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第一章 声を失った少女④ 最初の出会い

 忠弘は駅前で杏奈と別れると、改札前を通り過ぎて鎌倉駅の反対側に移動した。アルバイト先の福原生花店は、鎌倉学院のある西側から、駅を挟んだ東側、小町通りの一角にある。ここは連日観光客でにぎわう場所だが、一般のお寺もあり、お墓参りに行く人や各観光地からの注文も多く、個人経営の生花店としては繁盛していた。


 高校に入って何かアルバイトをと考えていた忠弘だったが、小町通りをブラブラしているときに、通りで生花店をしていた叔父の福原和元(ふくはらかずもと)に見つけられ、なしくずし的に働くことになったのだ。


 忠弘にしてみれば、社会経験だからアルバイトは何でもいいと考えていたし、和元にしてみれば、とにかく若い戦力が欲しかったようだ。和元の妻・香織(ふくはらかおり)も明るく気さくな女性で、生花のことなど知らない忠弘に一から教え込んでくれた。


 働き始めて1年が過ぎたが、今ではすっかり戦力として定着している。子供のいない二人は甥の忠弘をかわいがり、演劇部の小道具としてドライフラワーを作ってくれたり、祝日前には夕食をご馳走するだけでなく、使っていない客室を忠弘用に開放してくれたりした。忠弘の両親としても、親戚の家でアルバイトするのであれば安心だったらしく、こき使うように言って和元たちに任せていた。


 いつも通り小町通りに入り生花店前まで来ると、店先に出してあるベンチに8歳か9歳くらいの女の子がちょこんと座っているのが見えた。このベンチは観光客が休憩できるように和元が設置したものだ。観光に遊びに来た子かと思ったが、どうにも表情が暗い。抱えたウサギのぬいぐるみがやけに大きく見えた。


「こんにちは。」


 忠弘は笑顔であいさつしたが、女の子はニコリともせず、無表情のまま視線を落とした。知らない人に声をかけられて不審がったかもしれないと、たいして気にもせずに店の中に入った。


「お疲れ様でーす!」


 中に入ると、和元が何やら電話で誰かと話をしているようだ。忠弘は会釈すると、三階の部屋に荷物を置き、店の制服代わりのエプロンを身に付けて早々に店に出た。香織は不在しているのかいる様子がない。今、来客があれば忠弘しか対応できないのだ。


 カウンター脇のホワイトボードはメモ代わりになっていて、配達に出る時などは書置きをするルールになっている。香織はどうやら近所の結婚式場に配達に出ているようだ。


 福原生花店は三階建てになっていて、一階は店舗と事務所。二階はリビングとダイニング、風呂トイレ。三階には夫婦の寝室と忠弘用の部屋、そして、来客用の個室がある。来客用と言っても、商談は一階の事務所で行うため、ほとんど使われたことはない。


「すみません。お墓参り用にお花をいただきたいのですが。」


 そう言って、老夫婦が来店したため忠弘は接客に入った。その視野の片隅で、入り口のベンチで足をブラブラさせている先ほどの女の子が目に付いた。


(まだ、お迎えが来てないのか。どこかで並んで買い物でもしているのかな?)


 小町通りにはお土産屋だけでなく甘味処も多い。原則、食べ歩きは禁止にされていて、店の中で食べることになっているが、混雑している時は店先のベンチなどを利用する人も多い。はす向かいのソフトクリーム店は、濃厚な抹茶味のソフトクリームを出すことが有名でよくテレビの取材が入る。そこの店主は和元と仲がいいため、店先のベンチを使わせることもあるのだ。


 器用に花束を包むと、忠弘は会計を済ませて店先まで老夫婦を見送った。その時も、女の子はウサギのぬいぐるみを抱えながら足をブラブラさせていた。


「可愛いぬいぐるみだね。今日は観光で来たの?」


 忠弘が話しかけると、女の子は相変わらずの無表情のまま首を振った。


「そうなんだ。この辺りに住んでるの?」


 しかし、女の子は再び首を振り、ぬいぐるみを抱きしめた。そのしぐさが軽く拒絶を示していることが感じ取れたため、気まずくなった忠弘は頭を掻きながら、


「このベンチはみんなのために用意したものだからさ、お迎え来るまで好きなだけ使っていいからね。」


 優しくそう言うと店の中へ戻った。今日は忙しかったのだろう。納品された生花がそのままになっていたので、忠弘は茎を整えて店内に陳列していった。もうすっかり手慣れた作業だ。


 季節的にお墓参りが多いため、お供え用の生花を整えては陳列していった。そうしている間に電話を終えた和元が店内に戻ってきた。


「悪いね。取引の電話が長引いちゃった。」

「お疲れ様です。店長、納品されていた分は勝手に出しちゃいました。確認だけしておいてください。」

「ありがとう。なに、忠弘は手先が器用だからな。もう問題ないと思ってるよ。」


 笑顔でそう言いながら、和元は店内を見回した。


「あれ。女の子がいなかったか?」

「ああ、外のベンチに座ってましたよ。ぬいぐるみ持ってた子ですよね。」


 そう言って外のベンチに目をやると、女の子は相変わらず足をブラブラさせながら座っていた。


「綾乃ちゃん。ちょっとこっちにおいで。」


 和元に促されながら、先ほどの女の子が店内に入ってきた。


「この子は石山綾乃ちゃんと言ってね。今、小学校4年生。いろいろあってうちで預かることになったんだ。週明けから南小に通うことになっているんだが・・・。」


 紹介されたが綾乃は相変わらず下を向いている。忠弘は綾乃の前にしゃがむとにっこりと笑って見せた。小学校4年生ということは10歳になる年齢だ。綾乃は思っていたよりも身体が小さいのかもしれない。もう少し幼く見えてしまった。


「こんにちは綾乃ちゃん。おれは大澤忠弘、店長の甥っ子でここでアルバイトしてるんだ。これからよろしくね。」


 そう言って握手をしようと手を差し伸べたが、綾乃は目線を落としたまま動こうとはしなかった。


「はは。ちょっとシャイなんだが、よろしく頼むよ忠弘君。」

「わかりました。」

「すまんな。」


 苦笑いしながら和元は仕事に戻っていった。綾乃は挨拶が済んだと判断したのか、再び店先のベンチに座り、足をブラブラし始めた。



続く。

本編の主人公、忠弘と綾乃のファーストコンタクトでした。

二人を中心に物語は進んでいきます。


高校2年生の忠弘と小学4年生の綾乃。

無表情の綾乃を何とかしようと考えて、忠弘はさまざまな行動しようとします。


小さな恋の物語、

また、引き続き読んでやるぞ!

頑張れよ! と応援いただける際は、

ぜひ、いいねとブックマークと高評価での応援をよろしくお願いいたします。


次回もどうぞお楽しみに!

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