勝負の時間
王国の夜は更け、灯りも消えて静かな時が流れている。緑岩亭でも賑やかな時間は過ぎ去っていた。レテも興奮して、眠れずに宿の広間に行くと、そこにはネアスがテーブルで書き物をしているようだった。
「こんばんは、ネアス。キミも眠れないのかな」
ネアスはレテの不意の訪問に驚き、急いで日記を隠す。テーブルの上にはパーフェクトモチが置いてある。
「こんばんは、レテ。今日はたくさんのことがあったからね。なかなか眠れなくて、ここでパーフェクトモチを見ていたんだ」
レテはネアスの隣に座り、話を続ける。
「まめなのね。日記をつけているのね。今日はいろいろとあったから書くこと多くて大変だよね」
「日記というほどでもないよ。簡単なメモみたいなものさ、人に見せるようなものじゃないよ」
ネアスは急いでカバンにメモをしまおうとする。
「気になるわ、見せてほしいかな。ダメかな」
レテは興味津々のようでネアスに近づき、お願いをする。
「レテの頼みでも難しいかな、それに大したこと書いてないしな。パーフェクトモチのお礼もあるし、どうしようかな」
ネアスは迷いつつも日記をさっとしまい込む。
「パーフェクトモチの事は気にしないで良いわよ。そうね、勝負しない」
レテは壁にかかっている石の円盤を指し示す。
「石当てゲームか、面白いね。子供のころに遊んだことがあるよ。ゲームはけっこう得意だから、レテには負けない」
ネアスはやる気を出し、円盤の近くに進んでいく。
「草占いでは負けたから、今回は勝たせてもらうわよ」
レテは魔力の泉での敗北を根に持っているようだ。
「ゲームでは負けたくない。真ん中が十点で中央から遠ざかるごとに五点、三点、一点。当てた後に転がった石に当たったら三倍で良いのかな、レテ」
石の円盤は中央が一番小さく、円周上に四重丸になっている。
「王都も同じルールね。昔からあるゲームみたいだから、田舎でも同じみたいね。先行は私で良いわ。五回で決着」
レテが早速、石を投げて五点に当てる。石は床に転がっていく。
「転がった石に当てれば三倍。当たることはほとんどないけど」
ネアスの石は円盤を外れる。
「疲れているみたいね、ネアス。勝負はあきらめて、さっさと日記を見せても良いわよ。わざわざ負けることもないでしょ」
レテは五点にしっかりと当てて、石は転がっていく。
「レテは上手だね。でも、勝負はあきらめない。せっかくのゲームだしたのしまないと、損さ」
ネアスは一点に当てる。
「良い心がけね、勝負は時の運。ネアスには運はあるわよ、きっと。私に助けてもらえるくらいだからね」
レテはさらに五点。
「そんなこともないけどなあ。でも、レテに会わなかったらゴブジンセイバーの持ち主になることもなかったし、そうでもないかな」
ネアスの石は外れる。ゼロ点。
「呪いもあるし、会わなかった方が良かったかな。でも、それだとゴブちゃんたちから、逃げられなかったわね」
レテは五点を刻む。
「僕も冒険者になったくらいさ。呪いくらいはへっちゃらさ。少しは冒険者らしい事をできそうで、実はワクワクしている!」
ネアスはなんとか三点。
「そうよね。私も騎士団の任務にタイクツしていた所なのよ。冒険はやっぱり良いよね、明日から楽しみね。どんな事が起こるのかな」
レテはまた五点。
「騎士団も大変なのか、そうだよね。騎士団長とか、さらに大変そうだ。ゴブリン退治の指揮とか取るのかな」
ネアスは一点。
「私が騎士団長だって言ったら、びっくりするかな。もちろん、違うけどね。大変そうだよね、バッチリと二五点よ」
「騎士団長との冒険は気が引けるかな。レテさんって呼ばないといけなくなるしね。一〇点で三倍のチャンスも取れば、逆転さ、レテ」
ネアスは床の石を確認して、狙いを定める。
「そっか、違うからレテのままだね。三倍チャンスはほとんど起きないよね。だから、応援してあげる。頑張って、ネアスくん」
レテは手を振る。
「幸運の女神のレテの応援。当たるかもしれないけど、構わないのかな。レテ」
ネアスはさらに狙いを定める。
「そうだ、君が勝ってもなにも決めてなかったね。何にしようかな」
レテはそういえばと思い出す。
「本当だ。何にしようか。日記の代わりになるようなものか。大した事書いてないしな、どうしようか」
ネアスはゲームを中断して、考え込む。
「日記はプライベートなものだしね。イヤなら無理して見せることないわよ。ゲーム楽しかったし、充分よ」
レテは勝利を確信したのか、ネアスに情けをかけてあげる。
「まだ、負けたわけじゃないよ。そうだ、三千ララリでどうかな。ララリはいくら持っていても、足らないからね」
ネアスは最後まで諦めずに勝負を挑むようだ。最後の石に願いを込める。
「ララリはダメよ。賭け事はくせになっちゃうのよね。もっと気楽な感じのお願いはないかな、ネアス」
「神官にはならないけど、デートは一回どうかな。これもどうかと思うけど、今はこれくらいしか思いつかないかな」
ネアスはもう一度、願いを込める。
「良いわよ、デート一回ね。結婚って言われたらどうしようかなと思っていたのよ。ウソ、ウソ」
レテは考える振りをする。
「結婚しても良いわよ。ここから負けるわけはないわ!」
レテはズバッと言い放つ。自信満々の様子である。
「結婚しても、触ることもできないままだとなあ。何でもない。切り替え、デート一回で勝負」
ネアスは石を渾身の力を込めて、投げ放つ。石は円盤を大きくそらして、扉に向かって飛んでいく。
「ネアス、危ないわよ。力入れすぎよ、私とデートしたい気持ちは分かるけど、人に当たったら危険よ」
いつの間にか扉の近くに人が立っていたようで、石はその人に向かっていってしまう。
「ワシに当てるとはさすがじゃな、ネアス殿」
ガーおじは華麗に石を受け止める。
「良い勝負じゃったぞ、点数はレテ殿の勝ち。ネアス殿はワシに当てたのじゃ。自信を持つが良いのじゃ」
「ガーおじ、意外とやるわね。集中しすぎていたわね、私に気づかれずに部屋に入ってくるなんて、本当に油断していたわ」
レテはテーブルに戻り、腰を掛ける。二人も一緒に座るように促す。
「僕の負けは負けだよ。ガーおじ、すごいね。飛んでくるとは思わなかっただろうに。でも、負けはくやしいな」
ネアスはレテの隣に腰を掛けて、カバンから日記を取り出す。
「石受けは得意のようじゃ。上手な事が多いことはうれしいのじゃ。ワシも眠れずにフラフラとここまで来てしまったのじゃ」
「ネアスの日記の中には何が書いてあるのかな。気が引けるけど、楽しみね」