冒険者たち
三人は街道に出ていく。まだ、夕方には時間があるが街道には人の気配は少ない様子である。レテはさらに話を続ける。
「それでも戦いたいなら、亡霊の相手は神官が一番ね。二番が魔法使い、三番目が騎士、冒険者かな。精霊使いは王国では私一人だから例外としておくわ」
「街まで亡霊が追いかけてくる事はないようです。ネアスさん、安心してくだい」
アーシャは周囲に気を配りながら話に参加する。
「戦う必要はないのか。それなら僕でも問題ない、亡霊の相手は任せてもらうよ」
ネアスは駆け足で街道を進んでいく。
「亡霊退治。そんな任務は騎士団にないから安心かな。冒険者のネアスに任せるのが一番ね、頼りにしているわ」
レテもネアスを追い越す速さで歩いていく。
「亡霊と遭遇することが多いのは冒険者の方たちですから大変です。古い建物とか遺跡には大体はいるって聞きます」
アーシャは最後尾に付き、警戒を怠らない。
「そうなの、知らなかったよ。冒険者は旅をして、ギルドの仕事をこなしていくものだと思っていたよ」
ネアスはレテに追い越されたので、走り出して差をつけようとする。
「それで満足できるなら構わないけど、ギルドの仕事だけだとララリにはならないらしいわよ。そうなんでしょ、アーシャ?」
レテも軽やかに街道を走り始める。石版は彼女の横に寄り添っている。
「探しものとか商人の護衛の仕事だけだと騎士団の給料よりも少ないみたいです。ララリを稼ぐのはどこも大変みたいです」
アーシャも顔色を変えずに二人に付いていく。
「ロマンだよね。冒険者には夢がある。旅をしていく過程でいろんな出会いがあるはずさ」
ネアスはさらにスピードを早めようとするがレテが彼に声を掛けて止める。
「前に人だかりができているわね。私が先に行くからネアスとアーシャは後ろから付いて来てくれるかな。危険はないとは思うけど……」
レテの言う通りに前方には人集りができているようである。そこから大声が聞こえてくる。レテたちからは人が邪魔で何が起きているのか確認することはできない。
「何でしょうか。お困りの方々をお助けするのも騎士の仕事です。急ぎましょう、ネアスさんも協力をお願いします」
アーシャも何が起きているのか気になるようで、レテにピッタリと付き添う。
「二人とも頼りになるけど、僕も頑張らないと。ガーおじの分も活躍するぞ」
ネアスも静かに闘志を燃やす。三人が人だかりに近づいていく。レテの姿を見ると人々は離れて道を開く。その場所で馬車が倒れてしまっているようである。数人の冒険者らしき人々が馬車をもとに戻そうとしている。
「大変ね。私に任せてもらって良いかしら。王国騎士の精霊使いのレテよ」
馬車の持ち主が喜びを抑えきれずにレテに近づいてくる。
「レテ様、ありがとうございます。我々と冒険者の方々だけでどうしようかと悩んでいた所です。とりあえず、道の邪魔にならないように馬車をどかそうとしていた所です」
リーダーらしき年配の冒険者もレテに気づき、仲間たちに作業を一旦中止するように伝えたようである。
「貴方はレテ様ですか。お初にお目にかかります。この辺りまで来られるとはめずらしいですな。緊急の要件でもお有りですか」
冒険者は石版に目を取られている。
「レテ様、どうしますか。皆さんで協力して作業を続けますか」
アーシャが冒険者たちの前に立ちふさがるように出ていく。
「そうね、シルフィーの力を使えば街まで簡単に運べるけど。馬がいないわよね、どうしたの。ゴブリンたちが現れたの?」
レテは街の近くまでゴブリンが出現していないか気になっている。
「違います。ゴブリンではありません。何もない所で急に馬が暴れだしまして、紐が緩かったのか、そのまま逃げ出してしまったんです」
馬車の持ち主は慌てて説明を始める。
「我々も様子は遠くから見ておりました。証人はこの者たちです」
年配の冒険者の仲間たちは静かにうなずいている。ネアスが少し遅れて到着して話に加わる。女性二人が速すぎた。
「デフォーさんじゃないですか。以前はお世話になりました。デフォーさんの言った通りでした。僕は王都の方が向いているかもしれません」
ネアスは冒険者たちと知り合いのようで笑顔を浮かべる。
「ネアスじゃないか。元気そうで良かった。こんな再会の仕方をするとは思ってもみなかったぜ」
若い冒険者がネアスの元気そうな様子を見て喜んでいるようだ。
「ネアスの知り合いってことかな。ギンドラの街の冒険者のデフォーさん」
レテは警戒を緩めて、精神を集中し始める。
