ラトゥール
レテがラトゥールに問いかけると光の風の紐が風の神殿の内部に向かっていく。紐にウィルくんは続いていく。レテは帽子に手を当てる。
「もう夜も遅いし考えても仕方がないかな。最初の目的通りにネアスとガーおじに会いにいこうかな。二人も避難中でしょ?」
レテはユーフに問いかける。
「ガーおじさんも夕方にネアスに会いに来た。今はマリーと三人で部屋の中で休んでもらっている。襲撃の話は三人にはしていない。神官長の勘違いさ、無駄に動揺させることはない」
ユーフが説明する。レテはうなずく。
「俺も一緒に部屋に押し込められそうになって大変でした。自分の身は自分で守れます。それじゃ、俺は飲み屋で噂話を聞いていきます」
ルキンは壁をコツンとたたき、街の飲み屋の方に走り去っていく。
「ありがと、ルキン。また話を聞かせてね、風の加護がありますように!」
レテはルキンに手を振る。
「後はニャンって言うネアスの知り合いが様子を見に来た。今はドロスとミヤと一緒にドリンクを取りに行った。辛いドリンクを襲撃者にかけてやるそうだ」
ユーフは笑みを浮かべる。
「みんな、いろいろと考えているのね。私もガンバロ、ガンバロ。風の神殿を壊して破片で攻撃するのも良いかな」
レテも襲撃者対策を講じる。
「神官長が悲しむから最後の手段になるな。ハローロたちはゴロツキ共の行方を探っている。貴族がホンキで襲撃を考えたら邪魔になるだけさ。俺一人の方が動きやすいし、ネアスたちも守れると判断した」
ユーフが伝える。
「あなたの判断に任せるわ。搦手はたくさんもってそうだし、信頼しているわ。デフォーはイマイチ、ウウン。デフォーは素晴らしい冒険者ね。尊敬している」
レテはお世辞を言う。
「デフォーさんの良さはそう簡単には分からないさ。俺も分かっていない。何故かあの人のそばにいようと思うのさ。理由は要らない」
ユーフが答える。レテが微笑む。
「見果てぬ夢。アーライト河の終点で待ち人ありかな、いつか会える事を祈っているわ」
レテは光の風の紐を追っていく。キンパラキノコは彼女の後をしっかり付いていく。
「俺の知らない話だ。あの人は何を求めているのか?俺には予想も出来ない。面白い話だ。アーライト河の終点。その場所には全てがあるかもな、俺は周囲を警戒する」
ユーフはゆっくりと神殿の周りを歩き始める。
「さてと、どっちに会いに行こうかな。ラトゥールはどちらに導いてくれるのかな」
レテは神殿を急いで駆け抜ける。礼拝堂に着くと神官長が祈りを込めている。光の風の紐は図書室の方に向いている。神官長はレテに気づき、手に持っているフルーツを差し出す。
「私の大好物のメリゴーザです。レテ様もご存知の通り甘くてジューシーで素晴らしいフルーツです。隠れて食べようとしていたのが悪かったんです。どうぞ、レテ様が召し上がってください」
神官長が黄色の大きなメリゴーザをレテに手渡す。彼女は受け取るのを躊躇する。
「こんなに大きさのメリゴーザは見た事がないわ。さっきは私も悪かったかな、みんなで食べましょう、マリーにきれいに切ってもらおうかな。それとも私が腕を振るおうかな」
レテは微笑む。神官長は不満そうな顔つきを浮かべる。
「分けるなどとんでもない。大きなメリゴーザを一人で食べるからこそ至高なのです。皆で順番に大きいメリゴーザを食べるべきです。今回はレテ様、次はネアス様。機会はあります。隠れて食べてみてください。私の言う意味が理解できるハズです」
神官長には譲れない信念があるようだ。
「次は一人で隠れて食べようかな。今回はみんなで分ける?!ダメかな?」
レテは神官長に提案する。神官長は大きく首を振る。
「イケません。ダメです!」
神官長は言い放つ。レテは圧倒される。
「そうね、神官長に従うわ。持っていたら危ないから隠しておいてね、みんなと話をした後一人で隠れて食べてみるわ。見つかったら神官長のせいにするかな。楽しみ、楽しみ」
レテはどちらの道に進むか考える。一つの部屋の前に鈴が落ちているのに彼女は気づく。
「問題ありません。偉大なるラトゥール様のご加護がレテ様にはあります。私は何も心配していません。用心をすれば見つかる事はありません」
神官長は頭の帽子の中にメリゴーザをしまう。すっぽり入って気づかない。
「私の帽子じゃ無理かな。神官長はバランス感覚に優れているのね、見くびっていたわ。私の直感もまだまだね」
レテは静かに礼拝堂を眺める。
「レテ様、目に見えるモノだけに囚われてはいけません。あなたの直感は当たっています。しかし、人は工夫をする。弱点を補えるのです」
神官長は微笑み、帽子の中をレテに見せる。彼の帽子の中には棒が張り巡らされてありメリゴーザをしっかりと支えている。レテは驚く。
「メリゴーザ専用に作ってもらったの?!神官長はいつもメリゴーザを隠し持っていたの?この間も?」
レテは矢継ぎ早に質問する。神官長はメリゴーザ入りの帽子を被る。
