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マリーの決意は揺らがない

 デフォーは温かくレテたちを出迎え緑岩亭の中に案内をする。お店の看板には大きく臨時

休業中と書かれていた。レテたちはコートを脱ぎ、雨を振り払う。宿の中でマリーがテーブルで手を握りしめながら座っている姿がレテの目に飛び込んできた。

「マリー、大変だったわね。私の責任ね、昨日の昼頃からすっかり石版の事は忘れていたわ。危険な思いをさせてゴメンね」

 レテはためらいがちにマリーに声をかける。マリーはレテの声を聞くとすぐに彼女のそばに駆け寄る。

「ごめんはこっちが言う方よ。大事な石版を盗まれるなんて私の責任よ。この宿で起きた事件の落とし前は全て私がつけるわ」

 マリーはレテに抱きつくとすぐにその場を離れようとする。

「宿は荒らされた感じじゃないわね。それともマリーさんが片付け終わったの?料理も上手で仕事も早いのね」

 ラーナは整った部屋を見て驚く。マリーは首を横に振る。

「盗人はここには入っていないわ。窓から直接侵入してレテの大事な石版を奪っていったの!私がどこまでも追いかけるわ、私の宿で盗みなんて許すわけにはいかない。しかも大事なレテの思い出の品を奪われるなんて、私は自分が許せない」

 レテはマリーの物騒な発言に焦りを感じる。

「マリー殿は風の神殿に来た時もこんな調子だったのじゃ。ワシらではどうにもならないからレテ殿に来てもらったのじゃ。説明したはずじゃ」

 ガーおじは困った顔でマリーを見ている。ウィルくんがガーおじの頭上でフラフラしている。

「聞いてないわ、ガーおじ。後で説教ね、覚悟しておきなさい。それよりマリー、どうしたの。コワイ目に合っちゃったの?!」

 レテに風の槍が近づく。槍は唸りを上げる。ラーナとデフォーは真剣に観察している。

「コワイ目に合うのは盗人の方よ。これから私が痛い目を見させてあげるわ、私をただの宿の女将と思ったのがヤツラの運の尽きよ!」

 マリーは腕をブンブン振り回す。風の槍も呼応するようにブンブン回りだす。

「マリーは料理が上手でやさしい女将さんじゃなかったかな。私が知らないことは思っていたよりたくさんあったみたいね」

 レテはマリーが元気なので一安心する。

「レテ様、マリーさんには危害はありません。宿からララリが盗まれたようでもありません。石版だけを狙った犯行です。私も失礼ながら部屋を確認させていただきました」

 デフォーはレテが落ち着いたのを見て事情を説明する。

「デフォー殿がちょうど宿に居てくれて良かったのじゃ。誰もいなかったことを考えると恐ろしくなるのじゃ」

 ガーおじは二階のレテの部屋を見ながら腕を擦る。

「マリー、一人っきりだったらヒドイ事が起きていたわ、きっと。私の油断がまた危険を引き起こす所だったのね。気合を入れ直さないとイケないわ」

 レテは精神を集中させる。槍が外の風を吸い込み出す。大きさを増し続ける風の槍を見てラーナが彼女を止める。

「レテ、宿を壊すつもりなの?昨日みたいに大きくしたら危ないわ。今までの大きさが適切よ。それに盗人はここにはいないわ」

 ラーナがレテにアドバイスをするとレテはうなずく。風の槍は少しだけ輝きを増す。

「レテ、宿を壊してもらっても構わないわ。私はそれだけの失敗をしたわ。でも、これから挽回するから心配しないでね。後の事はみんなに任せるわ。留守番はガーおじさんにお願いするわ。みんなは話が終わって昼食を食べたら午後のお仕事を頑張ってね」

