遅れて登場
夕暮れ時を迎えたストーンマキガンの街は徐々に静けさを取り戻しつつある。上空から小さな影がレテにふりかかかる。
「レテ、レテ」
モラがリンリン森林での休暇を終えて街に戻ってきた。彼女からは森の木々の匂いが感じられる。
「モラは良い匂いね。気持ちよかったかな。うらやましいな」
レテは心底うらやましそうである。モラは気にせずにいつものようにレテの胸の中に収まっていく。
「どうなることかと思ったけど、今日も無事に一日が終わりそうで良かった」
ネアスは厄介ごとが片付きホッとしたようだ。
「騎士団の援軍はおうそろそろ到着してもいいはずなんですけど、どうしたんでしょう」
アーシャは援軍が遅いので心配そうな顔を浮かべる。
「サボっているんでしょ、きっと。大きな事件は起こらないってたかをくくっているのよ。日々の備えを忘れちゃダメなのにね」
レテも援軍が遅いことに不満のようだ。
「騎士団も大変のようですな。では、私も失礼致します。クロウの身元は私どもで確認いたしますが、期待はしないでください。冒険者は自由を好みます」
デフォーは短い挨拶をしてその場を去っていく。
「冒険者だから仕方がないわね。冒険者までキソク、キソクじゃかわいそうだしね」
レテはデフォーに手を振ってお別れをする。ユーフがそれに気づき、さらに大きく手を振ってくる。
「私は駐屯地に向かいます。さすがに遅すぎです」
アーシャは仲間たちの体たらくに怒りを感じて急いでその場から去っていこうとする。
「僕とレテは門番の仕事だ。村ではたまに門番さんの休憩の時に代理でやっていたことがあるから自信はあるのさ」
ネアスは門の近くに立ち、街道の方から人がやってこないか期待しているようである。
「私も門番の仕事なんて久しぶりね。ネアス一人には任せられないわ。アーシャは駐屯地に行っちゃってね。たまには新人の気持ちを思い出さないとね」
レテはネアスの対面に位置して街の方を眺め始める。
「騎士団も人手が足りなすぎです。ごめんなさい、レテ様。行ってきます」
アーシャは済まなそうに門を去っていく。
「行ってらっしゃい、アーシャ。風の加護がありますように」
レテはモラにクルミをあげながら、まったりと門番の仕事を始める。ストーンマキガンの門には暗くなる前の駆け込みのように人々が押し寄せてくる。
「通行証をよろしくおねがいします」
ネアスは真面目に街に入ってくる人々にお願いをする。出すのを面倒がる者たちもいたが反対側のレテが睨んでくるのを見て、そそくさと通行証を取り出し始める。
「さっさと出せば良いのに、キソクはキソクよ。みんなが守らないと意味がないって分かっていないのかな」
レテはイライラしつつ仕事をこなしていく。街から出ていく人はほとんどいない。
「僕の村では通行証なんてなくて顔パスだったよ。たまに旅の人も来ていたけど、何も問題は起きてなかったと思う」
ネアスは思っていたより忙しい仕事に疲れて来たようだ。
「小さい村だとそうよね。ストーンマキガンは王都に近い街だから、どうしても厳しくなるのよね。さっきみたいな変なヤツラもたまに来るのよね」
レテはラーナの悪態を思い出して不機嫌になってしまう。
「バカみたいな女だったわね。こっちは仕事だから大人しくしてやっているだけなのに調子に乗っちゃって。本当に世間知らずのお嬢様?!」
「やっぱり怒っていたんだね。当たり前さ。誰でも嫌な気持ちになるさ」
街に入ってくる人々はレテの声を聞いて驚く。先程とは違って最初から通行証出し、ネアスもスムーズに仕事をこなし始める。
「ネアスは楽しかったでしょ。空も飛べたし、スタイルの良い女の子にひっついてもらったんだからね。性格は最悪だけどね」
レテの方はヒマなのでネアスをからかう余裕がある。ネアスは顔を赤くしながら仕事をこなしていく。
「結婚してほしいって言われたしね。今日はいろいろあって楽しかったでしょ、ネアスくん。どうなのかな」
レテはさらにネアスをからかってみる。
「この辺りの女の子はみんな積極的だよ。僕の田舎であんな事をする子はいないよ」
ネアスは当たり障りのない回答をする。
「どこでもいないわよ。何であそこまでして街の中に入りたかったのかな。一日も歩けば王都に到着するし、街道に宿屋もあるのにね」
レテは怪しい二人をもっと怪しく感じてしまう。
「アーシャの言う通りに街に入れさせないほうが良かったかな。ネアスはどう思う、どっちが正解だったと思う?」
日が落ちて、街に入る人々もまばらになってくる。ネアスもレテと話す余裕が生まれてくる。
「ラーナさんは悪い人ではないと思うよ。僕に巻き込んでしまってごめんねって言ってくれたし、何も企んではいないと思うよ」
ネアスのラーナの感触を思い出して、また顔があかくなってしまう。
