ガーランド
おだやかな昼。食事の後で眠くなる時間。レテとモラとネアスの二人と一匹は謎の男に向かってのんびりと歩いていく。モラはレテの胸の中でお昼寝中。
「 よく寝た、よく寝た。ここはどこだ」
男性は目を覚ます。目ざとく二人を見つけ、あちらも声をかけようと近寄って来る。
「警戒してね。ネアス、敵か味方かわからないわ。武器は持ってないはず。でも、しばっておけば良かったかな。久しぶりのお出かけだから油断したわ」
レテはささやく。ネアスが前にでる。
「こんにちは。貴方は何者ですか。僕と彼女とお昼寝中の子で貴方を助けました。ゴブリンが穴に積み上がっているのが見えると思います。僕達は敵ではないですよ」
ネアスは説明口調で話しかける。
「そこまで警戒しなくても良いのに。シルちゃんで一発よ。あんなおじさん。もう一度眠ってもらおうかな。痛くならないように努力するわ。二回目だし、ダイジョブ」
レテは自分に言い聞かせるように話し、手を掲げる。
「そうか、お主らが助けてくれたのか。感謝します。ワシはそう、あれだ、あれ。何者かだな。人だな。中年の男性のようだな」
男性は危険を察知して足を止める。レテは不快感をあらわにして、おでこに指を当てる。
「だめそうね。怪しすぎるわ。帝国のスパイ。まさか、あんなぼんやりした男が王国に来てなにをするのよ」
レテはブツブツひとり言をつぶやきながら、考えをまとめる。
「スパイ!憧れの職業だね。本当にスパイなら話を聞いてみたいな。今度の仕事に良いかもしれない」
ネアスがレテに話しかける。
「ひとり言が多い私もわるいけど、あっちにも聞こえちゃうよ。空気よんでね。お願い、ネアス」
レテのひとり言の多さは王都では有名である。
「待ってくれ。何じゃ、この風は?わしにぶつける気か。頼む話を聞いてくれ。思い出す、思い出す。思い出せない。何故じゃ。わしは何者だ。教えて下さーい」
レテの前方にできた竜巻で、男性はパニックをおこしてしまう。
「ネアスは耳良いよね。シルちゃんの力で私の声は聞き取りにくいはずなのにな。頑張って小さい声で話しているつもりだし、面倒だしやっちゃおっと」
風のさなかで言葉を続ける。レテは男性をぶっ倒そうと気持ちを固める。
「耳が良いのは僕の唯一のとりえさ。こんなところで役に立つなんて思っても見なかった。いやいや、そうじゃない。あのおじさん、かわいそうだよ。話聞いてあげようよ。だめかな」
「面倒なこと嫌いなの。君が全部話を聞いて、責任とってよね。私には迷惑かけないでね。約束できるかな、ネアスくん」
レテは口に指をあてて、つぶやく。
「責任か。悪者には見えないし、わかった。任せて、レテ」
返事を聞くとレテはシルフィーの力を抑え、腰の剣に手を当てる。
「ネアスに感謝しなさい。話を聞いてくれるそうよ。怪しいおじさん」
レテは警戒している。
「ありがとう、ありがとう、ネアス殿。本当にありがとう。そなたは命の恩人だ。ゴブリンからだけでなく、怪しげな竜巻からも助けてくれた。この恩は一生わすれない。永遠にじゃ」
男性は地面に目を向ける。
「気にしないでください。あまり時間はかけない方が良いようなのでなにか思い出せることはありませんか」
ネアスは男性に問いかける。
「その言い方良くないよ。私おこってないし、そんなんだからモテないのよ。こういう時の言動が大事なのよ、ネアスくん」
ネアスは女の子の不機嫌にはなれている。モテたこともないし関係ない。
「思い出さねば、思いなさねば。そう思うのを思い出せない。あー、今日は良い天気だ。こんなには洗濯日和だ」
男性はさらに焦りだしてしまう。
「落ち着いてください。レテは僕が出会った中で一番やさしい女性です。待っていてくれるようです。ご自分の服を見てはどうですか」
ネアスはとりあえず褒めてみる。
「当然よ。私はだれよりもやさしい。悪口だってほとんど言わない」
レテは笑みを浮かべる。
男性は服を見て、触りだす。なにも思い出せない。彼の服は王国でよく見かける簡素な布製だ。彼は服にさわっているうちに指の感触の違いに気づく。右手の人差し指の指輪に目をつける。
「思い出した。名前だ。ワシの名前だ」
男性はレテを見る。
「ワシはガーランド・ヴィルヘルム・ローラン・グラン・ランスロー・ギルダガド・ゼピウス・スティーブンソン・トーラーキング・アナストテタシア・マッキャンビーじゃ」
ガーラントの目が輝く。
「やっぱり面倒だった。私の直感信じたら良かった」
レテはうんざりした様子で静かにシルちゃんに語りかける。
「すごいかっこいい名前ですね。感動しました。ガーラント・ヴィルヘルム、何でしたっけ?」
ネアスは覚えきれなかった。
「おお、わかるか。さすがネアス殿。素晴らしい。ローラン……」
名前の長い男はなにかを察知して、話を止める。
「ガー、もう良いかな。なにも進んでないよ。怒るよ。ネアスも真面目に生きるってさっき言っていたよね。ふざけたよね」
レテは手を握りしめる。
「そうだった。僕はすぐ忘れる。飽き性で忘れっぽい。神官になるってさっき決めたのにどうして僕は?!
ネアスは焦る。
「レテ、レテ」
モラがお昼寝から目を覚まし、レテの胸から飛び出す。クレーターの方に注意をうながす。ゴブリンがゴソゴソしているようだ。
「よく眠れたかな。モラは本当にお利口さんだよね。私も一緒にお昼寝してもよかったかな」