運命
緑岩亭では客たちは家路に着くか自分の家に帰る人々が増えて、食堂は徐々に人気を失いつつあった。マリーが四人におかわりと特製ドリンクを運んでくる。
「私たちもこれがラストオーダーだから安心してね、マリー。遅くまでありがとう。そろそろ私たちも切り上げよっかな」
レテはデフォーに目を向ける。
「石版は充分調べさせてもらいました。片手間で調査出来る品ではない事がよく分かりました。年代も古いもののようです」
デフォーは名残惜しそうに石版の調査を終える。
「僕はデフォーさんと出会い、レテにも出会った。そこでガーおじと会って、ゴブジンセイバーを手に入れた。その後、石版を見つけた。全部偶然が重なったのか」
ネアスはいろいろな事があったなあと感じる。
「ネアスさんはレテ様と出会ったのが一番の幸運よ。偶然だとしてもそれが大事な事だと私は思うわ」
マリーが意見を述べるとレテはウンウンとうなずいている。
「ワシはネアス殿に助けてもらって良かったのじゃ。レテ殿一人に助けられていたらひどい目にあっていたのじゃ。ワシには分かるのじゃ、からかっているわけじゃないのじゃ」
ガーおじも真剣な顔で話す。ネアスはレテの反応を急いで確認する。彼女は不機嫌にはなっていないようだ。
「ガーおじは口答えばかりするのがイケナイのよ。確かにガーおじの言う通りね、私とガーおじだけだったかもしれないと思うとゾッとするわ」
レテが今度はガーおじをからかっている。マリーもウンウンとうなずいている。
「人には相性があります。私にも苦手な冒険者仲間はいます。仕事の時は集中しているから良いのですが、分前の話になるともめますから大変です」
デフォーはかつての冒険を思い出しているようだ。
「僕の苦手な人か。選り好みを出来る立場でもないし後で考えてみようかな。ここにいる皆さんは良い人だけでありがたい」
ネアスはしみじみと他の人たちの顔を見る。レテと目が合うと赤くなってしまう。
「ネアスはかわいい女の子を見るとすぐに赤くなるわね。彼女が出来た時にそんなんだとケンカになるわよ。今のうちに直しておきなさい、私はきれいでやさしくてかわいいから許してあげるけどね」
レテはネアスから目をそらさないで彼の反応を楽しんでいる。
「ネアス殿は浮気をしないのじゃ。ガーおじが保証するのじゃ、彼女が出来るかは分からないのじゃ。ワシのように生涯独身じゃ」
ガーおじは自分の言葉に傷ついてしまい、特製ドリンクをがぶ飲みする。
「浮気する男なんて最低です。レテ様はそういう事をしない人を選んでください。私は一度痛い思いをしましたから、注意しています」
マリーは男性に裏切られたようだ。
「冒険者は浮気者が多い。偏見ではなく私の経験上の意見です。旅が多くなると出会いが多くなるのが問題なのかもしれませんな」
デフォーは苦労した冒険者たちの事を思い出して、その顔から笑みがこぼれる。
「マリーの言う通りよ。浮気したら全部オシマイよ。きれいでやさしくてかわいい私でもこれは譲れないかな。注意するのよ、ネアスくん」
レテはネアスの目を見続けている。ネアスは限界を迎えつつあり、汗が吹き出してくる。マリーもネアスの反応を楽しみ始める。
「ネアスさんが浮気をしたら一瞬でバレますね。すぐに顔に出ます。絶対に浮気はしないほうがよいですよ。リスクが高すぎです」
マリーも自分で作った特製ドリンクをグビグビと飲んでいる。
「デフォー殿、石版について新しい発見はあったのですか。大神殿の守り人の続きはあるようなのですかな」
ガーおじはからかわれているネアスが不憫になって真面目な話題に変えようとする。
「私にもそれ以上は分かりません。文字がかすれすぎていて判別できません。何も手がかりがない状態です。申し訳ありません」
デフォーは深々と頭を下げる。
「手がかりですか。剣について刻んであったりしませんか。このゴブジンセイバーの秘密が刻んであったらうれしいです」
ネアスはレテから目を離そうとするが決心がつかずにテーブルの上にゴブジンセイバーをそっと乗せる。
「ゴブジンセイバー。ネアスの宝物よね、すごい力が秘められていると良いね。どんな力がお望みですか、ネアス」
レテもネアスの目をさらにじっと見つめる。
「ゴブジンセイバーですか。先程もお聞きしましたがこの剣がそうですか。古い剣のようです。見せていただいてもよろしいですか」
