敗者の帰還
レテは二人に別れを告げる。ウィルくんは彼女の呼びかけに応じて急いで森から戻ってくる。すごい速さで左右に動いている。ミヤは敷物をカバンにしまっている。
「ウィルくんが元気だなんてめずらしいわね。森の中で良い事があったのかな。気になる、気になる」
レテはウィルくんが来た方角を見つめる。
「ラトゥール様が目覚めた影響でしょうか。先程リンリン森林全体が光に包まれました。私はその光に惹かれて、ここまで来ました。本来であればアチラに向かうハズでした。アイツラのモノと思われる足跡がありました」
ファレドは王都の方角を指さす。
「コワイにゃん、ファレド様から絶対に離れないにゃん」
ニャンはファレドに体を近づける。
「レテ様とラトゥール様のお力です。リンリン森林中に光の風が吹いたんですね、すごいです。そのレテ様に私は勝ちました」
ミヤは自信を持つ。
「どちらの道が正解だったかは分からないわ。ニャンはファレドが来てくれて良かったかな。一人だと運悪く鉢合わせって事もありえたわ。私も後味が悪いし、ラトゥールとネアスのおかげかな」
レテは絶対防壁を見る。
「シルちゃん、お願い。風の力を見せつける時が来たかな。ビリになった腹いせじゃないからね。きれいでやさしくてかわいい私はクヤシイ!」
レテに風を思いっきりぶつける。何度も繰り返す。絶対防壁の足元が揺らぐ。
「レテ様はコワイにゃん。恨まれたらオシマイにゃん」
ニャンは顔を手で覆う。レテはさらに風を壁にぶつける。絶対防壁は倒れる。
「足場が弱い。相手の弱点を狙いましたね。素人の建物の限界でしょう」
ファレドは後退する。
「シルちゃん、仕上げの時間!」
レテはシルフィーにお願いする。風が絶対防壁を倒れないように支える。レテは壁に飛び乗る。魔王の魂も彼女に続く。
「レテ様、お供します。これでネアス様をお迎えに行くんですね」
ミヤも壁に手をかける。レテが彼女の手を取って助ける。
「ファレド、ニャン、またね。忘れ物はないかな」
レテは二人に問いかける。
「ネアス様ともいつかお話をしたいとお伝えください。レテ様の心を掴んだ秘訣を聞いてみたものです。また、会いましょう」
ファレドは別れを告げる。
「お菓子の隠し場所の事は黙っていてほしいにゃん。ニャンは良いニャン族にゃん。悪いニャン族ではないにゃん」
ニャンはレテにお願いする。レテはうなずく。
「ウィルくんは戻ってくれるかな。ラトゥールも今日はお休み、お休み。街で姿を見せたら大変、大変」
レテは絶対防壁の頂上にミヤと二人で座る。巨大な竜巻が壁を包み込む。レテはさらに上空に大きな竜巻を何個も作る。ファレドとニャンは立っているのが精一杯だ。
「出発しましょう、風が強いわね。気持ち良いけど周りに被害が出そうかな」
レテは周囲を見渡す。岩が吹き飛ばされそうになっている。ラトゥールとウィルくんの光が弱まり姿を消していく。
「ミヤ、しっかりと私に掴まっていてね。外に吹き飛ばれさる事はないけど頭をぶつけたら記憶喪失になるわ」
レテは絶対防壁を風で上空に持ち上げる。地面に竜巻を作り、壁を吹き飛ばす。二人も一緒に吹っ飛んでいく。
「私はとんでもない方を敵に回そうとした。風の力は偉大だ。ニャンさん、我々も行きましょう。聞きたい事がたくさんあります」
ファレドはニャンの腕を掴み、きれいな川に向かっていく。
「レテ様、スリル満点です。絶対防壁を運ぶ必要はあったんですか?」
ミヤは何とか質問する。壁は上空の竜巻にぶつかり方向を変える。さらに別の竜巻に向かう。すぐにネアスのいる木々の高さに到達する。
「一番安全な所に保管するわ。目印にもなるし、思い出も残せる。ホントに風が気持ち良いね、ミヤ。衝撃がたまらないかな」
絶対防壁は竜巻にぶつかり大きな音を立てて、ネアスの方に飛んでいく。レテは彼を視界に捉える。ネアスは慌てふためいている。
「どうやって止まるんですか、レテ様。ぶつかったら大変です」
ミヤは不安になってレテの体をギュッと抱きしめる。
「シルちゃん、お願い。あそこ、ネアスの所」
レテは精神力を高める。巨大な竜巻が木々の上で発生する。彼女はそこにめがけて絶対防壁を突っ込ませようとする。レテは壁が竜巻に刺さる寸前にネアスのいる木の上にミヤと一緒に降り立つ。
「グヘ、ウニュ、ゴニョニョ」
ミヤは木の枝に座り込む。モラが彼女のお腹に移動する。
「モラ、ミヤをお願い。ちょっとだけ刺激が強すぎたかな。私も疲れたわ、ただいま、ネアス。体力は戻ったかな」
レテも木の枝の上に座り、ネアスにやさしく声をかける。彼は怯えている。
「おかえり、レテ。僕はずっと木の上に住むのも良いかと思っていたんだ。雲も近くだし、風も冷たくて気持ちが良い」
ネアスは頭上の竜巻に刺さった絶対防壁をチラッと見る。
「目印の目印のお役目、ご苦労さま。ここに新居を作るのは難しいかな、ステキな場所だけど王都も悪くはないかな。アーライト河もきれいでリンリン森林も近いわ。ここにもすぐに遊びに来られるかな」
