デートの約束
ストーンマキガン近郊の採石場にはレテとネアスの気配しか感じられない。ゴブリンたちも森から出てくる様子はない。
「流星の記憶、岩の涙、大神殿の守りびと、……」
レテは石版の文字を読んでいくが、最初の数行以外はかすれているために読み取ることはできなかった。
「どれも聞いたことのない言葉だ。謎かけかな」
ネアスも顔を近づけて石版の文字を読み取ろうとする。
「流星はこの前の流星群の事で、大神殿は風の大神殿のことだとは思うけど、岩の涙は意味不明ね。ネアスの言う通りに謎かけかな。岩が涙を流すわけないしね」
風の大神殿は王都の北に位置しており、秋になると王族と神官たちが大神殿を訪問して、王国の繁栄の祈りを捧げるきまりである。
「大神殿か、一度だけでも行ってみたい場所だよね。王都の人たちがうらやましいよ」
ネアスの田舎からは遠いため、憧れの場所である。
「王都からでも遠いけどね。王都の人も気軽には行けないわ。私も任務で何度か行っただけでプライベートでは一回も行ったことはないわ」
レテはタイクツな警護の任務を思い出してしまう。
「何もないから行く必要はないわ。レイレイ森林と同じくらいに行く価値はない場所かな。どっちもご利益なんてないし」
レテがレイレイ森林の方を見るとちょうどアーシャが偵察から帰ってくる様子が見て取れた
「アーシャさんが戻ってくる。きれいな人だよね、騎士団は良いところだ」
ネアスはアーシャの姿に見とれているようである。レテは彼の横顔をチラッと見る。
「アーシャもデートに誘ってみてみたら、成功するかもしれないわよ」
レテはリボンでまとめたアーシャの長い髪が風でなびく様子を見ながら、ネアスに提案をする。
「騎士の任務中にデートに誘ったら嫌われるさ。これからのことを考えるとまずい」
ネアスはレテの提案を即座に断る。
「私の事をデートに誘ったんじゃない。私とは気まずくなっても良かったみたいに言うのね、ネアスくん。どういう事かな」
レテはネアスに意地悪な質問をする。アーシャはそろそろ到着しそうだ。
「レテみたいなきれいでやさしくて、かわいい女の子と一緒に行動するとは思ってみなかったからな。ある意味、緊張せずに誘えたのかな。自分でも分からない」
ネアスは昨日の夜の事を思い出して、しっかりとした返答をする。
「私みたいなきれいでやさしくてかわいい女の子があの場ですぐにデート良いよって言うわけないか、ネアスは見る目はあるわね」
レテはネアスの回答に満足してアーシャを笑顔で迎える。
「レテ様、森の中にはゴブリンはいないようです。良いことでもあったのですか?」
アーシャがレテの機嫌の良いことに気づき、質問をしてしまう。
「何でもないわ。それより、ネアスがアーシャに話があるそうよ」
レテがネアスに話を振る。アーシャは不思議がってネアスの方を見る。
「石版の話をしないといけない」
ネアスはアーシャと目があってしまいドギマギしてしまう。
「違うでしょ、ネアスくん」
レテはぴしっと言い放つ。アーシャはさらに不思議がってしまう。
「何でしょうか、ネアスさん。レテ様の協力者ですから私で力になれる事があれば何でも行ってくださいね。レテ様は私のあこがれの先輩です」
アーシャはキラキラした目でネアスに話をする。
「アーシャは私の事をそんなに尊敬したのね。何でもするだなんて簡単に行っちゃダメよ、世の中には悪い人もたくさんいるのよ」
レテがアーシャを諭すように語りかける。
「レテ様と一緒にいる方に悪い方はいません。断言できます。どうぞ、ネアスさん」
アーシャもピシッと言い放ち、ネアスに逃げ場がなくなる。
「アーシャさん、デートをしてください。僕は一度もデートをしたことがないんです。アーヤさんのようなきれいな方と一度だけで良いからデートをしてみたいです。お願いします」
ネアスは勇気を振り絞って、アーシャをデートに誘う。レテはウンウンとうなずいている。
「デートですね。良いですよ、時間のある時にお願いします。私もあまり経験はないので参考になるかは分かりませんが、協力いたします」
アーシャはネアスの誘いに即座に答える。
「良いの、アーシャ。どこかの馬の骨かもしれないわよ。変なうわさを立てられるかもしれないわよ。ちゃんと考えて断ったほうが良いわ」
レテはアーシャの返答を予想していなかったようで、焦りだしてしまう。
「レテ様の認めた方です。問題ありません。噂なんて気にしていたらなにもできません」
アーシャはレテが焦っている様子を楽しんでいるようだが、レテは気づいていないようだ。
「デートか。初めてのデート。いやいや、ダメだ、ダメだ。レテにそそのかされてデートに誘っただけだ。これではダメだ」
ネアスも焦ってしまい心の声が言葉に出てしまう。レテはネアスの発言にさらに動揺してしまう。
「私がそそのかすって、そんな事はしていないわよ。アーシャ、本当よ」
「お二人でいた時にいろいろお話されたようですね。時間がある時に聞いてみたいです。ここで長話も難しいですから、そろそろ街に戻りませんか」
「ネアスのせいでペースを乱されたわ。そうね、石版を運ばないといけないから出発しましょう、今日は夕暮れ前に街に戻りたいわ」
レテはシルフィーに頼み、石版を運んでもらうことにする。アーシャは石版の事は質問せずに街道の方に向かおうとする。
「レテ、ごめん。アーシャさんも変なことを言ってしまって、すいませんでした。反省します。デートはあきらめて、真面目にしよう」
ネアスは立ち上がり、二人に謝罪をして先頭をきって進んでいこうとする。
「私もからかっちゃってごめんね、ネアス。レイレイ森林も近いし油断しすぎたわね。アーシャも巻き込んでしまってわ、ごめんね」
レテは石版をクルクル上空で回しながら、二人に謝る。
「私は気にしていません。レテ様、ネアスさん。緊張し過ぎもいけないです。リラックスする事も大事ってレテ様は言ってくれています」
アーシャは二人に負けずに先頭を取り、街道へと向かっていく。
「ありがとうございます。アーシャさん、これからは迷惑を掛けないようにがんばります」
「アーシャは頼りになるわね。結局、ネアスもデートのお誘いも上手くあしらったし私も見習わないと。今日もラスト、ラスト」
レテは最後に採石場の様子を見つつ、二人に付いていく。特に不審な点は見当たらないようである。
「森の中でごそ、ごそと音がしました。少し様子を見て近くを確認したんですが何もありませんでした。噂の亡霊でしょうか」
アーシャが歩きながら報告を始める。レテは少しだけビクッとするが二人には気づかれなかったのでホッとする。
「亡霊か。レテならシルフィーの力で簡単に退治出来るから安心さ」
ネアスは未練がましく、最後の石を蹴るがあまり飛ばなかった。
「何でも亡霊で済ませるのは良くないわよ。ゴブちゃん、盗賊とかいろいろと可能性はあるわ。変な亡霊なんかにシルちゃんは使いたくないかな」
レテも手頃な石を見つけて、蹴っ飛ばす。かなり先まで飛んでいく。
「今日の最高記録かな。場所が違うから正確には分からないけどね。私の完全勝利ね、ネアスくん」
「負けだね、レテは何でも出来るなぁ。僕も練習しないといけない。それはそうと実際に亡霊に会ったらどうすれば良いか、教えて欲しいな」
ネアスは二人に質問をする。レテとアーシャは視線を合わせる。レテが質問に答える事にしたようだ」
「そうね、逃げろ。それが大事よ」