ネアスがうなずくとデフォーは剣の鞘からじっくりと調べ始める。
「ゴブジンセイバーって変な名前ですね。レテ様、ネアスさん、私にも教えてもらってもよいですか。気になってきました」
マリーも剣の名前に引かれたようだ。
「ゴブちゃん神官にもらった剣よ。そのせいでネアスは味がしなくなる呪いにかかっちゃったのよね。それ以外は私たちも知らないわね」
レテは答える
「ワシらは選ばれたとか言っていたのじゃ。これも運命なのかそれともタダの偶然なのか、ワシにはわからんのじゃ」
ガーおじも剣に触れてみようとするがやっぱりコワイようでさっと手を引いて、デフォーに任せることにした。
「呪いの剣ですか、なんだかコワイです。冒険者なんですね、ネアスさんも意外と度胸があるんですね」
マリーは感心したようだ。その間もデフォーは丹念に剣を調べている。
「言葉を理解できるゴブちゃんがいるなんて私も知らなかったわ。世の中は広いわね。ゴブちゃんが剣を作るなんて信じられないわ」
レテもゴブジンセイバーを見てみる。
「ゴブリンの神官ですか。そちらも気になりますが私は目の前の事に集中させていただきます。なかなか興味深い剣です」
デフォーは立ち上がり、マリーに許可を取ってから剣を抜き放つ。レテの目には何も変哲のない刀身に見える。
「出来の悪い剣には見えないけど、どうなのレテ。僕は剣に詳しくないんだ」
ネアスはレテに質問をする。
「至って平凡な剣かな。素晴らしい名剣には見えないわ。ゴブちゃんたちの中ではスゴい剣なのかもしれないわよ。ゴブちゃんって棍棒を振り回しているのしか見たことないのよね」
レテは率直な意見を述べる。マリーもレテに賛成しているようだ。
「見た目だけで判断するのは早計なのじゃ。凄まじい呪いの力が刀身に宿っているかもしれないのじゃ。危険な剣かもしれない、油断は禁物なのじゃ」
ガーおじはゴブジンセイバーの呪いをとても警戒している。
「呪いを掛けたのはゴブちゃん神官よ。剣自体に呪いがあるって言い方じゃなかった気がするけどな。ガーおじも勘違いしないように気をつけたほうが良いわよ」
レテはネアスを見ながらガーおじに注意をする。デフォーは刀身の観察を終えて、ネアスに剣を返す。
「ネアス殿、ありがとうございました。今日はめずらしいものを二つも見せていただきました。あなたにアドバイスしたことで私が一番得をしたようです」
デフォーは今日の成果に満足したようだ。
「僕の方こそデフォーさんのお役に立てて嬉しかったです。いつかデフォーさんやユーリさんのような頼りにされる冒険者になりたかったんです」
ネアスはデフォーを見てお礼を述べる。レテは視線を外されたのでちょっとだけ不機嫌になる。
「私に会った時は神官になるって言っていたわね。一度は冒険者の夢は諦めたんだよね、ネアスくん」
「でも、レテのおかげで冒険者を続けられそうだよ。やっぱりレテは僕の幸運の女神様だ。レテと出会ってからこの剣と石版を手に入れたからね」
ネアスは心底うれしそうに説明をする。
「レテ殿はワシにとっては女神様なのじゃろうか。どうなのか、女神様……」
ガーおじは女性二人の冷たい目線に気づきそれ以上の言葉を続けないことにした。賢明である。
「冒険者に最も必要な事は運と言われる事があるくらいです。ネアス殿はレテ様を一緒におられるのは良いでしょう。また、私もめずらしい物が拝見出来ます」
デフォーは冗談めかしてレテとネアスに伝える。
「そうよ、ネアスと私は一緒にいることが大切なのよ。デフォーさんは短時間で理解できたようね。ガーおじとの違いは長年の経験の違いね」
レテは機嫌が治って、おかわりをささっと食べ終える。
「レテに愛想をつかされないように頑張らないといけない。何を頑張れば良いのかさえも分からないけど」
ネアスはガーおじに救いを求める。しかし、ガーおじも何も思いつかない。
「私はきれいでやさしくてかわいいのよ。そう簡単には見捨てないから安心してね、ネアス。ガーおじはどうか知らないけど」
「浮気はダメですよ、ネアスさん。私は片付けに戻りますからゆっくりしていてくださいね。ずいぶんと話し込んでしまいました」
マリーは急いで片付けの手伝いに向かっていこうとする。
「今日は手伝ってくれて本当にありがとうございました。明日から友達にアルバイトを頼むので安心してくださいね」
