朝ゴブ
レテは赤いポーションをカバンにしまうと入口に向かう。ラーナも後に続く。宿の中は静かになった。レテは木のツタの扉を開ける。彼女たちの部屋の前ではゴブリンが隊列を組んでいる。三角形が三つだ。
「おはよう、ゴブちゃん。ジャマ!」
レテはゴブリンたちに伝える。ゴブリンは隊列を変える。三角形が二つだ。
「歓迎ありがとう、ゴブリン。どきなさい!」
ラーナもゴブリンたちに伝える。ゴブリンは隊列を変える。三角形が一つだ。
「吹っ飛ばすよ、ゴブちゃん。イジワルはダメかな」
レテは精神を集中させる。静かな風が宿に吹く。ゴブリンは動かない。
「おお、申し訳ありません。同志たちよ、道を開けなさい。朝の訓練は外で行いなさい」
ゴブリン店主が声をかけるとゴブリンたちは直線状になり、宿の外に出ていく。
「踊りの訓練かしら」
ラーナはゴブリンたちを眺めている。
「立ち話もなんですので、こちらにどうぞ。朝食の準備は出来ています」
ゴブリン店主が別の部屋に消えていく。
「ゴブちゃんの食事か、私たちの口には合わないかな。贅沢は言っちゃダメ、どんなモノが出てきたとしても一口は食べないとね。ラーナはイケそう?」
レテは小声でラーナに確認する。
「私はムリだと思うわ。顔に出ると思う。青ざめたらダメって合図、レテに任せても良いかしら。田舎の変な料理も苦手、アメフフのパン包み季節の薬草とキノコを添えては手を付ける事が出来なくてクロウに注意されたわ」
ラーナはレテにお願いする。
「気になる料理かな。今はゴブちゃんの朝食が先決ね。青くなったら私たちはおフロに入りたくなる。どうしても、食事の前に入るって意志を示す」
レテは作戦を伝える。
「レテは経験豊富で助かるわ。おフロの後はどうするのかしら、ゴブリン店主はゴリゴリ押してきそうね」
ラーナは不安を伝える。
「彼に早く会いたいから、すぐに大神殿に出発するって言うわ。心配で食欲がわかない、ゴブリンは恋の話が好きって言っていたからダイジョブ、ダイジョブ」
レテは答える。
「パーフェクト!」
ラーナは大声を出してしまう。
「ラーナ様、どうかされましたか?」
ゴブリン店主が答える。
「何でもないわ、楽しみ、楽しみ」
レテはゴブリン店主の消えた部屋に向かおうとするとラーナが手を掴む。
「お腹が減ったらどうするの、レテ?」
ラーナは最後の心配を口に出す。
「地上に帰る。アーシャが来たって事はどこかに通路がある。魔術も必要ないハズ。大神殿は待っていてくれるわ」
レテは答える。
「単純な答え。それが一番ね、わざわざゴブリンに付き合う事もないわね」
ラーナはレテの手を離して部屋に向かう。
「忘れ物はなし、行きましょ、行きましょ」
レテも軽い足取りで後に続く。二人が部屋の中に入ると中央のテーブルに巨大なパンが置いてある。良い香りが部屋に立ち込めている。
「ゴブリン特製パンです。ゴブリン特製ドリンクもありますのでゆっくりと召し上がってください。デザートもありますので、ほどほどにしてください」
ゴブリン店主が椅子を引く。ラーナは先に座る。
「どんな味かしら、外はパリパリね」
ラーナはすぐに立ち上がり、巨大なパンの中央をちぎり口に運ぶ。笑みがこぼれる。
「真ん中からなの、ラーナ?」
レテは驚愕する。
「お好きな所をどうぞ、ゴブリンは皆でワイワイパンを食べます」
ゴブリン店主は満足げだ。
「外はパリパリ、中はサクサク。良い感じね、味はあえて言わないわ。自分の舌で確かめるべきね」
ラーナは真ん中の穴を大きくする。
「それもそうね、焼きアメフフをどうぞとか言われたら困っちゃったかな」
レテは椅子に座り、巨大なパンの端をちぎり口に運ぶ。笑みがこぼれる。
「レテ様、なんと!」
ゴブリン店主は震える。
「真ん中から食べるようね、レテ」
ラーナはドンドンパンをちぎる。
「分かったわよ、これで良いんでしょ」
