ゴブジンセイバー
レテはネアスを正面に見据えて、その瞳をのぞきこんでいる。ガーおじは怖気づきながらも、体当たりの準備をする。
「ネアス殿、どうしたのじゃ。勇者になったのじゃ。世界を救う旅に出るのじゃ。人にはいろいろあるのものじゃよ。気にすることはない。さっきの言葉は聞かなかったのじゃ」
ガーおじが肩に手をかけようとする。ネアスはそれには気づかずにレテを見つめている。
「どうしたの、勇者ネアスくん。少し怖い顔をしているよ。そんなんじゃモテないよ」
「そうじゃぞ、そうじゃぞ」
「勇者なら、何もしなくてもモテるさ、デートだってし放題さ。し放題なのか、これからはデートいっぱいできるのか」
ネアスが顔を赤らめる。妄想が止まらないようだ。
「何考えているのよ、ネアス。でも、世界を救ったらデートし放題かな。一番好きな女の子をも結婚できるよ、きっとね」
「結婚したら神官はあきらめるしかないけど、今日から僕は勇者だ。よし、人生設計のやり直しだ」
ネアスは前向きに未来に進む決心をする。
「ワシも勇者の仲間じゃ。きれいでやさしくて料理の上手な奥さんをゲットするのじゃ。子供は三人で充分じゃ」
ガーおじも一緒になって騒ぎはじめる。
「勇者として活躍した後は好きな女の子に告白しないといけないのか。緊張するな。できるかな、いや無理かもしれない」
「やってみないとわからないでしょ。当たって砕けろ。勇者の告白を断る女の子はそうはいないわよ」
ついでにレテもふざけ始めてしまう。
「高望みし過ぎはいけないですぞ、ネアス殿。分相応の女性を選ぶことじゃ。勇者といえども、謙虚なのじゃ」
「そうかな、一番好きな子と結婚するのが良いに決まっているわ。守りに入ったら負けよ、ネアス。ガーおじはモテそうにないし、当てにしちゃダメよ」
二人の意見が割れて、ネアスは困惑の表情を浮かべる。心の中はハッピーのようだ。
「レテ殿はさぞ、おモテになるのでしょうな。お美しいお顔にスタイルも良い。告白などしなくても、引手数多の男共がきっと群がってきているでしょうな、おうらやましい限じゃ、フン」
ガーおじは思いっきり嫌味を言って、レテに反撃をする。
「たくさんの男性を切っては捨て、傷つけてきたのじゃろうな。今はその中でも一番金持ちでイケメンで仕事のできる男をお付き合いなさっているのじゃろうな、おうらやましい、フン」
ガーおじがさらにまくし立てる。
「そういうの慣れているからダメージはゼロよ、ガーおじ。ごめん遊ばせ、でしたかしら。面倒ね。女性に恨みありすぎよ、ガーおじ」
レテはガーおじをなだめようと譲歩する。
「ごめん遊ばせ、レテ様はたくさんのステキなお方と出会いになられて、おうらやまし限りですわ、僕もかわいい女の子とたくさん出会いたいなでございます」
ネアスも頑張って貴族風の話し方を試みる。
「出会いはたくさんあるのでしょうね、ですわ。騎士ならば貴族たちとも付き合いを持たねばじゃ、でございます」
ガーおじは攻撃を緩めない。
「レテ、レテ」
モラが森の奥の木の方角を見て、レテに呼びかける。何かに気づいたようだ。
「シルちゃん、お願いね。少しだけ脅かしてあげてね」
レテは集中力を高めて、シルフィーに呼びかける。
シルフィーはモラが示した木の周囲を風で包み込み、少しだけ風を中で吹きつける。木の裏から悲鳴が聞こえてくる。
「なんだ、なんだ。そうか、バレてしまったか。観念するか」
微風で進みにくそうにして、人影が進み出てくる。神官の姿をしているようだ。
「ゴブちゃんの神官、初めて見るわね。そこから動かないでね、それ以上近づいたら、容赦はしないわよ」
「ゴブリンの神官か、話を聞いたら参考になるのかな」
ネアスはのほほんとつぶやく。
「話ができるゴブリンもおるのか。知らなかったのじゃ、ワシは記憶喪失じゃから当たり前なのじゃ」
「そういえば、そうね。ゴブちゃんから話かけられるのは初めてね。話すゴブリンがいても不思議じゃないでしょ。戦ったり、踊ったりしているしね」
神官ゴブリンが事情を説明しようとする。よく見ると衣服はだいぶくたびれているように見える。
「単刀直入に言わせてもらうが、その剣はゴブ族に伝わる名剣である、その名は」
「ゴブジンセイバー」
神官ゴブリンは風に包まれ、話しにくそうではあるが、その名前を胸を張って、おおきな声で叫ぶ。
「ゴブジンセイバー、かっこいい。ゴブジンセイバーの威力思い知れ、ゴブジンセイバーブレイカー!」
ネアスはゴブジンセイバーを構えて、遊びだす。
「男の子のセンスはよくわからないわね。あんまりかっこよく聞こえないけど、ネアスが楽しそうなら良いのかな、いや、良くないかも」
「ワシはもっとシブい方が良いがネアス殿の剣じゃ。文句はないのじゃ」
「気に入ってくださったか。ゴブリンとしてもうれしい限りです」
ゴブリン神官はネアスの喜びを自分のように感じたようで、さらに話を続ける。
「本来であれば、レテ様に扱ってもらいたかったのです。しかし、ネアス様がそれほど喜んでいるのを見ますとこれが運命だったのでしょう」
「ゴブリンセイバーはどんな力を秘めているのですか?何でも切れるのですか、それとも、この剣でしか切れない相手がいるのですか?」
ネアスはすっかり興奮してしまって、ゴブリン神官に詰め寄ろうとする。
「ネアス、油断し過ぎよ。相手はゴブちゃんよ。変な光も出せるみたいだし、近づいたらダメよ」
「レテ殿は警戒しすぎじゃ。すばらしい剣を授けて下った方が悪人のハズはない。ゴブリンに偏見を持ち過ぎじゃ」
ガーおじ断言。
「いえいえ、レテ様の言うとおりです。人とゴブリンは仲良しこよしの間柄ではありません」
「それに申し訳ないのですが、ゴブリンセイバーの力は私にもわかりません。何分古い剣でして、詳細は私共にも分かっていないのです」
「じゃあ、何でややこしい事をしてまで私たちに剣を渡そうとしたのよ。さっきの女の話はウソなんでしょ」
レテが問い詰める。
「すべてがウソではありません。信じてもらえるように脚色はしました」
ゴブリン神官は胸を張る。
「おー、神官っぽいです。勉強になります。ゴブリンでも神官になると違いますね」
ネアスは感銘を受ける。
「ネアス様、ありがとうございます。それでは先程の光について説明させてもらいます。ゴブジンセイバーは本来であればゴブにしか使えない剣」
「あの光は人でも扱えるようになる祝福であり、呪いです。貴方は役目を果たすまで一番大切なモノを奪われた状態になりました」
ゴブリン神官はネアスに伝える。
「呪い、初めてかな」