湯気立ちのぼる
レテは息を吸い込む。トゲトゲしい木の香りが鼻につく。彼女はもう一度息を吸う。鼻がチクチクする。彼女はさらに息を吸い込むと何も感じない。慣れたようだ。
「ラーナ、おフロ、おフロ!間違いないわ」
レテは家に入ろうとしていたラーナに告げる。
「どこかしら、見えないわ」
ラーナのいる所は低い。
「こっち、こっち」
レテは手を振る。
「おフロって事はゴブリンの宿屋かしら、軽めの食事もあるとうれしいわ」
ラーナは木のツタの道を登る。彼女も湯気を確認する。
「お客様は二名、ちゃんと準備しておくのよ。ゴブちゃんだからってマズイ食事を出したらヒドい目に合わせる!」
レテは大声で伝える。
「ニャンは完全に眠ったようね」
ラーナが後ろを振り返るとニャンはさっきのままだ。
「行きましょ、行きましょ。朝になっちゃうわ」
レテはラーナの手を取り、木のツタの道を進んでいく。
「男の子だったらスキになるわ。レテのモテる秘訣かしら」
ラーナはレテに引っ張られていく。
「小さい頃はモテるとか気にしてなかったら、何で男の子が遊んだ次の日に告白してくるか不思議に思っていたわ。手を握るだけでスキになるかな」
レテはドンドン進む。
「強引な所が良いのかしら、私の貴族の友達も初対面で男の子に抱きついていたわ。だから、彼女はグラーフで一番人気のある貴族の男と結婚したわ」
ラーナは答える。
「クヤシクないの、ラーナ?」
レテは速度を速める。
「頭の悪い男に興味はないわ。クロウはギリギリ、あの人の笑顔はステキだったけどタイクツな話しかしなかったわ。家族の話、家の話、友達の話。どの話も何度も聞いたわ」
ラーナはレテの速度に合わせる。
「剣術の話、将来の話、ララリの話。ララリは大事みたいだから違うわね」
レテは答える。
「ララリは風を運ぶ。ネーくんの力、それともラトゥールの力。謎が多すぎるから今日は別の事を考えようかしら。ゴブリンのおフロはどんな感じかしら、違うわね」
ラーナの頭は働かない。
「すぐに抱きつく女の子は彼と仲良くしているの、ラーナ」
レテは歩きながら、ラーナに尋ねる。
「ええ、そうね。この前会った時は手作りの手袋を作ったのに付けてくれないって騒いでいたわ。彼が気づくまでは抱きつかないって決めたって言っていたわ。でも、彼が迎えに来たら抱きついていたわ。習慣は直せないみたいね」
ラーナが答える。
「スキだから抱きしめたかった、違うの?」
レテはラーナに問いかける。
「私が知っている限りでも一夜のパーティーで九人に抱きついていたわ。全員の事がスキだったとは思えないわ。多くても五人でしょ!」
ラーナが答える。
「顔が好み、服装の趣味が良い、剣の腕前は違うかな。貴族だからララリは関係ないから……」
レテは歩きながら考える。
「貴族だからこそララリは大事、レテ。長くなるから詳しくは今度ね。踊りが上手と友人の数が多いが抜けているかしら、最後は当ててくれる?」
ラーナはレテに尋ねる。
「本命の人!」
レテは立ち止まり答える。湯気が出ている建物は目の前だ。
「ハズレ!」
ラーナはレテの手を離す。
「転びそうになった時に助けてくれたのかな」
レテは答えを絞り出す。
「惜しいわ」
ラーナは湯気を見つめる。
「雨の日、彼は水で服が濡れていた。彼女は彼にハンカチを手渡した。彼は何も言わずに受け取り、友人たちの所に向かった。彼女はちょっと腹がたったけど、何も言わずに自分も友人と合流した。そして、友達と彼の無礼な振る舞いに対して悪口を言っていると彼が近づいてきた。そして、彼は言った。これだから女はメンドウなんだ」
レテは答える。
「正解!私のヒントが良かったのね。あふれる知性は眠気には負けない」
ラーナは笑みを浮かべる。
「湯気のおかげかな。ヒントも分かりやすかったわ」
レテは微笑む。
「入口はどこかしら?」
ラーナは湯気が出ている建物を観察する。湯気は木のツタの隙間から上に立ち上っている。彼女たちの正面には入口らしき隙間はない。木のツタはきれいに揃えられて、丸くなっている。
「ゴブちゃんの宿屋なんて初めて!上に昇ってみようかな」
レテは木のツタに手を触れる。ズズズッ、木のツタが動いて入口を作っていく。
「便利な建物ね。魔術の力は偉大!」
ラーナは驚く。
「いらっしゃいませ、レテ様、ラーナ様。お二人が宿の初めてのお客様です。私は里ゴブ唯一の宿の店主です」
ゴブリン神官はゆったりとした服装に着替えている。
「ゴブちゃん神官なの?それとも違うの?私はゴブリンの顔の区別は付かないわ、ゴブちゃん店主さん?」
レテは戸惑う。
「彼以外は言葉を話していない。着替えただけかしら、何か聞いた気がするけど眠くて思い出せないわ」
ラーナは考える。
「私は宿の店主です。どうぞ、レテ様、ラーナ様」
ゴブリン店主は奥に引っ込む。
「気が利かない宿の店主なの?」
レテは宿に入る。
「いつかは気の利く宿の店主と呼ばれたいモノです」
ゴブリン店主は答える。
「そうなの?キハータはゴブリンの血を引いていたの?」
ラーナはレテの後に続く。入口を抜けると精巧な大鳥の模様が彫り込まれたテーブルが部屋の中央に鎮座している。レテたちは立ち止まる。
「アヤシイ」
レテはラーナの耳元で囁く。
「急にはダメ」
ラーナは答える。
「どうされましたか、レテ様、ラーナ様。美しくてきれいな大鳥です。ラトゥール様はお喜びでしょうか?」
ゴブリン店主はレテに尋ねる。
「どうする、ラーナ」
レテはラーナの耳元で囁く。
「ネーくんも眠ったかしら」
ラーナは答える。レテは部屋の中を見渡す。複数の部屋と湯気が立ち込めている部屋がある。ゴブリン店主がレテたちの様子に気付く。
「おフロになさいますか、それとも食事にしますか?」
ゴブリン店主は湯気の出ている部屋に向かう。
「食事!」
レテは答える。
「おフロはゴブリンの宿の名物です。オススメです」
ゴブリン店主は立ち止まらない。
「食事にしましょう」
ラーナは援護する。
「おフロにどうぞ!」
ゴブリン店主は譲らない。
「のぞき対策はどうなっているの?」
レテはゴブリン店主に尋ねる。
「不思議な話ですがおフロを作った瞬間に呪いが発動しました。女性が入っている時に忍び込むと罠が発動します。哀れなゴブリンが犠牲になりました」
ゴブリン店主が答える。
「私たちが初めてじゃない、ウソをついた。さっきは初めてのお客様って言った」
レテは隙を見つけたので叩き込む。
「彼女は宿の設計者です。ゴブリンに宿を作る習慣はありません。草の上、木の枝の上、柔らかい土の上で眠ります」
ゴブリン店主は答える。
「シャラキ様のお知り合いかしら?それなら問題ないわ」
ラーナはおフロに向かう。
「最初から言ってくれれば良かったのに、睡眠時間が減っていくわ」
レテは不満を口に出す。
「申し訳ありません。いつもは神官をしていますので気遣いが足りないのです」
ゴブリン店主は反省する。
「同一人物のようね」
ラーナは安心する。
「それも」




