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魔術

 レテは水が引いた礼拝堂の床を触る。カラカラになっており、彼女はホッとする。大臣は眠気に贖っている。秘書官が近づき大臣の手をつねってあげる。

「騎士団特製パンの予算をくれないし、専属のパン職人を雇うララリも出してくれない。せめて改良するために貴族のパン屋さんをかしてほしいかな」

 レテは大臣に伝える。

「予算は私が決めているのではありません。貴族と話し合い妥協して、さらにシグード様とすり合わせをしたうえで王様、貴族、シグード様、私で集まり決定します。ちなみに騎士団特製パンは貴族の反対で否決されます。私も賛成する理由がないので黙っています。他にも採用してほしい案がたくさんあるのでお許しください」

 大臣は答える。

「王都に戻れば詳細な記録が残っています。私が書き残しています」

 秘書官は大臣の手を強くつねる。

「貴族、貴族、貴族。ラトゥールの末裔の私に逆らうヤツラ、ネアスにお願いしているから覚悟しておくと良いわ。彼は私のためなら何でもするかな」

 レテは食堂を見る。

「ネアス様は穏やかな方に見えます。貴族に敵対する事はないでしょう。彼らも今後はレテ様にちょっかいをかける事はないハズです。人前で恋人のいる女性に声をかける事は無礼とされています。ほめるだけで口説きはしないでしょう。物陰でレテ様に声をかけたらどうなるか、オモシロイ話です。失礼しました」

 大臣は自重する。

「手紙は表か裏かどちらでしょうか?」

 秘書官は疑問を口に出す。

「手紙は常に表かな。残っちゃうからね、燃やすとしても受け取った側の判断。ラーナは手紙を大事に取っておいているかな。あなたはどうなの、秘書官さん?」

 レテは尋ねる。

「定期的に処分しています。選別はしているのですが、個人の名誉に関わるのでお答えは控えさせていただきますが、ラーナ様の手紙は保存しています」

 秘書官は答える。

「そうなんだ。ありがと、秘書官さん。ネアスは貴族を恨んでいるわ。私の手を無理やり掴んだ男、デートの真似事をさせたアイツはヒドい目に会うかな」

 レテは大臣を見つめる。

「あの男ですか、一人くらいなら構いません。私も見て見ぬふりをしましょう。決闘はオススメしません。相手に遺恨が残りますので不意打ちでやっつけて面子を保ってあげてください。彼らは名誉を大事にしています。私には分かりませんがオイシイようですね」

 大臣はレテに伝える。

「パンゴンよりは劣りますが名誉も大事です」

 秘書官が答える。

「勝者にはパンゴン、それが良いわ。ありがと、秘書官さん」

 レテは笑みを浮かべる。

「ゴン様はいません。材料もレシピも分かりません。大臣の私でも不可能な事はたくさんあります。レテ様が負けたら、どうなさるのですか。パンゴンはゴン様が人生を捧げて作り出した最高のパンです。レテ様は精霊使い、騎士団をおやめになるつもりですか?」

 大臣が驚く。

「私のせいです。パンゴンは幸せの味がする。どんな味でしょうか」

 秘書官の気持ちは止まらない。

「パンレテは恋の味がする。大臣が予算を出せばステキなパンを作ってあげるわ。ホントはネアスに最初に食べて欲しいけど彼は恋を知っているかな、大臣は知らないでしょ。仕事にしか興味がない堅物で難しい話が大好きな貴族」

 レテは大臣に伝える。

「恋の味がするパンですか。興味が出てきませんね。頭脳を鍛えるパン大臣、こちらの方が民に人気が出ます。恋より知性、パンの味は関係ありません。マズくでも食べるでしょう、私のように大臣になれます。ありえませんが信じるモノもいるでしょう」

 大臣はニヤける。

「大臣、詐欺はいけません。大臣にはなれないと民には伝えるべきです」

 秘書官は急いで訂正する。大臣はうなずく。

「ツマラナイパン、パン大臣。マズイ味のパン大臣、パンレテに敵わないパン大臣、頭も良くならないパン大臣。パンは知性の味はしないかな」

 レテはほくそ笑む。

「それでは勝者は相手に特製パンをごちそうする。味の判断は第三者に任せましょう。我々はシャルスタン王国では有名ですので便宜を図ろうとする人物はたえません。公平は判断を出来る人物。思いつきませんね」

 大臣は悩む。

「恋あるいは知性の味を知る人物」

 秘書官も考える。

「私しかいないわね。大臣は恋を知らない、ラーナも今は恋人不在。私は恋を知っている。知性の面では二人に劣るのは認めるけど、2つを兼ね備えた者は私だけね。きれいでやさしくてかわいい私、どこに恋と知性が当てはまるのかな」

 レテも悩みこむ。

「恋はやさしさ、知性はきれいさです。知識はきれいに並べられてこそ利用できるモノです。かわいい恋もステキですがやさしい恋の方が良いでしょう。私は恋をしたことはありませんが、恋するものはたくさん見てきました。しかし、レテ様が自分で恋の味のパンを確かめる。我々はそれに従うしかないのでしょうか?」