「あの子がそういう言い方するかな。実際はどういったのか教えてもらえるかな。ネアスくん、怒らないから絶対?!」
レテはネアスの発言に疑問を感じ、問い詰め始める。ネアスは最初はためらうがレテの熱意に負けてしまう。
「僕が言ったわけじゃないから怒らないで聞いてほしい」
ネアスは真剣な顔つきでレテを見る。レテもうなずき、話すように促す。
「あの仕事の出来ない門番といけ好かないレテのせいでひどい目にあったわ。今日は最悪の日だった」
レテの顔が険しくなる。
「続けてネアス。ウソをついたら許さないからな。ちゃんと教えてね」
レテはコワイ笑顔を作る。ネアスはビビってしまうが、どうしようもないので最後まで続ける。
「レテ様って呼ばれて調子に乗りすぎ。絶対痛い目見るわよ、あの女。実力も大した事なさそうだし、どうやって騎士になったかも予想がつくわ」
レテは首をクイッとしてネアスに話を続けさせる。
「ネーくんはまともそうだから、私の手伝いをさせてあげても良いわ。あの女と一緒じゃ大変でしょ。こんな目に合わせてごめんね」
ネアスは話を終える。レテは無言で暗くなった空を眺めている。
「宿まで行ってあの子をこの街から追い出しに行くわ。翼をもっているのはクロウだけよ、何も問題はないわ」
レテはネアスの声を聞かずに街一番の高級宿に向かって走り出そうとする。その前に人影があらわれる。
「レテ殿、ネアス殿、大変じゃったようだな。ガーおじの参上じゃ」
ガーおじがストーンシールドを背負って、レテの前に立ちふさがる。
「ガーおじ、どいて。急いでいるの、許さないわ」
レテはガーおじを避け宿に向かおうとする。
「ガーおじ、こんばんは。元気になったんだ。ストーンシールドも似合っている。こっちは大変だったよ」
ネアスは門から離れられないため、大声で叫ぶ。
「門番の仕事ですな。マリー殿から聞いておるのじゃ。差し入れの特製ドリンクなのじゃ、レテ殿もドリンクを飲んでから用事を済ませると良いのじゃ」
ガーおじはレテの横に浮いている石版に気を取られつつも、強引にマリー特製ドリンクをレテに渡す。
「僕もドリンクを飲みたい。話をしたからのどがカラカラだ」
ネアスはガーおじを手招きする。レテはそれに気づきネアスの方に歩いていく。
「そうね。マリー特製ドリンクを飲んで休憩しましょうか。門番の仕事ご苦労さま」
レテは彼にドリンクを渡して、ガーおじからもう一つの特製ドリンクを奪い取り、ゴクゴクと飲み干す。
「良い香りね。仕事の後には最高ね。朝とは違う種類のドリンクね。宿に戻ったら教えてもらわないといけないわ」
レテはドリンクを飲んでリラックス出来たようだ。
「本当に香りだけでも美味しく感じる。潤う」
ネアスは美味しそうにちょびちょびとドリンクを飲んでいる。
「マリー特製の香り高いドリンクだそうじゃ。ネアス殿でも楽しめるようにとの気遣いの味じゃそうじゃ。流石じゃ」
ガーおじは石版の文字を見るが暗くて見えない。
「ガーおじもありがと、重い盾まで持ってきてくれたのね。今日は出番がなかったけど今度は頼りにしているわ」
レテはシルフィーにお願いをして石版を地面に立ててもらう。
「ガーおじがいない間にたくさんの事が起きたんだ。大変だった」
ネアスは一息つく。
「わしのありがたみが分かったようじゃの。良いことじゃ、流星の記憶」
ガーおじは石版に思いっきり目を近づけて、その文字を読み始める。
「採石場で見つけた石版よ。みんな気になるみたいね。デフォーさんも気になっていたみたいだし、人気の石版さんね」
レテは自慢げに石版をポンポン撫でてあげる。
「デフォー殿か気になるが、石の涙、大神殿の守り人?!」
ガーおじが石版に魅入られたようにさらに顔を近づけていく。
「大神殿の守り人、ガーおじの記憶に関係あるの?」
ネアスも興奮して石版に寄っていく。
「大神殿か、風の大神殿の事でしょ。流星の記憶の方がガーおじに関係あると思っていたんだけどね。私の直感もたまには外れる事もあるわ」
レテは残念そうに石版の裏を眺めてみる。何も文字は書いておらず、新たな発見はなかった。
「大神殿の守り人。すごく気になるのじゃ。大事な事のようだが何も頭に浮かんでこないのじゃ。どうしたものか」
ガーおじはいつものように頭を抑え込み地面に横たわる。
「ガーおじ、落ち込まない事さ。いつか記憶は戻るさ。僕も今日は大変だったけど良いこともたくさんあった」
ネアスは夜空を眺め、女の子たちと話せた事に思いをはせる。
「ネアス殿は良いことがあったのか。ガーおじも嬉しいのじゃ、後で聞かせてもらうのじゃ。早く宿に戻るのじゃ」
ガーおじは一瞬で気を取り直して宿で夕食を取ろうと提案をする。
「騎士団のみんなは本当に遅いわね。私だけでも駐屯地に行ってみようかな、セオも厄介な事に巻き込まれていないと良いけど、もうタイへン、タイヘン」