呪われた剣
神殿の書物部屋ではレテの説明が終わろうとしていた。レテはドロスに包み隠さずにすべての事を伝えた。ドロスは口を挟まずに最後まで話を聞いていた。彼は目を閉じ、自分の中で話を整理しているようだ。
「私たちも何も知らないに等しいのよね。ゴブちゃん神官はすぐに逃げちゃったし、ゴブちゃんの呪いなんて大したことないとおもっていたのよね」
レテは話を終え、のどが乾いたようで飲み物を探し求めるが見当たらない。ドロドロした変な液体しか見当たらない。
「ネアス、水筒に水が入っていたりしないかな」
レテはネアスの腰にかかっている水筒に目をつけ、それを奪い取って飲もうとする。
「マリーさんが何か入れてくれていたね。任せなさいって言っていたよ」
レテはマリーの名を聞くとささっとフタを開けて、飲み物をゴクゴクと飲んでいく。水筒からは爽やかな香りが漂ってくる。
「良い香りじゃな、次はワシにも飲ませてほしいのじゃ。さっきの苦味を早く消したいのじゃ、レテ殿急ぐのじゃ」
ガーおじが水筒を取ろうとするとレテはヒョイッとかわして、ガーおじには渡そうとしない。
「これはマリー特製のドリンクよ。ニガニガの舌にはもったいないわ。味わって飲むものよ。オイシイ、オイシイ、スッキリしたわ」
レテは飲み終わるとネアスに水筒を返して、ガーおじに取られないように防御する。
「分かったのじゃ。レテ殿の言う通りじゃ、まともな舌に戻ってから飲むのじゃ。女の子たちに水をもらってくるのじゃ」
ガーおじは部屋を立ち去り、神殿の外にいる少女たちの元へと向かっていくようである。
「ガーおじ様、お気をつけてください。いたずら好きな年頃の子が多いので油断はなさらないようにお願いします」
「このガーおじはそう簡単に騙されるような男ではないのじゃ。だが、ご忠告感謝する。ドロス殿」
ガーおじは颯爽と部屋を飛び出していく。ネアスも気をつけるように声を掛けて、ドロスのほうに向き直る。
「ドロスさんもマリーさんの特製ドリンク、いかがですか」
ネアスの提案にドロスは部屋に転がっていたコップを拾い、ドリンクを注いでもらう。
「実は私も飲んでみたかったんです。マリーのドリンクは有名です。良い味です、リフレッシュします」
「私もこれに負けない特製ドリンクを作って見せるからね。呪いが解けたら飲ませてあげるから、楽しみにしていてね、ネアス」
レテはもう一口、特製ドリンクを味わい決意を新たにする。
「気分転換した所で話をさせてもらいます。ゴブリンの呪い、祝福ですか。私は呪いについては王国一だと思っていますが、剣に関してはほぼ何も知りません。
ドロスはネアスの腰のゴブジンセイバーに目を向ける。
「ドロスさん、見てみますか。どうぞ」
ネアスは無造作に剣を外して床に置く。ドロスは剣に手を触れようとはしない。レテは興味があるようで、手にとって感触を確かめている。
「私は神官ですから剣には触れる事はできませんが、見た所は鞘の模様が不思議です。レテ様はどう思われますか」
「ゴブちゃん用ですって書いているわけでもないし、見た目だけで人が作ったものじゃないとは言いにくいわよね。模様も思いつきそうな感じね」
レテは鞘から剣を抜き放つ。手入れが行き届いていない刀身が姿を現す。
「僕でなくて抜けるんだね。ちょっとガッカリ」
ネアスはレテが簡単に剣を抜いてしまったので肩を落としてしまう。
「何事も試してみるものね。使い方は思いつかないわ。切れ味は悪そうだし、ホントにゴブちゃんの伝説の剣なのかな。呪われた剣かもしれないわね」
「剣自体に呪いがある。それもありえますね。その剣を破壊すれば、ネアス様の味覚の呪いも解ける可能性が高いです。一番手っ取り早い方法です」
ドロスは部屋の中から剣を破壊できそうなものを物色し始める。さすがにないとは思われる。
「剣を壊すとは思いもしなかったわ。さすが呪いの専門家ね、こっちがだめなら、あっちから攻めていくのね」
レテは剣を鞘にしまい、ネアスにゴブジンセイバーを返してあげる。ネアスは今度は大事そうに剣を腰に結びつける。
