終 章 二人で一緒に① 星に願いを
1ヶ月後、忠弘は無事に退院した。しかし、当分仕事ができるわけではないので、板橋北署長からはしばらく実家に戻って静養するように指示が出た。鎌倉の実家に戻り身体を休めてはいるが、じっとしていられる性格でもない。また、怪我をしているのは左足だけでそれ以外の身体は元気なのだ。家族の目を盗んでは、筋トレしたり松葉杖を付いて遊びに出ていた。
綾乃は事後処理が忙しくてあの日以来会っていない。だが、毎日仕事が終わると連絡をくれた。会えなくても心は一つだった。ある日、綾乃に会えない代わりに凱旋した信和が翔や堤井を連れて遊びに来てくれた。
信和たちは『日本! 全力一杯!!』を合言葉にベスト8では強豪プエルトリコを、準決勝では優勝経験もあるドミニカ共和国に競り勝ち、永遠のライバル・アメリカ合衆国と決勝を戦い、翔の決勝ホームランで世界一を勝ち取ったのだ。国際大会での優勝を手土産に、それこそ現地での食べ物や大会グッズ、みんなのサインを書いた試合球などなど、ファンに申し訳ないくらいの贈り物を受け取った。
「これで、やっとおまえとの約束を果たせたな。」
「ああ、たいしたやつだよまったく。」
忠弘が笑顔で信和の肩を叩いた。かつて、鎌学大のグラウンドで託した世界一の夢。親友の信和は諦めること無くつかみ取ってくれた。
「約束ってなんのことですか?」
「あ、俺も聞きたいです。」
翔が聞いてくる。堤井も興味深々だ。
「おれが野球を辞めて消防士を目指したとき、信和に国際大会での優勝をお願いしたんだ。」
「そうだったんですね。じゃあ、おれのお陰でもありますね。へへっ。」
「調子に乗ってら。信和、来シーズンこてんぱんにしてやれよ。」
なんでだよ。と、翔は突っ込みを入れたが、とても楽しそうだ。考えてみれば不思議な話だ。忠弘の目の前にいるのは、ホームラン王5回の信和と、首位打者3回の堤井、昨年、三冠王を達成した翔。三人とも日本野球界を支えるスター選手で、それが忠弘の友人たちだ。
「忠弘。」
「なんだ?」
「もう、綾乃ちゃん待たせんじゃねぇぞ。」
「へいへい。」
今度は信和が背中を叩いてくる。適当な返事をしている忠弘に翔が唇を尖らす。
「ホントそれっすよ。兄貴が早く決めてくんないとヤキモキするっす。」
「なんで翔がヤキモキするんだよ。」
「だって、翔は綾乃ちゃんが好きだったからなぁ。」
信和に暴露され、翔は顔を真っ赤にする。
「なんで言っちゃうんすか! 墓まで持っていくつもりだったのに!」
「まぁ、綾乃ちゃんは初めから大澤さんにベッタリで脈なんか無かったし、近くにいた志穂ちゃんは青井さんになびいちゃったからな。」
今度は堤井の暴露に四面楚歌の翔だったが、最近、インタビューに来た若手人気アナウンサーと仲が良いらしい。翔の春も近いのかもしれなかった。
「けっきょく酔いつぶれやがった。」
堤井は22時過ぎになって家族が車で迎えに来てくれた。信和と翔はすでに酔いつぶれていて、今もリビングで雑魚寝している。風邪をひかないように毛布を掛けてやったが、あの調子だと朝まで起きないだろう。
忠弘は自室に引き上げ、少し酔いを醒まそうとベランダに出て夜空を見上げた。まだまだ夜は冷え込む。吐き出した白い息が夜のとばりに舞い上がって消えていった。おおいぬ座α星シリウス、こいぬ座α星プロキオン、そして、オリオン座α星ベテルギウス。冬の大三角が輝いていた。今夜は雲一つないようだ。
かつて、夏の大三角に綾乃が笑顔を取り戻すことを願った。そして、その願いは聞き入れられ、綾乃は活発で笑顔あふれる女性になってくれた。それが忠弘には何よりもうれしかった。
(星よ。願いを叶えてくれてありがとう。)
忠弘は心の中で星たちに感謝の気持ちを伝えた。これからもまだまだやることはたくさんあるが、この星空を見上げれば頑張れる。そんな気がしていた。もう、二人を分かつものはない。愛する人とともに歩んでいこうと決意できるのだった。
翌日、忠弘はリハビリがてら鶴岡八幡宮に出向いた。もうすっかり松葉杖生活にも慣れ、周りに気を使われながら行動範囲を広げていた。消防署長からは完全に松葉杖なく歩けるようになるまでは休職でよいと言われている。ありがたい話だが、いかんせんヒマだ。
境内に入り、何度も歩いた敷地内を歩く。考えてみたら鎌倉育ちの忠弘は、何かといえばここへお参りにきていた。いろいろご利益はあったのだろうが、ここでのおみくじだけは運が悪いと言うのは気にしないことにしていた。なんせ、人生で10回以上凶や大凶を引いたというのは他では聞いたことがない。
お賽銭を入れて、怪我の早期完治と被災地域の早期復興を祈った。
「そうだ。」
もう一度お賽銭を投げ入れると、
(神様。綾乃を助けていただいてありがとうございました。)
手を合わせて祈った。鶴岡八幡宮の神様が守ってくれたのかはわからないが、それでも子供のころから信心深く通ったのはここだ。守ってくれるならここの神様だと思いたかった。忠弘は一礼すると、福原生花店へ向かうことにした。今日は綾乃が帰ってくるのだと聞いている。
「あ。そうだ、その前に。」
販売所でおみくじを引いてみる。思えば地震と怪我でお参りに来たのは今年になって初めてだ。奇しくも今日が今年の初詣になった。ガラガラと取り出したくじに書かれていたのは『一三』の文字、なんとなく13と言う数字が昔のホラー映画を連想させて不吉だったが、
「あっ!」
巫女から受け取ったおみくじには念願の『大吉』の文字。
「これは、今日にするしかないよな。」
苦笑いしながら鶴岡八幡宮で初めて引いた『大吉』のおみくじを大事に財布にしまった。それから、鶴岡八幡宮の入口にある大鳥居まで戻ってくると、突然、目を開けていられないほどの風が舞った。思わず目を閉じて踏ん張ると、
『よく頑張った。鎌倉の子よ!』
どこからともなく威厳のある、それでいて温かみのある男の声が聞こえた。ような気がした。
「えっ?」
驚いて振り返ったころには風も止み、何事もなかったかのように初春のあたたかな日差しが降り注いでいた。鶴岡八幡宮は源氏の守り神として創建されたものだ。もしかすると、幼少期より鎌倉の地で慣れしたんだ忠弘を、源頼朝あたりが守ってくれたのかもしれなかった。
「まさか、な。」
苦笑いしながら振り返り、もう一度本殿に向かって一礼してから帰路に着いた。
続く。
ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
\(^o^)/
この時期の野球国際大会ってなんぞや?
と、思われた方、
フィクションですので笑って許してください。
次回、最終話です。
どうぞ最後までお付き合いください。




