第三章 未来に向けて㉒ 取り戻した時間
忠弘はその時、不意に杏奈が言った言葉を思い出す。
「どうしたの?」
「昔、杏奈がさ。断言してたんだ。綾乃はこれからどんどんかわいくなる。もっともっときれいになるって。見事に当たったなって。」
「あら、それは口説いてくれてるってこと?」
イタズラっぽく笑う姿は、幼い時から変わっていないようだ。
「そういえば、杏奈ちゃんも青井君も大活躍だね。」
杏奈はあれからさらに人気を出し、今では渡米して国際的に活躍している。そしてプロ野球選手になった信和は翔や堤井と『日本! 全力一杯!!』を合言葉に決勝ラウンドを勝ち抜き、とうとう世界一に輝いたのだった。
「そうだ、志穂ちゃんの名字が青井姓になってた。おれがいた世界ではまだ二人は結婚前だったはずだ。」
「それは、本人から聞いたら? そろそろ来るはずだよ。」
まるで台本でもあるかのように病室のドアが開き、今日は私服の志穂が入ってきた。どうやら二人の話が一区切りつくまで病室前で待っていたらしい。
「失礼します!」
一礼して入ってきた志穂はベッドまで進み出ると、ビシッと敬礼した。敬礼されたからには忠弘も答礼する。ベッドの上で入院着で返す敬礼はなんだか締まりがないような気がして困惑してしまった。
「志穂ちゃん。なんの冗談だ?」
「ははは、すみません小隊長、じゃなかった大澤さん。そろそろ必要かと思って、差し入れ持ってきました。昨夜、綾乃ちゃんと一緒に作ったんです。」
笑いながら、志穂は差し入れだと言って大量の焼き鳥の盛り合わせと唐揚げを出してきた。
「大澤さんのことだから、病院食じゃ満足してないと思って。」
「うおっ! でかしたでかした!」
「あはは。お兄ちゃん、行儀悪いぞ。」
「バカ言え。綾乃も入院すればわかる。病院食が不味いとは言わないけど、少なすぎるんだよ。」
三人で談笑しながら志穂の土産を摘まんだ。そして、食べながら忠弘は聞きたかったことを訪ねた。忠弘が過去に行く前には志穂のネームバッジは『佐倉』だった。戻ってきたら『青井』になっていたのが不思議だったのだ。
「実は、大澤さんのことは綾乃ちゃんから全部聞いていたんです。」
「な、なぬ?」
思わず加えていた鳥皮のくしを口の中に刺しそうになる。志穂の話はこうだった。あの後、綾乃は自分一人では元の時間に戻らないと考えたのだ。つまり、忠弘がいた綾乃のいない『A』と言う時間軸は、忠弘が助けたことで変わり、『B』と言う時間軸に変わってしまう。そうなると忠弘は消防士になることはなかったであろうし、そうなると『B』の時間軸では綾乃と忠弘は結ばれて幸せになるかもしれなかったが、『A』の時間軸の忠弘は綾乃を失ったまま震災で命を落とすことになる。
A ――――― 忠弘Aは綾乃のいない世界で死亡
↘️
↘綾乃を助ける。
↘️
B ―― 忠弘Bは綾乃がいる世界で
結ばれるが、忠弘Aは死んだまま
そこで、綾乃は志穂にすべてのことを打ち明け、『B』の時間軸を修正するために奔走し、『A+』くらいになるようにするために助力を願い出たのだ。
A ―――― A+ 忠弘Aの時間軸に戻す。
↗
↗ 綾乃が干渉する。
↗
B ― 忠弘Bは忠弘A+へ修正される。
志穂の話を聞いていた綾乃は、時間軸に影響を与えない範囲で信和を焚きつけて、20歳になってすぐに結婚するように促したのだそうだ。そもそも志穂が綾乃の話を信じたのは、過去で綾乃を助けた時に撮った写メのおかげだった。進路の決まっていなかった志穂は、綾乃と話すうちに防災に興味を持ち始め、綾乃と忠弘を守るため、そして信和と結ばれるために消防士の道を進んだ。
「やっぱり、ラブストーリーはハッピーエンドじゃないとね!」
かつての映画で感動していた綾乃だが、年月と共に少しだけ考えは変わったらしい。綾乃は『A』の忠弘も『B』の忠弘も救いたかった。忠弘と結ばれるために忠弘を犠牲にしたくなかった。何ともややこしい話である。
「さてと、あんまり長居しちゃいけないので、お邪魔虫は帰りますね。」
志穂は差し入れたものが見付かると怒られるだろうからとゴミをまとめ、現場は気にせずしっかり休むように言うと自宅へ帰っていった。病室に綾乃と忠弘と二人、本当に久しぶりの二人っきりの時間に互いに緊張してしまう。不自然な沈黙が続いたために、思わず同時に笑い出してしまう。
「へへ。」
「ふふ。なんか改まると緊張しちゃうね。」
「そうだな。」
「大変だったんだよ。野球を続けたいっていうお兄ちゃんを消防士になるように誘導したり、志穂ちゃんと青井君くっつけたり、翔を焚きつけてプロを目指させたり、その合間にお兄ちゃんを助けるために何ができるか考えて、一杯勉強したんだから。」
忠弘の中に新しく流れ込んできた記憶。その中での綾乃はまさに東奔西走という動きを見せていた。不自然に感じていた記憶のすべてが繋がっていく。そうだ。この時間軸ではプロ野球選手を目指そうとしていたのだった。それを、綾乃に『誰かを助けるために一生懸命になれる』姿が好きだということを散々言われてその気になって消防士を選んだのだ。今考えれば、すべて綾乃の手のうちで転がされたということだ。
突然、携帯電話が鳴ったために、慌てて綾乃がそれを取る。病院内で鳴らしてしまったことが気まずかったのだろう。慌てた姿がかわいかった。大人になっても綾乃は綾乃だった。
「ゴメン、お兄ちゃん。機材トラブルがあったみたいだからちょっと行って来る。」
「ああ、おれのことは気にするな。どうせしばらくなんにもできないからな。」
「うん。ゆっくり休んでね。」
綾乃はそう言うと、忠弘にキスをして、
「いってきます!」
少し顔を紅くして病室を出ていった。元気になってからの綾乃はもともと行動派だ。今日も元気いっぱいに被災者たちを助けるのだろう。
「兄貴の言った通り、おれは一生綾乃の尻に敷かれるんだろうな。」
そうつぶやいた忠弘に、窓の外からの冬の柔らかな陽差しが降り注いでいた。その心地よさに包まれながら、忠弘は幸せな気持ちで眠りに付くのだった。
終章へ続く。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
\(^o^)/
序章から続いた令和関東大震災の後日談でした。
さぁ、物語はいよいよ終章へ突入です。
忠弘と綾乃、
二人の小さな恋の物語。
また、引き続き読んでやるぞ!
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次回もどうぞお楽しみに!




