貴族の作法
レテは丸くなったお菓子の塔を見る。小さいケーキが山積みになっている。所々が潰れた状態で押し付けられている。味に問題はないように見える。彼女は何個かのケーキを手に取る。
「賭けの話だけなら良いかな。賞品は絶対に教えられないわ。それでも良いかな、ミヤ。この事がバレたらネアスから聞いたって言う事。誰の名前も出さないと私が疑われるかな。これでも私は騎士、ミヤも見習い神官。ネアスは自由な冒険者」
レテはネアスの様子を見る。まだボーっとしている。
「レテ様のご指示に従います。賞品については別の方法で探ります。ネアス様にお聞きしました。レテ様は必死に止めました」
ミヤは理解する。
「ネアス様に貴族の知り合いはいないにゃん。ラーナ様がいるにゃんが辻褄が合わなくなる可能性があるにゃん」
ニャンが心配する。
「私がネアスに教えた。これで問題なし、とりあえずお菓子の塔の中枢を食べようかな。早いもの勝ち。謎は深まるのみね」
レテは小さいケーキを口に運ぶ。ふわふわでオイシイ。
「一口サイズでいくつでも食べちゃいます。謎の答えはもうすぐです。準備を始めてください。合図はありません」
ミヤはヒントを出す。レテはうなずく。
「ちょっとだけ苦いにゃん。ニャン族のお菓子にはないにゃん。真似をしないとイケないにゃん。新三点セットを考案するにゃん」
ニャンに野望が芽生える。
「貴族の賭け事も古いみたいね。手の上に銅ララリを並べる。枚数は自由に選べるわ。ミヤは何枚が良いかな」
レテは数個のケーキを口に放り込んだ後にミヤに問いかける。
「十枚とかでも良いですか。三枚くらいが程々ですが……」
ミヤが恐る恐る提案する。
「多いほうが難しくなってミヤの勝ち目は減るかな。一枚の方が勝率は高い。本来はね、どっちでも私の勝ちは決まっているわ。そうよね、ニャン」
レテはニャンに問いかける。
「ニャンも詳しく分からないにゃんが確実に負けるのは知っているにゃん。貴族様は頭が良いにゃん、すごいにゃん」
ニャンはレテに銅ララリを手渡す。
「後七枚くれるかな、ニャン。カバンを開けるのは無理ね。汚れちゃうかな」
レテは銅ララリを手の上で転がしている。ニャンは七枚の銅ララリを追加で渡す。
「楽しみです。絶対に勝てない勝負、気になります」
ミヤは銅ララリを見つめている。
「一個ずつ銅ララリをテーブルの上に並べていく。表か裏の枚数を当てる。今日はミヤが用意してくれた敷物の上に並べていくわ。表一枚から表十枚、逆でも構わないかな。貴族の中には目隠しをして銅ララリを並べる人もいるみたい。悪趣味かな」
レテは一枚の銅ララリを敷物の上に落とす。銅ララリはクルクル回る。すぐに倒れて表の目を見せる。
「表一にゃん、後の九つと当てるにゃん。それともレテ様は手加減してあげるにゃんか」
ニャンが尋ねる。レテはうなずく。
「九枚は難しいです。やっぱり三枚にします、レテ様」
ミヤはお願いする。
「貴族はここでミヤに条件を出すかな。賞品はダメ、いいわ、三枚ね」
レテは六枚の銅ララリを敷物の上に落とす。クルクル回った後に倒れる。全て表の面になる。ミヤは驚く。
「レテ様は上手にゃん。貴族直伝の技にゃん、初心者をやっつけ放題にゃん。うらやましくはないにゃん。負け惜しみではないにゃん」
ニャンは七枚の銅ララリを見つめる。
「分かりました!レテ様は表と裏を自在に操れるんですね。私が表三枚って言ったら裏三枚にするつもりです」
ミヤが笑顔で答える。
「順調、順調。貴族の皆様はお喜びになるかな。答えが私に聞こえないようにニャンに伝えてね。ミヤ様のお好きなようにご応えくださいませ」
レテは三枚の銅ララリを指で転がしている。
「ニャンが聞くにゃん。ニャンはミヤ様がこれ以上だまされるのはイヤだからヒントを出すにゃん。答えは表と裏以外もあるにゃん」
ニャンはレテの顔を見る。彼女は微笑む。
「表と裏以外ですね。そうなると組み合わせがたくさんあります。当てるのは難しいです」
ミヤは悩む。
「今日の勝負は貴族の大好物になりそうね、では、御覧ください」
レテは二枚の銅ララリを敷物の上に落とす。銅ララリはクルクル回る。今度は倒れずにバランス良く縦のまま並ぶ。
