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特別な人には本当の自分を見せてもいいかなと思ったから。


稲葉海斗は松永優凛に初めて会った時、

「この人、苦手。絶対に合わない!」と直感した。だって彼女は……。


とにかく言葉遣いが荒かったから!!


一方の優凛の方も

「コイツ、ないな」と思っていたらしい。


これは海斗と優凛が出会って惹かれ合うストーリー。ってありきたりすぎんか?笑

まぁ聞きたかったら、聞いてな?


ん?この女の子の名前なんて読むかって?


ゆりん、だよ!


こ~んな感じで物語の中に私、服部が出るよ~!よろしくね~♡



高校1年の初登校の日(高校と限らず、小学校、中学校、大学も)それは誰にとってもドキドキする日じゃあないかな?


海斗ももちろん、ドキドキしていた。胸の中では、ガンダムが大暴れしているような感覚。すごく気持ちが悪かった。


恐る恐るクラスに入る。

そこにはまったく知らない顔が、たくさん浮かんでいた。全員の名前が覚えられるだろうか、と不安になるほどの人数・・・。


海斗は

「まぢかよ~!友達できるんかね?」と不安になった。


(そんなに緊張しないで〜笑)


そもそも海斗はどちらかと言えば引っ込み思案。昔から大人しい、と言われ続けて来た。


そんな海斗だから、そりゃあ今回も緊張するよな。


入り口のところで、そんなことを考えながら突っ立ってたら、後ろからこんな声が聞こえた。

「おい、お前、こんなとこで止まんなよ」


「ん??誰だ?口悪いなぁ~男か?いや、声は女だ。一体何者なんだ?」と海斗の心の声。


振り向くと、そこには可愛らしい雰囲気の女子生徒が立っていた。

「え!今の、コイツが発した言葉なん?」海斗は正直カナリびっくりしたのさ。


彼女、松永優凛は、その雰囲気とは似ても似つかない言葉遣いをする女だった。


そのとき海斗は「あんまり、関わりたくねぇな」って思ったのさ。

だから「あ、すいません……」とだけ言ってそこを離れた。


優凛は、言えば分かるじゃん、みたいな顔をしてクラスに入って行った。


さぁ~みなさん!どうなるか、分かりますかぁ~?

最後まで読んでね~!


その日の夜、海斗がそろそろ寝ようとベッドに入った時、なぜかふと、今日会った口の悪い女のことを思い出した。


華奢で、うーん……。身長はたぶん155cmあるかないか・・・。

可愛らしい声。鼻筋も、通っていたような?

髪の色は黒。肩より少し短い長さのボブで・・・。目尻がきりッとした大きな目が印象的な女の子・・・だったかな・・・?海斗は彼女のなんとなくの特徴を並べてみた。


でもなぜアイツのことが、頭に浮かぶのだろう?

この時の海斗には、その理由が全く分からなかったのさ。

海斗は知らんぷりしてそのまま眠りについた。初登校日で疲れたのか、あっというまに眠りについた。


次の日、まだまだドキドキしながら学校へ行った海斗。

友達も全然できそうにない。


「大丈夫かよ、俺。これから先も友達できなかったらどうしよう?」

海斗はとにかくマイナス思考だった。それは昔からで・・・。


「な~んでこんなにマイナス思考なんだろう?」


小さい頃の海斗には、その理由が分からなかった。でもきっと、大人になればそんなの治るはずさ、そう思っていた。

でもある程度大人になった今でも、それは治らなくて、海斗はそんな自分の性格にうんざりしていた。


海斗は思っていた。

「ここら辺で本気で治さないと、これから先もずっとこのままだ。そんなの絶対に嫌だ!」ってね。



その次の日の二時限目の休み時間。

何人かの女子生徒達が大騒ぎしていた。その中に昨日聞いた、口の悪い女の声が混ざっていた。


「え~♡それ、私も欲しい♡いいな~!欲しい、欲しい~♡」


「ん??アイツ、昨日の俺に対しての言葉遣いと全然違うじゃね~か。どーゆーことだよ?しかも、もうあんな風に友達できたのか。意外と社交的じゃん。友達受けいいのか??」

海斗は疑問に思ったとともに、彼女の意外な一面を見たような気がしていた。


「意外だなぁ。アイツ。あんなとこあるんだな」


その時の海斗はさらに彼女のことを知りたい、という気持ちが生まれていたことに、気づくはずもなかった。


ね、自分では自分のこと、分からないときってない??

服部はあります。

自分が相手を好きになっていることに気づいてない、とかね。

自覚のない恋、ってやつなのかな?




【優凛】

入学式から約1週間後。


初めての体育の授業の時間。優凛はそれを目の当たりにすることになるのよ。



体育の授業は男子と女子で分かれていて、それぞれ違った運動をしていたのさ。その時、優凛達女子メンバーはバレーをしていた。

優凛の心の中は

「あぁ、嫌だなぁ。あんな高いところから来たボールをどうやって跳ね返せばいいんだよ。まぢで、無理だわ」そんな気持ちでいっぱいで、そこから逃げ出したかったんだって。


運動が苦手なのは、昔から……。いや、生まれた時から?で、優凛はそのことをコンプレックスに感じながら生きてきた。

思えば小学校の体育の授業も嫌すぎて、その前の授業が終わるころになると、決まって憂鬱な気持ちになっていた。


「まぢで、ほんと!体育なくなって欲しい。そのためなら、なんでもするから~~!!」なんて考えてたんだよね、優凛はさ。



はい!余談ですが、服部も大の運動嫌いです!まぁ、どうでも良くてごめんね。笑



それで、ここからなんですが~


ふと男子の方を見てみると、そちらではバスケをやっていて、男達が勇ましく?走り回っていた。いかにもバスケが上手に見える男子が何人かいて、女子達の視線を集めている。


優凛は

「うっわ~これ、バレーよりヤバいやつじゃん!!よくあんなもんやっていられるよなぁ」そう思わずにいられなかった。なぜなら優凛は……。


バスケがいっちばん苦手だったから~~~~~!!!


服部もぉお〜〜!!!笑

いや、言わんで良いわ、そんなん!


話戻すね!


優凛が小学生だったころ。そう、体育の授業でバスケをやっていたとき。グループがABCに分けられていたの。Aが一番上手でCが一番へたくそ、という振り分けだったんだよね。

もちろん、優凛がCグループに入っていたのは言うまでもなく……。


このころの優凛はボールが怖くて怖くて仕方なくて、ゴールから反対側に走って逃げていた。

「自分から行って、パスをもらうなんて、ありえなさすぎる。あたしにできるわけね~だろが」優凛はそう思っていた。



バスケをやっていた男子生徒達の中で、ひと際目立つ男がいた。ソイツの動きはとりあえずカナリかっこ良くて、バスケのことなんて全く知らない優凛も


「きゃ~~~♡♡」

と心の中で叫ばずにいられなかった。


次の瞬間、優凛はびっくりして、目が飛び出るような感覚に陥った。

なぜなら

それが……。


海斗だったから!!!


「おい、まぢかよ!あれ、アイツなのか??あたしの目、おかしくなっちまったのか!?いやいや、そんなことはない。こないだ、眼科で視力1.5って言われたばっかなんだから」

だけど、なぜだか優凛は、海斗のその姿を追わずにいられなくなっていたのさ。


「いやいやいや~~。アイツ、あんな特技あったのか?なかなかやるじゃんか、メメオめ」

メメオというのは、優凛が海斗に付けたあだ名だった。海斗が普段女々しいことからそう名付けたらしい。


ん?優凛、意外とネーミングセンスあるじゃん?って、服部が言ってるよ~~!


話戻すね~~!


優凛はしばらくの間、海斗の動きばかりを見つめていた。


そう、ただただ、彼の動きだけを。

もう、どっちが勝ってるとか、そんなのは関係なくなっていたのさ。


そのとき優凛は海斗のことを少し見直したみたい。

というか彼が見せたそのギャップに、心がついていかなかったようだった。

それが優凛が海斗に惹かれる、最初の出来事になったのは言うまでもない。



【海斗】


海斗が優凛にギャップを感じたのは、英語の授業の時だった。

先生が

「じゃあ、◎ページの△の箇所、松永読んで」と言った。


その先生の名前は幸村功。生徒達の中では「ゆっきー」と呼ばれている。人自体はすごく良かったのだが、どうも授業がつまらないと、日頃から言われていた。あぁ、人はいいのに、授業が・・・なんて言われる先生・・・少し可哀そうだ。


海斗は英語が大の苦手だったのもあるし、前の晩に大好きな漫画をほぼ徹夜で読んでいたため、眠りの世界へ旅立とうとしていたのさ。というよりはもう、半分夢の中。これから見る夢はきっと、昨日読んだ漫画のことだろう。



「ん?ゆっきー今、なんて言った?松永??それって確か、こないだの口が悪い女じゃん」

海斗はなぜかすごく気になった。少しだけ、胸騒ぎがする・・・。


その時、その「松永」の声が響いたのだ。


それはそう、まさに、ネイティブの英語の先生が読んでいるかのような、きれいな発音だった。アルファベットの「L」と「R」の発音をしっかり使い分けている、それくらいレベルの高いものだった。


「あぁ~。なんてきれいな発音なんだろう」海斗はそう思った。

それと同時に


「ほんとにアイツなんだろうか?」とも思った。


「信じられない・・・」


でもやっぱりよく見ても、立って教科書を読んでいるのは、まぎれもなく「松永」だった。


「あんなに口が悪いヤツが、こんな特技あったのかよ?ってかアイツ、本当に何者なん??」

その答えを海斗が知ったのは、もう少しあとのことになる。


ね、あとが気になるでしょ?気になるでしょ?そう言ってくれ、頼むから。BY服部。笑


【優凛】


優凛には秘密があった。

秘密というか、あまり他の生徒達に知られたくないことが。


それは優凛が帰国子女だってこと。

中学1年生~3年生までの3年間、親の仕事の都合で、とある海外の国に住んでいたらしい。


どこの国だったかは内緒にしとくね。優凛が内緒にしたいってさ。理由は知らんけど。


優凛は自分が帰国子女であることを、他の生徒達に知られるのが、ものすごく嫌だったんだよね。なぜなら……。


「出る釘は打たれる」と強く思っていたからなのさ。それって何?と思っている方がいるかもなので、少し説明するね!


「出る釘は打たれる」っていうのはさ、人と違う才能とか特技があることを理由に、他の人からひがまれたり、嫌われたりするってことなのよ。


この時の優凛は

「帰国子女(海外に住んでいた経験があって、英語が得意な人)はみんなからいじめられる」って決めつけていたみたい。だって、そういうのってさ、周りから見たら、羨ましいかもしれないじゃん?


つまり、みんなにないものを持っている自分は、みんなからいじめられるんじゃないかなって不安になってたってこと。

だから、そのことは誰にも教えないでいよう、と入学前に決めていたのさ。


しかし、入学式のあと一緒に帰った友達(Rちゃん)に、つい口を滑らせて話してしまったんだって。優凛は言ったあとに、我に返ったが、そのころにはもう遅かったの。


「あんなに言わないって決めていたことを、どうして簡単に言ってしまったんだろう・・・」自分で蒔いた種だから、仕方ないっちゃあ仕方ないんだが、優凛は後悔せずにはいられなかった。



そんなこんなで、入学してから2週間程が経った。


段々と暖かくなってきて、過ごしやすい日が増えた。生徒たちは、だいぶクラスになじんできたようで、思い切りはしゃぎながら、学校生活をエンジョイしていた。入ったばかりでテストなどもなかったため、余計にはっちゃけているように見える。


海斗と優凛はお互いの意外な一面を知りながらも、なんの関わりも持たず、それぞれの学校生活を楽しんでいた。


そのころは部活が始まる直前で、生徒達はそれぞれ、どの部活に入るかを考えていた。海斗ももちろん、考えていたわけさ。


「う~ん。中学のころもバスケ部だったし、高校でもバスケ部にしようかな~。

やっぱり、今までやって来ていて、慣れていることをやった方が良いしな」


海斗はやったことがないことをするのも良かったのだが、そのときはバスケ部に入る方向で考えていたのだった。

だが、海斗は心の中で


「本当にやりたいことよりも、やった方が良いこと、を選ぼうとしているのかもしれない」少しだけそう思った。



優凛の方はもうすでに、どの部活に入部するかを決めていた。


それは「吹奏楽部」


中学のころからやっていて、また続けたいと思っていたからだった。


「楽器はそうだな、前やっていたからパーカッション(打楽器)にしよう!」


実は心の中では

「トランペット(ペット)をやってみたい」と思っていたのだが


「やったことないしな。不安だな。だったらパーカス(パーカッションの略)でいいかな」そう考えていた。



ある日の放課後、バスケ部の見学を終えた海斗が帰ろうとしていると、音楽室の方から、ある曲が聞こえてきた。それは、海斗が昔好きだったアニメの主題歌だった。


しっとりした雰囲気のバラード曲。歌詞も共感できるものだったので、海斗はそのアニメが終わったあとも、たまに聞いていたのだった。


「あ~懐かしいなぁ~。この曲。めっちゃいい曲だよなぁ」


しばらくその音色を聞きながらボーっとしていたが、次に続いた曲も海斗がよく知っている曲だった。


「自分が好きな曲を演奏するのって楽しいだろうなぁ~」


海斗はもう少し近くで聞きたいと思ったので、すこ~しだけ、音楽室に近づいた。すると……。


なんと、優凛が出て来たのさ。


「え?アイツ、吹奏楽部だったのか?」海斗は少しびっくりした。

なんとなくだけど、優凛の明るく活発な性格からして、運動部かな?と思っていたからだった。


優凛は海斗の姿に気づいても、見なかったふりをした。

心の中ではこう呟いていた。


(なんていうか、恥ずかしかったというか。声かけたかったけど、なんてかけていいか、分かんなかったんだよ)