マリーは振り返る。
「エプロンありがとう、マリー。私も今日は楽しかったわ。アルバイトか、今度はどんなお仕事をやってみようかな」
レテがエプロンをマリーに手渡す。
「良かったら、このエプロンあげよっか。洗った後にお渡ししますね、レテ様。アルバイトの記念にどうぞ」
マリーはエプロンを受け取る。
「ありがと、マリー。特製ドリンクを作る時に使わせてもらうわ。必ず成功間違いなしよ。マリーのお店のエプロンを使って失敗は出来ないわ」
レテも残しておいた特製ドリンクに手を出す。
「デフォー殿、ゴブジンセイバーをどう感じますか。ワシは手に触れる気がしないのじゃ。何かとてつもない力を感じるような、タダのガラクタのような気もするのじゃ」
ガーおじの発言にネアスは裏切られた感じがした。
「ガーおじ、ガラクタは言いすぎよ。タダのゴブちゃんの剣でたいした力は感じない、至って普通の剣って表現にしておくべきよ」
レテも失言をしてしまう。
「魔法が込められた剣ではないはずです。私も冒険者を長くやっておりますから、祝福や呪いを受けた剣かは判別出来ます」
デフォーはネアスにあっさりと伝える。ネアスの心はボロボロである。
「ゴブリンの神官さんも祝福であり、呪いでもあるって言っていた。でも、ウソだったのか。ゴブリンの言う事なんて信用した僕がバカだった」
ネアスはヘコむ。
「ウ~ン。その言葉は君に掛けた呪いの話でゴブジンセイバーについてじゃなかったわよ。私は記憶力が良いから覚えているわ。落ち込むのはまだ早いわよ」
レテは落ち込む男の子を励ましてあげる。
「そうじゃったかな。ワシは覚えていないのじゃ。記憶喪失でしかも記憶力も悪いとはワシも将来が不安になってくるのじゃ」
ガーおじも落ち込んでしまう。
「役割分担よ。覚えるのは私の仕事よ。二人は私の記憶力に疑いを持たなければ良いの。簡単なことよ。難しく考える必要はないわ」
レテはガーおじもついでだから励ましてあげる。
「封印が施されている可能性もあります。いや、そんな剣は私も見たことも聞いたことがありません。しかし、言葉を話すゴブリンが存在するとは私も知りませんでした。この事は内密にしていたほうがよろしいでしょうか、レテ様」
デフォーがレテに助言を求める。
「どうなのかな。王国の人たちにむやみに話すのは良くないと思うけど、警戒の意味で冒険者さんも知っておいたほうが良いのかな」
レテも判断に迷っているようである。
「そうなんだね。人も話が出来るからゴブリンが話をしてもおかしくないと思っていたよ。だから僕はすぐにだまされるのかな」
ネアスはさらにヘコむ。
「ネアス殿は素直すぎなのじゃ。疑いを持つ心を持てとは言わないが、怪しい時はきちんとレテ殿に相談するのが良いのじゃ。ワシを頼りにしても良いが、記憶喪失のおっさんを信頼しすぎるのはどうかと思うのじゃ」
ガーおじは久しぶりに真面目な回答をする。
「ダイジョブ、ダイジョブ。ガーおじは裏切るのよ。ほんとにガーおじは記憶力が悪いわね。裏切って、私の説得で正義の心に目覚めるのよ」
レテの発言にデフォーはポカンとしてしまう。ネアスは恥ずかしそうに弁解をしようとするがレテがさらに言葉を続ける。
「素直な事は良いことよ。年を取るとガーおじみたいにひねくれてくるのよ。若い私たちは素直にしているのが一番よ」
「レテ様のおっしゃるとおりです。年を取ると疑い深くなってくるものです。ネアス殿は気になさらないことです」
デフォーもネアスの素直さを気に入っているようである。
「ゴブリンについては私の信頼している人のみに伝える事に致します。我々冒険者も警戒は必要です。よろしいでしょうか」
デフォーはレテに提案する。
「任せるわ、デフォー。もともと冒険者は騎士団の管轄外。自分たちの身は自分たちで守ってもらうわ。みんな、ゴブちゃんに興味はないでしょ」
レテもゴブリンにたいした興味はない。
「ありがとうございます。今日は有意義な話が出来ました。私もしばらくこの街に滞在する予定なので、何かありましたら、どうぞご遠慮なく。明日以降はどこか安い宿にいるとは思います」
デフォーは立ち上がり、三人に丁重にお礼を言って宿を去っていく。
「デフォーに風の加護がありますように。今日は私たちも早く眠りましょうね。ネムネム、ネムネム」