「すごいです、レテ様。私も練習します。こんなにきれいに銅ララリを動かせるんですね。世界は広いです」
ミヤは銅ララリを見つめる。
「当然だけどシルちゃんの力は使っていないわ。貴族には私より指先が器用な人がいるから注意してね、ミヤ、ニャン」
レテは最後の銅ララリを手の平で回している。
「ニャンがだまされた時はもっと下手だったにゃん。すぐに横に倒れたにゃん、卑怯だったにゃん。レテ様の銅ララリは倒れないにゃん、勝負は分からなくなったにゃん。」
ニャンは感心する。
「三択ですね、表か裏か縦。レテ様は余裕があります。今のところは絶対に勝てない勝負が続いています。閃きました、レテ様は最後の銅ララリで縦の二つの銅ララリを倒すつもりです。なので、私は勝てません」
ミヤは推測する。レテは微笑む。
「その答えだと私が負ける可能性はあるかな。絶対に貴族は負けない、それは彼らの決まりみたいね。負けは許されない」
レテがミヤに伝える。
「ニャンは表が九枚、裏が一枚にゃん。予想は当たらないにゃんがこの組み合わせは失くなるにゃん」
ニャンはレテの誘いに乗ったふりをする。
「どちらにしても私に勝ちはありません。予想はなし。勝負は終わりです」
ミヤは断言する。
「ミヤは誰も私に勝てない。私が絶対に勝つ、答えはそれで良いのかな。ニャンは表九、裏一!ニャンの予想が当たったらミヤの負けかな」
レテはミヤにイジワルする。ミヤの頬が膨らむ。
「ヒドイです、レテ様。私は騙されました。ニャン様はレテ様の味方でした。二人がかりは卑怯です」
ミヤは不平を口にする。
「ニャンはそういうつもりじゃなかったにゃん。発言を訂正するにゃん、ニャンの予想はなしにゃん」
ニャンは笑みを浮かべる。
「ミヤもニャンも予想なし。私が絶対に勝つから二人は勝負をしない。それなら私が負けたら二人も負けかな。銅ララリ十枚の表と裏を当てたら勝敗が決まる」
レテはきれいな川を眺める。
「ダメです、レテ様。銅ララリを粗末にすると亡霊が現れます。もう出てきていますがたくさんになります」
ミヤはレテの考えを察知する。
「ゴメンね、ミヤ。これが貴族の作法、負けない戦い方かな。イジワルよね、私もキライ。やるなら徹底的に叩きのめすかな」
レテは銅ララリを手の平で回転させる。
「勝つのは簡単、簡単。どういうやり方で勝とうかな、ミヤとニャンの予想はなし。私が勝ったら二人の勝ち。面白い勝負ね」
レテは二人を交互に見つめる。
「私は納得しない気満々です。勝ちは勝ち、負けは負けです。予想なしで勝つのは変です。貴族は変人の集まりです」
ミヤは最後の銅ララリを見つめている。
「ニャンは訳が分からないにゃん。ネアス様、起きるにゃん」
ニャンがネアスに呼びかけるが反応はない。
「みんなが同意してくれる勝利、難しいかな。私は最善を尽くすのみ、銅ララリは上手く動いてくれるかな」
レテは銅ララリを静かに宙に飛ばす。ララリはクルクル回りながら縦に並ぶ二つの銅ララリの上に落ちていく。彼女は片方の手でお菓子の塔のケーキを銅ララリの間に滑り込ませる。銅ララリはケーキの上に乗る。
「答えは表が八枚、縦が二枚、ケーキが一つ!」
レテは宣言する。
「ケーキは勝負に入っていませんが予測は出来ました。私は負けで勝ちですが敗北です。ちゃんと考えれば良かったです」
ミヤは悔やむ。
「ニャンもケーキも一つだ!って予想できたらカッコよかったにゃん。レテ様は貴族じゃないにゃん、騎士にゃん。忘れていたにゃん」
ニャンは銅ララリとケーキを眺めている。
「二人ともくやしいみたいね。ニャンの言う通り、私はきれいでやさしくてかわいい精霊使いの騎士。貴族みたいにイヤミじゃないかな。勝敗はつけるべき、負けの勝ちはなし」
レテは微笑む。
「貴族の方とは勝負はしない事にします。不毛です。私も勝ちは勝ちです」
ミヤは笑顔で答える。
「ニャンは貴族と取引をするほど商売が上手くないから問題ないにゃん。先輩が連れて行ってくれた場所で賭け事に参加したにゃん。おもしろくなかったにゃん、仕事だから当たり前にゃんが苦手にゃん」
ニャンは二つの銅ララリの間のケーキに手を伸ばす。
「ニャン、ダメ。これは灰色の手で触ったケーキ。食べないほうが良いかな、亡霊さんの味はコワイ、コワイ」