知らんふりしている優凛を見て、海斗は声をかけた。


「お疲れ様。なぁ、松永さんって中学のとき吹奏楽やってたの?」


「そうだけど。お前は?」


海斗はバスケ部に入ろうと思っていることを伝えた。


「お前、なんでバスケ部に入ろうとしてんの?」


「いや、中学んときやってたからだよ」


すると優凛はこう言った。


「お前さ、もしかして吹奏楽に惹かれてないか?」


海斗はドキっとした。優凛は続けてこんな事を言った。


「もしやりたいなら、やってみたら?どうせやるなら、やった方が良いことよりも、本当にやりたいことをやった方がいいだろ?」ってね。


そこで海斗はハッとした。

「俺、もしかして、本当にやりたいことよりも、やった方がいいことばっかり考えてたのか?」


(さっすが優凛~~♡そーゆーの気づくの、才能じゃん?笑)



海斗はなんだか自分の心の中を見透かされたみたいで、ドキドキした。


「コイツ、なんで俺の思っていることが分かるんだよ。っていうか俺、やっぱり本当にやりたいことよりもやった方が良いことを選ぼうとしているのかな」


海斗は「じゃあまたね」と言い、その場を去った。心を見透かされてしまった。恥ずかしい…。


その数日後……。


優凛が突然、海斗に話しかけてきた。


「お前さぁ、もし吹奏楽部に興味あるなら、今日あたり見に来てみたら?実際見た方がどんな感じか分かるだろ?」


この時の海斗の心の声。

「なに?わざわざそんなことを言いに来てくれたのか?優しいじゃん」


「んじゃ、今日行ってみるよ」海斗はそう答えた。


全ての授業を受け終えたあと、海斗は少し緊張しながら音楽室へ向かった。

知らない人がたくさんいるところへ行くのには、結構な勇気がいったからさ。

それと……。


優凛がいたから、ってのもあったのかも知れない。


「いや、アイツがいるから緊張しているわけじゃないよな?」

海斗は自分で自分に聞いてみた。

そして


「いや、違う、きっと違う。アイツのせいじゃあない」自分にそう言い聞かせたのさ。


音楽室に行ってみると、それぞれが自分の担当している楽器の練習をしていた。う~ん、何人くらい……。30人くらいいただろうか。

それでなくても引っ込み事案の海斗は、見に行ったことを少し後悔していた。


すると、海斗の姿を発見した優凛が声をかけてきた。

「なんだ、来たんだ。じゃ、あそこから椅子持ってきて見学しといたら?」


海斗は思った。

「あ~。わざわざ見つけて声かけてくれたんだ。やっぱり意外と良いヤツかも知れないな……」この時も海斗は優凛の意外な一面に触れ、ほんの少し心が揺れた。


ほどなくして部長さんが出てきた。部長さんはなかなかのせっかちさんのようで、ものすごい早口で話し、さっさとミーティングを終わらせたあと、すぐに海斗の方にやってきた。


海斗は言った。

「こんにちは。初めまして、稲葉海斗です。よろしくお願いします」


部長さんは小柄な女の人で、パーマをかけたようなゆるふわな髪形をしていた。しかも髪の色も、なんとなく染めたんじゃないだろうか、と思えるような綺麗な茶色だった。


海斗は思った。

「この人、モテそう~」


「初めまして!部長の近藤です。よろしくね!う~ん、何の楽器やりたいとか、ある?」


「いや、全然です。どんな楽器があるかさえ、知りません」


「そっか~。んじゃあさ、とりあえず、今、人が足りないとこに行ってもらってもいい?」


「はい。分かりました」海斗は答えた。


すると近藤部長は奥にある小さな部屋のドアを開けたかと思うと、優凛を連れて戻ってきた。


「え!なんでアイツが出てくんの?」海斗はびっくりした。


「んじゃ、松永ちゃん、稲葉君連れてって教えてあげて~」と、近藤部長。


「ええええ~~~!!なんで、よりによってコイツ!?」


今思えば、そんなにびっくりすることでもないのだが、その時の海斗はカナリ動揺していた。


なんでかって??それはさ~。海斗が優凛のことを~~♡♡に決まってんじゃん??まぁ、服部は黙っとくわ。笑だって聞こえるんだもん♡みんなが引っ込め~っていう声が!笑


話戻すね!



「まぢでさ~。な~んであたしがお前の面倒見なきゃいけねんだよ?」


海斗は思った。

「俺だって、お前に見てもらいたくね~よ。てかやっぱコイツ、やなヤツかもな」


「んじゃさ~、あたしんとこの楽器、説明するね。あたしんとこはパーカッションって言うんだ。ドラムとかさ、あるじゃん?あとは~小太鼓スネアドラムとか大太鼓バスドラムとか。知ってるか?つまり~吹くんじゃなくて、叩くみたいな。意味分かるか?」


海斗は心の中で思った。

「俺だって、ドラムくらい分かるっつーの」

まぁ、口には出さなかったけどね。その代わりに


「なんとなくわかる!リズム取る感じの?」と言った。


「まぁそんな感じ。とりあえず、吹く以外のやつ」


そのとき海斗は

「コイツ、説明下手過ぎるだろ!!」って思ったのさ。


「ん??いや、下手なんじゃなくて、適当すぎんのか」

そんな風にも思って、少し笑いそうになった。もちろん、我慢したけどね。


優凛、どうか海斗に分かるように、説明してくれ……。服部は願った。笑



「んじゃ~どっから説明したらいいんだ~。まぢ、難しい。あたしさ、人に教えたりすんの、無理なんだよなぁ~」優凛は少し困ったような顔をしている・・・。


「そしたらなんか、触ってみる??」

優凛はそれぞれの楽器を少し叩いて見せた。


「わ……。かっけぇ。アイツ、いつもあんな感じなのに、こんな風に叩けるのか・・・」


海斗はこの時も、優凛にギャップを感じてしまっていた。もちろん、良い方の、ね。


「ドラムってこうやって叩くんだね。足で踏むやつとか、小さいシンバルみたいなのとか。知らなかったなぁ~。よく見たことなかったからさ」


海斗が驚いていると、パーカッション(パーカス)の個室から、これもまた小柄で細見、髪の毛ゆるふわ、茶髪系女子が顔を出した。もちろん、部長さんじゃあない人ね♪


「松永ちゃん、ハープのことも話してみて~」

その生徒の名前は佐々木さん。パーカスのリーダーらしかった。


「ん?ハープ?それってあの……。お上品な女の人がポロポロ~ンって指で弦をはじいて弾くやつ?」


昔どっかのテレビ番組で、音楽の演奏会みたいなのをやっていて、そこでチラッと見た程度だった。見るからに高級そうな見た目。ハープのことなんて、全く知らなかった海斗だが、きっとお金持ちが弾くのだろう、そう思っていた。


優凛は

「は~い♡♡」ってな感じで、いつも通り女の子バージョンで返事をした。


「コイツ、まぢでなんで俺ん時だけ、あんな言葉遣いなんだよ?」



「ハープっての、見たこととか聞いたことあんでしょ?あそこにあるでっかいやつ。あれのことだよ。一言で言えば」優凛はさっきと同じようなテキトーな口調で説明を始めた。


「まぁ、なんでハープが打楽器に分類されてんのかは知らねぇけどな。ま!そんな感じで!」


「コイッツ、ほんとにいいヤツなのか、そうでないのか全然分かんねぇ」海斗の心の中はまたもや謎に包まれた。


いやいや、もうちょっとしたら、分かるからさぁ~。海斗君、気長に待とう~~!!BY服部



「あ~見たことあるよ。テレビでね。あれ、誰が弾くの?」


すると優凛。

「いや~、あれさ。今は3年生の先輩が担当してるんだけど、今度引退するじゃん?そしたら次の後継者がいないんだよなぁ~、他のパーカスのメンバーはみんな、やりたくないって言ってるしさ。だから、誰かやってくれる人、いないかなってみんなで探してたとこなんだよな」


「だからさ……」


「お前、やんない?」


「はぁ~~??いきなり過ぎるだろ」海斗は心の中でそう思った。


まぁ、そう怒んなよ海斗。悪気はないんだよ優凛には。って服部、心の声。笑



「いや~。いきなり言われてもなぁ~」でも正直なところ、海斗は感じていた。


「なんかかっこいいな、このハープってやつ」


実は海斗は意外と目立つことが好きで、中学の時に生徒会とかいろいろなことをやっていた。

あとは、そう、バスケ部の部長も。


だから、ひと際目立つハープの外見に、すでに魅了されていたのだった。


次の瞬間、海斗は思った。

「これ弾いてみたい」ってね。


「これって、難しい?」


「う~ん。あたし前、試しに少し習ったくらいだから分かんねぇ。先輩に聞いてみたら?」


優凛はもう一度パーカスの個室に戻っていき、今度はまた違う先輩を連れてきた。どうやら、彼女がハープを担当しているらしい。


「初めまして。ハーブ頼むねー!」


「この先輩もなかなか、唐突なこと言うな……」と海斗は正直そう思わずにいられなかった。


だが海斗は答えた。

「はい、頑張ります」



それから少しして、個室に戻っていた優凛が出てきた。


優凛は言った。

「ハーブ頼んだぜ。けど、意外だな。普段、あんなに引っ込み事案で、女々しいのに。意外と、勇気あるじゃん」



「いや、俺さ、いつもはあんな感じだけど、実は結構目立ちたがりなところがあって……。中学の時は生徒会とか、バスケ部の部長したりしてて……」


すると、優凛は海斗が言い終えるより先にこう言った。


「少し見直した」


それは優凛の本心だった。バスケがうまいのと今回のこととで、優凛の海斗を見る目は変わっていたらしい。


あ~!優凛も海斗のギャップに気づいて来たじゃ~~ん!楽しくなって来たねぇ~♡みんなも、そう思わない~~??BY服部。



数日後、海斗は部活が終わったあとに、楽器の片付けをしていた優凛を見つけた。どうやら、愛用していたボールペンをなくしたらしく、それを探すのに必死になっていた。そういえば部活が始まったあたりから、何かを探しているようなそぶりを見せたのは、これだったのか・・・。


海斗は優凛に声をかけた。


「どうしたの?何か探してるの?」


「うん。気に入ってるボールペンがなくなったんだ」


「そっか・・・。じゃ、俺も探すよ」


「ありがと」



ボールペンは意外とすぐに見つかった。こういう時は、なくした者以外の人間が探した方が、すぐに見つかったりする。その理由は分からないが。


「あー!見つかった!まぢ、ありがと!これ、気にいってたんだよな!」


「うん。役に立てて、良かったよ!」


「あ、そうだ!ライン交換しない?」海斗は続けた。


優凛は「別に、良いけど」と少しそっけなく答えた。ボールペンを見つけてもらったのに、なんでこんなにそっけないのだろう・・・。



「良かった~。断られなかった~」海斗は安心したと同時にこう思った。


「コイツ、意外と聞かれるのを待っているタイプなのかな?」


実際優凛は自分から誘うことが苦手なタイプの人間だった。


海斗は続けた。

「エックスも教えてくれない?」

するとそれに対してもいいよ、と答えてくれた。


こーゆーのがさ、海斗が意外と積極的なのが分かるシーンだよね?