レテはラーナが開けた穴からパンをちぎる。
「なんと、レテ様!」
ゴブリン店主は手で顔を抑える。
「落ち着きなさい、ゴブリン店主。失敗は風が吹き飛ばしてくれるわ」
ラーナは特製ドリンクを飲む。
「うるさいゴブちゃん、ラーナの言う通りかな」
レテは端からパンをちぎり、口に運ぶ。
「地下では弱い風しか吹きません。失敗をしたら、落とし穴の中に隠れ掟です。そうでなければ、失敗はさらなる失敗を呼び込みます」
ゴブリン店主がレテに警告する。
「私たちにはネーくんがいるわ。冷たいのが問題だけど失敗を吹き飛ばせる位の強い風、昨日も私たちを助けてくれたわ。私たちを!」
ラーナは強調する。
「ネアスは私だけの彼じゃない。彼は災厄に立ち向かい、シャルスタン王国を助ける人になる。みんなを助ける彼!」
レテは巨大なパンをちぎる。
「ゴブリンも助けてくださいます。ニャン族も同様です。風も大地も水も助けてくださる事でしょう。しかし、失敗は失敗です」
ゴブリン店主は譲らない。
「知らない掟は守れないかしら、レテも次からは注意するハズよ」
ラーナは真ん中のパンをちぎる。
「うつくしい落とし穴です。穴は真ん中に、せめて穴にしてください」
ゴブリン神官は端がなくなった巨大なパンを眺める。
「ゴブちゃんは落とし穴がホントに好きなのね。私にはそこまでの熱意はないかな、子供の頃のキモチは戻らない」
レテはラーナの作った穴の横からパンをちぎる。
「ゴブリンの落とし穴には子供の頃しかハマらないかしら、友達と本の感想を言い合う頃には判別がつくようになるわ。好きなだけでは何もならない。落ちる人のいない落とし穴に意味はないかしら」
ラーナは静かにパンをちぎる。
「無意味な落とし穴はありません。人は愚かな生き物です。ゴブリンとは違います」
ゴブリン店主は答える。
「優秀なゴブちゃん、教えてくれる。私は食事で何個失敗をしたのかな、愚かな人に教えて。私には分からないかな」
レテはちょっとイライラする。
「ゴブリン神官さん、レテは彼と離れ離れでキモチが安定していないの。彼女の無礼な発言を許してくれるかしら」
ラーナはゴブリン店主に伝える。
「恋は人を変えます。理解致します。一つ目は穴を作らない。二つ目は穴を作る気持ちがない。三つ目は穴に敬意を欠いている。四つ目は穴のサイズが小さい」
ゴブリン店主が続けようとする。
「待って、穴を作らないだけで四つも失敗!うそ、卑怯よ。穴は一つの失敗にするべきよ、横暴過ぎるわ」
レテは特製ドリンクを飲む。オイシイ。
「掟は不条理、どこでも一緒なのね」
ラーナも特製ドリンクを飲む。
「五つ目は穴の中を見る。六つ目は穴を粗末に扱う。七つ目は穴を乱暴に扱う」
ゴブリン店主は続ける。
「掟を作った人は疲れたのかな、似てきたわ。意味はなさそうね」
レテはほんのちょっと安心する。
「八つ目は穴を各自一つ。九つ目は穴作りをジャマしてはイケナイ。十個目は穴は素晴らしい。これで終わりです」
ゴブリン店主は天井を見上げる。
「十個目は破ってないかしら、そうでしょ、レテ?」
ラーナはレテに尋ねる。
「ウ~ン、どうかな。穴は穴でしょ。落とし穴を作って誰かが引っ掛かるのは楽しいけど穴自体に興味はないかな」
レテは答える。
「人は常に一つの失敗を犯しています。ラーナ様も同様です。だから、落とし物をします」
ゴブリン店主は銅ララリをレテに差し出す。
「私のララリかな」
レテは銅ララリを見つめる。
「いいえ。昨晩、空から落ちてきました。ネアス様のモノでしょう、お受け取りください。レテ様が持っているべきです。デザートをお持ちします」
ゴブリン店主は部屋の外に出ようとする。
「ありがと、ゴブちゃん店主」
レテは銅ララリを回転させて宙に投げる。激しい冷たい風が部屋の中に吹く。
「風が失敗を吹き飛ばしますように」
ラーナは祈りを込める。
「十一個の失敗かな」