「申し遅れました。ギンドラ所属の冒険者のデフォーでございます」
「俺はユーフだ。ネアスには冒険者のイロハを教えてやった間柄だ」
二人は名を名乗る。他の冒険者も自己紹介をしようとする。
「ここで自己紹介していたら通行の邪魔になるわ。とにかく馬車を街に運びましょう。シルフィーの力を借りれば、簡単、簡単」
レテは元気になる。
「街に到着したら駐屯地に報告に行きます。怪奇現象です」
レテはアーシャの言葉にビクッとするが集中は途切れない。
「ユーフさんには二日だけですけど、とてもお世話になりました。いつか恩は返したいと思います」
ネアスは二人の冒険者にお礼を言う。
「冒険者はお前には似合わないと思っていたが、まさか騎士見習いになるとは思わなかったぜ。俺でも予想できなかった。そうでしょう、デフォーさん」
「ネアスくんが騎士団に入るとは私の目も曇ってきたのかもしれんな。そろそろ後輩に道を譲るときが来たのかもしれません」
デフォーは石版の文字をどうにか確認しようとしている。
「ネアスは騎士じゃないわよ。タダの協力者、まだ冒険者よ。適正はないみたいだけど、シルフィーお願いね」
レテはネアスをからかいつつもしっかりシルフィーの力を解放する。穏やかな風が馬車を包み込み、地上から少しだけ宙に浮く。
「ありがとうございます。今日は宿に泊まる事ができます。もちろん、皆さんの宿代は私がお支払い致します」
シルフィーの力と宿代タダの知らせで歓声が上がる。レテは前方に注意しながらゆっくりと馬車を運んでいく。
「我々は街までの安全を確認しながら進んでいきます。レテ様、皆様、機会がありましたらまた、お会いいたしましょう。ユーフ、行きましょう」
「デフォーさん、わかりました。ネアスも元気で冒険者を続けろよ。きっと良き出会いがあるさ、さあ、みんな行くぜ」
ユーフの号令で冒険者たちは先に街へと向かっていく。
「馬車の人も一緒についていってね。大きすぎて前が見えにくいのよね。前方不注意状態で危険かも」
馬車の持ち主もレテの言葉を聞いて、冒険者たちにおいていかれないように走っていく。
「冒険者の方々はレテ様の石版が気になっていたようです。どう思われますか、レテ様」
アーシャは彼らが離れたのを確認してからレテに話しかける。
「あの距離から見えているのかな。わざとフラフラと動かしたから見にくかったとは思うけど、大した事は書いていないから良いかな」
レテはアーシャが見やすいように石版を動かす。アーシャは石版の文字を確認する。
「流星の記憶、岩の涙、大神殿の守りびと……」
「アーシャさんもそこまでしか読めないですよね。石版は冒険者の心をくすぐるから仕方がないさ。興味がありまくりさ」
ネアスは恩人たちを擁護する。
「冒険者でなくても謎の石版は興味が出てくるわよ。デフォーって人はやり手みたいだし重要なモノなのかな。面白そうではあるけど大事なモノかは私には分からないわ」
レテは石版をネアスの方に向ける。
「明日にでも私の冒険者の友達にデフォーさんの事を聞いてみます。ネアスさんも詳しくは知らないのですよね」
アーシャがネアスに顔を向けると彼はドギマギしてしまう。
「デフォーさんは冒険者の指南役のようです。ギンドラの街は荒くれものも多いから王都で行動するのが良いとアドバイスをもらいました」
「人を見る目がある人みたいね。ギンドラの街は数回だけ遊びに行った事があるけど変な男たちに声を掛けられまくって大変だったわ。お酒臭いやつまでいるし最低だったわ」
レテは冒険者まがいの連中を思い出してしまい、顔をしかめる。
「帽子を深く被って歩けば大丈夫です。私も友達もたまに遊びに行きますが、あまり声を掛けられなくて安全です。しつこい人を殴り飛ばしても文句は言われませんし意外とかいてきです。レテ様」
ネアスはアーシャの殴り飛ばす発言にビビってしまう。
「何で私がそこまでしないといけないのよ。自由に歩けるリンリン森林とアーライト川で充分よ。うるさい人たちがいなくて快適、快適」
アーライト河は王都の中央部を流れる川で南の草原地帯まで続いている大河である。レテは休日に遊んでいることも多い。
「レテ様は有名人ですから街に出たら、うるさい人が多いので大変です。精霊使いは冒険者の中にもいないようです」
「僕も精霊使いの噂は聞いたことがないな。アーライト川か、本当に大きな川だ。王都から早く見てみたいな」
「ちょっとだけ南に行けばアーライト河を見ることは出来るけど、馬車を運びながらじゃ無理かな。今度、案内してあげるから楽しみにしていてね」