ここで海斗は気づいたのさ。自分と優凛は違うタイプの人間だって。正反対で全然かみ合わないよなって。


でもそれは、いい意味で、ね。この時は。


「松永さん、下の名前、何て読むの?」


「ん?ゆりん、だよ。いい名前だろ?」



その何日か後。

「あ~、今日も疲れたわ。まぢでゆっきー、つまんね~授業するよなぁ~。発音も全然良くないし。何言ってるのか全く分かんないし。あの授業、ほんと無駄だわ」


そう思いながら下校しようとしていた海斗は、なにげなくエックスを開いた。見てみるとそこには、優凛の投稿があった。


「ねぇ~。暇だから、誰か今日カラオケ行かない?行ける人、DMちょうだい~」


「え?めっちゃ行きたいんだが!」海斗は思った。

しかも、海斗的には「ねぇ~」ってところが可愛くてキュンとした。


「そんなこと言われたら、誘いたくなるじゃん?」そう思った海斗は、早速優凛にDMをしてみた。初めて送る優凛へのDM。なぜだか分からないが、少し緊張した。今までDMなんて、何とも思わずに送れていたのに、優凛相手だとどうしてこうなってしまうんだろう。


「俺も今日暇だから、行かない?」


すると・・・。優凛は意外にもすぐに返事をよこした。


「いいよ~~!でもあたし、今塾に来てるから、終わったら連絡してもいいか?」海斗はそんなの当たり前じゃんなんて、思った。少しくらい、そんなのなんてことない。


「うん、じゃあ待ってる!」と返事をした。そのころの海斗は、テンション爆上がり人間と化していたのさ。(ん?それって何?笑)優凛と優凛と優凛と・・・!カラオケに行ける~~!!なんて、はしゃぎまくっていた。



さっきも書いたけど、どうやら優凛は意外にもシャイなところがあるようで。本当は誘いたくても、直では誘えないから、エックスに投稿をして、相手から誘われるのを待っていたらしい。もちろんこの時だけでなく、他の時も同じように、誘われるのを待つ女だった。


それから一時間くらいが経ったころに、優凛からDMが来た。

「終わった!じゃ、◎の前に来てくんね~か~」ってね。


これさ、ラインでやりとりしてもいいんだけど、その時の二人はなぜだか知らんが、ラインではなく、エックスのDMでやり取りをした。特に理由はなかったのだが。


海斗はコンビニで立ち読みをしていたが、それをやめてすぐ優凛の元へ向かった。本当はその本を買う予定ではいたのだが、思ったより早く返事が来て、少し焦ってしまった。だから、そんなことはすっかり忘れてしまっていた。


着いた時には優凛はすでに到着していて、海斗が来るのを待っていた。

かわいいクマのぬいぐるみが玄関に飾られていて、壁にもイラストがたくさん描かれている。そこが、女子ウケしていたのかもしれない。


二人は合流してカラオケに入った。



「歌は1曲ずつ歌おうな~続けて歌うと、もう片方が飽きちゃうかも知れないだろ?」優凛はそう言った。


海斗はこの時思った。

「あぁ、結構気を遣える子なんだな」


彼女の意外な一面を見ていくうちに、海斗は心の中の風船が日に日に膨らんでいくのを感じ始めていた。


優凛が歌う曲は基本的には、アップテンポのノリがいい曲ばかりだった。その中には海斗が知らないような曲も何曲かあったが、優凛の歌声に魅了されていた海斗は、聞き入ったのだった。


一方の海斗が歌う曲といえば、だいたいはしんみりしたバラードだった。海斗はいつもネガティブで、いろいろ考え事が多かったので、しんみり切ない気持ちに入り込める、バラードの曲が大好きだったからだ。


海斗はすごく嬉しかった。楽しかった。そして少し切なかった。


嬉しい、楽しい、は分かるけど最後の切ない、は自分でも良く分からない感情だった。


歌い始めてから2時間が経ち、もう時間ですよ、という内容の電話が鳴り響いた。


ぷるるるる・・・。


せっかく楽しかった時間が一瞬にして、ぶち壊される。



「よし!電話来た!そろそろ、帰るか~」優凛が言った。


でも、もう少し一緒にいたかった海斗はこんな風に言った。


「もう少し歌わない?」


すると優凛の返事。


「いや、お前、もう喉限界だろ?これ以上歌ったら声ガラガラになっちまうから、ここら辺で帰ろ~ぜ?」


「え……。

なんだよコイツ。優しすぎるじゃねーかよ。そんなに優しくされたら……」

と海斗は思ってしまった。彼女の言葉遣いとは裏腹に、発せられた言葉はとても優しかったから。


「なぁ、松永さんはさ、なんでそんなに優しくしてくれるの?」


すると優凛。

「そんなの知らね~よ。優しくしたいから、するんだろ。なんでかなんて、聞くなよ。」

そしてこう付け加えた。


「みんなに優しいわけじゃねーよ?」




海斗と優凛が吹奏楽部に入部してから、一か月程が経った。

そう、それは5月のこと。彼らは6月に催される「定期演奏会(定演)」のために毎日一生懸命練習をしていた。


定演とは毎年6月に行われる、吹奏楽部の行事。それぞれの高校が会場を借りて、お客さんを呼び、その方々に向けて演奏をする、というものだ。たくさんの曲を演奏するため、部員達は普段よりも多く練習する。そうしないと、間に合わないからだ。一日何時間くらいだろう・・・。3時間半くらいか。16時にクラスのことが全部終わってからだから、だいたい七時半くらいまで。大変だが、みな、一生懸命練習に励んだ。たくさんのお客さんに聞いてもらうんだ、だったらやれることを全てやろう。そんな風に思っていたに違いない。


海斗はハープの練習に励んでいた。弦楽器(例えばギターとかバイオリン、もちろんハープなどの弦をはじいて音を出す楽器)が、なぜパーカスの中に分類されていたかは分からなかったが、海斗はそんなことは気にしていなかったのさ。それよりも何よりも、ハープが上手になりたい。その一心だった。


それは定演の前の週。


海斗はいつも通り、音楽室でハープの練習をしていた。しかし、その時急に悪寒が走った。

「ん?なんか変だな。風邪ひいて熱でも出たのかな?」そう考えた。


海斗は身体が強い方で、もう7年近く風邪をひいていなかった。だから、変だなと思いながらも、知らんふりした。

しかし……。


家に着くと悪寒は酷くなり、とうとう海斗は熱を測ってみた。すると、38度くらいの熱があった。


「うわ、やべ。定演まであと一週間しかないし、さっさと治さないと!!出れなくなったら、みんなに迷惑かける!!」


そのころの海斗には練習し始めたばかりの曲があったが、まだそれにはあまり手をつけていなかった。だから


「これほんと、やばいわ。あの曲はあんまり練習していないから。早く治して練習しないと!!」と思ったのだった。


しかし願いもむなしく、海斗の熱はなかなか下がらなかった。そして定演二日前になっても、まだ微熱があった。



ついに、定演の日が来た。

そう、それは海斗と優凛にとって忘れられない1日となる……。


それぞれのパートの生徒達が自分達の担当している楽器の最後の練習に入っていた。これが最後の練習だ、気合が入る・・・。


「パーン」


「シャーん」


「プー」


いろんな音が混ざり合う・・・。



海斗は本調子ではなかったが、ごほごほ咳をしながら参加した。


そこに優凛が現れ、海斗に話しかけてきた。


「お前、身体大丈夫なのかよ?熱下がったのか?まだ、咳してんじゃん。休んだって、良かったのに」


実際、心の中では休まれると困る、と思っていた。だが、心配していたため、そんな風に言った。


海斗は「いや、まぁ、大丈夫だよ。気にしないで」とは言ったが


「なんだよ。俺がいなくても大丈夫なのかよ」と内心少しガッカリしていた。


結局海斗はまだあまり練習できていなかったその曲の演奏には、加わらないことにした。残念ではあったが、仕方がないことだった。


「残念すぎる。あの曲、結構好きだったのにな。まぁもっと早くに練習を始めていなかった俺が悪いんだけどさ」

海斗はちゃんと体調管理ができていなかった自分を責めた。そんなことしたって、遅いのに。


みなさんは体調管理できてますか~~?身体には気を付けてね~~!

あと!自分を責めてもどうにもならないし、辛いだけだから、やめなよ~~。


話戻すね!


最後の練習が終わったあと、部員達は会場へ歩いて行った。どれくらい・・・。たぶん、15分くらいの場所。十分、歩いて行ける距離だ。


パーカスはドラムやら大太鼓やら、大きくて手で持って運べないものが多かった。だから、それらの楽器は大型の車に乗せて運ぶことになっていた。


20分後、車がやってきた。それを見たリーダーの佐々木さんが

「みんな~車が来たよ~!!楽器運びこんで~~」と叫んだ。こんなときにリーダーの心の中には緊張が走る。自分がしっかりしないと、と思うからだ。確かに、リーダーがうまく指示を出さないと、周りの人間は、うまく動くことができない。


そのとき優凛は一人、みんながいない場所で、大きめの楽器を運ぼうと頑張っていた。普通に考えて、それは一人では運べるものではなかったのだが、少しでも、頑張りたいと思っていた優凛は、無理をしてそれを運ぼうとしていたのだった。


だが、その時……。



ガシャーーン!!



つい手を滑らせ、それを落としてしまった。よく見たら、1か所が少し変形してしまっている・・・。たぶん、修理に出さないと、直らない。それは優凛にもハッキリと分かった。


「やば、やっちゃった。やだな~。あの先生怖いんだよなぁ」


”あの先生“とは吹奏楽部の顧問の先生のこと。なんとなく近寄りづらい雰囲気がある先生で、優凛はもちろん、他の部員達も苦手だと噂していた。


楽器を1か所でも壊すと、その先生に報告しなければいけないことになっていた。しかもその日のうちに。


「うわ~テンション下がるわ。よりによって、定演の日なんて」そう思って優凛は悲しくなっていた。そりゃそうだよなぁ~。当日だもんな。


優凛が落ち込んでいると、そこへ海斗がやってきた。


ただならぬ空気を発している優凛の姿を見て、すぐに声をかける・・・。


「あ、ど~したの?なんかあったの?」




「いや、楽器少し傷つけちゃってさ・・・」


優凛の瞳には今にも流れそうになっている涙が、ハッキリと見えた。海斗はそれを、見逃さなかった。


「そっか。んじゃ、俺、先生に言っとくから。松永さんは先に行っておきな~。大丈夫、俺に任せて!!」



「なんだよアイツ、意外と優しいじゃんか。それに、頼りにもされそうな感じだな。あ、そっか。確か中学の時、バスケ部の部長やってたとか言ってたな・・・」


そしてその時思った。海斗のことを、もっと知ってみたいってね。



部員全員(パーカス以外)が会場に着いて、最後の音のチューニング(演奏前にする楽器の音合わせ)をする。入念に行わねば・・・。ここを適当にすると、演奏にカナリの支障が出る。それだけは、避けたかった。


海斗達パーカスの人間は、楽器を車に乗せたあと、みんなより少し遅く到着した。重い楽器をたくさん運んだため、少し疲れて見える・・・。演奏が始まる前からこの調子では困るのだが、ハッキリと顔に疲れが出ていた。


会場に着いた海斗は思っていた。

「あぁ~。結局、あの曲、弾けず仕舞いだったなぁ~。みんなにも迷惑かけるよな・・・」

こんな時に海斗の切り替えの悪さが際立つ。まぁ、性格だから仕方ないと言えば、そうなのだが・・・。


ついに、演奏が始まった。



「♪♪♪~」



一曲、二曲、三曲……

曲が演奏されていく・・・。演奏をしながらも、海斗の頭の中はまだ、あの曲が弾けないことに対する悲しみでいっぱいだった。しかし、ラッキーだ。それに気づくものは誰もいない。


そして、例の曲の前の曲の演奏が終わり、演奏前に短い休憩時間が挟まれた。

そう、演奏したあとに、少し合間を設けていたのさ。なんでって?みんなの心を次の曲に持っていくためさ。



「スー、ハー」



みんなが深呼吸をする・・・。


少しだけ、緊張の糸がほぐれた。



海斗はパーカスの全員に対して、その曲で演奏に加われないことを謝った。迷惑をかけて申し訳ない、と心の奥底からそう思っていた。


「本当に、申し訳ありません。みなさんに、ご迷惑をおかけして・・・」


「大丈夫、気にしないで」パーカスのみなが答える。優しい人ばかりだ。海斗はそれに感謝した。



そしてそれは休憩が終わる直前のこと・・・。

優凛が海斗に近づいて来てこう言った。


「おい、お前のその楽譜、貸せよ。あたしが弾いてやるから」


「ん???」

海斗の頭の中はハテナで溢れかえった。


「なんだコイツ、なぁに言ってんだ?意味分かんねぇ。やっぱコイツ、変だ」


「冗談……。でしょ??」


「はぁ?冗談じゃねーよ。あたしが弾くから貸せって言ってんの。とっととよこせよ」


「なんだか知らんが、コイツが言ってるから渡すか……」海斗はよく分からないまま、優凛に楽譜を渡した。



「まあ、よく見とけ」


そしていよいよ、曲が始まった。


優凛はハープの椅子にこしかけると、深呼吸をした。緊張はしていたのだろうか・・・・残念ながら、背中しか見えない。


次の瞬間、海斗は目を見張ることになった・・・。



「ぽろろろーん」



なんと優凛は楽譜の通りに演奏を始めた。しかも海斗が演奏するよりも、数倍上手に……。


「は??」

「なんでコイツ……。弾けるんだ?しかもこんなに上手に……」


優凛はその調子で演奏を続けた。ミスなんて、ほとんどない。海斗は信じられないと思いながらも、その演奏に聞き入った。


その時また、優凛の意外な一面を見てしまった海斗の心の中には、小さなランプの光が灯った。



演奏が終わったあと、海斗は早速優凛に声をかけた。


「松永さん、まぢでありがと!!ほんと上手だったよ、俺の倍くらい!!」



「ね・・・。なんであんなに弾けたの?前、少ししか弾いたことないって言ってたのに」海斗は続けた。


「あぁ、あれはさ。お前が風邪で休んで、もしかしたら弾けなくなるかも知れなかっただろ?そんで、練習したんだよ。ほとんどやったことなかったけどな。まぁ別にお前のためじゃあね~よ?パーカスのみんな、いや、楽部全員のためにだからな」


それを聞いた海斗。


「やべーコイツ、俺のために練習してくれたのか?」と胸キュンしてしまった。


それはもちろん、彼女の言う通り、パーカス、そして楽部全員のためであったことは間違いない。


しかし何よりもたぶん、一番に、海斗のことを思ってしてくれたことだったのだろうと、海斗は悟った。


優凛は続けた。

「や、お前さ~。絶対くよくよすると思ったんだよな、風邪で演奏できないってなったらさ」


「やっぱり、俺のためだったんだな」


「だとしたらコイツ、やっぱめっちゃ優しいじゃんか」


思えばこの日が、海斗が優凛を、そして優凛が海斗を、本気で意識するようになった一日となったのだ。


まぁ正確に言えば、最初にお互いの意外な一面を見てから、すでに惹かれていた、と言っても過言ではなかったのかもしれないが……。



恋ってさ、いつ始まるか、ほんっとに分からなくないですか??