「レテ様、ご内密にお願いします。今日の昼からこれを隠しています。ニャンさんに昨日の夜に頼んでいたのです。親密にしている商人の方に受け取ってもらい運んでもらいました。ララリはしっかりと払いました」
神官長は声をひそめる。
「ニャンはネアスの友達だから信用できるかな。ニャン族のニャン。変な名前ね、人のヒトです。おかしいような、おかしくないような感じ」
レテが疑問を口にする。
「ニャン族は行商人として一定のララリを稼ぐまでは全員ニャンと名乗る事になっていると聞きます。若いニャン族はこの掟を守らない者も多いようなのでレテ様がご存知ないのも仕方がありません」
神官長が悲しげにつぶやく。
「ニャンは真面目なのね。語尾にもきちんとにゃんって言っているわ。あれは決まりだったって知っているわ。にゃんにゃんが多すぎて中身が伝わりにくいかな」
レテがうなずきながら答える。
「そちらの掟も廃止されたと聞いています。一部のニャン族は反発して、あえてにゃんにゃんにゃんにゃんと言います。それも昔の話です。私も久しぶりににゃんにゃんを聞いて心が踊りました」
神官長が微笑む。
「田舎には古い風習が残っているのかな。ネアスの村の風の神殿の分社はどんな感じなのかな。古びているけど歴史があって趣があるのと良いわ。簡素はダメ!」
レテは期待する。
「ネアス様もお目覚めです。先程食事を取られた後は考え事をしているようです。彼は何を考えているのか。私には分かりません。薄明かりの窓、この言葉の意味は何でしょうか?彼が眠っている時に呟きました」
神官長は真剣な顔に戻りレテに尋ねる。彼女はうなずく。
「暗号、ううん、私に対する言葉かな。薄明かりの窓。それは仮の名前、本来の名前を語る事は禁止されている。あまりにも危険で恐ろしい言葉、使命を果たした時のみに人々はその意味を知る」
レテは語る。神官長の目が見開く。
「レテ様はご存知でしたか!私は何も言いません、この話は聞かなかった事に致します。使命を果たされる事を祈っております」
神官長は後退りする。レテは笑みを浮かべる。
「神官長が知っても問題ない話かな。薄明かりの窓、驚くような事じゃないわ。説明してあげようかな。お礼、お礼!」
レテが話をしようとすると神官長が別の話を始める。
「レテ様はどのようにメリゴーザを隠す計画ですか。カバンに入れれば持ち運びは可能ですが、どこで隠れて食事をする予定でしょうか。私の知恵は必要でないですか?」
神官長が帽子に触れる。
「マリーの宿で食べようかな。女の子の部屋に勝手に入ってくる男はなかなかいないわ。アーシャに見つかる危険性はあるけど……」
レテは図書室の方を見る。
「誰にも見つからずに食べる。それがメリゴーザの最高の食べ方です。私の長年の経験の成果です。そして見つからない方法は王都への報告書を書いていると皆に伝える事です。これは秘密です。ドロスなどは絶対に近づいてきません。ミヤさんも進んで部屋を尋ねる事はありません」
神官長は自信満々でレテに教える。レテは大きくうなずく。
「良い考え!私は神官の秘技を授かったのね。アーシャも近づくハズはないわ、ネアスもダイジョブ、ダイジョブ。長く生きる事は大事ね、私では考えもつかないかな」
レテはドロスの部屋を見る。
「私はレテ様の敵ではありません。全てに対して公平でありたいのです。無理なのは分かっておりますがレテ様にはご理解をしていただいたいです」
神官長はレテに頭を下げる。
「誰かに加担しないと生き残れない。王族、貴族、ラトゥール。私たちはキミにこれから振り回される事になるのかな。それがキミの望み、災厄は迫っているの?そのための準備、たまたま眠りから覚めただけなのかな」
レテは光の風の紐に語りかける。彼女の帽子が輝く。
「おお、ラトゥール様のご加護でしょうか。良くお似合いになる帽子です。今日はお土産をたくさんお持ちですね」
神官長が微笑む。
「キンパラキノコ、神官長も味見してみる?ちょっとだけあげるわ。待っててね、シルちゃん、お願い?」
レテはシルフィーに呼びかける。宙に浮くお皿からキンパラキノコが飛び出す。
「そのような貴重品はいただけません。他の皆様で味わってください」
神官長は遠慮する。
「貸し借りなし。メリゴーザのお返し、お返し!この機会を逃したら当分食べる事は出来ないかな。キンパラ、キンパラ!」
シルフィーの風が神官長の口にキンパラキノコを運ぶ。
「オイシイ、私が以前に食したキンパラキノコよりも味わい深いです。時期が良いのでしょうか。調理法が違うのかもしれません」
神官長はモグモグしながら感想を述べる。
「ありがと、神官長!私は反対側に向かうわ。神官長はラトゥールの導きに従って図書室に行ってね。しっかりと安全だって伝えてあげてね」
レテは鈴を拾いに進む。神官長はうなずく。
「勘違いで皆様に迷惑を掛けてしまいました。メリゴーザはしばらくお預けです。次に私の番が回ってくるのはいつのことになるやら。こちらは私のお任せください」
神官長は静かに図書室に向かう。
「用心は大事、大事。今度はホントに襲撃されるかも、その時は私も容赦はしないかな」




