幸運の女神
レテとラーナは宿の応接室に侵入した鳥を観察している。カザドリより一回り大きく、緑の鮮やかな翼の所々に黒が混じっている。ネアスはカバンからリンリン草を取り出して鳥に差し出す。
「リンリン草の言い伝えの原因かな。持っていると鳥さんに襲われる。不幸かな、楽しいと思うけど、それは人それぞれなのかな」
レテはリンリン草をネアスから奪い、鳥さんにあげる。
「あのまま頭を突かれたらケガをしたわ。不幸ね、グラーフの街でも旅の途中でも見かけなかった鳥さんね。王都の近くではたまに見かけるのかしら」
ラーナはレテに尋ねる。
「大丈夫か、ラーナ!キミのケガでもされたらお父様にどう言い訳をしたら良いか分からない。王都まで無傷でキミを送り届けるのが契約だ。旅人の翼を持つ冒険者として失敗はない。万が一に備えて置く事も必要だ、トゥールだと!」
クロウはレテからリンリン草を貰っている鳥に気づく。ネアスは驚く。
「まさか、トゥールは人里には現れない。クロウの見間違いかな、鳥さんの模様はたくさん。すぐに見分けはつかないわ、ね、トゥールのそっくりさん」
レテは片手でリンリン草を与えつつ、もう一方の手で旅人の翼を取り出す。
「模様は似ているかしら、翼の質感も同じようね。クロウが他の人に旅人の翼を貸すなんて珍しいわ。レテに貸しを作って何を企んでいるのかしら、役に立った事のないモノ、いつも疑われているわ」
ラーナは笑みを浮かべる。
「ネアス様に差し上げようとして鳥に奪われたのさ。あの鳥なのか、そうでないのか。しっかり確認していれば良かった。トゥールである事は間違いありません。ダールガーナ山脈で三日間過ごして目にしました。遠くからでしたが目に焼き付けました」
クロウは鳥さんを観察する。
「他に知っている人はいないかな。デフォーは長く冒険者をしているから近くで見た事があるハズ。遠くはダメ、参考にならないかな」
レテは答える。ネアスは静かにリンリン草を鳥さんに与えている。
「旅人の翼と同じ翼なのは確定かしら。どちらもニセモノの可能性はあるわ。所詮は冒険者の名誉の証、ホンモノである必要はないわ。簡単に真似出来ない事が大事、材質はどうても良いわ」
ラーナは答える。
「キミの言う通りだ、ラーナ。しかし、この鳥はトゥールだ。間違いない、飛び方に特徴がある。彼らは風に乗るのではなく、風を起こして羽ばたく。他の鳥では飛べない時に彼らは優雅に空を舞う。ダールガーナ山脈で無風の日を待った。懐かしい思い出だ」
クロウは目を閉じる。
「ふ~ん、オモシロい話ね。王国では常に風が吹いているから判別は無理かな、キミは風を起こせるの、それともそっくりさんなの?」
レテは鳥さんに問いかける。鳥さんはリンリン草を食べ終えて満足げだ。
「僕はトゥールさ、ラトゥールに従うためにここに来た。仲間にして欲しい、きっと役に立つ。幸運の女神とは言ってくれない。不幸の草を食べる鳥、さあ、もうリンリン草はない。外に飛び立ち、僕の事は忘れると良い。ステキな出会いがある事を祈っている」
ネアスは立ち上がり応接室から出る。キハータが笑顔で迎える。鳥さんはネアスの後をついていく。
「私はトゥールです。ネアス様をお守りするために参りました。風を起こす翼の力をお見せしましょう。置いていくとはツレナイお方だ。クロウ、知らない男だ。トゥールのお力をお貸ししましょう」
ラーナが鳥さんのキモチを伝えようとする。
「ネアス、あなたの不幸は全て私が頂きます。幸運の女神に不幸を食らう鳥、トゥール。キミの運は絶好調、今日は良い事だけが起きるでしょう」
レテも鳥さんのキモチを伝えてあげる。彼女はネアスの後に続く。
「トゥールはリンリン草を食べるのですか、新たな発見です。俺には鳥の言葉は分からない、風よ吹け、俺よ飛べ、トゥールよ、風を起こしてください」
クロウは窓を閉める。
「レテ様、ラーナ様のお部屋でキャビ様とアーシャ様がお待ちです。不穏な話が終わって安心致しました。お二人には何も言っていません、気の利かない私でも理解できます」
キハータは階段を上がる。ネアスは後ろを振り向いて鳥さんを確認した後にキハータに続く。鳥さんはネアスについていく。
「ネアス、飼ってあげたら?懐いているのに置いてきぼりはかわいそうかな、王都に帰ったら私の家の屋上に住んでもらうのはどうかな、ね、鳥さん」
レテが鳥さんに話しかける。鳥さんはレテに興味がないようだ。
「女の子なのかしら、それとも恥ずかしがり屋の男の子。どっちにしてもネーくんが好きみたいね。あるいはレテを狙っているのを隠すための作戦かしら」
ラーナは微笑む。彼女はキハータの前に行こうとする。
「トゥールはラトゥール様との関係を指摘される事が多いのですが、実は何も分かっていません。肝心のラトゥール様の伝承がない、英雄と共に災厄に立ち向かい、去っていった。これ以上の文言は見つかっていません」
クロウが最後に続く。
「ラトゥール、お願い!この子はトゥールなのかな、違う、ホント、どっちでもない」
レテはラトゥールにお願いする。反応はない。彼女は銅ララリを空中に投げる。ララリは彼女の手に戻ってくる。
「表がホント、裏が違う、どっちでもないはどうする、レテ」
ネアスはレテに問いかける。
