ゴブリンの呪い
レテは急いでゴブリン特製巨大パンをちぎる。オイシイ。彼女は肌を触る。スベスベだ。彼女は精神を集中させる。静かな風が部屋を満たす。彼女はネアスの顔を思い浮かべる。なにも起きない。
「異常なし、二人ともイタズラはダメ。ここは地下、地上とは違うわ」
レテは安堵して二人に伝える。
「なぜ、落とし穴が好きなレテがパンに穴を開けなかったのかしら?」
ラーナはレテに問いかける。
「レテ様は真ん中が好きです」
アーシャは補足する。
「否定はしないけど気分によっては端から食べたい時もあるかな。見た目に変化はないハズ。声も変わってない。きれいでやさしくてかわいいのもダイジョブ」
レテは二人に問いかける。彼女たちはうなずく。
「レテ、下」
ラーナはレテに教える。
レテが椅子の下を見るとアメフフが山積みになっている。アメフフはレテの椅子の下の隙間にピッタリとハマっている。
「最初は何かと思いましたが、ここに来る前にもアメフフさんを見かけたので、すぐに分かりました」
アーシャはちらっとだけ椅子の下を見る。
「椅子アメフフ、アメフフ椅子、触ったらどうなるのかな」
レテは興味を持つ。
「ダメ、レテ。溢れ出したら止められないわ。どこから侵入してきたのかしら?」
ラーナは周囲を見渡す。木のツタの壁にも床にも小さい隙間がある。
「レテ様、騎士団はどうしますか。自由行動の時間で良いですか?」
アーシャはドンドン巨大パンを食べる。
「副騎士団長は何か言ってた?」
レテもパンをちぎり食べる。
「新人騎士ラーナは先輩の指示に従うわ。自由行動中は買い食いをしても良いのかしら?魔術師と貴族は禁止されているけど騎士は問題ないわ」
ラーナは自分の作った穴を大きくする。
「パン重ねは禁止、街の人に話しかけられたら聞きたい雰囲気を出す。これは私が見本を見せてあげようかな。ほぼ無視しつつも、ほんのちょっぴりだけ耳を傾ける振りをして、忙しい感じを出して、不機嫌そうな顔をする。ホントに不機嫌になって怒鳴っちゃダメ、ギリギリまで不愉快ですって思い込む」
レテはラーナに新人騎士の心得を伝える。
「私は苦手なので街の中を全速力で駆け抜けます。立ち止まったら負けです。騎士はお願いをされたら断れませんが、必死に頭を使って断る口実を考えます。私は走るほうが得意です。断りきれない時は槍に手を触れて、ニラミます」
アーシャが答える。
「騎士はヒマなの?忙しいの?」
ラーナは戸惑う。
「ラーナ、自分の見てきた事を信じるのが一番かな。私とアーシャがヒマを持て余して、優雅に香りの良いドリンクを飲みながら、次の休みの日に行く予定のケーキ屋さんの話をしていたのを見かけた?アーシャの背中の槍は見世物じゃない、本物の槍。暇つぶしに背中に背負うモノではないわ」
レテはラーナに伝える。
「いつも忙しそうだったかしら。それなら忙しいって断るのが、ムダがないわ」
ラーナはアーシャを見つめる。
「俺と話をしている時点で忙しくない。お前は俺に惚れている。忙しい騎士が立ち止まった。街の人たちはそう思うみたいです。私はそんな事を考えたこともありませんでした。レテ様はカッコいいと思っていました」
アーシャは勢い良く巨大パンの穴を大きくする。
「下手なナンパね」
ラーナは一蹴する。
「ナンパをしたのは立ち止まった騎士の方。街の人は困ったことがあって話しかけただけで色目を使われた。困った時に助けてくれるって事は相手を気遣っている。つまり、好きって事みたいね」
レテはそっとアメフフに触れる。カタイ。
「王都は先に進んでいるのね。グラーフでは騎士は困っている人をすごい険しい顔をして助けているわ。落としたララリ、恋人同士のケンカ、親との諍い。解決しないと広場で暴れるみたいね。騎士は大変なお仕事、格好を真似するだけが一番かしら」
ラーナは答える。
「副騎士団長が話す内容と一致しています。ウソではなかったんですね。てっきり私たちにイジワルしていると思っていました」
アーシャはレテを見つめる。
「ウソ、ウソ。どの問題も騎士には解決できないわ。あの人たちは意図的に制限されたお話をしているだけかな。ラーナも騎士が恋人と話をしている所は見たことがないハズ」
