訓練は大事
緑岩亭の食堂にはマリー特製の朝食を食べるために多くの人たちが集まってくる。皆、おいしそうに野菜サンドを頬張り、今日の仕事に備える。一方中庭ではネアスがレテに無謀な勝負を挑んでいた。
「先手必勝!」
ネアスは道場の教えを唱え、レテに向かって突っ込んでいく。
「悪くない教えだね。君の勝機はそれだけしかないわ」
レテはゴブジンセイバーを剣先で受け流し、足払いをする。ネアスは地面に倒れ落ちそうになるが、レテがシルフィーの力でやさしく受け止めてあげる。
「私の勝ちね。真剣で私に向かってくる意気込みは認めるわ。でも、実戦で戦うにはまだ早いかな」
レテは剣を収めてネアスにケガがないか確認しようとする。そこに女性が声を掛けてくる。
「レテ様、流石です。剣の腕も衰えていないです」
アーシャが感動で目を輝かせて、宿の中庭へと入ってくる。
「アーシャ、おはよう。集中しすぎたかな、それともアーシャが上手く気配を消していたのかな」
レテはアーシャの存在に気づかなったのが不満のようだ。
「アーシャさん、おはようございます。情けない姿を見せています」
ネアスはシルフィーに支えられながら剣を収めて、体を安定させようともがいている。
「レテ様、ネアスさん、おはようございます。朝からレテ様の剣技を拝見できて感激です 。ネアスさん、ありがとうございます」
アーシャはネアスを助けてあげようとする。
「全部シルちゃんに任せれば良いのよ、ネアスくん。変に動くからシルちゃんが困っているわ。リラックス、リラックス」
レテはちゃんとアドバイスをする。ネアスが力を抜くと彼の体は自然ともとの立ち位置に戻っていく。
「ありがとうございます、シルフィーさん。僕は余計な事ばかりします。アーシャさん、おはようございます。朝からお仕事大変ですね」
ネアスはシルフィーの風が収まっていくのを感じる。
「真剣で勝負を挑まれるとは思わなかったわ。普通は木の剣で試合をするものよ。集中しないとケガしちゃうわ」
レテはネアスにケガがないようで安心したようだ。
「そういえばそうだね。僕の剣は切れ味悪そうだけどレテの剣で切られたら大怪我したかもしれない」
ネアスはのんきにつぶやく。
「レテ様の精神を集中した顔、かっこよかったです。久しぶりに見ましたが惚れ惚れしました」
アーシャはレテの顔つきを目に焼き付けたようだ。
「本当に久しぶりよね。副騎士団長と試合をしたのが最後だったわね。あれ以来、精霊術の訓練に時間を割くようになったのよね」
レテは腰の剣を抑えつつ、アーシャの質問に答える。
「どっちの勝ちだったかは聞く必要はない。レテの勝ちだよね」
ネアスは自信満々に予想を述べる。
「正解、私の勝ち。訓練不足の副騎士団長には負けないわ。実力はあるけど
あれだけサボったら弱くなるわ」
レテは一応近くまで行ってネアスにケガがないか確認しようとする。
「すごい試合でした。私もいつかはレテ様と真剣勝負をしたいです。それまでに槍の腕前を磨きます」
アーシャは背中の槍を手に取りブンブン振り回す。
「アーシャ、ここは狭いから危ないわ。使うなら剣にしなさい」
レテはネアスの様子を見つつ、興奮しているアーシャに注意する。
「申し訳ありません、レテ様。以後気をつけます」
アーシャは槍を背中に戻し、腰の剣を抜くとピュンピュンと振り回す。
「アーシャさんは行動的な方ですね。僕とは正反対だ」
ネアスは中庭のはじのほうに逃げていく。レテも一緒についていく。
「アーシャのスイッチが入っちゃったみたいね。しばらくは武器を振り回しっぱなしよ。よくあることだから気にしないことよ、ネアス」
レテはいつも困っているようだ。
「武術の事になると熱くなってしまうんです。自分でも理解しているのですが止めることが出来ません」
アーシャはステップを踏みつつ剣を突き出す。
「アーシャさんの方が剣術ならレテより強いかもしれない。すごい軽やかな動きだ」
ネアスは迂闊な事を口に出してしまう。
「どうなのかな。私とアーシャで試合をしたら、どっちもケガをするのは確実よ。そこまでして実力を確かめる必要はあるのかな」
レテも実力差は気になるようだがリスクが気になる。
「神官さんに傷を直してもらえます。貯めに貯めた私のララリを使えば二人分の治療代は楽勝です」
アーシャは感謝の笑みをネアスに向ける。ネアスはまた顔を赤くしてしまう。
「ララリは大事。そんな事に使ったらダメ、アーシャ。あなたも女の子なんだからアクセサリーとかに使ったら良いのよ」
レテは自分の髪飾りに手を触れる。精巧な細工が施されてある。
「その髪飾りはレテにぴったりだ。でも、ララリが吹っ飛びそうだ」
ネアスは自分のカバンに手を触れてみる。しっかりとララリの感触がする。
「お似合いです。どこでお買い求めになったんですか、レテ様。私が騎士になった時には身につけていらっしゃいましたよね」
アーシャも髪飾りの事が気になっていたようだ。
「王都のアクセサリーショップよ。個人が制作した一点物。職人さんの名前は覚えていないけど、この蝶の細工が気に入ったの」
レテは髪飾りを外して手のひらに載せて二人に見せてあげる。
「アクセサリーショップ?僕の田舎では聞いたことのない言葉だ」
ネアスはのけぞってしまう。
「あのお店ですね。ネアスさんの言ったように私の貯めに貯めたララリが吹き飛びます」
アーシャは近くで髪飾りを見ている。
