借ララリ
町長の邸宅は風の神殿の隣に位置している。石造りの立派な建物で周囲の邸宅に比べて、一つ一つの石に大きめの石を使って建築されている。庭も個人のものとしては大きい方である。
「一度だけ挨拶に来たことがあるけど、大きくて立派な建物よね。王都の貴族の邸宅とはまた違う感じで圧倒されるわね」
「騎士団勤めも本当に大変そうだ。町長とお話をしないといけないなんて、緊張してきた」
ネアスはレテの不機嫌と緊張でビクビクしている。ガーおじは黙って様子を見ている。
「ゴブちゃん退治だけが騎士団の仕事じゃないからね。街道の警備とか街の治安維持、それには町長の協力も必要なのよね。普段は会うことはほとんどないけどね、平和な国だから大体はいつも通りの任務でダイジョブ」
レテはネアスに説明をしてあげつつ、邸宅の門番に話しかける。
「シャルスタン王国の騎士レテよ。町長と面会するために来たわ」
レテはビシッと決めて、二人に見せつける。門番はレテの名前を聞くとすぐに邸宅に向かって走り出していく。
「カッコいい、騎士団はやっぱりカッコいい。憧れるなあ。シャルスタン王国の騎士ネアスです。よろしく頼む」
ネアスはレテの真似をしてカッコつける。ガーおじはストーンシールドが重くてしゃべるのをやめている。
「私も昔は騎士の真似をしていたわね。カッコいいわよね。騎士になった後は任務、任務で忘れちゃうのよね」
レテは空を見る。
「騎士は忙しいのか。僕には難しいかもしれない。物覚えが良くなくて村の先輩に叱られる事が多かった。メモをしっかりしないと覚えられない」
ネアスは昨日の夜から書き込みの増えていない日記帳を取り出す。
「決まった任務しかないから慣れればダイジョブ、ダイジョブ。ゴブちゃん退治、街道警備、街の見回り、お使い、武器の訓練に手入れ。みんなで分担しているから問題なしよ」
レテはガーおじが疲れ果てている様子を見て取るが、ちょっと放っておくことに決める。
「覚えることがたくさんある。王国でも優秀な人が集まっている所だ。僕は真似だけで充分だ」
ネアスはすぐに日記帳をカバンにしまう。
「優秀な子たちは多いけど、サボっている人も。ウウン、何でもない。ネアスは冒険者のままの方が良いわよ。騎士団に入ったら旅はできなくなるわよ」
レテはネアスを見つめる。
「冒険者も不安定な仕事だからなあ、ギルドで活躍するのにもララリと実力が必要だし……」
ネアスが話を続けようとすると門番が戻ってくる。もうひとり若い女性が後ろからついてきている。
「また、夜にでもお話しよっか、ネアス。今日の最初のお仕事ね」
レテは気合を入れ直して、女性のもとに進んでいく。
「レテ様、ご来訪ありがとうございます。町長の助手をしているルアです。よろしくお願いいたします。さっそくご案内します」
ルアは三人を邸宅の中に案内していく。邸宅の中は物がほとんど置かれていなかった。レテはその様子に違和感を覚えるが、ルアは気にせずに応接室に向かっていく。
「町長から話を伺うのが一番だと思います。どうぞ」
ルアもレテの表情に気づいてはいたようで、前置きをして応接室の扉を開く。部屋は殺風景で客用のソファーのみが置かれていた。
「私が町長です。レテ様、協力者の皆様、どうぞお席に」
町長が挨拶する。
「ありがとう、町長。いろいろと聞きたいことがあるのよ、助かるわ」
三人はソファーに腰を掛ける。ガーおじはストーンシールドを床に降ろして、安堵のため息をもらす。
「やっと軽くなったのじゃ。極楽じゃ、極楽じゃ」
ガーおじは肩を回す。
「ストーンシールドですね。私の街の名産品を買っていただいてありがとうございます。町長も感謝していると思います」
ルアが石盾に気づき、喜んでいるみたいである。
「ちょっとの距離しか歩いていないじゃない。これからどうするのよ、本当に。ずっとシルちゃんに運んでもらうのはイヤよ、絶対」
