どっちにしようかな
レテは窓と扉を交互に見る。キハータのいびきは終わらない。アーシャはレテの決断を待っている。
「外は危険かな、今日は宿の外には出ない。外に出たら負け、これで良いかな、アーシャ。忘れ物はない?」
レテはアーシャに問いかける。
「プラスが足りないです。マイナスばっかりは良くないです」
アーシャは答える。
「そうね、侵入者を撃退したらプラス三かな。いないと思うけど、後はネアスやラーナを見つけたらプラス三。きっといないわ。ゴブちゃんを見つけたら勝利、絶対いないわ」
レテは答える。
「亡霊を見つけたらプラス三、お菓子の精霊さんを見つけたら勝利です。いないハズです、レテ様、隠してないですよね?」
アーシャは不安げに尋ねる。
「亡霊の時間には早いけど最近は早起きなのかな、行きましょ、アーシャ」
レテは扉を開ける。高級宿の廊下は暗闇とキハータのいびきに包まれている。レテは目が暗さに慣れるまで静かに待つ。アーシャはそっと扉を閉める。
「灯りは消したのね、ソミーレかな」
レテは小声でアーシャに話しかける。
「気の利く方ですね、暗いほうが良く眠れます」
アーシャも小声で答える。
「フルートの音も聞こえないし、部屋に戻る途中で消していったのね」
レテは周囲を見渡す。目が慣れてきて遠くまで見える。誰もいないようだ。
「食堂に向かいましょう。キハータさんが起こしたら負けです」
アーシャは音を立てずに一階への階段に向かっていく。
「食料調達が最優先、勝負は時の運かな」
レテはアーシャの後に続く。二人は一階のロビーを見つめる。キハータがローブを毛布代わりにして眠っている姿を確認する。ソミーレの姿はない。
「楽勝、楽勝」
レテは笑みを浮かべながら足音を立てずに階段を降りていく。キハータのいびきが止まる。レテは動きを止めて、ゆっくりとキハータの方を見る。彼は寝ている。後ろからアーシャがレテの脇をつつく。
「ひゃ、ダメ」
レテは小声で注意する。
「油断禁物です」
アーシャは素早く階段を降りていく。再びキハータのいびきがホールに響き渡る。レテはアーシャの後に続き、階段を降りていく。キハータのいびきが止まる。レテも動きを止める。彼女が下を見るとアーシャが手を振っている。レテは静かに階段を降りていく。
レテは一階に着くとキハータをニラミつける。彼はすやすやと眠っている。レテがイライラするとアーシャが肩を叩き、食堂の方を指差す。レテはしぶしぶながらもアーシャの指示に従い、歩いていく。アーシャは静かに食堂の扉を開ける。部屋の中は真っ暗だ。二人はスッと部屋に入り込み扉を閉める。レテは部屋の中を観察する。人の気配は感じない。
「私の時だけよ、キハータはイジワル」
レテはアーシャに告げる。
「タイミングです。悪意はないハズです」
アーシャはキハータを擁護する。
「ホントかな、私がきれいでやさしくてかわいいからキビシクされてないかな。キハータの心にも悪が芽生えたのかもね」
レテは食堂の中をキョロキョロしながら小声で答える。
「キハータさんもネアスさんの信奉者になるんですかね。急に暴言を吐かれたら、ビックリして槍で叩く危険性があります」
アーシャも小声で答える。彼女は食料の捜索を開始する。
「ガーおじはネアスに惹かれていた。私は最初から知っていた。彼らは私の悪口を言っているって気づいていた。無視をしていたわけじゃないけど、大きな問題だとは思っていなかったわ」
レテはアーシャと逆の方へ歩き始める。
「ガーおじさんはレテ様に対してイジワルですけど悪い人ではないと思います。放っておいても問題ないし、悩むだけ無駄です」
アーシャはテーブルの下を眺める。何もない。
「奇跡が起きた、暗闇に涙が届いた。偶然じゃない、ララリは大事」
レテは椅子の下を見る。何もない。
「次は何も起きませんよ、レテ様。奇跡は一度だけです。二度目はフツウの出来事です。暗闇に涙が届く。すぐに王都でも噂が広がります」
アーシャは次々とテーブルの下を確認していく。
「三度目は誰も興味も抱かないかな、涙の力を知らない王国の民はいない。どこまでも風が運んでくれる。おじさんの涙は特別」
