始まっちゃった
レテは小屋の壁に耳を押し付ける。中からはデフォーとユーフの大声が聞こえる。二人は熱く語り合っているようだ。ラーナとマリーは彼らの話に耳を傾ける。ウィルくんが明かりを灯している。
「どんな話で盛り上がっているのかな」
レテも二人の話を聞く事にする。
「朽ち果てない運命。レイレイ森林と関係があるのは間違いない。この小屋は魔術師の研究所だったらしい、ハローロが聞き出した話です。ギルドの魔法使いに相談しますか、デフォーさん」
ユーフの声が聞こえる。
「ユーフ、声が大きい。誰かが来ているかもしれない、外が静かだ。何かあったのだろうか。見に行こう」
デフォーが異変に気づく。
「ネアスに会いたい、気持ちが抑えきれない。どうしよう、ラーナ、マリー」
レテは大きな声で二人に話しかけてごまかそうとする。
「今はダメかしら、ネーくんがびっくりしたら大変よ。恋は駆け引きが大事、会いたい気持ちを弱めるのが先決かしら。常に平静を保つ、魔術師の原則ね」
ラーナも大声で話す。
「ユーフとデフォーさんに聞こえちゃうわ。声を落としましょう、レテ。ネアスさんは街でのんびりしているハズ」
マリーが二人に伝えると壁に耳を当てる。
「大丈夫そうです、デフォーさん。手早く調査を済ませましょう。レテ様が暴れ出したら大変です。運は俺たちに向いています。夢は近い」
ユーフの声が聞こえる。
「ネアス殿か。私は彼にアドバイスをしました。王都に向かいなさい、そこで運命が待ち受けている。新人冒険者に告げる言葉です。ギンドラのギルドに伝わる言い伝え、街を訪れる全ての冒険者に伝えられる言葉。私も先輩に言われました。何もなかった」
デフォーが語る。レテとラーナも壁に耳を近づける。
「俺は言う事を聞きませんでした。堅苦しい王都から開放されて、すぐに戻るバカはいない。ギンドラの近くに住んでいるヤツラは笑っていました。昔話はこれくらいにしましょう、女神の微笑みの時間切れはマズイ」
ユーフは答える。
「ネアスには教えられないかな。デフォーに特別に目をかけてもらったって感じで私に話をしてくれたわ。フツウは一目じゃ分からないかな」
レテは壁から離れる。
「ネーくんは冴えない男の子。ボーっとしているから私でも簡単に近づく事が出来たわ。クロウを脅かすには成功した事がないけど、ネーくんは楽勝だったかしら」
ラーナは壁にもたれかかる。
「ネアスさんはレテと仲が良さそうに見えたわ。街に来る前に何かあったの、呪いの他にも色んな事があったの、レテ。二人の出会いはクレーターでしょ。そこで出会い、好きになったの、レテ」
マリーはレテに問いかける。
「どこから私が彼に恋をしたかは分からないかな。ネアスが解き明かしてくれるみたいだから私は考えない事にしたわ。問題は彼がどこで私を落とせると思ったのか、そこが最大の問題かな」
レテは二人を交互に見つめる。
「難題ね。ネーくんはイケるって思ったからレテに告白をした。レテはそれを受け入れた。失敗しないと思ったハズ。ネーくんは慎重だと思うわ」
ラーナが答える。
「二人はラトゥールの末裔だから、ううん、その前には二人は恋人同士だった気がするわ。仲良く精霊伝説を追いかけていた。どこで告白されたの、レテ。すごく気になる、交換条件は何にしようか」
マリーは考える。
「クロウの秘密はどうでも良いし、私もきちんと目の前で告白された事はないし。どうしようかしら、大事な言葉の交換、何があるかしら」
ラーナも考え込む。
「ネアスはまだ告白していないわ。待っていてって言われたわ。夢が終わったばかりだから考える時間が必要、きれいでやさしくてかわいい私と一緒にいるって願いは終わり、次の夢が始まる。そうだよね、シルちゃん」
レテはシルフィーに呼びかける。三人を夜の風が包み込む。
「不思議な感じね。簡単に好きって言うのはダメなの、レテ」
マリーはレテに尋ねる。
「ツマラナイかな。出会った時にそんな感じの事を言ったから覚えていてくれたのかな、告白は慣れているからねって。からかっただけなんだけど、ホンキにしたのかな」
レテは答える。
「私の予測とは違ったわ。ネーくんは勇気を振り絞ってレテに告白をした。レテはそれに感動して彼の告白を受け入れた。きちんと疑問点は聞くべきね、私の悪いクセかしら」
ラーナは大きくうなずく。
「ネアスはガーおじと影で私の悪口を言っていたみたい、その裏で私に対する想いを深めていた。辻褄が合わない、何が彼に起きたのかな」
レテも疑問を口にする。
「レテの悪いと思った所も好きになったんじゃない。ガーおじさんの悪口のレテがかわいく感じた、きっとそう、絶対」