レテは王都の方を眺める。
「ミヤも疲れたみたいだ。レテと一緒にいると楽しいけど疲れるのかもしれない。モラは元気だ。僕も見習わないとイケない」
ネアスはモラを見つめる。ミヤは静かに精神力の回復を図っている。
「今日はホントに朝一からネアスと一緒ね。私も楽しかったわ。午後も一緒にいたいけど私に一日中付き合える人はいないかな。いつか、ずっと一緒に一日を過ごしてみようね、ネアス」
レテはネアスに伝える。
「これから副騎士団長さんと今後の事を話し合うのか。僕の事も関係するから一緒に行っても良い、レテ。その代わり体力が付きたから何もしゃべらない、邪魔なら神殿かマリーさんの宿で休憩する事にする」
ネアスはレテに提案する。
「キミがいないと寂しいなんて言わないわよ、ネアス!後で話すのも面倒だから私の近くでのんびりとしているのが良いわ。キミに話してない事はたくさんあるわ。王都に戻ったら、教えてあげようかな」
レテはネアスを見つめる。ミヤがコホンと音を出す。
「ありがとう、レテ。僕は街に戻ったら、一切口を開かない。理由は疲れたからじゃ恥ずかしいな。新たな呪いにかかった事にしよう。それが良い。忘れていた、灰色の手から液体が飛んでいった。レテたちの方角さ。大丈夫だった、レテ」
レテはレテの胸の前に浮かんでいる魔王の魂に気づく。
「私はラーナほど大きくないかな、ネアス。ウウン、何でもない。灰色の手の液体は魔王の魂が気に入ったみたいね。イキサツは長くなるから端折るけどニャンからネアス魔王の魂をもらったわ。私は二つの魔王の魂を持つ女性」
レテは胸を張る。ネアスは目を背ける。
「魔王の魂は正当な持ち主の元に帰る。最後の戦いの時、勇者の心と魔王の魂が必要となる。長きに渡るゲームは資格を試す試練」
ネアスが続けようとするとレテが口を挟む。
「幾度となく入れ替わる勇者と魔王。お互いの目的を知った時、新たなゲームが始まる。自らの歩んだ道を確かめろ。長い間ゲームを遊んで頂きありがとうございました」
レテは続きを口にする。
「何ですか、勇者ゲームはタダのゲームではにゃいんですか。すごいゲームなのですか、教えてください」
ミヤは少しだけ回復する。
「最後まで遊んでくれた人だけが読む事が出来る文章さ。クリアしたら封筒に入っているカードを見る事が出来るのさ。僕はどうしても気になったから三日目に開けた。もったいない気がしたけど、今でも最後まで遊べてないから構わないさ」
ネアスはレテの攻撃を恐れる。
「私はお父様に買ってもらった日の夜にすぐに封筒を開けたわ。ネアスはガマン強いわね。ちゃんと遊べば新しいゲームの遊び方が分かるのかな。私の友達で真相を解明した人はいないわ。王都でも噂にはなっていないハズよ」
レテはネアスに攻撃を仕掛けない。
「難解そうなゲームです。今日は私も疲れたので風の神殿に帰ったらお昼寝をします。おやつの時間には元気になる予定です」
ミヤは魔王の魂を見つめる。
「ネアスに返してあげる。シルちゃんの力で浮かんでいるだけだから安全だと思うわ。確証はないけど安心出来そうかな。なんたってシルちゃんの風に包まれているんだからね」
レテは自信を持って答えるが手に取ろうとはしない。
「シルフィーさん、こちらに持ってきてくれますか。場所悪いです」
ネアスはシルフィーにお願いする。魔王の魂は彼の手に運ばれる。レテは残念そうだ。
「やっぱりレテ様も欲しいんですね。大事なモノは何個あってもうれしいです。私もたくさんの絶対防壁を作りたいです」
ミヤがレテの様子に気づく。
「そういうわけじゃないかな。ミヤも大人になったら分かるかな。どんなタイプの男の子とミヤはお付き合いをするのかな。私も五日前とは別人、モテるだけじゃない。さらなる高みに進んでいるわ」
レテは答える。
「僕は何も分からない。レテが魔王の魂が欲しいのかいらないのか全く分からない。ヒントはあったんだろうか。気づかなかった。魔王の魂はニャンさんにあげた。理由は両親に勇者ゲームを夜更かししてやりすぎたからさ。しかも、一人でやっても上手くクリア出来なかった。変な話だ。僕は勇者であり魔王でもある。簡単にクリアできたはずだ」
ネアスは混乱しそうになる。レテは彼の手に変化がない事をしっかりと確認する。
「私が預かっておくわ、ネアス。ご両親もきっと安心するかな。きれいでやさしくてかわいい私がキミを夢中にさせるゲームのアイテムを預かっている。私の許可なしに勇者ゲームは禁止、禁止」
レテは魔王の魂を手に取る。何も起きない。ネアスは静かにうなずく。
「レテ様の技術を学ばせて頂きました。攻めて攻めて引く。引いて攻める。繰り返しが大事な気がしました。私は見習い神官なので恋は出来ません。心は風に捧げています」
ミヤが真剣な顔で答える。
「恋はしてもしなくても構わないかな。好きな人がいなくてもステキな生き方は出来る」