「二人とも気持ちはありがたいけど剣を壊すのは最後の手段にしておくよ。この剣にも使い道があるかもしれないし、神官さんも大事みたいに言っていたからね」
「ネアスは変なモノを信じるのね。風の加護に身を任せた方が良いわよ。ゴブちゃんの神官なんて信じて、ひどい目に合っても知らないわよ」
レテはネアスがすでにひどい目にあっているように思ったが、これよりヒドイことが起こりそうだと思って忠告を与える。
「何事も焦ってはいけません。私も神官長に注意を受けています。破壊はいつでもできますから、他の方法を探してみましょう」
「呪いを受けた張本人が決めたなら問題ないわ。呪われた剣ではなくて祝福を受けた剣になるように頑張りましょうか、ゴブちゃんの祝福で良いのかな」
レテはネアスの腰の剣にふれて、祈りを込める。剣は特に反応を示す様子はない。
「他の方法は心当たりがあるますか、ドロスさん」
ネアスはレテに感謝しつつも、ドロスにさらなる名案を期待する。
「ゴブリン神官を連れてくるのが一番ですが、それができない。難しい問題です。しかし、難題ほど燃えてくる、それが研究です」
ドロスは気合を入れ直し、さらに話を続ける。
「今すぐはできませんが、これから寝ないで研究します。他にも試したい事がたくさんあるのです。ご三人の時間のある時はいつでも寄ってくだい」
「ありがとうございます、ドロスさん。頼りにしています」
「助かるわ、私たちだけではどうにもならなそうだったしね。良かったわね、ネアス。でも、ガーおじはどこまで行ったのかな」
三人はガーおじを迎えに部屋を後にして、神殿の外へと足を踏み出す。昼過ぎの時間で日がサンサンと地上を照らしている。
「ガーおじ、そろそろ町長の家に行くわよ。女の子たちと遊んでもらっていたのかな、良い身分ね」
レテは花壇の手入れをしている少女たちの方に向かっていく。ガーおじの姿は見当たらない。少女たちはレテと目を合わせようとしない。
「神官長もいません。あなたたち、ガーおじ様に失礼な事をしたですか」
ドロスが少女たちを問い詰めようとすると、一人の少女が前に出て説明を始める。
「ごめんなさい、あんな事になるとは思わなくて。ガーおじさんは向こうの木の木陰で神官長と休憩しています」
少女は心配した顔つきで木の方を見て、三人を案内しようとする。
「どんないたずらをしたの、私も昔はお父様に迷惑を掛けたわ。ガーおじののほほんした顔を見るといたずらしたくなっちゃうよね」
レテは少女たちをかばうような発言をする。
「僕のいたずらはすぐにばれたなあ。君たちはすごいな」
ネアスは故郷の事を思いだしつつ、ガーおじのもとに向かおうとする。
「お二人ともいたずらが好きなんですね。私たちも大好きです。神官長もドロスさんもなかなか引っかかってくれないんです」
花壇で花の手入れをしている他の少女たちもレテたちの周りに集まって話に加わってくる。
「ミヤさん、お二人はかばってくれたのですよ。本気にしてはいけませんよ」
「ドロス、私はウソをつかないわよ。全部本音よ、私もミヤちゃんの年だったらガーおじに狙いをつけたわね」
「僕は神官長さんかな、バレてもやさしそうだし」
木の下では神官長がタオルでガーおじの額を冷やしてあげているのが見える。
「神官長はまずいかな。バレたらひどい目に合うわよ、きっと。ネアスはいたずらとかしない方が良いわね」
「ですね。いたずらいちゃいけない人のナンバーワンです、神官長は。お説教が長すぎます。もう懲り懲りです」
「ミヤさんも皆さんもお花の手入れに戻ってください。これ以上、レテ様たちにご迷惑をかけないように、風が皆さんを暖かく包みますように」
「私から神官長にお説教はなしにするようにお願いしておくわ。ガーおじも悪いのよ、風の加護がありますように」
「レテ様、ありがとうございます。本当にうれしいです。お説教なしを期待して待っていますね、みなさん頑張ってください」
レテたちは少女たちに別れを告げて、ガーおじのもとへと向かっていく。
「ガーおじはもっとぴしっとしてほしいわね。私の同行者なんだから、ほんとに頑張ってほしいわ」