レテはテキパキと椅子の下を見ていく。
「空まで運ばれた涙は大地に降り注ぐ。ガーおじさんの涙ですか、逃げたくなります」
アーシャは全てのテーブルを確認した。
「薄まるからダイジョブ、ダイジョブ。私も凍らせても良いかな」
レテも椅子の確認を終える。
「精霊は不思議です。色んな力があります。ここに地下室への入口はないんですね」
アーシャは調理場に向かう。
「魔王の魂さんは何の精霊なのかな、流石に亡霊じゃないわ。水と氷、似ているものは一緒なのかな。凍った涙は奇跡を起こせない、何を引き起こすのかな」
レテはアーシャの後に続く。
「凍りついた奇跡、暗闇には流れない涙。想像が付きませんね」
アーシャはさっそく貯蔵庫を開ける。何もない。
「キハータは運が良いわ。ちょっとでも食材が残っていたらシルちゃんにお願いして吹っ飛ばしていたかな。ウソは付かないのね、気の利く高級宿の店主は侮れないわ」
レテは棚を調べる。何もない。
「空き瓶も容器もありませんね。貴族はどうしてたくさん食料を持っていたんでしょうね。王都にもお店はたくさんあります」
アーシャは貯蔵庫の中に手を入れてモゾモゾしている。
「災厄が近いから焦っているのかな、お腹が減ったら戦いたくなくなるわ。魔術も使いたくなくなるかもね、騎士の食料は大臣と副騎士団長が何とかするハズ」
レテは棚を調べている。
「手応えあり、私の勝ちです」
アーシャは貯蔵庫の出っ張っている奥の石を押す。動かない
「高級宿の仕掛けは一筋縄ではいかないよね、その分中身が気になる、気になる。アーシャ一人で謎は解けるかな」
レテは棚を調べ終える。
「押してダメなら引き、基本が大事です」
アーシャは石を引っ張ろうとするが動かない。
「それでもダメなら壊すのみ」
レテは貯蔵庫に近づいていく。
「私は反対します。弁償したくないです」
アーシャは素早く後ろに下がる。
「私とアーシャの絆はガーおじたちに負けない。一緒にグッと押しましょう」
レテは試しに貯蔵庫の中に手を入れる。出っ張りは見つからない。
「もっと右ですね」
アーシャが助言する。
「暗くて見えないのに良く分かったわね。何もなさそうだし他の場所を探そうかな、貯蔵庫の奥にあるのは非常食ね。ストーンマキガン特製クッキーで決まりかな」
レテはすぐにあきらめる。
「オイシイお菓子ではないハズです。点数は欲しいですが特製クッキーの気分ではありません。後はどの部屋にありそうですかね、レテ様?」
アーシャはレテに問いかける。
「遊技場、おフロ、店主の部屋が一番アヤシイけどキハータからお菓子を奪うのは気が引けるかな。帽子もくれたし、料理もオイシイわ」
レテはあくびをする。
「眠いですね、サクサククッキーかフワフワの甘いパン、デカデカのやわらかいモチが食べたいです。辛辛のモイも捨てがたいですけど……」
アーシャは想像してしまう。
「メンドウだけど外に買い出しに向かうしかないわね、勝負はオシマイ。引き分けは何度目だっけ、アーシャ?」
レテは調理場から立ち去っていく。
「百回目以降は数えていませんが、二百回には到達していないと思います。私の感覚ですが間違いはないと思います」
アーシャはレテの後に続く。
「初めての勝負で足の速さを競った。新人にすごい素早い女の子が入ったって聞いたわ。あの頃は貴族の相手でイライラが最高潮だったかな」
レテは扉に向かう。
「精霊使いにして凄腕の剣士。身のこなしも軽く、さらにきれいでやさしくてかわいい。レテ様はあの時から新人騎士の憧れでした」
アーシャは笑みを浮かべる。
「ほめられるのは慣れているけどアーシャがそう言ってくれるとうれしいかな、他の子たちは私に付いてこれなかった。才能がありすぎるのかな、自分でも恐ろしくなる時がある。私はどこまで行くの、シルちゃんの力に限界はないのかな」
レテは答える。
「レテ様が立ち止まる日、想像できません。最初の勝負は私の勝ちでした。今でも直線なら負けません」
アーシャは自信を見せる。
「じゃあ、廊下で勝負。壁に早く手を付けた方の勝利、キハータも起きるし。良い事尽くめかな」




