第一章 声を失った少女⑥ 忠弘の考え
ほどなくして、忠弘は保健室に担ぎ込まれ、看護教諭の佐藤真美子(さとうまみこ)先生の治療を受けた。
「ちょっと切ったくらいだと思うけど。頭を打ったのなら、病院でしっかり見てもらうべきね。」
「そんな大げさな。」
「あとから気分が悪くなって倒れてしまうこともあるのよ。頭を打ったのは甘く見ちゃダメ。まだ死にたくないでしょ。」
と言う真美子の言葉に忠弘は頭をかいた。
けっきょく、家と連絡がついて、忠弘の兄である幸政(おおさわゆきまさ)が車で迎えに来て、病院に連れていかれた。杏奈たちは揺れが収まったのを見計らって一斉下校するらしい。
「悪いね兄さん。」
「頭打ったって聞いた時は肝を冷やしたぞ。とにかく病院だ。」
病院に付くと、CTスキャンやらいろいろ検査をさせられた。検査の合間にニュースを見て東北の惨状を目の当たりにして驚いたのは言うまでもない。押し寄せる津波に飲み込まれる東北の街、その日の夜は何度も警報で目が覚めたのを覚えている。
とりあえず脳に異常はないということで帰宅を許された。はずみで側頭部の一部を切ってしまったようだが、傷は浅く縫うほどでもなかった。医者が言うには、頭部は毛細血管が多いために、浅い傷でも心配になるくらいの出血になることがあるそうだ。
「大したことなくてよかったな。」
「うん。ありがと。」
運転している幸政は、たいそう心配した顔つきをしていた。頭を打って出血したというので心配しているのだろう。幸政は忠弘よりも3歳年上だ。昔からよく面倒を見てくれるし可愛がってくれていた。それは小さな時も、幸政が大学生になった今でも変わりはしない。
「兄さん。おれ、兄さんより長生きして幸せになるからな。なんてな。」
そう言った時、驚いた顔で幸政が自分を見たのは言うまでもない。
「おま・・・。」
「兄さん。赤信号!」
慌てて急ブレーキを踏む。
「どうしたんだよ突然。冗談だってば」
「あ、ああ。」
信号が変わり、車を発進させると幸政は驚いたように話した。
「心配したからさ。お前は俺より長生きしろよって、そう考えてた時に忠弘が長生きするなんて言うから、心が読まれたかと思って驚いたよ。」
「はは。そんな偶然あるんだね。」
忠弘は、軽々しいことは言うものではないなと反省した。幸い、この後に異常が出ることはなく、出血はその日のうちに止まり、頭痛なども残らなかった。その日の入浴は禁じられていたが、シャワーで身体だけでもと洋服を脱いだ時、身体のあちこちに痣ができているのを見て苦笑した。
福原家のリビング。香織はコーヒーを片手に、綾乃について説明を続けた。
「亡くなった綾乃ちゃんのお父さんは和元さんの大学時代の同級生でね。私も何回かお会いしてるのよね。連絡が取れなくなって心配になって探していたんだけど、まさかご夫婦で亡くなっていたなんてね。」
そして、綾乃が施設に入ったことを聞き、方々手を尽くして引き取ったと言うのが事の経緯だった。普段は明るく仲の良い福原夫妻だが、香織は結婚してすぐに子宮がんが見付かり、助かるためには全摘出をするしか方法がなく子供が産めなくなってしまった。だからこそ、独りになった綾乃のことを引き取ろうと考えたのかもしれない。聞けば、和元ではなく香織から提案したとのことだ。
「綾乃ちゃんは、ご両親を失ったことと地震のショックで声が出せなくなってしまったそうなの。お医者さんの話だと、精神的なもので一過性のことだっておっしゃってたけど。だからね。」
香織の話や表情から、何を言おうとしているのかは察しが付いた。
「わかったよ。香織さん、おれ、綾乃ちゃんが話せるように面倒見るよ。」
「ありがとう。私達と話していても、ご両親のことを思い出しちゃうのかもしれないけど。忠弘君なら歳も近いし、ひょっとしたら綾乃ちゃんも心を許すかもしれないから。」
あの歳で家族を失ったということで同情しなかったと言えばうそになるが、それよりも、まだ幼い綾乃が心を痛めて声も笑顔も出せない状態でいることは、忠弘が何とかしてあげたいと思わせる十分な理由になった。
「店長! 明日のバイト、休んでいいですか?」
忠弘が声をかけると、本日三本目のビールを開けた和元が、
「おっけぇ!」
とVサインを返してきてくれた。どうやら逆転したらしい。和元が三本目に手を出すのは、ひいきのチームの勝利が決まった時だ。飲み過ぎないようにと言う香織とのルールらしい。綾乃の保護者であり自分の雇い主の承諾が出たことで、忠弘は早速お出かけプランを考えるのだった。
続く。
読んでいただいてありがとうございます。
\(^o^)/
忠弘は綾乃のために何かをしてあげたいと、
色々思案していきます。
次回もどうぞお楽しみに。