるわね。じょうだんよ、じょうだん」

 レテは雰囲気を和らげようとガーおじをからかう。ガーおじはそれを気に留めずに話を続ける。

「ネアス殿は悪人ではないのじゃ。しかし、苦労は人を変える。間違った方向に進む可能性がある。その時に精霊が彼の求めに応じれば答えは明白だ」

 ガーおじは真剣な顔でレテを見つめる。

「私がネアスの性格がネジ曲がるほどの苦労をさせるって言うの、ガーおじ。あんまりヒドイことばっかり言うと本気で怒るわよ」

 レテもガマンが限界を迎える。アーシャはレテの怒りに触れたくないのでドリンクをひたすら飲んでいる。ドリンクはすでに空になっている。

「レテ殿は人を信じすぎるのじゃ。ネアス殿が隠し事をしているかもしれないのじゃ。実は故郷に恋人がいるかもしれないのじゃ。ワシらは騙されているかもしれない。モテないのはワシだけかもしれない。ネアス殿はかわいい女の子を出会い過ぎなのじゃ」

 ガーおじは自分のいない間にネアスに出会いがあったことをひがんでいたようだ。

「油断大敵なのじゃ。思い出してきた。ワシはいつも騙されていたのじゃ。そのせいで最後の大事な時に失敗をしたのじゃ」

 ガーおじは必死に大事な記憶を取り戻そうとするがこれ以上は頭に浮かんでこない。

「僻みね。確かにガーおじはネアスにだまされたかもしれないわね。ネアスは悪人ね、ガーおじの言う通り?!」

 レテは笑顔を取り戻して話を続ける。アーシャは様子を見ている。

「ガーおじがいない間にネアスはラーナにずっと抱きつかれていたわ。さらにアーシャともデートの約束をしたのよ」

 レテは自分の自慢話をしているようだ。

「なんと、アーシャ殿。その事は昨夜一言もワシにネアス殿は言わなかったのじゃ。ワシの勘は鋭い、秘密はあったのじゃ」

 ガーおじは真実を突き止める。

「デートしても良いですよって言っただけです。約束はしていません、レテ様」

 アーシャは急いで訂正をする。

「そうだけど、ネアスはデート出来るかもって思ったのかもしれないわね。だから、さっきはあんなに頑張ったのかも」

 レテはアーシャをからかう。アーシャは困ってしまう。

「ワシもデートをしたいのじゃ、アーシャ殿。アーシャ殿とデートをしたら記憶が戻るかもしれないのじゃ。かわいい女の子とデートがしたいのじゃ」

 ガーおじは便乗してアーシャをデートに誘う。

「イヤです。一緒に歩いているのを誰かに見られたら恥ずかしいです。言い訳が思い浮かびません。好きって勘違いされたら困ります」

 アーシャは即座に断り、安堵の表情を浮かべる。レテはそのやり取りを見て、大笑いをしてしまう。

「断られた。人の告白が断られるのを初めて目撃したわ!」

 レテは笑いながら感想を述べる。今度はガーおじが不快な顔つきになる。

「レテ殿は性格が悪いのじゃ。ネアス殿も秘密があったのじゃ、信用できない」

 ガーおじは不信感をあらわにする。

「レテ様もネアスさんも悪い人ではありません、ガーおじさん。今日は疲れているんですよ。どこか調子が悪いとことはありませんか」

 アーシャはデートの誘いを断ったきまずさでガーおじを気遣うふりをする。

「全ては私のアドバイスに従わないでストーンシールドを買ったのがいけないなかったのよ。そのせいで採石場にいけなかったんだから、自業自得よ」

 レテの笑いはまだ収まらない。

「ストーンシールドは役に立つのじゃ。それは譲れないのじゃ。アーシャ殿、誰にも見つからないように夜にデートをしてほしいのじゃ」

 ガーおじはアーシャの優しさを勘違いする。

「無理です。今度デートに誘ったら、容赦しません」

 アーシャは壁に立てかけてある槍を見る。ガーおじも同じ方向を見て確認したようだ。

「ガーおじ、二回目はダメ。捕まっちゃうわよ」

