終 章 二人で一緒に② 君に笑顔を
小町通りは平日にもかかわらず今日も混雑している。外国人観光客だけではない、各地から日本人観光客も来訪している。震災でのこの辺りは震度5強だったと聞いているが、都心部ほど甚大な被害は出ていない。
「あ、お兄ちゃん!」
福原生花店の前で、今日は私服に着替えているオフモードの綾乃が、膨れっ面に腕を組んで待ち構えていた。ベージュ基調のワンピース姿の綾乃。いくつになってもワンピースが好きらしい。
「もう! 安静にしてなさいって言われてるでしょ?」
「はは、身体がなまっちまうよ。リハビリだよ。リハビリ。」
「もう、心配かけないでよね。」
「なぁ、綾乃。少し散歩しないか?」
「う、うん。いいけど、足は大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。」
生花店のドアを開け、
「店長。ちょっと綾乃を借りますよ。」
そう声をかけると、中から和元と香織が顔を出し、
「おう。そのまま持って帰ってくれてかまわんぞ。」
「そうね。忠弘君、よろしくね。」
そう言って送り出してくれた。もう、秒読みだとわかっているのだろう。照れ笑いしながら移動を開始すると、
「忠弘。怪我の調子はどうだ?」
と、頭上から声をかけられたので見上げる。こまち茶房の入り口から和治が顔を出していた。
この時間軸では、和治は亡くなったオーナーの娘と結婚し、跡を継いで自身がこまち茶房のオーナーに収まったのだ。観光客が多いので今日も盛況のようだった。
「まだ松葉杖ですけど、順調に回復してますよ。」
「そうか。あ、ちょっと待ってろよ。」
そう言って奥に入っていくと、しばらくしてテイクアウト用の紙袋を持って出てきた。
「リハビリ行くんだろ? 綾乃ちゃんと後で食べてくれ。」
中には忠弘がよく飲んでいたエスプレッソと、綾乃が好きだったオレンジジュース。そして、二人分のBLTサンドとレアチーズケーキが入っていた。
「綾乃ちゃんもいつでも遊びに来いよ。スペシャルパフェでも何でも作ってやるからな。」
「もう、和春さん。私もう子供じゃないってば!」
「はは、そりゃ失礼。忠弘、しっかり尻に敷かれろよ。」
「なんだそりゃ。」
和春に礼を伝え、綾乃に支えられながら小町通りを抜け、そのまま由比ヶ浜まで歩いて行った。まだ季節的に海からの風は冷たく、ここまで歩いて温まった身体を冷やしてくれた。
海岸へ降りる階段に腰掛け、和春から手渡されたBLTサンドを食べる。なんだかとても懐かしい味がして、高校の頃を思い出す。あの頃は杏奈がアルバイトをしていて、彼女に会いたくて毎日のように通った。エスプレッソもBLTサンドも忠弘の生活の一部だった。
「美味しいね。」
「ああ、なんだか懐かしいな。」
「今でもオレンジジュースなんだね、私のイメージ。」
苦笑いしながらオレンジジュースを飲む。こまち茶房のオレンジジュースは実際にその場でオレンジを絞って作る。酸味に加えて、ピールの苦味が少しあり、綾乃はこれをよく飲んでいた。談笑しながらレアチーズケーキまで食べ、後片付けを済ますと、なんとなく二人とも無言になった。由比ヶ浜に寄せて返す波の音にしばらく耳を傾ける。
「あのさ。」
「あのね。」
二人同時に話しかけ、あまりのタイミングの合わせ方に笑い合ってしまう。
「綾乃からでいいよ。」
「うん。報告があってさ。仕事辞めてきた。」
「んあっ!?」
エスプレッソの残りを飲み干そうとして、思わず吹き出してしまった。
「な、なんで??」
「なんでって、もうやれることはやってきたから。」
「に、したって、綾乃は主任研究員だろ? いなくなったらIDCOの人だって困るだろ?」
「その辺は大丈夫。私いなくても支障無いように部下たちを鍛えてきたから。それに、辞めたって言っても、主任研究員を辞めただけでIDCOの日本支部に籍は残すからね。今まで世界中飛び回ったから、そういう忙しいのは終わり。それでね・・・。」
綾乃は立ち上がってスカートに付いた砂をはたくと、階段を何段か降りて振り返った。かつての幼さが抜け、誰もが振り返りそうなほど美しくなった綾乃が、幼い頃と変わらないかわいい笑顔で言った。
「お兄ちゃん。私と結婚して。」
「あんだと?」
「お兄ちゃん助けるためにどれだけ私生活犠牲にしてやってきたと思ってるのよ。私もう28歳だよ? 14年もお兄ちゃんが消防士になるように仕向けながら、合わせて防災の勉強するのって大変だったんだからね。」
「仕向けながらってな。」
忠弘が綾乃のプロポーズに頭をかく。なんだかとてもバツが悪そうだ。そんな忠弘に綾乃は畳み掛ける。
「本当だったら、20歳でお兄ちゃんのお嫁さんになるはずだったんだからね。お兄ちゃんと二人きりで生活もしたいし、子供だって三人は欲しい。計画が8年遅れになったんだから早く責任取ってよね!」
そして、改まって背筋を伸ばすと、一度大きく深呼吸をしてから、変わらぬ笑顔を見せてくれた。そして、みなとみらいの公園で告白した時と同じことを伝える。
「だから、大澤忠弘さん。私とずっといっしょにいてください。」
そして、綾乃の求婚を受けた忠弘は、
「・・・はぁ、」
再びため息で返すのだった。
「デジャヴかな、デジャヴなのかな? また、私の告白にため息で返事ってありえないんだけど!」