 大臣はさらに考える。

「私に恋人が出来た時がレテ様の勝利です。未来の私は恋の味を知っています」

 秘書官は大臣に伝える。

「大臣は仲間ハズレかな、一人だけ恋の味、パンレテの味を判断できないわ。勝者はパンレテに相応しくない男、恋を捨てた人。大臣は誰か口説いた事はあるの?」

 レテは突然質問する。

「王国に恋をした。つまらない答えです。私は民と国に尽くす事を誓いました。理由はご存知だと思いますが、私の家系は貴族の中でも低い地位です。名誉ある行動を祖先は嫌いました。彼らは知性に重きを置き、魔術と学問に熱心でした。不思議な人たちです。私ならば恋人を賭けて決闘やパーティーで活躍する技術を磨いたハズです。私の祖先は頭がそれほどよくありませんでしたが書物は集めていました」

 大臣は一応説明する。

「魔力も平凡で頭も悪い。大臣の祖先は未来を知っていたのでしょうか。すばらしき知性と魔術の才に恵まれた者が生まれる。全ての成果を彼は受け取り、大臣としてシャルスタン王国を豊かにする者、私の上司。あなたの後に大臣を名乗る者は現れないでしょう。そのモノは愚かな人物と自分で言っている。大臣っぽい人、秘書官らしき人。彼らは何を成し遂げるのでしょう、笑いが起こるでしょう。私は……」

 秘書官は止まらない。

「秘書官様、その言葉はあなたの心の中に閉まっておいてください。恋人が出来たら手紙ではなく、口で秘密として伝えてください」

 大臣が秘書官に注意する。彼は黙る。

「ホントだったの?貴族の噂だと思っていたわ、私たちには低いとか高いはわからないかな。みんな、おなじに見えるかな」

 レテは大臣に尋ねる。

「細かい点数制です。名誉、恋、決闘。それぞれ平等に点が割り振られています。合計で三十点です。魔術と学問は点数がつけられないので除外されています。モーチモテ博士のような方は簡単に三十点を超えます。不平等であるとの判断です。私も賛成しています。決闘も決められた通りに行いますので武術の訓練だけは勝てるようにはなっていません。生涯をかけて十五点以上で優れた貴族の証です」

 大臣は答える。

「大臣は名誉の点数が十点を超えそうなので問題が起きそうです。恋と決闘が廃れることを私も危惧しています。魔術と学問に身を捧げる王国、想像も出来ない」

 秘書官は震える。

「貴族の世界はコワいわ、恋は大事。決闘も見る分には楽しいかな。年に一度の大きい競技場で貴族が戦い合うのを見るのは爽快ね。ラーナも参加するのかな、似合わないわ」

 レテは微笑む。

「決闘の点数を捨てれば問題ありません。恋と名誉だけでも二十点になります。これは王都に住む貴族の義務なのでグラーフの街にお帰りになるのでしたら関係はありません」

 大臣は説明する。

「グラーフの近くも木々が多くて過ごしやすい所だと手紙に書かれてありました」

 秘書官は答える。

「ラーナの魔術はスゴいよね。ソラトブイワまで炎を飛ばせる魔術師は王都にもいないでしょ。どれだけの風が必要か検討もつかないわ、シルちゃんなら出来るのかな。ま、私はあんなに大きな炎は作れないけどね」

 レテは大臣を見つめる。

「風の精霊シルフィー様のお力ではなかったのですか?信じられません。どれだけの魔力を必要とするのでしょう。魔術師は魔力を使い風を起こし、魔力を使い風を動かし、魔力を使い風を目的地に運びます。さらに精神を研ぎ澄ますのにも魔力を使い、風を集めるのにも魔力を使い、風がどこかに行かないようにするのにも魔力を使います。炎にも同様の事を行います」

 大臣は天井を見つめる。

「風を起こす事も難しい。自然の風には魔力が含まれていません。魔力を込めた風を作り、周囲の風を動かす。一握りの貴族のみが使えます。私は風を集めるのが苦手です」

 秘書官がつぶやく。

「魔力を込めた火を作る。私もこれでオシマイ」

 レテは精神を集中させる。指先に火が灯るがすぐに消える。

「かわいらしい炎です。私も火は苦手です」

 大臣は精神を集中させる。指先に火が灯る。火はちょっとだけ前方に進み消える。

「大賢者は全部の魔術を使いこなせるのかな。災厄を打ち払う魔術、英雄を助ける力もあるかもね。書物に残っていると良いわね」

 レテは外への扉を見つめる。

「三百年も前の魔術です。シャルスタン王国にはモーチモテ博士がいます。大賢者に負けるハズはありません。魔術は確実に進歩していますので大昔の彼らは伝承で私たちの力になるのみでしょう。英雄は去った、今さら帰ってきても彼の居場所はありません。災厄に立ち向かうのはレテ様、ネアス様です。新たなる英雄、そしてシグード様が王国をまとめます。私は微力ながら、ご三人のお助けをするだけです」

 大臣は秘書官を見る。

「モーチモテ博士からの贈り物です」

 秘書官がカバンから袋に包まれた荷物を取り出し、レテに渡す。

「ホント、スゴい!」

 レテはすぐさま袋を開ける。中にはパーフェクトモチがたくさん詰まっていた。彼女はパーフェクトモチをかじる。頭痛は消えない。

「パーフェクトモチでも治らない頭痛。ちょっとマズイかな」


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