風の願いを
風が森に落ちる。森はざわめいた後に静まり返る。激しい風が木々の間を吹き抜けていく。木の葉が上空に舞い上がり、風に流されて崖の下に落ちていく。
昨夜、この大地のある王国に多数の星が流れ落ちた。不思議な現象に王国中の人々が驚き、不安や興奮を感じた。
その日の朝早くに王都からほど近い森に激しい暴風が吹き付けている。その中心には人の姿が確認できる。彼女は大きく背伸びをする。
「到着。やっぱり空は気持ち良いね。春の風もステキだね」
静まり返っている森林で彼女の声のみが響き渡る。スラリとした体型のきらびやかな鎧を身に着けている美しい女性が静かに空を眺めている。彼女は大きなあくびをする。
「昨日は三百年に一度って話の流星群だったけど、被害はあそこだけみたいね」
彼女は目を森の下に向ける。
「あー眠い。ネムネム」
崖の下には広大な景色が広がっている。ポツンとしたクレーターが目立っている。
隣では相棒のモラがキャッキャと楽しそうだ。
「お出かけ楽しいよね、モラ。王都は息がつまっちゃう。キソク、キソク、もう聞きたくない。モラは触ると気持ち良いし、頭脳明晰、足も早い、最高の相棒」
彼女は指で背中を優しくモフモフする。
「レテ、レテ」
モラの仲間で言葉を理解できるのはめずらしい。レテのお気に入りの子だ。フッサフサな足を毛づくろいをしているとすぐに崖の下をのぞき込む仕草をはじめる。
「なにをみつけたの。せっかく良い天気で良い風も吹いているし、少しゆっくりしようよ。急がなくても大丈夫!」
軽やかにモラに近づき、やさしくその背をなでる。レテの視力の数倍はあるモモンガ族。
「これでタイクツな毎日ともおさらばできるかな。わたしに準備が必要なの。モラ」
レテは精神を集中させる。穏やかな風が周囲に起こる。
「あなたのように自由に風に乗れたら良いのにね」
ちょっとため息をつくが、すぐに気持ちを切り替える。大きな穴の方に目を移して、観察をはじめる。
「置いていかないでね。いつも勝手に飛び出しちゃう。あんまり私を困らせないでね。一緒に行こうね」
モラはレテに足をよじり上り、きれいなフトモモをいつものように舐める。
「変なところ好きだよね。女の子同士だから良いのかな、王都の人たちといるよりずっと楽しいわ。みんなは心配しているかな」
レテは騎士団の仲間の事を思い浮かべる。
「タイクツなことばっかり!ちょっとは刺激が必要かな」
レテが腰をかけて一休みしようとする。その時、モラが体を広げて飛び出していく。風に乗り、気持ちよく大空で遊んでいる。
「動きがあるみたいね。一番って自信あったのに、どうせ、ヤバンなヤツラでしょ。数には入らないかな。急ぐことはないわ」
聞いてくれる者は誰もいないように見える。モラはクレーターに向かって順調だ。
「シルちゃん、いつものようにお願いね」
レテの呼びかけに応じる。風の精霊シルフィーが唸り声を上げるような竜巻を引き起こす。
「手加減しないで、ふっとばしてね。何が起きているんだろうね、楽しみ」
レテはジャンプをして、体を整える。
「ヒマな騎士団の任務はもうたくさん、最年少騎士団長の私に全部任せて、みんなはサボってばかり」
レテは地面を足で叩きつける。彼女は空を見上げる。
「シルちゃんは私の味方、特製たまごサンドを食べさせてあげたい!いつか叶えてみせるから楽しみにしていてね」
レテは空に飛び込む。その体をギュッと丸める。衝撃に備える。シルフィーが周囲の風を吸収していく。彼女の華奢であるがしまった体に高速で迫る。
「この瞬間が一番気持ち良いな。素敵な男の子に出会えますように」
シャルスタン王国の騎士団長はとてもとてもいそがしい。最年少は彼女の誇りではある。しかし、最近は都合良く使われている気がする。
「キモチが乗らない。街の人の幻想も面倒くさいし、もう、どうしようかな」
レテはクレーターを見つめる。大きな穴だ。
「もう一度、流星さんお願いします。クレーターさんかな、その大きな力でわたしの小さな願いをかなえてください。まったく信じてないけどね」
レテは激しい風を感じ気分が上がる。竜巻が彼女にぶつかり大空に吹き飛ばされた。彼女は青い空を見る。竜巻が再び彼女に衝突する。昨夜、流星に込められなかった願い。ストレス解消の風の一時。
「どっちにしようかな!」