採石場
町長の応接室では全員がアーシャの報告を固唾を飲んで見守っている。ルアも話を続ける気はないようである。
「ストーンマキガン郊外の採石場にゴブリンが集まっているとの報告がありました。先日の流星の件もありますので報告に来ました」
アーシャは報告を終え、レテの指示を静かに待っている。
「ゴブちゃん大量発生中ね。そっちも気になるわね、どうしようかな」
レテはネアスの腰の剣を眺めて、すこしだけ考える。
「そうね、採石場の方に行きましょう。ゴブちゃん退治が騎士団の最重要任務、さっさと追っ払ってこようか」
「我々は明日でも問題ありません。夜になったらマリーの宿に使いを出しておきますか」
ルアがすかさず提案をする。
「ありがとう、ルア、頼りにしているわ。明日の朝にでもまた来るからよろしくね。ネアス、ガーおじも行くわよ」
ネアスはすぐさま立ち上がり、レテについていこうとする。だが、ガーおじはソファーから立ち上がろうとしない。
「ワシは休憩じゃ。ストーンシールドの使い方も考えないといけないのじゃ。ゴブリンと装備なしで戦うのはツラいのじゃ」
「その盾は役に立たなそうだし、仕方がないかな。ガーおじはゆっくりしていれば良いわ。足手まといになりそうだから置いていくわけじゃないから、心配しないでね」
レテも余計な一言を付け加えてしまう。
「レテ殿、ネアス殿、アーシャ殿。応援しているのじゃ。ケガには気をつけるのじゃぞ」
「お任せください、ガーおじさん。レテ様は私がお守りいたします」
アーシャが毅然として答える。
レテたちは邸宅を後にして外に出ていく。外には三人の他に人は見当たらない。ネアスが不思議がってレテに質問をする。
「援軍の騎士の皆さんはまだみたいだ。もう少し休憩出来るのか」
ネアスが腰をかけようとするのを見るが、レテは気にせずに精神を集中する。
「三人で充分よ。アーシャも一緒だし、余裕、余裕。シルちゃん、いつものように願いね。二人にはやさしくしてあげてね」
「緊張します。空に飛び上がるのは慣れません」
アーシャは体を固くして、シルフィーの力に備え始める。
「騎士団ではアーシャだけだよね、一緒に飛んでくれるのは。大空に飛び上がるのは最高に気持ちが良いはずなんだけどな。ネアスもそう思うでしょ」
レテの周囲に暴風が巻き起こり始める。周囲の騒音をかき消していく。
「ネアスさんは空が好きなんですね。レテ様の協力者に選ばれただけの事はありますね。私は目をつむってしまうので空を満喫できないんですよ」
アーシャが尊敬の目でネアスを見る。ネアスは満更でもない様子である。
「シルフィーに任せれば大丈夫さ。緊張することはないよ。僕はけっこう慣れてきたから楽しみだ」
ネアスはアーシャに良いところを見せようと虚勢を張る。
「シルちゃん、ネアスが最初、次が私、最後がアーシャね。ネアスにはサービスしてあげてね。やっぱり空が大好きなのね」
レテはとてもうれしそうにシルちゃんにお願いする。
「前みたいにお願いします、シルフィーさん。うあー!、わー!、わー!」
ネアスが勢いよく空に吹き飛ばされていく。
「楽しそうですね。私もあんな風に楽しめるようになりたいです」
アーシャはネアスを見上げる。
「才能なのかな、私も行くわね。ストレス解消出発」
レテは体を丸めて空に飛び上がり、地上からシルフィーの暴風をぶつけてもらう。一瞬でネアスを追い越して、先頭に立って空に消えていく。
「いってらっしゃい。私もお願いします」
アーシャは息を吐く。
ストーンマキガンの採石場は街の外に位置しており、この場所を起点に街は広がりを見せている。採石場の歴史はストーンマキガンの歴史と言って良いほどの場所である。
近年は金属製品の普及に遅れを取っているが、まだまだ城壁などの用途に使われることが多いため重要な場所である。削り出された岩が所々にむき出しにその姿を表している。その採石場にゴブリンたちが集まり、隊列を組み、盾を打ち鳴らしている。
激しい暴風が上空よりゴブリンたちに吹き付けてくる。ゴブリンたちは怯んで隊列を崩してしまう。レテが勢いそのままに地上へと舞い降りる。
「到着。ゴブちゃん退治の時間ね。逃げるなら今のうちよ」
