ガとス
「教えて、教えて」
レテはネアスにお願いする。彼は話を始める。
「勇者の剣を手に入れた僕は無事に最後の敵、奏征者を倒すことに成功したんだ。レテと二人で力を合わせてもギリギリの勝利だった。その後、二人で王国に戻って結婚して幸せな生活を送った」
「ワシはどうなったんじゃ、ネアス殿」
「けっこう大胆ね、ネアス。今日会ったばかりの私ともう結婚?でも、続けて、続けて。全部洗いざらい話しなさい」
レテは笑みをうかべる。
「ソウセイシャね、男の子はそういうの好きよね」
レテはネアスに伝える。彼は答えられない。ネアスは精神を集中して話を続ける。気にしない、気にしない。
「ス、ガは残念だったわね。記憶が戻ったのは良かったけど、まさかガが奏征者の守護者だったなんて。でも、最後は力を貸してくれた」
「ガーおじは裏切りモノなのじゃ。ネアス殿、悲しいのじゃ」
ガーおじは肩を落とす
「スって、ネアスの事でしょ。ひどくないかな、私はス、なんてヒドイ呼び方ぜったいしないわよ」
レテはちょっとイライラする。ネアスは精神を研ぎ澄まして、二人を無視して話に集中する。
「ガーおじがいなかったら、僕達は負けていたかもしれないね、レテさん」
「ガ、何度言ったら覚えるのかな、ス。物覚え悪すぎよ。ガいなくても、奏征者なんて私とモラだけで余裕だったわ」
「モラがあんな力を秘めていたとは、信じられないよ」
「ひどすぎよ、ネアス。でも、モラは良かったわね。褒めてもらえたわよ」
レテは胸元のモラに報告する。
「レテ、レテ」
モラがうれしそうに胸から飛び出し、ネアスの話を聞こうとしているように見える。
「亡くなってしまうよりはマシじゃ。生き延びてこそじゃ」
ガーおじは納得する。ネアスはさらに話を続ける。少しだけスッキリとした顔になってきている。
「スは勇者だから結婚したのよ。ちゃんとレテさんと呼んだのはほめてあげるわ。私はやさしいのよ。ずっとレテって呼び捨てにされるのをガマンしていたのよ」
「結婚する時も言ったけど、私に触れたらシルちゃんに吹っ飛ばしてもらうからね。誓いのキスも寸止めで誤魔化したのよ、大変だったよね、ス」
「生き残るのも大変なのじゃ、ガーおじは幸せだったかもしれないのじゃ」
「もう何も言いたくなくなってきたわ。妄想と言っても、ウウン。妄想は自由ね。でも、そんな妄想で楽しいのかな、ネアスくん」
ネアスに二人の声はもう届かないわけではないようだ。
「スも私以外の子に告白すればよかったのにな。勇者なのに、わざわざ性格の悪い私を選ぶなんて。かわいい女の子は世界中にたくさんいるのよ」
「結婚だけでも構わないなんて、スは変な子だよね」
「レテさんと結婚できるだけで満足です。あわよくば、触りたいですけど」
「絶対にダメ、握手だけ。それ以上は許さないからね。寝ている時も油断できないから、こっちは大変なのよ。ス」
「ちょっとやさしくなったね、私らしくて良いわ。ダメダメ、騙される所だったわ」
レテはうなずきそうになった。
「好きな女の子と握手だけはつらいのじゃ」
ガーおじはモテないツラさをしみじみと感じる。
ネアスの妄想は終わりを告げようとしている。道はすっかり暗がりに包まれようとしている。
「そろそろお昼の時間だね。今日は僕がたまごサンドを作るよ。楽しみに待っていてね、レテさん」
「スの作るたまごサンドはおいしくないのよ。酸っぱさとパサツキ具合が悪いわ。特にパサパサしすぎよ」
「あれよりパサパサしていたら、のどにつまってしまうのじゃ。ガーおじも納得じゃ、スよ頑張るのじゃ」
ガーおじがネアスの肩に手をかけて、応援する。
「レテさんの特製サンドの力には敵わないよ。まさか、敵にまわったガーおじに無理やり食べさせたら、僕達との記憶がもどるなんてなあ」
「ガよ。いい加減にしないと、シルちゃんのフルパワーで吹き飛ばすわよ。スは私をからかってばかりよね」
「レテ殿の特製たまごサンドの味は忘れられないのじゃ。良い意味じゃ。本当じゃ。ウソじゃないのじゃ」
ガーおじはそっとレテの様子をうかがう。
「特製たまごサンドか。さびしいわね。早く呪いを解かないとね、ネアス。それともスって呼んだほうが、やる気出るかな」
レテがネアスの顔を覗き込むと、彼はビクッとしたように見えたが、話を続ける。
「そうね、今日は一緒に特製たまごサンドを作りましょう。いっつも私が料理してばかりじゃ不公平だからね。ちゃんと覚えるのよ」
「レテさん、わかりました。ガーおじの風参りに持っていきましょう」
「ガも喜ぶわよ。でも、私が料理に集中している時にわざと手に触れようとか考えてないでしょうね。スの考えなんてお見通しなんだからね」
「お墓参りはうれしいのじゃが、ちと悲しいのじゃ」
ガーおじは涙ぐむ。
ネアスの妄想は佳境に入る。
「レテさんとお話できて楽しいです。そんな事考えていたけど、やめておきます。絶対さわりません!」
「良い返事よ。ウソはダメよ。ガはたまにウソつくのが良くないよね。素直が一番よ。だから裏切りモノになっちゃうのよね」
「ワシはウソをついているつもりはないのじゃ。誤魔化そうとしているだけじゃ」
ガーおじはガマンの限界を迎えている。
「他の人の妄想に文句は言わないの、ガーおじ。でも、妄想のわたしは良いこと言うわね。素直が一番」
「ス、約束よ。わたしときみは一緒だからね。もちろん、さわったらシルちゃんとモラにお仕置きしてもらうからね」
ネアスは一呼吸置き、話を終える。
「スッキリしたかな、ネアス。もうすぐ街に着くわ。また、今度時間がある時に聞いて上げるからいつでも言ってね」
「ワシはもっと活躍したいのじゃ。まあ、その時はワシも一緒に聞くのじゃ。任せろなのじゃ」
ネアスは二人を交互に見て、涙ぐむ。
「二人ともありがとう。スッキリしたよ。切り替え完了。レテ、ガーおじ、本当にありがとう」
ネアスは妄想を話して良かったと心底思った。
「本当にラストスパートよ。日が暮れたけど、街道は安全だからだいじょうぶよ。みんな、出発」
レテが率先して走りだし、二人も急いでその後を追っていく。