自分が好きになっているって気づかず……。いつの間にか好きになってるってこと、多い気がするのよね~~。少なくとも、服部はそういう経験、何回かあったな~~。



定演が終わったある日の放課後、海斗は休憩時間を使って、体育館の前の階段に座っていた。体育館の中ではバスケ部とバレー部がそれぞれ、練習している。海斗はそれを見て、バスケ部を懐かしく思った。もう、バスケをやめてからしばらくが経つが、きっとやればまだ動けるだろう。ずっとやってきたことは、身体が覚えているからだ。


「あ~。なんか最近、あんまり練習うまくいってないなぁ~」海斗は悩んでいた。もっと上手になりたいとは思っていたものの、なかなかうまくいっていなかったからだ。このことを悩み始めてからは、まだ少ししか経っていなかったが、結構な頻度で頭に浮かんできて、そのたびに海斗のテンションを下げていた。


そこに休憩をしていた優凛が通りかかった。どうやら、体育館にいる友達と話すためにそこに来ていたらしい。


「あ、お前何してんの?早く練習戻れよ。休憩時間終わるぞ。ん・・・?お前、もしかして、またなんか悩んでんの?」


海斗はこの時もまた、自分の心を見透かされているようでビクッとした。


「いやさ~。ちょっと練習がうまくいってなくて。どうしたらいいかなと思っててさ」


すると優凛は意外な言葉を返してきた。

「そっか~。そーゆー時もあるよな。あたしもあったよ、そんなこと」


どうせまた

「はぁ?お前何言ってんだよ、甘えんな」なんて言われるだろうと覚悟していた海斗は正直カナリ驚いた。


「え、松永さんもそんなことあんの??あんなに上手いのに」



「上手いとか下手とか関係なくねーか?上手い下手関係なく、練習が微妙になることってあると思うよ?」


優凛は続けた。

「あのさ・・・。実はあたし……。ペット(トランペット)に移ろうかと思ってんだよな」


「え!?なんで急に??」



「いやさー、ずっとやりたいとは思ってたんだけど、なかなか踏み出せなくてさ」


「でも前・・・。お前に言っただろ?やった方が良いことよりも、やりたいことをやれ、ってさ。あれで思ったんだよな。あ~。あたし、人のこと言ってたけど、自分もそうだったじゃんってさ」


海斗は以前、優凛からそう言われたのを思い出した。


「だからさ、あたしも人のこと言ってないで、本当にやりたいことをやってみようって思ったわけ・・・。ありがとな。お前のおかげで、それに気づいた。まぢで、ありがと」優凛はそう告げると、その場を立ち去ろうとした。

そのとき……。


「ね、松永さん、一つ聞いていい?」海斗が聞いた。


「なんだよ。もう休憩時間終わるんだから、早く言えよ」


「あのさ……。どうして俺に対してだけ、そういう口調なの?」


海斗は「そういう口調」ってのがどういう口調か、優凛に分かるだろうか、とは思ったがそう聞いてみた。


すると優凛・・・。


「さぁな・・・。そんなのあたしにだって、分かんね~よ。そんなこと聞くなよ」


ここで海斗の頭の中はさらに「?」になった。


しかし、その次に彼女が放った言葉が、海斗をさらなる謎の世界へ連れて行った。


「いや、初めて会った時から、お前には・・・。本当の自分を見せていいかな、と思ったからだ。だからつまり……」


「お前はあたしにとって、特別だってことだ。そんなこと、言わせんなよ」


優凛は目線を外したあと、少しだけうつむいた。


「うっわ、コイツ、それどういう意味で言ってんだ?」鈍い海斗にはその意味がさっぱり分からなかった。





定演が終わった後、海斗と優凛の吹奏楽部は8月に行われる吹奏楽コンクールに向けて、練習を始めた。コンクールでは課題曲(決められている曲)と自由曲(それぞれの学校の吹奏楽部の顧問の先生が自由に選ぶ曲)の二つを演奏することになっていた。



パーカスではいろいろな楽器を担当する。ドラム、小太鼓スネアドラム大太鼓バスドラム。さらに、木琴や鉄琴も・・・。


その曲ごとに使われる楽器が違ったため、毎回、それぞれの楽器の担当を決めることになっている。

リーダーの佐々木さんはそれをいつも立候補で決めていた。


「この楽器やりたい人~~!」という具合に。


「じゃあ、決めるよ~~!まず、バスドラムやりたい人~~」それに対しては1人の女子部員が手を挙げた。そのあともどんどん担当が決まっていく・・・。


「はい~!次!木琴やりたい人!」


木琴を希望する部員は2人いた・・・。被った時には、じゃんけんで決めることになっている。



「じゃんけんぽーん!}



「やった!!」勝った方の部員が大きな声で叫んだ。




最後に、スネアドラムを担当する人を決める時が来た。


「は~い!最後!スネアドラム~~!!」


その時手を挙げたのが……。


優凛だった。


ん?別におかしいことなくない??って思った人いな~い??


でもね、これね、

優凛の初めての試みだったのさ。

なんてったって、優凛は大のリズム音痴。


いやいやいや~リズム音痴がパーカスつとまんないっしょ??と感じた人もいるだろう。


でも、優凛は今までずっとずっと、一人で練習して、毎回の演奏を乗り切ってきた。


そう

「リズム音痴なんて、言わせない!」と言わんばかりに。つまり、努力して乗り切ってきたってことね。


「うまくいかなくてしんどいところを一生懸命努力して、頑張ってやってきた。いつの時だって。だから、努力は必ず報われる」優凛はいつもそんな風に思っていた。



そのときの海斗は優凛がリズム音痴だなんて、知る訳もなく……。


「あ、アイツ、スネアドラムやるんだ~~」ってだけで終わらせていた。


ちなみに、スネアドラムってのはリズムをとるのに一番重要な楽器だった。スネアドラムが崩れてテンポが乱れると、それとともに他の楽器のテンポまで乱れる。

だから優凛はやりたくても、躊躇してきた。だって、自信がなかったから。自分のスネアドラムのせいで、みんなに迷惑をかけるのが怖かったのさ。



その後、あっという間に1か月が過ぎ、8月。ついに吹奏楽コンクールを迎えた。


この時の海斗。

「やべ、めっちゃ緊張するわ。俺、大丈夫かなぁ~失敗したらどうしよう」


なんて、またいつものマイナス思考に陥っていた。心の中ではそれこそ誰かが、バスドラムをでかい音で叩いていた。



「どんどんどーん」



その音は徐々に、大きくなる・・・。


「おい~納まれ緊張!静かにしろバスドラム~~!」と海斗は心の中で叫んだ。


いやいや~海斗君、緊張しすぎだって~~といいつつ、自分も緊張しぃの服部。笑



「ドキドキ・・・」



ついに、自分たちの番が来た。海斗の心臓は長距離を走り終えたあとくらいの速さでドカドカ動いていた。


「やべー。逃げ出してぇ」


これが海斗の本音。

なんて、情けないんだろう・・・。



みんなが定位置に着く。海斗はチラッと優凛の方を見た。すると優凛は少しニコっとした表情をしていた。


「なんだろうアイツ……。緊張しすぎてニコニコなってんのかな?」


次の瞬間、曲が始まった。



「じゃーーーん!!」



入りの部分からド迫力のその曲が、海斗の心をビク!っとさせた。練習でいくらでも聞いて来た曲なのに、なぜか本番になると驚いてしまう。あちらこちらからやってくる緊張感が、そうさせるのだろう。


その後も海斗は自分の楽器の出番がない時を見計らって、優凛の表情を伺った。


まぁ、海斗ってなんて注意力散漫なの?って思った人もいるかもだけど、許してやってよ、お願い笑



優凛はずっと、にこやかな表情でスネアドラムを叩いていた。そう、ずっと。ずっと……。


「アイツ、あんな表情をするんだな……」

そのことばかりに気を取られていたから、まぁ、海斗がミスったのは言うまでもないんだけどね。


その後、無事にコンクールが終了した。結果は銅賞で、次の大会には進めなかったが、みな、満足した顔をしていた。海斗もホッとして表情が緩んだのだった。


学校に戻った海斗は、真っすぐパーカスの個室に行った。するとそこには優凛一人だけだった。


「お!お疲れ~~!スネアドラム、なかなか良かったじゃんか!」と軽いノリで言った。


次の瞬間、優凛の目から一筋の涙がこぼれた。


「え……。なんで泣いてんの?俺、なんか悪いこと言った??もしかして、好きなヤツに振られた、とか?」と海斗は焦った。


「どうしたの・・・?」海斗は恐る恐る聞いた。

すると優凛……。


「いやさ。なんか安心しちゃってさ……。

あたし、リズム感ないから、スネアドラムやりたいってずっと言えなかったんだ。でも、勇気出してやりたいって立候補した。前も言ったペットのこともそうだけど、お前がやったことないハープを、やろうとしてる姿見てさ。自分も挑戦してみようと思えた。ありがとな。お前にはまぢで、感謝だわ」


優凛は続けた。

「初めてスネアドラムやれて、嬉しくてさ。なんか演奏前に少し泣いちゃったんだよな。

けど、演奏中はさ、親が見に来てたから、逆にニコニコしてた。親孝行だろ?あたし」



「でもさ……。お前の顔見たら、ホッとして、涙出ちゃったんだよな」



「え……」



この時海斗は一瞬、時が止まったかのように感じた。そして、不覚にも心の中で大喜びしてしまっていた。


「え、俺の顔見たらホッとしたって?やべー。嬉しいじゃんかよ……」



「そっか……。ほんと、意外と親孝行なんだね」海斗は嬉しさを隠しながら言った。


すると優凛は言った。

「意外とって、お前さぁ~。あたしのことなんだと思ってんだよ?でも……」


「ありがとな。助かったわほんと」


次の瞬間

「まぁ、お前に感謝!!ってことで。じゃーな。気を付けて帰れよ」


優凛はいつもの調子でそう言い残したあと、個室を去って行った。たぶん彼女は照れくさくなってしまったんだな、と海斗は解釈した。


「アイツ、変わってきてるな。前よりだいぶ、素直になったな」そんな風にも思った。

そして気づいた。優凛が意外と繊細だ、ということに。




それから一週間くらいが経った。

海斗がパーカスの個室で楽譜を読んでいた時。


後ろから思いっきり肩を叩かれて海斗はビクッとした。そこには嬉しそうに笑う優凛がいた。何か良いことがあったのだろうか?いつもより、テンションが高かった。


「おまえ~すぐ驚くんだな」


「なんでそーゆーことすんのさ?」


でも心の中ではニヤついていた。


「コイツ、こんな子供みたいに、ふざけたりもすんのか。可愛いな」


「お前にさ、言わなきゃいけないことがあってさ」優凛は突然真面目な顔になって言った。ニコニコしたり、泣いたり、真剣になったり・・・。優凛のいろいろな表情が海斗の心を揺らす・・・。


「あたしさ~。今日でパーカス終わって、ペットに移るんだ」


「え……。まぢかよ??」海斗は信じられなかった。


「そうなの?そんなに急に?」


「そ~、ごめん、言ってなかったな」


海斗は驚いたと同時に少し切なくなった。

「俺には言わずに行くつもりだったのかよ……」


「そんな大事なこと、なんで言ってくれなかったの?」


「いや、なんか別にいちいち、言わなくても良いかなって思って」


「いや、知りたかったよ・・・」


すると優凛は言った。

「そ?でも、あたしら付き合ってるわけじゃないんだから、別に言わなくても良いだろ?」


「いや、そうなんだけどさ……」


悲しい・・・悲しい・・・悲しい・・・。


どうして、教えてくれなかったんだよ・・・。



すると優凛は、自分のロッカーの中から、こんな物を出してきた。


それは、そう。

「バチ」(ドラムなどを叩く2本セットの細長い棒)


「このバチさ、あたし、お前にやるわ。良かったら使いなよ。タダでやるからさ」


海斗はハープの他に、叩く方も担当することがあったので、バチを持っていた。だが、それはもうだいぶ古くなり、折れそうになっていたのだった。


「ね、それさ、俺のがもう折れそうだって知ってたから、くれるって言ってるの?」


「そんなの……。言わなくたって分かるだろ・・・?」

優凛は小さく呟いた。その声は少し、ガッカリしたような・・・悲しいような・・・そんな風に聞こえた。


どうしてだろう・・・?海斗は答えを探した。だが、それを見つけることは、できなかった。複雑な乙女心だ。経験の少ない男子高校生には到底理解できなかった。


「ま、そんなめんどくさいことは、いいんだって。とりあえず、ありがたく受け取っとけよ」


そう言って優凛は、それを半ば強引に海斗の手に持たせた。


「これ、あたしがここにいたって証な。あとは、頑張れよ。あたしもあっちで頑張るからさ」


あ~~!!もぅ、もどかしい~~!!