 レテはさらに大笑いをしてしまう。

「アーシャも勉強になったわね。こういうタイプの男にやさしくするとつけあがるのよ。貴族の男によくいたわ。うざい、うざい」

 レテは笑いがなかなか収まらない。

「理解しました、レテ様。以後気をつけます」

 アーシャはガーおじを睨みつけデートに誘われないように警戒をする。

「申し訳ないのじゃ、アーシャ殿。ワシはやさしさを理解していないようじゃ。ワシも勉強になったのじゃ」

 ガーおじは言い訳をするがアーシャは念押しにもう一回睨んでからレテに視線を向ける。

「ネアスさんは絶対精霊使いの資質があります。レテ様もそう思って一緒に行動をしていたんですね。精霊使い同士で感じる事があるのですか?!」

 アーシャが興味津々でレテに問いかける。レテは一瞬ためらいを見せるが質問に答える。

「精霊使いの素質があるのかな、私にも分からないかな。今回のネアスの場合は精霊に使われているって感じだったわ。私もシルちゃんを使っているわけじゃないんだけど、説明するのは難しいかな」

 レテはうまく説明出来るように頭を整理しようと目をつぶって集中する。ガーおじはレテの言葉で真剣な顔に戻る。

「精霊に使われるか。やはり危険が伴うようだ。ネアス殿にはしっかりとワシから説明をしておくので安心すると良い」

 ガーおじはネアスに精霊を警戒するように伝えるようだ。

「どうなんでしょう。私もガーおじさんもケガ一つないです、ガーおじさんなんて壁にぶつけられたのにピンピンです」

 アーシャはガーおじの意見に反対のようだ。

「シルちゃんがクッションを作ってくれたのよ。シルちゃんが良い子なのは確かなこと。今はそれで充分よ。ウィルくんは反応が薄いのよね、ウィルくん」

 レテがウィルオーウィスプに呼びかけると小さな光が灯る。朝の光にかき消されそうである。

「ウィルオーウィスプか。レテ殿は他の精霊とも契約をなさっていたのか。ガーおじは何も知らないのじゃ」

 ガーおじは悲しそうに小さな光を見つめる。

「ウィルくんですか。私も初耳です。いくつもの精霊と契約を出来るものなんですね。レテ様しか精霊使いはいないので情報が少ないです」

 アーシャは不思議そうに小さな光を見つめている。

「夜の王都でフラフラ光が動いていたから気になって後をつけたら、ウィルくんが寄ってくたのよ。図鑑をみたらウィルオーウィスプの特徴に似ていたわ。王都の図書館の古い書物を読む機会があるとは思ってもみなかったわ」

 レテはウィルくんにお礼を言うと光が点滅した後で徐々に消えていく。

「かわいいです、ウィルくん。挨拶ですね、ありがとうございました」

 アーシャは光が消えた場所に手を触れるが何も感じる事はなかった。

「王都には図書館があるのか。ワシの記憶に関係ある事があるかもしれない。次はそこに行ってみたい」

 ガーおじは王立図書館に興味を示す。

「意外ね、ガーおじが図書館か。でも、ウィルオーウィスプを知っていたみたいだし博学なのかな。人は見かけによらないわね」

 レテは最後の特製ドリンクを飲み干す。そこにマリーがドロスを連れて宿に駆け込んでくる。

「レテ様、遅れました。ドロスさんの準備が遅くて、申し訳ありません」

 マリーはヨレヨレの神官服を着ているドロスを無理やり宿の中に押し込む。彼は眠たそうだ。

「すみません。昨日は遅くまで呪いの書物を読み漁っていたもので。ネアスさんが倒れたそうですね。さっそく私の出番です」

 ドロスはパンパンのカバンを叩きながら三人の方に向かってくる。

「二人ともありがとう。みんなでネアスの所に行きましょう」


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