マリーは結論づける。
「光と影、朝と夜、鳥とたまご。二つを知る事で風が分かる。シャルスタン王国の始まりの言葉。私は彼の影を見られなかったのかしら、興味がなかったけど」
ラーナは目を閉じる。
「手紙の彼の事、別の人と結婚したんだっけ。ラーナの初恋かな」
レテはラーナを見る。
「ステキね。手紙だけの関係、思い出としては抜群ね。会ったら幻滅しそうだから、別れて正解。友達も長続きしなかったわ」
マリーが答える。
「私の初恋はクロウ。昔はカッコよかったのよ、今はお父様の援助があるから緩み切っているわ。あの時のギラついた目が幼い私の目には焼き付いているわ。燃える瞳、激しい言動、燃えたぎる情熱はどこかに行ってしまったようね」
ラーナは静かに語る。
「歌は上手だし、踊りもカッコよかったわ。私の好みじゃないけどモテるハズ、イメチェンしたのかな。誰かにフラレて傷ついて、別の方法を考えついたのかもね」
レテは答える。
「宿のお客さんの中にも急に明るくなった人がいてびっくりしたわ。いつも隅っこで食事をしていたのに、マリー、いつものって言われた時は無視したわ。次の日からは隅に戻っていったわ。今日も緑岩亭の味を楽しんでいるハズ、レシピは完璧に伝えたわ」
マリーは自信を持って答える。
「クロウはそうね、そこには気を使っていたのかしら。徐々に変わっていったわ。いつの間にか今のクロウになったわ。動きに無駄がなくなったのかしら、踊りの練習をたくさんしたのかしら、やっぱり聞いてみないと分からないわ」
ラーナはうなずく。
「街に帰ったら情熱的なクロウに戻っていたらオモシロイかな。どんな感じだったの、気になる、気になる。教えてくれたら、うれしいかな」
レテはラーナを見つめる。
「俺はやるぜ、一流の冒険者になる。そしてキミを迎えにくる、何だか想像できない。熱血クロウさんはどんな感じが似合うのか分からないわ」
マリーも興味を示す。
「ウィルくんも気になるかしら?」
ラーナは胸元を開けてウィルくんに見せる。モラがびっくりして飛び出す。ウィルくんはすごい速さでフラフラ動く。
「そろそろ戻ってくる、モラ。まだまだラーナと一緒が良いかな。寝心地は抜群そうね、ラーナの彼がうらやましい」
レテはラーナの胸をじっくりと見る。モラはラーナの頭の上に移動する。
「私も悪くはないと思うけどラーナには負けるわ。男の人に見つめられたら、どうしているの、ラーナ。私はテーブルを叩いて脅すわ」
マリーは三人の胸を見比べる。
「事故多発注意、気分によってはやけどでは済まないかしら。クロウがいないとそこは不便ね。いつも出かける時は付いてくるわ。お父様にお願いされているみたいね」
ラーナが答える。
「私が一緒なら蹴飛ばすし、マリーが一緒ならぶん殴るし、アーシャがいれば串刺し。ネアスはどうやって守ってくれるのかな。ううん、彼にクズとは関わりを持たせない、私が先にふっ飛ばすかな」
レテが答える。
「レテに話せたのね、良かった。石職人の事で悩んでいたみたい。ザコでクズでゴミ、ヒドイ事を言う人たちね。私も宿の事がなかったらギルドに乗り込んでいたわ」
マリーはレテを見つめる。
「新人の間は誰でも自信を失うわ。石職人は相手の心を上手く攻撃したようね。乱暴で荒っぽいだけじゃないのね。ギルドを赤くしたくなってきたかしら」
ラーナは興奮を抑える。
「ラーナも気をつけてね。王都でもクロウから離れちゃダメ、ホントは騎士団が頑張らないとイケないんだけと不足の事態はいつも起きる。あの人達は私もどうにかしようとしていたみたい、大変、大変」
レテが答える。
「ネアスさんから聞いていないわ。脅されたのは教えてくれたけど、後の事は心の整理が出来るまで話したくないっていったわ。勇者の心は失われた」
マリーがレテを見る。
「勇者は魔王の魂を手に入れる。勇者は全てを失う代わりに魔王の魂を奪う。故郷、仲間、勝利。魔王は新たな始まり」
ラーナが続ける。
「破れた魔王は勇者の心を探す旅に出る。残された仲間と共に彼は歩み始める。勇者ゲームの二度目の始まり、それがどうかしたの、マリー」
レテはマリーに尋ねる。
「ネアスさんが言っていたわ。世の中は何があるか分からないから勇者ゲームを最後までやるって決めたって言っていたわ。レテと仲良くなるのは難しそうだし、精霊伝説は目処が付いたから問題ないってね」
マリーは笑みを浮かべる。
「何回目で終わるかも分からない勇者ゲーム、手がかりは最後の手紙だけ。ネーくんには難しいんじゃないかしら。根気が大事みたいね」
ラーナは頭の上のモラに手を触れる。
「魔王の魂、キミは始まり、終わりかな」