服部~!!早く続きを教えろ~~!!笑

って、みんな思ってるんじゃない〜?え?そうでもない~?泣




次の日の朝、海斗はゆっくり目を開けた。ベッドのそばにある窓を開けてみる・・・。太陽が元気そうに海斗を見ていた。それを見て、今日も一日頑張ろう、海斗は思った。やはり、天気がいい日は気持ちがいい。太陽は人の気持ちを変えられる、とても優秀な存在だ。


次の瞬間思い出した。優凛が今日からペットの担当になってしまったことを。


「あぁ、もうアイツ、パーカスにいないんだな……」


海斗は思い出していた。

それはコンクールの時に、優凛が見せたあのニコニコな表情だった。あまりに可愛かったので、海斗はしばらく魅了されていたのだった。


「あんな顔見せられたら、こっちはさ……」


このころの海斗の頭の中の80%はすでに優凛に占領されていたようだった。

それは時に、海斗の心を苦しめる・・・。だが、恋というものはそんなもの。それくらい、海斗にも分かっていてほしい。



海斗は授業を受けている間もずっと考えていた。


「あ~なんで移っちゃうんだよ……。せっかく仲良くなって来たのに。いいところで……」


海斗はこんな風に、どうしようもないことをウダウダ考えてしまうタイプだった。そんなこと考えたって、仕方ないのに。

それは自分でもよ~く分かっていた。でも、自分ではどうしようもないことも分かっていた。前に書いたように、海斗は長年マイナス思考から抜け出したかったが、それはなかなか難しかったのだ。


そう、長年使ってきた思考の癖はなかなか抜けないものである。マイナス思考で考えてきた人間は、そのあともなかなかそこから抜け出せない。もちろん、ポジティブ思考の方も同じ。ずっとポジティブ思考で生きてきたから、逆にマイナスに考えるのが難しい。


話戻すね!!


その日の放課後のことだ。


海斗は音楽室に向かって廊下を歩いている途中、ペットの練習をしている優凛を発見した。(あ、楽器は廊下で吹いてもオッケーだったのさ。海斗達の吹奏楽部では)


窓から爽やかな風が吹く・・・。それが優凛の髪をわずかに揺らした。


海斗はそれを見て、自分たちが映画のキャストになったような気分になった。優凛がその映画の主人公の女の子。海斗はその子に恋をする男子。そのワンシーンが・・・。頭の中に鮮明に映し出される・・・。


「お疲れ様〜!ペットどう?難しそう?」


「いや、まだ分かんね〜よ。まぁ、時間かかるかもだけど、上手くなれるように頑張るよ」


「それよりもさ~、お前大丈夫なのかよ?」優凛は続けた。


「何が??」


「お前、意外と寂しがり屋だろ?あたしがいなくなって、泣いてんのかなと思ってさ」



図星だった・・・。



「あのさ……。もうこれ以上、そういう意外な一面見せるのやめてくれない?困るよ・・・。だって、そんなことされると、俺……」


優凛は少し顔を下に傾けた。そしてこう言った。


「あたしだって、困ってるよ。お前もそういうの、あたしに見せてくるじゃん。」



「だから・・・。お互い様、だろ?」



なんだか照れくさくなった二人は

「じゃ、がんばろーね」とだけ言って、それぞれの練習に戻った。

先ほどの爽やかな風だけが、そのあともそこに残った。




9月に入った。その月はだいたいの生徒達が憂鬱になる行事がある月。

そう、それは……。


模試だぁ〜〜〜!!!


(服部は嫌だった、みなさんはどうですか〜?)



生徒達は嫌々ながらも、一生懸命に勉強した。もちろん、全員が全員、するわけでもないのだが。(する人としない人にハッキリ分かれる)


海斗と優凛もそれぞれがベストを尽くしていた。海斗は途中、あまりの勉強範囲の広さに、諦めようとした。が、なんとか・・・なんとか乗り切った。


その2週間後・・・。


海斗は廊下に張り出された、模試の結果の用紙を見に行った。模試の結果は英語、数学、国語に分けられていて、それぞれの教科の順位が出されていた。


まず最初に英語の結果を見る・・・。



「ドキドキ・・・」



海斗の心が緊張状態に陥った。


その時・・・。



「あ!!!」



海斗は自分の名前が真ん中あたりに書いてあるのを発見して、心をなでおろした。一瞬、声に出してしまいそうだったが、なんとかそれは回避できた。


「良かった、とりあえず一番下じゃない。まぢで良かった~」


その時海斗はふと、優凛のことを思い出した。


「あ・・・。アイツ、何位くらいなんだろ?いや、さすがに一番上じゃないよな?他の科に、もっと頭いいヤツいっぱいいそうだしな」そう思いながも、用紙の上の方を見てみた。


いや、見上げた。



「え・・・」海斗の思考が止まる。



なんと。一番上に、優凛の名前があった。



「まぢかよぉ~~」


「アイツやっぱすげぇなぁ~~まぁ、生まれつき頭いいんだろうな。羨ましいけど……。でも、いいや。別に頭良いだけが全てじゃあないし」


「成績よりも、勉強よりも大切なことは他にいくらでもあるさ」


本当ですよね、服部もそう思います!



教室に戻るとそこでは、何人かの女子生徒達が集まって、何かを話していた。どうやら、模試のことについて話していたらしい。もうすでに部活に行ったのか・・・もしくは、下校したのか、周りには数人を残して、誰もいない。


「あ==!もっと勉強しとけばよかった!!」


そんなこと思ったって、もう遅い・・・。もっとちゃんと勉強しなかった自分が悪いのだ。そう、自業自得ってやつ。厳しい人なら、きっと、そう言うだろう。


その中の1人が発っした言葉に、海斗の胸がざわついた。


「なんかさぁ~~。あの人、すげぇむかつく!!少し成績良いからってさ!名前なんだっけ?そうそう、松永さんね。思い出した!しかもあの人さ、帰国子女なんだってよ。調子乗ってんじゃないの?」


「え・・・。なんでそんなこと言うんだよ?」


その女子生徒の放った言葉が、どうしても許せなかった海斗は、少し怖いなとは思ったものの、勇気を出して言った。


「あのさ、そういうのやめようよ。それ聞いた本人、辛くなるよ。あと言うなら聞こえないようなとこで、言った方が良いと思う」


すると……。

「はぁ?何?文句あんの?てか、名前なんだっけ?」と返されてしまった。

そう、彼女は海斗の名前すら、知らなかったのだ。


「そんなに俺、存在感ないのかな……。てか、女ってほんと、言いたいこと言うよなぁ。男は口では絶対女に勝てないよな。」海斗はそう思わずにはいられなかった。


そんな風にガッツリ、ハッキリ言われた海斗は、完全にひるんで何も言えなくなってしまった。あぁ、なんてかっこ悪かったんだろう・・・。海斗はのちにそんな風に思うことになる・・・。


その女子生徒達は「早く購買行こ!」などと言いながらそこを去っていった。


いやいや~海斗君~~なに負けてんのさ?もっと言ってやりな!BY服部



海斗はなにげなく教室の入り口の方に目を向けた。するとそこには、悲しげな表情を浮かべた優凛が立っていた。


「やべ、今の会話、聞こえてたかな……。聞こえてたとしたら、ショックだったんじゃあないかなぁ」


優凛は海斗の方へ近づいてきて、言った。

「あ~なんか、ありがとな。あたしのこと、かばってくれたんだろ?」


「いや、そういうわけじゃあないんだけど。なんか気分悪いじゃん?あーゆーのってさ。あんなに聞こえるように話してさ、本人聞いたらショックって思わないんかね~。大丈夫?気にしてない?」


「まぁ、全く気にしてないと言えば噓になるけど。でもお前があんな風に言ってくれたから、それで十分。ほんと、ありがとな」


優凛は平気だよ、と言わんばかりの表情を浮かべていたが、それは無理をしていたようにも見えた。


「あたしさ、常に成績上げたいって思ってんの。なんか……。そうしないと落ち着かないんだよな」


「小学生のころは遊びばっかりで、勉強なんて全然しなかった。でもそのあと環境が大きく変わったんだよな。それは、中学1年から3年間海外に住んだことなんだ」


「そうだったんだ」海斗は答えた。


「そこでは日本人学校(海外に住んでいる日本人の子供たちが通う学校。国によって規模は違うが、共通して日本語で授業をするというスタイルをとる)に通ってたんだけど、そこで勉強しすぎて、その癖が日本に帰ってきた今でもまだ、抜けきらないんだよな。だから、勉強しちゃってるわけさ」


優凛は続けて言った。

「なんかさ、成績良くない自分はダメな人間だって考えちゃうんだよな……」


海斗にはその意味が分からなかった。

「ん?なんで成績良くないことがダメ人間に繋がるんだ?」



「なんていうか、成績が良くないと価値がない人間、みたいに思っちゃうんだ。複雑だろ??たぶん、この気持ちが分かる人、あんまりいないと思う」


海斗は思った。自分もだけど、優凛もなかなかのマイナス思考だ、と。


「ねぇ、そういう考え方って苦しくない?」と海斗は聞いてみた。


「うん、苦しいよ。治したいよほんと」


「俺もさ、マイナス思考なんだよね。同じく、治したいと思ってるんだ」


すると優凛はこう言った。

「良かった。あたしだけじゃあないんだな。なんか、少しホッとした。ありがとな。てか、あたし最近、お前にありがとばっかり言ってるな」


海斗は素直に嬉しかった。そしてその時に気づいた。自分の優凛に対する気持ちがなんなのか、に。


やったやった~~~!

やっと気づいてくれたよ海斗君!!良かったぁ♡♡BY服部


話戻すね!


「そうだ、模試の結果見た?」海斗は聞いた。


「いや、まだだよ」


「じゃ、一緒に見に行かない?」


二人は用紙を見に行った。


「ん?海斗はさっきもう用紙見に行ったじゃんか?」と思う方もいるかもですが……。


海斗はね、少しでも長く、優凛といたかったわけですよ。これが男心っていうやつなんだろうか……。男性のみなさん、これで合ってますか?笑


話戻しま~す!!笑


「ほら、松永さんの名前、一番上にあるよ!まぢ、すごいよなぁ~羨ましい!」海斗は何気なく言った。


しかし、このあと優凛は表情を曇らせた。そこには今すぐにでも、雨が降りそうだった。


「あたしさ……。

模試とかテストとかで、目立つの苦手なんだよなぁ」


「なんで?」



「いやさ、目立つと目をつけられたりしそうじゃない??それでなくても帰国子女ってことだけで目立つのに……。

下手に目立って、さっきみたく陰口とか言われたら嫌だなって思ってさ。だから、毎回模試とかの時は不安になってるよ。誰かに陰口言われてないかなって」


海斗は正直思った。

「それ、考えすぎじゃない?」


「なんでそんな風に思うの?せっかく成績いいんだから、もっと自信持ちなよ!俺なんて、頑張っても頑張っても、追いつけないんだからさ」


すると優凛の表情はみるみるうちに凍り付いていった。


「お前に・・・。あたしの何が分かるっていうの?」


「え?なんか、怒ってる??微妙なこと言っちゃったかな」海斗は不安に陥った。

優凛のそんな表情は見たことがなかったから。


怒らせたと思った海斗は次のように言った。

「不快にさせたならごめん。悪気はなかったんだけど……」


すると優凛は言った。

「分かったようなふりすんなよ。大して、仲良くもないんだから」


その言葉に、海斗は全身が凍り付くのを感じた。修復できない傷が、心の中にできたような気がした。いや、気がした・・・ではなく、しっかりと・・・できていた。いきなりの言葉に、海斗の小さな心臓は悲鳴をあげる・・・。


「大して、仲良くもないんだから……?」


心の中では土砂崩れが起きていた。それも、最大級の、ね。


それはまさに、時間をかけて積み上げた岩石が、全て崩れ落ちてくる感覚。


大切に大切に作り上げた優凛との関係を、自らの手で壊してしまった。そんな気がした。



それから約一ヶ月が経って、10月に入った。

山の方では、木々がきれいに紅葉しており、それを見に行った者もたくさんいた。どうして木が色を変えているだけなのに、心が癒されるのだろう・・・。もしかしたら、普段、灰色の高いビルばかり目についているから・・・。なのかもしれない。


海斗は意外と、紅葉を見に行くのが好きだったのだが、高校生になった今は何かと忙しく、見に行くことができていなかった。


「あぁ、いよいよ、寒くなって来たね」


「ね!いやだなぁ。寒いの嫌い!」

そんな言葉を交わし合う生徒も増えた。


2人はあの出来事以来、全く口をきかなくなっていた。

唯一の救いは2人のパート(パーカスとペット)が違ったことだった。一緒のパートだったら、どうなっていただろう・・・。それを考えただけで、恐ろしくなった。


海斗は心の奥底から、思っていた。

「どうにかして、仲直りしたい」と。



そのころ、海斗達の高校は学園祭モードで賑やかになっていた。


それぞれのクラスで何か催し物をするのだが、海斗達のクラスでは小さな喫茶店のようなものをすることになっていた。みなが一つになって、教室の中を飾り付ける・・・。不思議なもので、こういう時は、それほど仲良くない生徒たちとも、ふれあいながら、楽しく過ごすことができた。


学園祭当日・・・。海斗は喫茶店の担当の入れ替え前に、中庭に出て休憩をしていた。海斗が担当するのは午後の部だ。それまでにまだ、少し時間があった。


中庭はたくさんの人でごった返している・・・。海斗もその雰囲気に飲まれ、浮かれ気分になっていた。たまにはこういうのもいい。普段、どれだけ刺激のない退屈な生活を送っているのかが、分かった気がした。


その時だ。


「いいじゃん~!一緒に見て回ろうよ~」


見てみると少し不良っぽい男がいる・・・。

どうやら、他校の人間らしい。


その男が話しかけていたのは……。


優凛だった。


優凛は明らかに嫌がっていた。顔色が青ざめている・・・。その目からは今にも雨が降りそうだった。


「無理です無理です、他の人にしてください」


海斗は正直怖かった。男はがたいがよく、いかにも強そうに見える。そのうえ、顔も怖い・・・。俗に言う“いかつい”顔だ。近づいたら、あっという間にぶん殴られて、メタメタにやられる。海斗にはその未来が見えた。


海斗はやめさせたいとは思ったが、その男の出す強烈な空気に、なかなか踏み出せずにいた


おぃ!海斗!しっかりしろぉ~~!