ゴブリンたちはレテの到着に驚きを示すが、再び隊列を組もうとする。
「前までは逃げていく子たちが多かったんだけどな、慣れちゃったのかな。登場方法を変えた方が良いかな、シルちゃん」
レテは剣に手を当てる。ネアスも上空から勢いよく落ちてくる。彼は転んでしまうが、すぐに立ち上がり前方を見る。ゴブリンはその場を動かない。
「スリルがありすぎだ。命の危険を感じたよ。シルフィーさん、やさしい着地ありがとうございます」
ネアスは冷や汗をかきつつも、ゴブジンセイバーを颯爽と抜き放つ。
「ゴブジンセイバーの力を思い知れ」
ネアスはレテの様子を見ている。続いてアーシャが穏やかな風に包まれて、静かに到着する。閉じていた目を開き様子を確認する。
「最近のゴブリンの数は異常です。いつお通りに前衛を任せてください」
アーシャは背中の槍を手に取り、レテを守るように前にでる。
「アーシャがいると楽ができて良いわ。簡単すぎるのもつまらないけどね」
レテはシルフィーの力を借りるために精神を集中する。
「僕は邪魔にならないように少し離れていようっと。二人の連携楽しみだ」
ネアスはゴブリンの方から遠ざかり、気を抜いて立っている。
「私たちにお任せください。騎士団のチームワークを見せて差し上げます」
アーシャは意気揚々とさらに前に出て、ゴブリンたちを引きつけようとする。ゴブリンたちは踊りをするのに忙しくて、彼女には目を止めてない様子である。
「ゴブちゃんたちは私たちを舐めているみたいね。痛い目を見てもらうかな、街の近くまで来るようだと心配ね」
レテはシルフィーに作戦を伝えるためにさらに精神を集中する。採石場には石が所々に転がっており、足場が悪く戦いにくそうである。ゴブリンの中にも踊りの途中で転んでいる者たちもいる。
「転んで怪我しても踊りを続けるなんて、ゴブリンは根性があるな」
ネアスは足を動かす。
「踊ることでパワーアップするとか、スピードアップするとか言われていますね。所詮ゴブリンですので、こちらの態勢を整えるのが正解です」
アーシャも特製の槍をクルクルと回し敵を挑発する。ゴブリンもそれに気づき盾を激しく打ち鳴らして、突撃の準備をする。
「わざわざ待ってくれてありがとう、ゴブちゃん。今回はしっかり学習をするのよ。街に近づいちゃダメよ」
レテも準備が完了する。
「シルちゃん、作戦通りにお願いね。石つぶて!」
レテが言葉を発するとそれに呼応してシルフィーが採石場に風を巻き起こす。暴風によって地面に転がっていた石が竜巻の中へと集まっていく。
「あの石をゴブリンに当てるのですね。思いっきり痛いですよ、きっと」
アーシャは石が集まっていく様子を興味深そうに眺めている。ゴブリンたちは突撃を開始している。
「僕でもあれを食らったらまずいのは分かるよ。ゴブリンさんたち、さっさと逃げたほうが良い。走れ」
ネアスが小声でゴブリンに警戒を与える。
「ゴブちゃんも気づけばよかったのにね。もう遅いわ、容赦はしないわ」
風で集められた大小の石がゴブリンたちへと向かっていく。次々と彼らにぶつかっていく、悲鳴が鳴りひびく。不運にも大きい石に当たったゴブリンは倒れ込んでしまう。
「やりすぎちゃったかな。ごめんね、ゴブちゃん」
レテは傷ついていくゴブリンたちを見て、寂しげな表情を浮かべる。だが、シルフィーの力を止めるような事はしない。
「仕方がないです。ここはストーンマキガンの方たちが利用する場所です。ゴブリンに占領される訳にはいきません」
アーシャはしっかりとゴブリンがレテに近づいていかないかを警戒している。ゴブリンは盾も吹き飛ばされ、続々と採石場から逃げていく。
「レテが味方で良かったよ。ゴブリンに生まれなくて本当に良かった。あんな目にはあいたくないな。ここにはもう来るなよ」
ケガをしたゴブリンを背負って逃げていく様子をみて、ネアスはレテの背後から大声で叫ぶ。
「もう、大丈夫かな。シルちゃん、ありがとう」
レテはゴブリンが敗走していく様子を確認して、シルフィーの力を弱める。石は地面へと転がっていく。
「ここには何かあるといいわね。何で採石場なんかにゴブちゃんが集まったのかな」