「ネアスが決めてくれるかな、表、裏。感じるのはそれだけ、他に答えはない。キミもそう思うでしょ。金ララリには変わっていないかな」
レテは階段で立ち止まり、ネアスを見つめる。
「難しい質問だ。私はトゥールだと思いますが決めるのは銅ララリ、どうすれば勝てるのか。思いつきません」
クロウは階段の手すりにもたれかかる。
「表はトゥール、裏はそっくりさん、どっちでもないは何かしら。私はそっくりさん、クロウの見間違いね。あなたが鳥の専門家だなんて思えないし、トゥールは人里には現れない。たとえネーくんがラトゥールの末裔だとしてもね」
ラーナは階段の上で二人を眺める。キハータは静かに見守っている。
「クロウさんとラーナさんは僕を買いかぶり過ぎです。タダの新人冒険者、故郷に帰る事も考えました。レテは僕の幸運の女神様だけど、この勝負の意味が分からない。鳥はトゥールかそうじゃない。それだけさ」
ネアスはレテを見る。
「答えはどっちでもない。幸運の女神様の力の限界を見せてもらう、僕は正解を導き出せない。間違った選択肢を選ぶ」
ネアスは答える。
「今まで私の周りの人が幸運に恵まれた事はなかったわ。キミは特別、私を幸運の女神様にしてくれた。不思議、勝者はどっちでもないに決まりかな。ラーナとクロウは負け、私たち二人の勝負。どっちでもない、銅ララリは何を示すのかな」
レテは鳥さんの翼にそっと触れる。鳥さんはネアスの元に進む。
「自信があるのね、レテ。ラトゥールの力、レテの力、ネーくんの力かしら。でも、勝負は分からないわ、銅ララリは裏のハズ。鳥さんはタダの鳥」
ラーナは鳥さんを眺める。
「全ての幸運がネアス様に集まる。ラトゥールの末裔の力、すばらしい事ですが運だけでは災厄には打ち勝てない。ラトゥールは別の力を持っています。失礼ですがレテ様が幸運の女神様だとは信じていません。運は平等です」
クロウが語る。
「表、裏、表、表、表」
ネアスは銅ララリを階段から転がす。ララリは表、裏、表、表、表と順番に示す。
「裏五」
レテは銅ララリを宙に飛ばす。全てのララリは裏を示す。
「すばらしい。以前同じ技を見せてくれた旅芸人がいました。彼は良い人でしたが貴族に睨まれて、ここに来る事はもうないのが寂しい事です」
キハータがつぶやく。
「裏、表、裏」
ラーナは金ララリを手からこぼす。ララリは裏、表、裏と示す。キハータはすぐに拾い集めてラーナに渡す。
「裏、いいや、表」
クロウは途中で答えを変える。銀ララリは裏を示した後に表を示す。
「運は確定しているのかな。道は一つ、幸運は誰にでもある。同じ結果を指し示す」
レテはシルフィーにお願いする。ララリが三人の手元に戻る。ラーナはキハータをニラミツケル。
「気の利かない高級宿の店主です。それは変わっていないようです」
キハータは冷や汗が出る。
「金ララリを使うのが悪いんだ、ラーナ。銀ララリがどこでも使えるから便利だ。キミも使い方を覚えるべきだ」
クロウは階段を駆け上がり、ラーナに銀ララリを手渡す。彼女は黙って受け取る。
「レテは幸運の女神様さ。僕はいつも同じ事を望んでいる。レテから運の関係しない勝負で勝ちたい。幸運が消えたら僕には何が残るのだろうか」
ネアスは鳥さんの翼に触れる。鳥さんは羽ばたき、風を巻き起こす。
「クロウの勝利ね。部屋の中では風は吹かないし、鳥さんから風が起きているのを感じる。良い匂い、リンリン草の香りかな」
レテは風を吸い込む。
「トゥール、ネーくんに会いに来たのは確実ね。目的は不明、クロウの勝利は鼻につくけど、どうしようもないわ。おめでとう、クロウ」
ラーナはクロウに伝える。
「冒険者としての経験が運に勝ったのでしょう。事実は変える事は出来ません。トゥールはまれに街に現れる。そうでなければ、誰も知らないハズです。ダールカーラ山脈は遠い」
クロウはニヤつく。
「運よ、戻れ。トゥールではない。銅ララリは、えーと……」
ネアスは悩む。トゥールは羽ばたいている。
「ララリには言葉が刻まれている。誰かのイタズラ、正解はどっちでもない」
レテは手を広げて、銅ララリを見る。
「スキ」
レテはララリをラーナに放り投げる。ラーナは素早く確認する。
「思いの相手に届ける遊び、グラーフの街でも見かけたわ。ララリにイタズラをすると集まりが悪くなるってお父様は言っていたわ」
ラーナはクロウに手渡す。
「巡るララリを想い人へ。幸運に恵まれた者のみ、その願いは届く。私も試した事はありません。直接口説くのが楽でしょう」
クロウはネアスにララリを投げる。レテが代わりに受け取る。
「私もわざわざ願いを込める必要はなかったかな。シルちゃんと遊ぶのと剣の訓練で忙しかったわ。友達にやろうって言われたけど断ったわ、意味がないと思ったのかな。他の人に届くのもイヤだしね」
レテはネアスに手渡す。
「僕は誰でも良いから好きになってくれる人がいたらと思って、銅ララリに刻みつけた事がある。ニャンさんの先輩から買い物をした時はバレないかドキドキだった。どこか遠くの人に届けば良い、そう思って刻んだ」
ネアスは銅ララリを見つめる。
「今日は調子が悪いわ、すごくクヤシイ、どうして私は子供の頃に銅ララリに刻まなかったの。私は性格が悪いの?」