読者の皆さんもそう言ってるぞ~!笑



そうしているうちに、ある男が現れ、あっという間にその男を払い除けた。


そう、それが半沢来夢。

海斗の昔からの友達だった。


「来夢じゃないか・・・」


海斗と来夢は同じ中学で、部活も同じ、バスケ部だった。そのころからの付き合いだったが、高校になってからはクラスも部活も違っていたため、なかなか接する機会がなかった。二人とも本当に仲が良かった・・・が・・・ここから先は・・・どうなるかは分からない。


「一体、どうしたらあんなに勇気がでるのだろう・・・」


あぁ、海斗にも、来夢くらいの・・・。いや、来夢の半分くらいでもいいから、勇気があったら、良かったのだが・・・。まぁ、それは仕方ない。海斗は海斗なのだから・・・。




来夢は優凛に「大丈夫?」とだけ声をかけて、その場を去った。なんという格好良い去り方だろう・・・。海斗はそう思わずにいられなかった。それと同時に、自分の弱さ、情けなさを恨んだ。



来夢はのちに、この物語の主人公的存在になる男だよ~~!みんな、覚えておいて〜!



「お!なんだ、いたんじゃん!」


優凛は来夢に助けてもらったあと、海斗がいることに気付き、声をかけてきた。


「こんなとこで、何やってんの?担当は?まだなのか?」


それはあまりにも突然で、思いもよらない言葉・・・。

だって、あんなふうに喧嘩?したあとにも関わらず、優凛は普通に話しかけてきたからだ。


海斗は嬉しくて仕方がなかった。顔には幸せな気持ちが溢れる・・・。口元は緩んでにやけが止まらない。言うならば、”デレデレ顔“だ。そんなもの、誰にも見られたくなかった。



「なぁ……。あたしらそろそろ、仲直りしないか?」


「あたし、もう限界なんだよな……」優凛は続けた。


「お前と、前みたく話したい。じゃないとあたし、苦しいよ・・・」


その言葉が海斗の男心を揺らした。優凛の精いっぱいの気持ち・・・。それを受け取りたい・・・。受け取って、自分も今の気持ちを言葉にしたい・・・。


「俺も・・・。俺もずっと仲直りしたかったよ?あんな事言って、ほんとごめん・・・」


「言ったあと、すごく後悔したんだ。自分の言ったことが松永さんを傷つけてしまった。本当に、申し訳なかったって。どうして、ちゃんと、考えられなかったんだろうね。本当に、ごめん」


「ううん。あたしこそ、ごめんな。急に怒ったりして」


優凛は続けた。

「良かったらあとで一緒に、他のクラスのとこ見に行ってみないか?」


「いいよ。もちろん」

海斗はすぐに答えた。だって、迷いなんて、1ミリたりともなかったんだから・・・。




学園祭が終わって1か月が経ち、11月になった。季節はもうすっかり冬になり、生徒達は制服を冬服に変えている。最近の冬は暖かい日が多くなってきたが、なんだかんだ言って、まだまだ寒い・・・。寒がりな海斗は、さっさと春になって欲しい、毎年そう思っていた。


ある日突然、優凛が海斗のところへやってきた。どうやら何か嬉しいことがあったらしく、テンションがやたらと高い・・・。にこやかに笑う優凛・・・。なんて可愛いんだろう

か・・・。


海斗は8月のコンクールの時の優凛のニコニコな表情を思い出した。久しぶりに見たその表情に、心の中の風船ガムが膨らむ・・・。それはどんどん大きくなっていき、なかなか破裂しなかった。


「お〜い!!聞いてくれよ〜〜!」普段よりも、さらに高い声で優凛が叫ぶ・・・。


「わかりやす~~~!!」と海斗は思った。


そしてさらに、こう思った。

「可愛すぎだろ♡」



その時の海斗はいろいろな表情を見せる優凛に、すっかり心を持っていかれていた。それは紛れもない事実だった。


「英検準一級受かったよ~~!」


「え!!まぢかよ~~!!すごいじゃん!!」


どうやら優凛は準一級を3度受けており、最初の2回は落ちて、最後の3回目で受かったらしい。英検の準一級は思っているよりも、カナリ難しく、その前の級の二級とはけた違いだ。これは受けた者にしか分からないのだが、帰国子女の優凛が二度も落ちるところからして、とんでもなく、難しいことに間違いない。


「あたしさ、自分で言うのもなんだけど、結構努力家なんだよなぁ。意外だって思っただろう?」


「努力は必ず報われる。いつもそう思いながら、生きてるよ」


海斗は思った。

「コイツほんと、大事なとこちゃんとしてるよな」


「努力は必ず報われる、かぁ……。そんな風に思ったこと、今まで一度も、なかったな」


「あたしさ~、嬉しくて誰かに早く教えたくてさ!」優凛は続けた。


「そしたら、お前の顔が真っ先に浮かんで。こうやって、伝えに来たってわけ。不思議だよな、なんでお前のことが浮かんだのか、全然分かんねぇよ」




12月。吹奏楽部には楽しい行事が待っていた。


そう、それは……クリコン(クリスマスコンサートの略)だ!!


二つか三つの高校が集まって、お客さんが見てる前で一緒に演奏するという催し物だった。自分たちだけの演奏とは違い、3校が一緒に演奏するのは難易度が高くなる。一緒に練習ができる時間が限られているからだ。そんな中でも、できるだけ一体感のある演奏ができるよう、一生懸命に練習しなければならない・・・。


海斗も優凛も……。他の部員達もカナリ盛り上がっていた。みんな、何ヶ月も前からそれを楽しみにしていたのだ。中には、もしかしたらその二つの学校の中にイケメンがいるのではないか、という理由で楽しみにしている者もいた。そんなんでいいのか?とも思われるかもだが、まぁ、楽しみであることに変わりはないのだから、良しとしよう。



クリコン当日。


三校が集まり、チューニングが始まった。


練習回数が短かったから、うまくいくだろうか・・・。いつもよりも、緊張が走る。

でも、絶対に成功させたい!三校の部員達はみな、そう思っていた。


約3時間後・・・。クリコンは無事、終了した。3校の顧問の先生たちが一言ずつ感想を話す・・・。


正直みな、それを聞いている者はあまりいなかった。演奏に集中しすぎたせいか、なかなか頭に入ってこなかったのだ。まぁ、それは仕方がない話だ。どうかどうか・・・。許して欲しい。


先生のお話が終わったあと

海斗が片づけをしていた時だった。


「海斗君?海斗君だよね?」と誰かに声をかけられた。それはなんだかとても懐かしい声で……。


「ん?」海斗は顔をあげた。


するとそこには、中学の時に付き合っていた元カノ、立石きいな、が立っていた。

海斗は一瞬、時が巻き戻ったかのように感じた。


「あ……。きいなじゃん!!ひっさしぶりだなぁ~!」

なぜだか知らないが、海斗の声は上ずった。


「きいな、T校に通ってたんだ!!知らなかった!吹奏楽やってたの?」


「ううん。友達が吹奏楽部で・・・。招待されたから、聞きに来てたの」


「そっか~。元気?」


「元気だよ。最近何してるの??」

盛り上がった二人はしばらくの間周りのことを忘れ、その時間を楽しんだ。


広い会場に、二人の声が鳴り響く・・・。話しているのは彼らだけだった。


周りに聞こえようが聞こえまいが関係ない。二人の会話にはそう感じさせる空気があった。たぶん、黙ってさっさと片付けろよ、なんて思っていた部員もいたかもしれないが、そんなこと、言われなきゃ分からない。どう思われてもいい、ただただ話したい・・・。二人の心が小さく呟いていた。



その時優凛は片づけをしながら、海斗ときいなが仲良さそうに話しているのを聞いていた。


「あれ、誰だろ……。なんか、すごい仲良さげだな……」優凛は自分の気持ちが揺れているのを感じていた。と同時に、なんだかとても悲しくなった。


「なんだ。仲良い女子、いるんじゃん。しかも、あたしといる時より楽しそうだしな・・・」



きいなは声のボリュームを下げて、こんなことを聞いた。


「ねぇ、良かったら今度、お茶でもしない?」


「あ・・・。ごめん、俺、今好きなヤツいるからさ・・・ほんと、ごめん」と海斗はハッキリ断った。


だが、残念ながらこれは、優凛には聞こえなかった。

これを聞いたなら、優凛はどれだけ安心しただろう。



海斗ときいなは別れ、それぞれの学校に向かって歩き出した。今日再会してしまった元恋人のことを思い出しながら・・・。


その時、優凛は1人寂しそうに歩いていた。雪が降り続ける・・・。頭の中では海斗ときいなの声だけが、リピートされていた。もうそんなの、聞きたくない、聞きたくないよ・・・。そう思えば思うほどに、止まらなくなってしまう。どうしたら忘れられるの?そんな思いだけが、優凛の悲しい心の中を占領した。どうして?ただ二人が話していただけなのに・・・。どうしてこんなに切なくなるの?


そんな時優凛を見つけた海斗が声をかけてきた。

「お疲れ様〜!楽しかったね!」それは、いたって普通の声がけだった。と、海斗は思っていた。


しかし優凛は、俯いたままだった。明らかに様子がおかしい。いつもの優凛じゃあない。


「どーしたの?なんかあった?」


それでも優凛は俯いたまま。

海斗はしばらく待った。優凛が答えてくれるまで。

すると……。


「あのさ、さっき片付けの時に話してた女の子って……。誰?」優凛は今にも消えそうな、か細い声で言った。


「あ~あれね!元カノだよ。中学の時の!」


それを聞いた優凛は、さらにテンションが下がった低い声で言った。


「あの人と、二人きりで会うのか?」


「ん?そんなこと約束してないよ」


優凛は納得のいかない顔をした。


「なんだコイツ、もしかしてヤキモチ妬いてんのか?」海斗は心の中で思った。


すると優凛は急にこんなことを言った。


「あたしさ、2年になったら、お前に伝えたいことあるんだよな……」


「でも、もう言うのやめる」

その時の優凛は少し拗ねたようにも見えた。




時が過ぎて……。海斗と優凛が2年生になった5月のこと。

この年も2人は同じクラスになっていた。また同じクラスになるなんて・・・。予想していただろうか。


クリコン以来、ろくに口を聞いていなかった二人だが、特に喧嘩をしたわけではなかったため、楽な気持ちで過ごしていた。


そんなある日……。


だんだんと日が暮れて涼しくなった放課後。


海斗が音楽室を出てトイレへ向かう途中、優凛が廊下で練習をしていた。前聞いた時よりも、だいぶ音が出るようになっていたのではないだろうか。上手になったねと褒めたかった海斗だったが、優凛は褒められるのが好きだろうかと悩んだ挙句に、言わない方を選んだ。なぜならたまに、褒められるのを嫌う人間もいるからだ。不快にさせるくらいなら、言わない方が良い、そう思ったのだった。