 マリーはそう言うとその場を立ち去ろうとする。レテがすかさず彼女の腕を掴む。力と力がぶつかり合う。

「本当に助かりました、レテ様。私にはマリーさんを止める自信はありません。若い頃でも無理だったでしょう」

 デフォーは二人の力をみて自分の眼力を見直す。

「マリーさんってこういう人だったのね。昨日会った感じとレテの話とはずいぶんと違うけど気が合いそうで良かったわね、レテ」

 ラーナは力で張り合う気持ちはないのでのんびりと席に座る。

「説教で済むのがレテ殿のやさしさじゃ。ワシは良い仲間を持ったのじゃ、家を壊されるのはイヤなのじゃ。どんな家を王都に建てようか」

 ガーおじは現実逃避をすることに決めて、とりあえず宿の入り口から動かない事にした。

「マリー、私には敵わないかな。無駄に力を使うのはダメ、ゆっくりと座って今後の方針を決めましょう」

 レテはさらに力を込めてマリーを無理やり座らせようとする。しかし、彼女が力を込めるとマリーもさらに抵抗する。

「レテの方こそ無理はしないほうが良いわ。昨日から大忙しだし今日もこれから色々と大変よ。盗人の事は全部私に任せて昼食を食べてね」

 マリーはレテを引きずって歩いていく。風の槍は静止している。

「レテ様でもダメですか、マリーさんのお好きなようにしてもらうしかありません。我々は敗北しました」

 デフォーは早々にあきらめた。レテは何とか抵抗してマリーを進ませないように試みる。

「レテもマリーも細いのにどこにそんな力があるか興味があるわ。私も鍛えれば強くなれそうね。美しさと知性と強さを兼ね備えた女性!」

 ラーナは後でマリーに質問することに決めた。

「ラーナ殿は美しさと知性だけで充分なのじゃ。力自慢はレテ殿とマリー殿に任せるのが一番じゃ。あそこまで力持ちだとモテないのじゃ」

 ガーおじが迂闊な発言をするとレテとマリーは彼をにらみつける。

「ガーおじと違って私はモテモテよ。イヤな貴族にも声をかけられるし、セオも変な組織を作る程のモテモテよ。力はモテに関係ないかな」

 レテは最後の力を振り絞ってマリーを止めようとする。マリーが止まり成功したかに見えたが彼女はすぐに悠々とあるき始める。

「レテ程はモテないけど私もお客さんにデートに誘われる事はあるわ。力はモテに関係ないわね、ガーおじさん」

 マリーはしがみついているレテを引きずりながら目的地に向かう。部屋の入り口の前に大きなカバンが置いてある。たくさんの荷物がぎっしりと詰まっている。

「盗人を捕まえるまで帰るつもりはないわ。ララリも用意したし、食料も充分。あの石版なら一人で運んでこられるから安心して、レテ。何も心配することはないのよ、私は目的を果たすためなら何だって出来るわ」

 マリーはレテの頭をなでる。

「どこに行く気なの、マリー。いつ盗まれたかも、どこに持っていったかも、どのくらいの人数かも分からないわ。マリーじゃないから複数いるはず」

 レテはマリーにしがみついたままで質問をする。

「先程までその話をマリーさんとしていたのです。レテ様が来てからもう一度確認しようと思っていたのですが……」

 デフォーは長年の経験で鍛えた眼力が鈍った事にショックを受けたままだ。

「マリーさん。レテの言うとおりよ。正確な情報をしっかりした予測がないと無駄な時間を費やすことになるわ。ここはみんなで作戦会議をするべきね」

 ラーナがマリーに提案をする。マリーは大きく首を横に振る。

「それはレテに任せるわ。私はこのまま突き進んでいくわ、人それぞれやり方がある。私は何も考えずに今思った事をするだけ。最短で捕まえられなくても良いわ、その代わりに絶対に自分で見つけ出して石版をレテとネアスに返すわ」

 マリーはカバンをどうにか背負おうとするがレテがじゃまで上手くいかない。

「マリー殿、ワシから言える事は友達の意見も大事にした方が良いのじゃ。もし、ワシがマリー殿のような真似をしたら一瞬で風に吹き飛ばされているのじゃ。ネアス殿も同じ目に合うじゃろうな」

 ガーおじはウィルくんを見つめる。ウィルくんはガーおじにちょっと近づく。

「精霊使いは魔術師みたいに規則がないのね。うらやましいわ。でも、魔術師の規則も合ってないようなものね」

 ラーナは部屋の様子を観察している。

「私には騎士の規則があるわ。精霊使いである前に私は騎士。生粋の精霊使いなら違う考え方をするかな。シャルスタン王国にはいないけど……」

 レテはマリーを止める方法を考える。

「レテの気持ちも分かるわ、私が心配でたまらないのね。でも、これは私の責任なのよ。レテには騎士、デフォーさんには冒険者としての誇りがある。私にも宿の女将としての誇りはあるわ。たとえ雇われで見習いの女将でもね」

 マリーはレテに真意を語ってレテを振りほどこうとするがレテは引っ付いたままだ。

「私も若い頃は血気盛んでした、誰よりも早く大発見をしたいと意気込んでいました。仲間たちと一緒に頑張りましたが運がなかった。いえ、運を超える実力がなかったのでしょう。今の私に誇りは残されていません」

 デフォーは衰えが身にしみたようだ。

「デフォー、あきらめるのは早いわ。私はネアスとラーナの幸運の女神様!デフォーにも少しだけおすそ分けしてあげようかな。ほんのちょっとだけになるけどね」

 レテは時間稼ぎをする。デフォーの目が輝く。

「ワシはノケモノなのじゃ。いつもそうなのじゃ。ワシの幸運の女神はドコもあいるのだろうか。ウィル殿はご存知か?」

 ガーおじはウィルくんに問いかけるが返事はない。

「レテの幸運は限りがあるのね、注意しないとイケないわ。考えてみれば限界のない存在はないわね」

 ラーナは納得する。

「レテ様、ありがとうございます。そのお言葉をお待ちしていました。私に必要なのはほんの少しの運です。後は長年の経験と冒険者の仲間たちでやっていくことが出来るでしょう。ユーフたちも喜びます」

 デフォーはユーフの名前を出してしまう。彼は気づかれないように押し黙る。

「ユーフさんもいらっしゃっていたんですね。それなら食事を用意したのに、忙しいからなんですね」

 マリーの気がそれる。レテは見逃さない。

「昨日はデフォーだけが風の神殿に来てくれたのかな。私も忙しかったからユーフが来ていたことは気づかなかったわ」

 レテは話を無理にふくらませようとしてガーおじをにらみつける。

「ユーフ殿とワシは会った事があるのだろうか。最近忘れっぽいので分からないのじゃ、デフォー殿に聞くのが一番なのじゃ」

 ガーおじは後がコワイので訳が分からないが何となく話をする。レテはうなずく。

「ガーおじ、ユーフって人はいないわ。私の他にはクロウしか外にはいなかったわ。それともルキンみたいに隠れていたら分からないわ。でも、流石にクロウが気づくハズ!」

 ラーナは確信が持てない。デフォーはシブシブ答える。

「隠し事はするものではありません。女性に対しては特にです。ユーフはまだそこが分かっていません。全ての経緯を話しましょう。お時間を頂きます」

 デフォーはレテに協力する事にした。

「気になる話になりそうね、デフォーはどうしてこの街にいるのかな。気になる、気になる」


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