レテは別のアメフフを触る。やっぱりカタイ。
「確かにそうね。険しい顔の後は噂話で聞いただけかしら、解決して街の人達に喜んでもらったって話は聞いたことがないわ。私の噂の仕入先は友達だから全部を把握しているわけではないけど……」
ラーナは悩む。
「でしょ、グラーフと王都の間で異変が起きた。そして、騎士の態度を変える事件ね」
レテも考える。
「ケンカとナンパ。諍いとナンパ。落としたララリとナンパ。気になりますが騎士団はどうしますか?自由行動ですか?」
アーシャは改めて、レテに問いかける。
「副騎士団長は何か言ってた?」
レテはアーシャに尋ねる。
「自由行動の時は買い食いをしても大丈夫なんでしょ。自由に偽りはないと思いたいけど、現実はどうなのかしら」
ラーナは悩む。
「騎士はゴブリン退治、街道の警備、荒くれを捕まえる。訓練と武器の手入れ、後は伝令ですが自由行動中に伝令はありません。アタリマエのことですが一応ラーナさんにはお伝えしておきます。限られた自由を楽しんでください」
アーシャは悲しげに伝える。
「良いこともあるわ。サボってリンリン森林に遊びにも行けるし、ゴブちゃんを一体でも退治したら任務を果たしたって言い切れるわ。毎回はダメだけど。三回に一回、用心するなら五回に一回はサボれるかな。私はサボった事はないかな、他の子たちに気を使ってサボっているって言うだけよ。証明しろっての!」
レテは余計な一言を付け加える。
「私も合わせているだけです。サボるなんてトンデモナイ!」
アーシャは巨大ゴブリンパンを食べる。
「魔術もサボったらオシマイ。日々の積み重ねが大事かしら、私はうつくしくてあふれる知性を持っているからサボっても良いけど、今まで一日も怠けた事はないかしら。生まれた時から魔術の事を考えていたらしいわ。お母様の話だから信用は出来ないわ。親は子にアマイ、貴族の親は特に子どもの才能を過信するわ。あなたは魔術師協会の頂点に立つべき存在、それ以外はアリエナイことを理解しなさい。過保護よね」
ラーナはため息をつく。
「サボっちゃダメなの、ラーナ」
レテは心配になる。
「知性があふれるらしいわ。サボったことがないからあふれた事はないから本当かどうかは私も知らないわ。あふれた知性はどこに向かうのかしら、風はどこに知性を運ぶのかしら」
ラーナは悩む。
「きれいさとやさしさとかわいさもあふれるんでしょうか、レテ様」
アーシャはレテに問いかける。
「きれいでやさしくてかわいい私。あふれだす感覚を味わった事はないかな、アーシャは私を尊敬する気持ちで心がいっぱいになったことはあるの?」
レテは気になっていた事を尋ねる。
「そこまでは……」
アーシャは口ごもる。
「そうなの!」
ラーナは驚愕する。
「アーシャの尊敬はどのくらい?夕食は抜ける?」
レテはたたみ込む。
「半分位はガマンできます」
アーシャはしぶしぶ答える。
「そのくらいなのね。仕事上の付き合いだもんね。私は経験が足りないわ」
ラーナは反省する。
「夜寝る前にレテ様の顔を思い浮かべていたら変です。私はしっかりとレテ様を尊敬しています。これ以上尊敬したら、危ない人です」
アーシャはキッパリと答える。
「彼は私の顔を思い浮かべて眠ったのかな」
レテはゴブリン特製巨大パンの穴を眺める。
「三日間の風習の話かしら?」
ラーナはレテを見つめる。
「貴族の古い風習ですよね。興味があります」
アーシャもレテを見つめる。
「昨日の夜は誰を思い浮かべたのかな。眠くてちゃんと覚えていないわ」
レテが答える。
「無は創造。忘却は信頼。うっかりは恋。どれが当てはまりそう?」
ラーナがレテに問いかける。
「貴族っぽいです」
アーシャがつぶやく。
「忘却はないかな。忘れてはいない。無だったかな、分からないわ。うっかりはしていたかもね」
レテは答える。
「恋と創造。何を意味しているのかしら?」
ラーナは考える。
「難しいです。今日は自由行動です」
アーシャは決めた。
「副騎士団長は何か言っていたかな、アーシャ?」