「ねぇ、少し話せる?」


「うん、何だよ?」優凛はいつも通りの口調で答えてきた。


「いやさ、去年のクリコンの時にさ、2年になったら伝えたい事がある、って言ってたでしょ?あれって何だったのかなと思って」


「あぁ・・・。もういいって言っただろ?気にすんなよ」


「なんで?教えてよ」


「いや、言おうと思ったんだけどさ、お前……。元カノさんと楽しそうに話してたじゃん?だから……」


「自信なくなって、言えなくなったんだよな」と優凛は続けた。


海斗の心は疑問に包まれた。

「なんの自信だろう……?」


「じゃあ……。言うけどさぁ」優凛は一呼吸おいてこう言った。


「あたしさ、初めてお前に会った時、まぢでコイツないわって思ったのさ。口悪くてごめんな。でも、お前のいろんな一面見てくうちに……」


「だんだん好きになってた……。だってさ、普段あんな感じなのに、実はしっかりしてて部長やってたり、バスケがめっちゃうまい、とか。

そんなの、惚れるに決まってるだろ?」


優凛は自信なさげにそう言った後、ゆっくりと下を向いた。

よっぽど、恥ずかしかったのだろう。そんな表情、とてもじゃないけど、見せられない・・・。優凛の心がそう言っていた。


海斗は海斗で、久しぶりに誰かからもらう告白の言葉に驚きと喜びを感じた。


「じゃあ、俺からも言うけどさ……」


「俺も、松永さんのことが好きだよ。だいぶ前から、ね」


海斗はゆっくりとした穏やかな口調で続けた。

「意外な一面を見るたびに、好きな気持ちを抑えきれなくなってた……」


「でもさ……」


「俺ら、付き合えると思う?」


その瞬間、優凛の心は大きく乱れた。どくん、どくん、どくん・・・。少しずつ、胸が苦しくなっていく・・・。


「俺はぶっちゃけそうは思えないんだ。俺ら、付き合っても続かないと思う。だって、たぶん合わないでしょ?いろんなことが」


海斗は続けた。

「例えば、趣味とかノリとか。

松永さんは明るくて元気だけど、俺は逆で、どちらかと言えば大人しいし、根暗だし……。俺と一緒にいても、楽しくないと思うんだよな」


「だから、最初から付き合わない方が良いと思うんだ。お互いのために。

付き合うのはやめとこ?あとで後悔したくないから……。

ってのは、俺の考えなんだけど、松永さんはどう思ってる?」


すると優凛はこう答えた。その表情は曇で覆われていた。


「あたしも……。同じようなこと考えてるよ。あたしら、付き合っても長く続かない。それを分かっているのに、軽い気持ちでは付き合えないよな。傷つくのは分かってる。だったら最初から、付き合わない方がいい、そう思う」


周りからすると悲しい答えだが、その時の彼らにはこうするしかなかったのだった。


ねぇ~この2人、マイナス思考すぎるよねぇ泣 誰か言ってちょ~だぁ~い~!!




その日の夜、優凛から海斗にラインが届いた。


「ねぇ、あたしらってさ・・・。やっぱ付き合えない?」


しばらく・・・3時間くらいあとか、海斗は返事を返した。


「遅くなってごめん。俺さぁ……。思ったんだよね。松永さんのことは、絶対傷つけたりしちゃあいけないって。なんかふと、そう思ったよ」


海斗は続けた。

「こんなに真っ直ぐな子を絶対、傷つけてはダメだと感じた。


だから、中途半端なことはしたくない。


付き合えなくてほんと、ごめん。

これからも今までみたいに仲良くしてね」


それを聞いて優凛は心から思った。


「付き合えないなら、それでいい」


「だけど……」


「他の女のことは見ないで。ずっとあたしのことだけ、見てて欲しいよ・・・」


乙女心って複雑でしょう?

付き合えないけど、ずっと自分だけ好きでいて欲しい。

そーゆーもんなのよ。

男子諸君、覚えといてよ~!



その次の日の部活の後、海斗は廊下でペットをしまおうとしている優凛に声をかけた。窓の外は暗くなりかけている・・・。


「あのさ、昨日はごめん。松永さん、悲しませちゃったかなって思って」


「あぁ、大丈夫だよ。気にすんな」優凛は言った.


「それよりお前さぁ、なんでまだあたしのこと名字で呼んでんだよ?」


「いや、松永さんもお前って呼ぶじゃん?」



「じゃ、もうさ、名前で呼ぼう。

付き合ってなくても、それくらいはいいだろ?」


「うん……」


「じゃあ、練習な」


「海斗……」優凛は緊張した表情で言った。


「優凛……」海斗もそれに答えた。



「恥ずかしいか?」

「大丈夫」


「じゃ、これ本番な……」


「うん・・・」



「海斗……。あたし、海斗のことが好きだよ」



「優凛、俺も……。優凛のことが好きだよ」


恥ずかしくなった2人は、お互いを見つめ合った後、同時に下を向いた。



「こんなに好きなのに・・・。どうして、1つになれないのだろう・・・」



どうしようもない切なさだけが二人を包んでいった。




6月になった。


海斗達の吹奏楽部は今年もやってきた定演に向けて、日々練習に励んでいた。部員達にとって、楽しみな行事の中の一つではあったのだが、強い緊張を強いられるため、ストレスに感じる者も多かった。どうにかして、それに打ち勝つしかない。でも、このプレッシャーが辛い。そんな思いが、部員達の心を苦しませていた。


海斗は思い出していた。去年の定演の時に優凛が自分の代わりにハープを演奏してくれたときのことを・・・。


「優凛、まぢでかっこ良かったな。ほんとに助かったよな……」きっと、毎年この時期になったら、このことを思い出すだろう。一生、胸の中で来り返されるはずだ。


「あのころは、まだ、お互いの気持ちを知りもしなかったんだよな。懐かしいなぁ」


「一年後にこんなことになっているなんて、思いもしなかったな……」


色んなことがあったよねぇ~海斗!少しは成長したんじゃあないの??

あぁ……。服部の声が聞こえる……笑


話戻すね!



定演の日。

彼、半沢来夢はホールの入り口に突っ立っていた。周りには誰もいない。チューニングを行っている音だけが、響き渡る・・・。調子がいいのか、悪いのか、素人には分からないが、ちゃんと音が出せているように聞こえる。


「海斗に招待されたはいいけどさ、どこ入ればいいんだ?」

う~ん、と悩んでいると、そこに1人の女子部員がやってきた。


そう、それは優凛だった。


優凛は少し伸びた髪の毛を二つ結びにしていた。あぁ、なんて似合っているのだろう・・・。やはり、元がいいと、何をしても可愛いのだ。それは紛れもない事実。

来夢もきっと、この姿を見て、グッと来ただろう・・・。


「あの~どうしたんですか?」優凛が不思議そうに来夢を見つめる。


「いや、招待されたんですけど、どの入り口に入ったらいいのか、分からなくて……」この時の来夢は優凛に声をかけられて、一瞬ドキっとはしたのだが、同時に助かったと思った。


「あ~こっちですよ~」優凛が言ったその時……。


「あ!!!あの時の!!」来夢が叫んだ。


すると優凛。

「あ~~!あの時はありがとうございました!困ってたので、すごく助かりました!!」

目はキラキラと輝き、身体からホカホカした空気を出している。自分のことを助けてくれた男に再会したのだ、興奮するのも無理はない。


二人はお互いのことを思い出していた。


そう、去年の学園祭で優凛が見知らぬ男から声をかけられ困っていたところを、来夢が助けた時のことを……。


優凛はペコっと頭を下げた。本当に感謝している、そんな気持ちを顔に表していて、かわいらしい・・・。


「いや~、助けたなんてことでもないけど。あのあと、大丈夫だった?」


「大丈夫でした!本当にありがとうございました。じゃあ、行きますね!ゆっくり楽しんでいってください」


優凛がその場を去ろうとした時、来夢は言った。


「ね!名前なんて言うの?」


「えっと・・・。松永優凛です」


「ありがとう。良い名前だね!頑張ってね!」


「ありがとうございます!」とだけ言って優凛は去っていった。



そしてそれは定演が無事終了して、海斗が帰ろうとしていた時のことだった。


来夢が突然近寄ってきてこう言った。


「めっちゃよかったよ!特にあの曲~!」


「ありがとな、来てくれて!嬉しいよ!」海斗は答えた。誘った友達がわざわざ来てくれたのだ。嬉しい気持ちでいっぱいになったのは言うまでもない。


「いやさー、始まる前にどこ行けばいいか迷ってた時にさ、可愛い女の子に聞いたんだよなぁ・・・」


「そしたらさ、その子、去年の学園祭の時に男に絡まれてるとこを助けた子だったんだよな」


海斗は確信した。

それが優凛だということに。

なんて言ったって海斗は、その現場を目撃していたのだから・・・。


そう~あの時の海斗、ひるんでて少しカッコ悪かったよねぇ~!え?少しじゃないって??笑BY服部



すると2人が話しているのを見つけた優凛が、嬉しそうに近づいてきた。海斗が大好きなニコニコ顔だ。俺以外の男に見せて欲しくない・・・。きっと海斗はそう思っていたはずだ。


「あ〜!最後まで聞いてくれたんですね!ありがとうございます!楽しめましたか?」


「楽しかったよー!また来年も来るね!」

2人は楽しそうに言葉を交わした。


海斗の心の中・・・。

「なんだよ、アイツには全然違う態度じゃないか。俺に見せてる顔と全然……。でもな、前、俺のこと、特別だって言ってくれたしな・・・。」


海斗は心の中で優凛に問いかけた。

「なぁ、優凛、教えてくれよ。一体どっちが特別なんだよ?」




時は流れて7月になった。

その年の夏はものすごく暑く、毎日冷房のない音楽室で練習していた部員達の体力を奪っていた。風が吹く日はめったにない。それに、吹いたとしても生暖かいものばかりで・・・。とてもじゃあないけど、涼めたもんじゃない。部員たちはいい加減、ウンザリしていた。せっかく上手になるために練習しているのに、その暑さが邪魔をしていた。


ある日海斗が音楽室でスネアドラムの練習をしていた時の事だった。


「お~い!海斗!」


急に名前を呼ばれてビックリした海斗は、バチを危うく落としそうになった。そう、優凛からもらった、あの大切なバチを。


「あぶね、優凛からもらったバチ、落とさなくてよかった~」


もし落っことして折れてしまったりなんかしたら、それを使っていたことを、後悔して、立ち直れなくなっていただろう・・・。それだけは絶対に避けたかった。海斗にとってそのバチは、なくてはならない、かけがえのない存在だ・・・。だから、一生大切にする、そう誓っていた。そんなに大切なら、使わずにしまっておけばいいのに・・・。



その声は聞き覚えのある声だったため、海斗は瞬時にそれが誰の声かが分かった。

そう、それは……。


来夢の声だった。(いつもの流れね~~!!許して~~♡笑)


来夢はいつも通りの明るい表情を浮かべながら立っている。高身長でイケメンなので、告白する女子も多かった。それに、女子達の中での「付き合いたい男子」ナンバーツーに入っているらしい。本人はそれを知っていたのかは分からないが、海斗の方は知っていて、密かに羨ましがっていた。あぁ、やはり高身長が持てるのか・・・。そんな風な具合に。



海斗は言った。

「来夢~。お前、なぁに勝手に音楽室に入ってんだよ?」


すると来夢。

「別にいいじゃんか。許可が必要なわけじゃあないんだろ?」いつもの軽い口調で答えた。


「まあ、いいんだけど。んで?何しに来たんだよ?」


「いやさぁ、俺、吹奏楽部に転部しようと思って」


海斗は心の中でこう思った。「はぁ?なぁに言ってんだよ」


「待てよ、んじゃバスケ部どうすんの?来夢、お前部長だろ?無責任じゃね~のかよ」


「いや、他のヤツが代わってくれるってさ。だから心置きなく、こっちに転部できるってわけさ」


海斗はこの時思った。

「なんか、嫌な予感がするな……」



さぁて

みなさん!どうして海斗はそんな予感がしたんでしょう~~?

是非、当ててみてね♡


話戻すね!はい!海斗お願いね~!笑



「で?なんで、こっちに来る気になったんだよ?」


「いやさ~。こないだ定演で会った優凛ちゃん?だっけ?あの子が演奏してんのが可愛くってさ。もっと近づきたくて、来ようと思ったんだよな。まぁ、バスケ以外のこと、やってみたいってのもあるんだけど」


海斗は思った。

「はぁ?コイツ、そんな不純な動機で移ろうとしてんのかよ?しかもなんで、よりによってその理由が、優凛と仲良くなりたい、からなんだよ!!」


海斗はそんな軽い答えをよこした来夢に少し……。いや、結構腹が立っていた。


「頼むから、他の女って言ってくれよ。まぢ、困る」心の中で思った。


でもさ、海斗と優凛は両想いなんだから、気にしなくてよくね??って思った方いるかもだけど……。

まぁ、難しいことは考えずに、続きを聞いておくれよ……。って、服部が頼んでるよ~~!


話戻すね~!




「んで?なんの楽器、希望なの?」


心の中では「まさか……。ペットじゃあないだろうな。だとしたらやばいぞ。コイツら、さらに近づいちゃうじゃないかよ」と思っていた。


「いやさ~、ほんとはあの子と一緒がいいんだけどさ……。ペットだっけ??