レテがガーおじに今まで言えなかった事を伝える。彼女はやっとスッキリとした様子でストーンシールドを邪魔そうに眺めている。
「持ち運びようではありませんから仕方がありません。もしもの時のために家に置いて護身用として我々で開発した商品です」
ルアがストーンシールドの使用方法を説明する。
「敵がせめて来た時に玄関の前や窓の前に置いて時間稼ぎをするために作られた盾です。持ち運ぶのは不可能ですが、一時的に通常の盾のように使うことも可能です」
「そんな説明聞いていないわよ。というか、聞かなくても分かるわよ。持ち運べるわけないわ。ガーおじのせいじゃない?」
レテは一瞬怒りを覚えるが当たり前の事だと気づく。
「僕に力がないわけじゃないんだ。その男の店員さんが力持ちすぎだったんだ」
ネアスはルアの話を聞いて自信を取り戻す。
「あの子はちゃんと説明しなかったみたいですね。店の場所を取って邪魔だ、邪魔だ
とよくぼやいています。私の方から謝罪いたします。申し訳ありませんでした」
ルアが三人に丁重に頭を下げようとするのをレテが止める。
「聞かなくても分かることよ。どこでも邪魔扱いなのね。それはそれでかわいそう。重くて使いにくいだけ、致命的かな」
レテはつぶやく。
「ルア殿、そなたが気になさることではないのじゃ。使いこなせないワシが未熟なのじゃ。ストーンシールドのせいではないのじゃ」
ガーおじは石盾をなでて、なぐさめているようだ。
「ガーおじさんですか。ストーンシールドの良さが分かりますか。なかなかの目利きのようですな」
黙って話を聞いていた町長がガーおじの言葉に反応する。
「町長、レテ様のお話を伺いましょう。よろしいですね」
ルアが町長とガーおじの話を遮り、話を進めようとする。
「協力者のネアスとガーおじよ。お祭りの事を聞きに来たのだけど、何でこの家はこんなに物がないの、前に来た時はいろいろと調度品があったわよ」
レテが素朴な疑問を口にすると町長は口を閉じ、黙って石盾を眺め始める。
「レテ様がお望みであれば説明いたします。原因はストーンシールドです。私がここに勤め始める前の話なのですが」
ガーおじが石盾を撫でる手を止める。
「簡単に言わせていただきますと、この盾は町長の私財で作ったのですが思っていたより売れなかったのです。今の状態がその結果です」
ルアの話では街を盛り上げるためにストーンシールドを作ったのだが、なぜか町長が盾を量産しようと言い出した。他の街の有力者たちは様子を見つつ生産していこうと提案したが町長が譲らずに私財で街の鍛冶屋に依頼してしまった。
石の加工に時間がかかり、しかも売れなかったことあり、借ララリの質として先祖代々集めていた調度品は取られてしまった。返済の目処は立っていないとのことである。
「王都の方には伝わっていないわね。とても面白い、ウウン。とても悲しい話だからみんなも興味あると思うけどな」
「あくまでも私財ですから王都への報告は必要ないと思いました。私の判断です。街の運営は滞りないはずです」
ルアがまたレテに頭を下げようとする。
「ルアの言う通りね。報告の必要はないから問題はないわ。あなたが気にすることではないわ、町長の判断ミスね」
レテはルアの味方になる。
「一寸先は闇か。借ララリはしたくないな。真面目に働いていこう」
「ワシもレテ殿のララリを借りて良かったのじゃ。他の人から借りたら大変な目に合いそうなのじゃ。どの時代でもララリはコワイのじゃ」
ネアスとガーおじは借ララリに恐怖する。
「二人とも私のやさしさが分かってきたようね。良いことよ」
レテの機嫌が戻る。
「いいえ、私にも責任はあります。ストーンシールドを提案したのは私なんです」
ルアが話を続けようとすると応接室の扉が開く。
「失礼いたします。レテ様、ご報告です」
アーシャが部屋に駆け込んでくる。レテは立ち上がり扉に向かっていく。
「緊急事態ね。ゴブちゃんじゃないと良いのだけれど……」