全力の抗議をする綾乃に、忠弘は頭をかきながら立ち上がった。なんだかとても困った顔をしている。松葉杖を使いながらゆっくりと立ち上がり、そして、もぞもぞとポケットから何かを取り出した。
「なんで先に言わせちゃったかな。ホントに、締まりがないよなぁ。あーカッコワル。」
松葉杖を整え、背筋を伸ばすと先ほど取り出した小箱を開く。そこには夕陽に照らされて七色に輝きを放つダイアモンドの指輪があった。そして、怪我をした左足の膝を地面に付き、綾乃の前に跪くとその指輪を差し出した。
「遅くなってごめんな。綾乃、おれも君を愛してる。どうか、結婚してほしい。」
「やだ、ウソ!」
口元に手を当て、とたんに目に涙を浮かべる。忠弘が立ち上がって歩み寄ろうとしたので、慌てて綾乃が支えてくれる。忠弘はその手を取ると、綾乃の左手の薬指にあるルビーの指輪を抜き取り、新しい指輪を通した。あの時に約束したダイアモンドの指輪だ。
「もっとカッコよく決めたかったんだけどなぁ。」
「ふふ、そういうお兄ちゃんが大好きなの! もう、ホントに大好き、愛してる!」
「ははは。変わらないな綾乃は。思い込んだらまっすぐとことん。本当に尊敬するよ。」
忠弘が綾乃の髪を撫でてやる。綾乃は昔からこうやって頭を撫でられるのが好きだ。まるで子猫のようなしぐさをしながら、綾乃から忠弘にキスをした。もう拒むこともない。二人の間には障害もなければ、年齢差を理由に周りを気にする必要もない。14年分を取り戻すかのように、お互いの存在を確かめるように二人は何度もキスを交わした。
「10歳の時からずっとお兄ちゃん一筋なんだよ。これからだって何回でも愛を伝えてあげる。大丈夫、幸せラブラブな新婚生活から、お兄ちゃんが旅立っていくまでちゃんと一緒にいてもらうから。」
忠弘に抱き付いた綾乃がそう言うが、忠弘は困ったようにそれを断った。
「そいつは無理だな。」
「なんでよ。」
「おれは前の人生で綾乃を見送った。もう明日なんか来なくていい。何もかもなくなってしまえばいい。そう思って苦しくて苦しくて仕方なかった。そんな思いを綾乃にはさせたくない。だから、今度もおれが綾乃を見送ってやる。」
忠弘は綾乃の頬に手を寄せ、優しくキスをした。
「だから、安心しておれに愛されてくれ。」
「うんっ!」
数奇な運命で出会った忠弘と綾乃。長い長い年月を経て、ようやく二人は結ばれた。もう、二人が離れ離れになることはないだろう。固い絆はなにものにも崩されることはない。年齢差だって、もう障害にはならないからだ。
「さぁ、戻って香織さん達に報告しないとな。」
「そうだね。恋人岬も行かなきゃ。あ、その前に結婚式までしっかりやろうね。私、ネズミーランドで結婚式したい!」
「バカ言え。いくらかかると思ってるんだ。」
「ふふ、大丈夫だよ。たぶん私、お兄ちゃんよりよっぽど年収高いはずだし。それに、こうなること見越して今までのお給料はキチンとため込んでるから、安心してねお兄ちゃん!」
それはそうであろう。忠弘も東京消防庁では役職もあるしそれなりの立場だが地方公務員に過ぎない。一方で世界を股にかけ、数々の開発をして特許をいくつも取ってきた綾乃とは年収で差があるのは当然だった。それに、年収がどうあれ、しっかり者の綾乃のことだ。財布のひもは固いだろうし、必要な時には迷わず使う。そう言うはっきりした性格だ。
「あー。締まらねぇなぁ。」
「ふふ。ねぇ、お兄ちゃん。」
「なんだよ。」
「私はどんなお兄ちゃんも大好き! だってお兄ちゃんは・・・私の中での理想の男の人は、全部お兄ちゃんなんだから。」
それは、あの日みなとみらいで伝えてくれた言葉だった。14歳の綾乃が精いっぱい伝えてくれた思慕の想い。その気持ちは、あれからさらに14年過ぎた今でも色あせることなく、運命の赤い糸を信じて手繰り寄せ、それはもっと光輝いて忠弘に辿り着いたのだ。
二人寄り添い手を繋ぐ姿を、夕日が海に反射して紅く染め上げていた。まるで、二人の気持ちを表しているかのようだった。
それは、初春まだ冬の大三角が夜空に見えるころの出来事だった。
『PURE STAR ~星に願いを。君に笑顔を〜』
終わり。
最後までお読みいただきありがとうございます。
\(^o^)/
長い年月を超え、とうとう忠弘と綾乃は結ばれ、
めでたくハッピーエンドとなりました。
この物語は、
小説家になろう様のイベント『冬童話2022』で発表した短編、
『星に願いを』
https://ncode.syosetu.com/n8155hj/
こちらを長編化したものです。
ずいぶん時間がかかってしまいましたが、
完成までつなげられてよかったです。
長編化のきっかけをくださいました、
いでっち51号先生
椎名ユズキ先生
本羽香那先生
本当にありがとうございます。
この場を借りてお礼申し上げます。
二人の小さな恋の物語、いかがでしたでしょうか。
完結までお付き合いいただきありがとうございました。
読んでいただいた皆様へ心から感謝申し上げます。
また、各災害地域の被災した皆様の平穏な時間が来ること、
次の災害の被害が少しでも少ないよう、
心から祈願し、あとがきのご挨拶とさせていただきます。
最後までお付き合いいただいた読者様、
僭越ですが、どうぞご評価を頂けたら幸せです!
今回の物語、あなたの心には何が残りましたか?
それではまた、次回作でお会いしましょう!
2024年07月04日
水野忠