でもなんか、人手足りてるっぽいんだよな……。仕方ないから、他の楽器やろうかと思ってたとこ」来夢はすでに、ペットが空いているかどうかを近藤部長に聞いていたらしい。


「は?仕方ない?ふざけんなよ」海斗は正直、そう思った。


基本的に真面目な海斗は、そんな風に言う来夢にさらに腹が立ったのだった。一発ぶん殴りたい・・・。さすがに、そこまでは思わなかったが、それに近い感情が生まれていた。それを処理するには、少し時間がかかるだろう。


「他どこが空いてるんだろ?」と来夢が顔をしかめたその時。


田中部長(新し部長)が現れた。


「あ~!新しく転部希望の子だよね?結局なんの楽器がいい?」


田中部長は、近藤部長が引退した後に部長に選ばれた人だ。いつもハキハキしていて元気がいい。この人が部全体を明るくしてると言っても過言ではない。言うならば、太陽のよう人だ。部長になる人間はみな、明るい人なんだろうか、そう思っていた部員もいたのではないだろうか・・・。


「いや~。楽器とか良く分からないんで~お任せします!」


それを聞いた海斗は心の中で思った。

「なんだよ、お任せって。テキトー過ぎるだろ」


「あ~。じゃあさ、ちょうどいいや。パーカス入ってくんない?

あ、パーカスってさ、そこにいる稲葉君と同じだから。稲葉君、よろしくね~」


いきなりバトンを渡された海斗はビクッとした。いきなり言われて混乱している・・・。


「ほんっと急だな~~!この部の女性陣はなんでこんなに唐突なんだ??」海斗は優凛やハープ担当の先輩のことを思い出していた。



みなさん、覚えてますか~~??優凛もハープの先輩も唐突でしたよ~~!笑 って、私が唐突だと思い込んでいるだけなんだろうか……?服部少し不安です!


話戻すね~!



「んじゃ、少し見てく?」

「あ、案内してくれんの~?よろしく頼む!」


その時の海斗は

「とりあえず、ペットじゃなくてよかった~」と心の底からホッとしたのだった。やばい、やばいと危機感を感じていたためか、じんわり冷や汗をかいていた。



その2日後、吹奏楽部のミーティングの最後に田中部長は言った。


「今日から新しく転部して来た人を紹介します!!」



「半沢来夢君です~!!楽器はパーカスを担当してもらいます!

んじゃ、半沢君、少し自己紹介して。簡単でいいから」部長はそれくらいできるでしょ?と言わんばかりの表情を浮かべている。


海斗は思った。「これまた唐突だなぁ~」


だが、来夢はそんなものにはビクともせず、自己紹介を始めた。


さっすが来夢~~♡かっこい~~♡服部心の声。



「初めまして。半沢来夢といいます。今日からよろしく……」来夢はそこで、自己紹介するのを辞めた。


来夢の瞳はただ一人の女子部員を見つめていた。


そう、優凛だけを。


海斗はそれを見逃さなかった。中学の頃から長年一緒にいるせいで、分かってしまう。来夢が恋をすると、好きな女のことだけ、ずっと見つめてしまうということを。どれだけ見つめても足りない、そんな風に思わせる熱いまなざし・・・。


その後来夢は自己紹介を終わらせた後、静かに自分の席に戻った。




その日の帰り、海斗はいつもの通り、音楽室を出て下駄箱にたどり着いた。音楽室と下駄箱は少し離れている。毎日のことだが、もっと近ければ良かったのに。そう思ってもおかしくなかった。


その時だった。


来夢がこっちへ来るのが見えた。

海斗は声をかけようとした、が、その時……。


来夢のうしろから優凛がついてきていたのを見た。


その時の二人の会話はだいたいこんな感じ。いや、服部!テキトーすぎるだろ?



「優凛て、ほんと可愛いよな。特に定演で演奏してた時!あれ、まぢやばかった!」


「そんなことないよぉ〜」


「いや、ほんと。まぢで」


海斗は思った。

「なんだよ。来夢のやつ、馴れ馴れしい。可愛いとか言ってんじゃねーよ。口ばっかりなやつ」


「しかもなんだよ、もう名前で呼んでんじゃん。

俺なんて名前で呼ぶまで相当時間かかったのに」


でも一番気になったのはやはり

「優凛の来夢に対する態度」

だった。なぜならそれは海斗に対してのものと180°違うものだったから。海斗はそのことを定演の終わりからずっと、気にしてしまっていた。


「やっぱりアイツの方が特別なのか?」




それから一週間が経った頃……。

優凛はパーカスだったころの楽譜を返しに、個室へ来ていた。するとそこに練習を終えた海斗がやってきた。前よりもだいぶ髪が伸びている。優凛はそのことに気づいていたのだろうか・・・。気づいていたとしたら、そろそろ床屋に行った方が良い、そう思っていたかもしれない・・・。


お互いの気持ちを伝え合ったあと、ろくに話をしていなかった2人は、なんとも言えない空気に耐えられなかった。そのため、同時に・・・。


「お疲れ!!」と言った。



「……」



「……」



沈黙が続く・・・。


すると海斗の方がこんな風に切り出した。


「最近どう?」


「うん、まぁまぁだな」


「あぁ、懐かしい……」海斗が久しぶりに聞いた、優凛の言葉遣いだった。それは前と何も変わらない・・・。だが、前よりもずっと海斗の心の中に入り込んでくる・・・。



海斗は言おうかどうか迷ったが、こんな風に言った。


「突然でごめんなんだけど、最近思ってたこと言わせて?」


「いいよ。なんだよ?」


「俺さー。運命ってあると思うんだよね……」


優凛は??と思いながらも、海斗の声に耳を傾けた。

そう、海斗の言葉を一言残らず聞こうとしていた、と言わんばかりに。他のことは聞き入れたくない。心の声が聞こえた気がした。


「いやさ、もし、俺らが同じクラスじゃなかったら、出会ってなかったわけで……」


「他のこともそうだけど、例えばこーしてたら、あーしてなかったら、こっちの道選んでたら、あっちの道選んでたら・・・。出会う人ってそれぞれで違ったわけで……」


海斗は少しの間、考えた末に言った。


「出会った人とは、出会うべくして出会ったんだと思う。

だから・・・。俺、優凛との出会いを大切にしたいよ」


「大好きだよ……。優凛」


それを聞いた優凛は少しの間だけ、黙っていた。そしてこう呟いた。


「あたしだって……。

海斗に出会えて、本当に良かったよ。大好きだよ……」


海斗はその言葉をしっかりと胸に刻み込んだ。こんな可愛い優凛の姿を忘れるもんか、そんな気持ちが溢れ出していた。


「ね、俺らさ、なんで付き合えないんだろうね……」


「そんなの……。今さら聞くなよ。2人で決めたことだろ?」

優凛の目からは涙が流れ始めていた。


「なんでそんな風に泣くの?」


「なんでだろうな。分かんねぇよ」


その時だった。


「ガタ!!」


海斗と優凛は驚いて、ドアの方を振り返った。そこには、誰もいなかった。しかし次の瞬間、物陰から来夢が顔を出した。何か恐ろしいものでも見たかのような顔をして。ドアを開けたまま話をしていたのが悪かった、と海斗はあとから思った。


「ごめん。聞こうと思って、聞いたわけじゃあないんだけど」来夢は言った。動揺を隠せないでいる・・・。


「ほんと、ごめんな……。いや、ほんとごめん」


「でもさ。ちょっと言わせてくれるか……?」。

海斗と優凛は黙って来夢の方を見ていた。


「いやさ……。お前らお互いを好きなんだろ?

なら、付き合っちゃえばいいんじゃないの?なんで付き合わないんだよ?」


すると海斗。

「それは俺らの問題だろ?来夢には関係ないよ。ただ、まぁ言うなら、合わないから……かな」


「そっか。余計なこと言って、ごめん。俺、帰るわ」とだけ言って、その場を去って行った」


海斗と優凛もお互いに、じゃあね、と言ったあと、それぞれ別の方に向かって歩き出した。



月日は流れ……8月。


またもや吹奏楽コンクールの日がやって来た。暑い暑い・・・。いや、毎年暑いのだが・・・。こんな中で練習するのは辛すぎる。練習するよりも、涼しいところで涼みながら、アイスを食べたい・・・。部員達の本音がこぼれた。


顧問の先生が

「今年も頑張りましょう」というようなニュアンスの言葉を残して、音楽室を出ていった。

どうやらコンクール関係のいろいろな手続きがあって忙しかったらしい。


海斗達部員は去年と同様に最後の練習を終え、本番に向けて緊張をほぐそうとしていた。


「緊張するね~!!でも、私らならきっといけるよね!!」



海斗ももちろん、緊張していた。いつもの事だが、いい加減にやめたいと、本人も思っていたのではないだろうか・・・。


「俺、大丈夫かな?失敗したらどうしよう?」いつものごとく、マイナス思考が炸裂する・・・。


そんな時海斗は、聞き覚えのある声を聞き、ふと周りを見た。すると階段の手前に優凛と来夢の姿があった。2人はカナリ楽しそうに、笑いながら話している・・・。


海斗はとっさに隠れた。なぜそうしたかは分からない。でも、どうしても、聞いていることを知られたくなかった、


「アイツら。なんか楽しそうに話してるな」海斗は胸騒ぎがした。そしてこう思った。


「早く、会話終われよ」


しかしその思いもむなしく、2人はそのまま話し続けた。



2人の会話の内容はこんな感じ。


来夢「今日さ~うまくいくといいよな!あ~緊張する!!」


優凛「だよね~~!私も!!」


来夢「いや、優凛は大丈夫でしょ?めっちゃうまいもん!」


優凛「そんなことないよ~~!来夢君こそ。来たばっかなのにすごいじゃん!」


来夢「いやいや、まだまだだよ。あ、良かったらさ、今度どっかでお茶しない?」


優凛「いいよ~~!」


二人の会話は終始笑いに包まれ、はたから見たら付き合っているかのような雰囲気を出していた。そう、付き合いたての、ういういしいカップル。彼らは楽しそうに話してはいるものの、どことなく恥ずかしそうにしていた。目が合ってはそらす・・・。その繰り返しだった。



海斗はもちろん、そのやりとりを聞いて、動揺を隠せなかった。


「なんだよ……。アイツとでかけんのかよ。俺は前、きいなに誘われた時、ちゃんと断ったのに」


そう、海斗は定演できいなと再会してお茶に誘われた時、他に好きなヤツがいるという理由で、しっかり断っていた。


は~い、みなさ~ん!!その時のこと覚えてますか~??忘れてたら、復習してよ~~!BY服部




もうこれ以上聞きたくない、辛すぎる、と感じた海斗はやるせない思いを抱えながら、その場を去った。その後ろ姿には、落胆の色だけが映し出されていた。



コンクールは無事に終了した。


結果は今年も銅賞だったが、部員はみんなやり切った、という達成感を感じていた。


「銅賞だったけどさ、結果なんて関係ないよね。一生懸命練習して、みんなで1つの音楽を作り上げたんだから。すごく良い経験にもなったし、無駄なことなんて何1つなかったよね」部員の1人が大きな声でそう叫んでいた。


海斗も思った。「本当にそうだよな。その通りだ」



そしてそれはそう。コンクールが終わって、みなが帰り支度をしていた時だった。

来夢と優凛が再び、2人きりで楽しそうに談話しているのを海斗は発見してしまった。


「うわ、また2人で話してるよ」


「だれか……。誰でもいいから、来てくれよ。来て、アイツらの会話をさえぎってくれよ。もうこれ以上、アイツらの楽しそうな姿、見たくないんだよ……」


だが、その甲斐むなしく、誰もそこに現れることはなかった。


海斗は聞きたくないとは思ったものの、二人の会話が気になって仕方なかったため、物陰に隠れて2人の会話内容に耳を傾けた。


すると……。


「優凛さ、なんで海斗にだけあんな言葉遣いするの?あれが自然体なんだろ?

だったら俺にも自然体で接して欲しいな……。海斗は優凛にとって、特別なの?」


すると優凛はこう答えた。

「ううん。そんなことないよ!別に、アイツだけ特別なわけじゃあないよ」


海斗は自分の心がどんどん凍り付いていくのを感じた。その温度はマイナス20度以下まで達していた。その冷たさに、海斗の弱い心は打ち勝つことができなかった。


「なんだって??今なんて言った?おい……。今の言葉は全部、俺の勘違いだって言ってくれよ、優凛。全部嘘だって言ってくれよ!!俺のこと、“特別”だって言ったじゃないかよ」


来夢は言った。

「俺さ……」


「もうバレてると思うけど、優凛のこと好きなんだ。まぁ、もともと去年の学園祭で助けた時から可愛いと思ってたんだけどさ」


「でも優凛が、アイツ……。海斗のことを好きなのは分かってる。ただ、気持ちだけ伝えたかったんだ。だから、今は付き合ってとは言わない。でももし……。アイツとこれから先も付き合わないなら、俺のことも考えてくれたら、嬉しいな」


それを聞いた優凛は嬉しいのかそうでないのか、分からないような表情を浮かべながら言った。


「あぁ……。ありがとう。すごく嬉しいよ。

でも、正直わたし、なんて答えたらいいか分からない」


そう、この時の優凛の心は少しずつ……。いや、結構なスピードで来夢に近づいていた。


「あたし、どうしたらいいんだよ……。自分の気持ちが分かんねぇよ。頼むから誰か教えてくれ。あたし、どうしたらいいんだよ……」



海斗は余りのショックにジェットコースターから振り落とされるような感覚に陥っていた

そう、生きて帰れないような勢いで……。


そして一人、その場を静かに去ったのだった。その時の海斗に残されたHPを全部使い果たしながら……。


まだまだ続くよ~!次回また、後編でお会いしましょう~~♡♡



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