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勇者の剣

 箱の中には布に覆われた剣状の物体が横たわっている。ネアスは慎重に剣を手に取り、布を取り払っていく。

「持ち主を選ぶ勇者の剣ね。ネアスが選ばれると良いね、私はシルちゃんで充分よ」

 レテは微笑む。

「ネアス殿ならワシも涙を飲もう。選ばれなかったなら、ワシが使わせてもらうのじゃ」

 ガーおじは剣をじっと見つめている。

 古びた金色の鞘の剣が布の中から姿を表す。ネアスが剣を手に取り、鞘から剣を抜こうとする。

「古いけど立派そうではあるかな。勇者の剣って言うのもウソではないかもしれないわね」

 レテはまだ半信半疑のようである。

「私の役目はここまでです。泉の女神様がお待ちです。どうぞ、あちらへ」

 美しい女性は魔力の泉の方を指し示し、帰り道へと進んでいく。

「ご幸運おめでとうございます」

 三人はポツンを残され、ガーおじは箱を大事そうに持ち上げる。まもなく夕暮れ時だ。

「なんと?!女神様がいたのか。なんとややこしいことをする女神様じゃ。ご自身で我々に伝えてくださればよろしかったのに」

 ガーおじは周囲を見渡す。誰もいない。

「恥ずかしがり屋さんなんだ。いや、安全のためかな。僕らが悪人かもしれないしね」

 ネアスは剣を持ち、泉に向かっていく。

「怪しいよね。ネアス、注意しなさい。イヤな感じがしてきたわ。私の直感はよく当たるのよ」

 レテも彼らに続き、泉にたどり着く。

「ようこそ、勇者たちよ。あなたたちは世界を救うために選ばれた。勇者の剣を手に取るのだ、レテよ」

 泉から甲高い声が聞こえてくるが、その姿は見えない。

「やっぱり、レテだよね。当たり前さ。僕が選ばれるわけがない」

 ネアスはガックリして、剣をレテに手渡そうとする。


「ネアス殿にもやれることはたくさんあるのじゃ。気を落とさないことじゃ。やはり剣はレテ殿にお似合いのようじゃ」

 ガーおじも凹んだようだが、ネアスをなぐさめるのを忘れない。

「私はいらないわよ。世界の危機なら手助けはできるけどね。とにかく、姿見せてくれないかな、女神様」

 レテは催促する。

「危険があるため、申し訳ありませんが姿は見せられません。剣を抜いていただきませんか、レテ様」

 女神様はレテに懇願する。

「後で確認するわ。それよりもどんな世界の危機が待っているの。教えてくれないかな、ゴブちゃん退治も飽きているのよね」

 レテは尋ねる。

「剣を抜いてください。物事には順番があります。それは人もゴブリンも同じです」

 女神様はイライラが溜まってきているようだ。

「レテ、女神様を怒らせるのはまずいよ。悪い事がおきたらどうするのさ、たたられたりしたら怖いよ」

 ネアスはコワくなる。

「そうじゃ、女神様の言う事は聞くものじゃ。世界の危機は迫っているのなら、ワシたちは救いを求めるべきじゃ」

 二人は必死になってレテを説得しようとする。女神様と二人は不安を隠せない。

「草占いでネアスが当たったのよ。やっぱりネアスが剣を抜くべきよ。必要になったら借りる事にするわ。これでいいでしょ、女神様」

 レテは頑としてネアスから剣を受け取ろうとしない。

「頑固ですね。しかし、世界を救うには引かない心が必要かもしれません。良いでしょう。泉の前に立ってください」

 女神様は折れる。

「報酬は何、世界を救うにはララリも必要。何万ララリ用意できるかしら」

 レテは交渉を始める。

「レテ殿、流石に失礼ですぞ。仮にも女神様ですぞ」

 ガーおじは小声でレテに助言をする。ネアスは剣をどうしようか迷いつつ、泉の前に立つレテの隣に立つ。

「あなた方三人に女神の祝福を授けましょう。頭を下げて祈るのです。勇者の力をあなた方に授けましょう」

 女神の声が響く。

「ワシもあこがれの勇者じゃな。女神様、頼みますのじゃ」

 ガーおじは深くお辞儀をして、その力を受け入れようと必死だ。

「形式張ったのはキライ。さっさと終わらせて貰えないかな、女神様」

 レテは飽きてきて、その場を去るような素振りを見せる。

「では、祝福を授けます」

 森の奥から光が降り注ぐ。レテはそれを避けようとするが、遅れてしまう。

「勇者。これが僕の最後のチャンスかもしれない。僕が勇者になれるかもしれない」

 ネアスは一人前に進み出て、剣を鞘から引き抜く。古ぼけた刀身がその姿を表す。光がネアスと剣に注ぎ込まれていく。

「ネアス殿、抜け駆けはひどいのじゃ。最後の最後でそれはないのじゃ。卑怯ですぞ。一生涯うらみますのじゃ」

 ガーおじは自分の不甲斐なさを知る。

「やるじゃない、ネアス。積極的な事は良いことよ。変な光を浴びずにすんだし、結果オーライ。草占いの通りね」

 レテはネアスを見直す。

 ネアスは勇者の剣を掲げて、プルプル震えている。ガーおじに申し訳なさそうな顔を見せる。

「ネアス殿。言い過ぎたのじゃ。そなたは命の恩人じゃ、勇者の力を存分に振るうが良い。その資格はあるはずじゃ」

 ガーおじは気持ちを切り替えて、カッコつけることにしたようだ。

「どう、ネアス。体に変化を感じる。頭痛いとか、だるいとか大丈夫かな。お腹痛くない、それとも動けなくなっちゃった」

 レテは心配そうにネアスに駆け寄るが、その体に触れようはしない。

「レテ殿、それでは呪いのように聞こえますのじゃ。女神様に失礼なのじゃ、ネアス殿は感激に打ち震えているのじゃ」

 ガーおじはネアスから距離を取りつつ、森の奥と泉を交互に見る。

「そうそう、女神様よね。女神様、勇者ネアスの誕生よ。私もお手伝いするつもりだからそろそろ事情を説明してくれないかな」

 レテは森の奥に呼びかけるが、女神様からの返答はない。彼女はもう一度、呼びかける。

「知っていることは全部教えてほしいな。手がかりも何もなしに世界を救ってくださいだと困っちゃうわ」

 ネアスは無言で剣を眺めているとその口を開く。

「僕は勇者になったのか。アハハ、アハハ。これまではうまく行かないことが多かったけど、これからは違う。レテは僕の幸運の女神様だ。力を見せつけてやる」

 ネアスは剣を鞘に収めて、レテと正面に向かい合う。


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