「私のララリだって吹っ飛んだわよ。いつも節約しているから大きい買い物が出来るのよ。無駄遣いは厳禁、ストーンシールドとかケガの治療なんてもってのほかよ」
レテはその場にいないガーおじのことまで注意をする。
「私にアクセサリーは似合うでしょうか。どうなんでしょう」
アーシャはレテと試合をしたい気持ちを捨てきれない。
「アーシャさんのリボンも似合っていますね。長い髪を束ねているのがステキです」
ネアスはアーシャが凹んでいると思って、ほめることにした。
「そうですか、似合っていますか。あんまり気にしたことないです」
アーシャは試合の事が頭から離れないので適当に返事をする。
「ネアスは長い髪の方が好きなんだ。私は動きやすいようにアーシャよりは短めね。ふーん、リボンね」
レテは髪飾りを元通りに場所につける。
「レテ様はその髪型が一番似合っています。私は短くすると似合わないです」
アーシャは黄色のリボンを触りながら、レテの髪飾りを見つめている。
「僕の好みなんてどうでも良いさ。二人ともすごく似合っているよ」
ネアスは頑張る。
「そうよね。自分の感覚が大事。しかも、似合っているならさらに良いわ。ネアスは良いことを言うわね」
レテはリボンを今度買ってみようか考えている。
「せっかくの機会だからアーシャさんとも手合わせをしてみたい。お願いします」
ネアスはアーシャの槍の腕前が気になってきたようだ。
「私は構いません。私の槍さばきをお見せします」
アーシャは庭の端まで素早く移動し、槍を構える。
「ケガはしないようにしてね。二人とも、ララリは大事、大事」
レテは精神を集中して不測の事態に備える。シルフィーのふんわりとした風が中庭全体を包み込む。
「勝ち目はないけど、何事も体験することが大事さ。シルフィーさん力を貸してください」
ネアスは実力では勝てないことを知っているので精霊に願いを込める。
「シルフィーさん、ネアスさんを手助けしても問題ありません。その方が試合を楽しめそうです、いきます」
ネアスが剣を構えるとアーシャがすぐさま槍で牽制をする。
「早い、アーシャさん。剣では届かないし」
ネアスは今回踏み込むことが出来ない。アーシャは槍を頭上で振り回して、わざと隙きを作る。
「シルちゃん、どうしようか。力を貸してあげないと勝負にもならないね。でも、私はお願いしないわ。シルちゃんの好きにするといいわ」
レテの問いかけにシルフィーが応じる。
ネアスの周囲に風が集まっていく。風が大きな唸り声を上げるように周囲の雑音を消し去っていく。ネアスの周りに風の障壁が全方位に出来上がる。
「風の壁ですか。初めて見ます。レテ様、流石です」
アーシャはもう一度、中庭の端に移動してネアスの動きに備える。
「これがシルフィーさんの力。レテ、ありがとう」
暴風は静まり、宿のざわめきも聞こえるようになる。
「シルちゃんはネアスに甘すぎるわ。あそこまで過保護にすることはないと思うけど、自由にしてって言ったのは私なんだけど?」
レテは思っていたよりもシルフィーが力を発揮したのでびっくりする。
「ネアスさんが来ないのならば、攻めます」
アーシャはためらいなく槍を正面に構えて突進する。ネアスは全く反応できない。
「当たる?!」
ネアスは悲鳴のような声を上げる。レテも焦ってシルフィーに呼びかけようとする。
「覚悟です。ネアスさん、シルフィーさん」
アーシャの槍が風の障壁にぶち当たる。金属音が周囲に鳴りひびく。彼女の槍は風の壁の中にすこしだけ入っていくがそれ以上進むことが出来ない」
「風が槍にまとわりついてきますね、変な感じです!」
アーシャは必死にこらえるが風の力が彼女の槍に伝わって彼女の体を地面に押し付けようとする。アーシャは悲鳴を上げるが意地でも地面に倒れない。
「ネアス、シルフィー、アーシャ?おしまい、おしまい」
レテは危険を感じて二人と精霊に試合の終わりを告げる。
「私の負けです。くやしいですがネアスさんの勝ちです」
アーシャは体の力を弱めて地面に倒れ込む。シルフィーの風も同時に弱まりアーシャをやさしく包み込む。
「これが精霊の力!恐ろしいのじゃ」
隠れて見学していたガーおじが驚きの声を上げる。レテは気づくが二人の様子のほうが気になるようである。
「ネアス、シルフィーの勝利。良かったわね、ネアス。どうしたの、何で黙っているの?」
ネアスはその場から動かずに呆然と立ち尽くしている。アーシャも疲れ切って立ち上がろうとしない。
「ネアス殿、しっかりするのじゃ。ガーおじじゃ。ほんわかまったりのシブおじじゃ」
ガーおじは風の障壁に近づいていく。彼が手を触れると壁が風を巻きおこる。その暴風でガーおじはふっ飛ばされる。
「ガーおじ、大丈夫。ネアス、シルフィー、やめなさい。お願い!」
今度はレテが風の障壁に手を触れようと歩いていく。
「レテ様、危険です。対策を考えましょう」
アーシャも異変を感じて、頑張って立ち上がる。
「私の言うことを聞かないわけがないわ、ネアスもシルフィーも何をかんがえているのかな。後でたっぷり教えてもらうわ」
レテは風の障壁の前に立つ。ガーおじも立ち上がりレテを止めようとするが間に合わない。彼女がやさしく手を触れると風の壁は穏やかな風になり、上空へと舞い上がっていく。
そして、ネアスは静かに地面に倒れ込む。
「当然よ。ネアス、朝食の時間。早く起きるのよ」
レテはネアスのそばに駆け寄っていく。




