詩人さん
レテが宿の扉を開けるとキハータが女性と話をしている姿が目に入る。宿の中には二人の声が響いている。彼女は羽飾りがたくさんまとわりついているローブを着ている。
「キハータ、こんばんわ。今日の夕食は期待しても良いかな」
レテはキハータに声をかける。
「うるわしき〜、レテ様、いらっしゃいませ〜」
キハータは低い声で答える。
「今日はお客さんが少ないですね、どうしたんですか?」
アーシャはホールを見渡す。人の姿は見当たらない。
「うるわしき〜、アーシャ様。ほまれ高いー大臣の到来〜、貴族は王都に連行されました〜。商人も同じ〜」
キハータは低い声で答える。
「詩人のソミーレと申します。今朝は素晴らしい光景を拝見させていただきました。ただいま、キハータさんと歌を作っているところです。よろしかったら、ご協力をお願いできませんか?客のいない宿は絶好の場所です」
詩人は二人に挨拶をする。
「よろしく、ソミーレさん。今すぐ協力してあげたいけど、お腹が減ったかな。高級なお菓子をちょうだい、キハータ!」
レテはキハータに要求する。
「初めまして、ソミーレさん。お菓子は甘いのでお願いします。今日はすごく疲れました」
アーシャは補足する。レテはうなずく。
「うるわしき〜?お菓子は貴族の方々が全部買い取っていきました。明日市場に行って調達するまで何もありません。お菓子職人は朝が早いので、もう帰りました」
キハータは答える。
「凄まじい光景でした。貴族たちが先を争い、ララリを出しました。高級宿の食材がみるみる内に消えていきました」
ソミーレが答える。
「隠しているお菓子、秘密のお菓子、とっておきのお菓子があるでしょ。今、王様が来たとしたら出すお菓子、今日は来ないからダイジョブ、ダイジョブ」
レテはお菓子をねだる。
「私の家にも特別なお菓子がありました。隠し場所は秘密ですがお母さんがもしもの時のために残しておくお菓子です。楽しみですね、レテ様」
アーシャは笑みを浮かべる。
「王族用のお菓子ですか?私も気になりますね、詩の題材にもなりそうです。高級宿の秘密のお菓子、甘い、辛い、苦い。どれがホンモノ、選ぶのはあなた。苦いお菓子がハズレかな、甘いお菓子が当たりのハズだ」
ソミーレが軽快に答える。
「うるわしき〜、ソミーレ様。気の利かない宿の店主は従業員にお菓子の買い出しを任せているので備蓄の場所は分かりません」
キハータは低い声で答える。
「気の利かない宿の店主一人で営業しているハズはない、姿を現しなさい。お菓子を出すまで宿からは出ていかないわ!」
レテは宣言する。誰も出てこない。
「お噂通り勇ましいお方です。ラトゥールの末裔を導くモノ、シャルスタン王国騎士団長。街の人々が話していました」
ソミーレが答える。
「ネアスさんだけでは大変な目に合うだけです。レテ様が目を光らせていないとお菓子も出してくれない気の利かない宿の店主もいる街です」
アーシャはキハータを見つめる。
「うるわしき〜、アーシャ様。お菓子はありません、信じてください」
キハータは困り果てる。
「探せばあるわ。ホントに王様が来たら必死になって探すハズ。小娘の騎士団長のワガママは無視するに限る、どうせララリは持っていないし、宿にタダで泊まるつもりだ。タダはダメかな」
レテはソミーレに問いかける。
「レテ様がいなければゴブリンが街を荒らし尽くしたでしょう。けが人も出て、この高級宿ももみくちゃにされて、貴族に売る食材にも困っていた事でしょう。何もなかった、人々はなぜ忘れしまう、お菓子もない、気も利かない、ララリは取る」
ソミーレは答える。
「精霊の力でお菓子は探せないのでしょうか、レテ様。甘い精霊さんが王国中のお菓子の場所を知っている」
アーシャがレテに尋ねる。
「うるわしき〜、レテ様。気の利かない宿の店主をお助けください」
キハータはレテにお願いする。
「甘い精霊?!甘いお菓子をたくさん食べたけど、何も起きなかったわ。それとも私の食べるお菓子だけ甘い精霊さんがもっとオイシクしてくれていたのかな」
レテは精神を集中させる。反応はない。
「詩人の集まりでも甘い精霊、お菓子の精霊の伝承は話題になりません。ラトゥール様のお話も見つかりません。ガーラント様のお話は素晴らしかった。詩人は森の騎士、大賢者、名もなき騎士の伝承を村で聞きまわる事でしょう」
ソミーレはちょっと興奮する。
「森の騎士さんはウィルくんの友達だと聞きました。どんな冒険をしたんでしょうね、ソミーレさんは何か思いついているんですか?」
アーシャはソミーレに尋ねる。
「ウィルくんも詩人さんの歌に登場する事になるのね。出来るだけ活躍させてあげてね、フラフラと光を灯すウィルくんのままじゃ地味だから、派手な光を起こせるウィル様!」
レテはソミーレに伝える。
「よろしいのですか、レテ様。皆を楽しませるには脚色は必要ですがイヤがる方も多いです。存命の方の扱いには繊細な気配りをいたします」
ソミーレが答える。
「うるわしき〜、皆様。ドリンクをお持ちします」
キハータは隙を見てその場を離れる。
「ありがとうございます、キハータさん。喉もカラカラです。怒鳴りすぎました」
アーシャは笑顔になる。
「気が利いている、アーシャ。おかしくない?」
レテはキハータが向かった部屋をじっと見つめる。
「調子が悪いんじゃないですか、キハータさんも寝不足ですよ」
アーシャは答える。
「毎回気の利かない行動をしている方がおかしいです。喉が乾いたら、特製クッキー。お腹が減ったら、踊りに誘う。眠くなったら、詩人の大声の歌を聞かせる。これではイジワル店主か?」
ソミーレは間違う。
「そうね、キハータは気が利かないだけ。悪い人じゃないかな、帽子もタダでくれたわ。お菓子を出し渋っている理由は分からない。誰でもお菓子は隠しているわ、そうでしょ?」
レテは二人に問いかける。
「当然です。レテ様にも教えません」
アーシャは答える。
「詩人は喉が大事なので甘いお菓子は必須です。隠し場所は秘密です。ゴブリンにも見つかられた事はないとの伝説です。私も今の所は隠し通せています」
ソミーレも答える。
「羽飾りがアヤシイけど、前に王都で見かけた詩人さんはそんなにたくさん付けていなかったから違うハズ。他にめぼしい所はと……」
レテはソミーレの腰を見つめる。フルートが目についた。
「私の専門はフルートとハーモニカです。詩も集めたり、作ったりしていますが他にも上手な者たちがいます。先日まで滞在していた方の歌声は王国一だと思っています」
ソミーレはフルートを手に取り、音を鳴らす。
「良い音色です。眠くなってきました。副騎士団長がナンパした方ですね」
アーシャはあくびをする。
「きれいで歌も得意なのね、モテるわ。私は少し眠る」
レテはフルートの音色を聞きながらホールで横になる。
「レテ様!」
アーシャが大声を出すとソミーレはフルートの演奏を止める。
「申し訳ありません。にぎやかな曲にします」
ソミーレは軽快なテンポでフルートを奏でる。
「眠いものは眠いかな、寝よ」
レテは質素なローブを脱いで投げる。
「レテ様、お菓子はいらないんですか?私が全部食べちゃいますよ」
アーシャはローブを拾いながら説得する。
「明日の楽しみにとっておくわ、眠い」
レテは横になりながら器用に鎧を外していく。
「眠りの歌を奏でましょう。心地よき夢の世界へ」
ソミーレは穏やかな曲を奏でる。
「私まで眠くなってきました。レテ様、お部屋に行きましょう。起きた時に人がいたら大変です。女性の肌は大事です」
アーシャはリボンを外して、レテの鎧を拾う。
「今日は夢はいらないかな、ずっと続く暗闇が良いわ。何も気にしないで眠りたいかな。なんだか目が冴えてきたわ」
レテは立ち上がりアーシャから鎧を受け取る。
「レテ様、ドリンクをお持ちしました。いつも仕事終わりに従業員が飲むモノです。お口にあえば良いのですが。私も眠くなりました」
キハータはテーブルにドリンクを置くと横たわる。
「では、こちらの曲はいかがでしょうか」
ソミーレは静かな低い音の曲を奏でる。
「シブい感じです。副騎士団長に似合いそうです」
アーシャはドリンクをレテに手渡す。
「ありがと、アーシャ。ソミーレさんは良い詩人ね」




