第三章 未来に向けて⑬ 葬儀告別式
それから、あわただしく時間が流れた。連絡を受けて和元と香織や、忠弘の家族も駆けつけた。鎌倉中央病院に運び込まれた時はすでに手遅れだった。医師によって死亡が確認され、綾乃の身柄は霊安室へ運ばれた。その後も葬儀の準備や知人への連絡、信和や杏奈たちには幸政が代わりに連絡をしてくれた。忠弘はずっと綾乃の亡骸の前で動かなかった。
医師の話では、地面で頭を打った瞬間には意識はなくなっていて、痛みや苦しみを感じることはなかっただろうと伝えられた。その事だけが、ささやかな救いだった。死因は頭を強く打ったことでのショック死だということだった。
葬儀当日、街の葬祭場には『故 石山綾乃 儀 葬儀式場』と書かれた看板が立てられ、式場関係者が慌ただしく動いていた。
「忠弘! ちょっと、あんた大丈夫?」
会場内に入ってきた杏奈が忠弘に声をかける。生気のない顔、そして目はうつろだがしっかりと前を向いていた。
「ああ、杏奈。忙しいのに来てくれてありがとう。」
「バカ! そんなのいいって。」
「綾乃に、会ってやってくれないか。」
忠弘は式場内に杏奈を案内した。大扉からまっすぐの祭壇には、綾乃の笑顔の遺影が飾られて、その周りを色とりどりの花が囲んでいた。この数日、忠弘が無心に造ったフラワーアレジメントだ。香織たちの制止も聞かず、ほとんど寝ずに作り続けた。そうしなければ、何かに一心不乱に取り組まなくては発狂してしまいそうだった。そうやって心を必死に押さえ付けていたのだ。
そして、その祭壇の前に棺が設置され、その傍らでは志穂がずっと泣いていた。その隣で信和が背中をさすって慰めていた。座席には翔が呆けて座っていて、じっと遺影を見つめていた。杏奈はゆっくりと棺に近付くと、綾乃の顔をのぞき込んだ。
綾乃は、まるで眠っているかのようにきれいな顔でそこに横たわっていた。ピンクのオフショルにダークグレーのプリーツスカートを身に着けているという。あの日、綾乃と誕生日を祝ったときの服装だ。香織が装束は似合わないと葬儀社に話して着せたものだ。
「綾乃ちゃん。どうして、なんでよ・・・。」
その姿を見た瞬間に杏奈が崩れ落ちる。
「きれいな顔してるだろ。ほんのちょっと打ちどころが悪かっただけなんだ。傷なんてひとっつもない。きれいなままだよ。」
「うん。」
「ただ眠ってるだけみたいなのに、もう返事をしてくれないんだ。嘘みたいで信じられないよ。」
忠弘は棺に歩み寄り、そっと綾乃の頬に触れた。もう、温かいぬくもりはない。恐ろしいほど冷たい。その冷たさが一層忠弘の心も冷たくしていった。
「14年。たった14年だ。震災で両親も家も失って、やっと笑顔になってくれたのに。おれは、守ってやることができなかった。必ず守ってやるって約束したのに。あの時、もっと早く待ち合わのせ場所に行っていたら、今日は家に迎えに行くから待ってろって、一言でも伝えていたら・・・。」
忠弘はこぶしを握り締める。わずか14年の生涯、だが、その14年の間に両親と故郷を失った。その事実は決して消えない。そして、せっかく笑顔を取り戻し、これからたくさん幸せになろうと言う時になって、命を落とすことになってしまった。忠弘は心に残っていた疑問を口にした。
「・・・綾乃は、幸せだったのか?」
杏奈は立ち上がり、綾乃に触れる忠弘の手に自分の手を重ねた。
「バカね! 幸せだったに決まってるでしょ。あんたが、綾乃ちゃんを目いっぱい幸せにしたんでしょう。綾乃ちゃんだって、あんたがいたからあんなに元気に・・・。」
それ以降は、もう涙で言葉にならなかった。そして、時間となり、綾乃の葬儀が執り行われた。翔や志穂だけじゃない。たくさんの友人たちや担任など学校関係者。和春はじめ、小町通りの関係者。共に甲子園に行った野球部関係者や演劇部関係者。たった14歳の少女のために、これだけたくさんの参列者が集まり、綾乃の笑顔の遺影を前に涙を流した。
「失礼します。」
「あ、あのお姉ちゃんだ!」
「こら!」
会場に、小さな男の子を連れた女性が入ってきた。綾乃の遺影を見るなり、母親の方は泣き崩れてしまう。それがあの事故の時の男の子とその母親だとわかった忠弘は、そっと立ち上がると、母子の元に歩み寄った。
「こんにちは。わざわざお越しいただきありがとうございます。」
「この度は、申し訳ありません。私が、私がこの子をしっかり見ていなかったために。本当にすみません。」
そう言って泣き続ける母親に、
「あの子は、綾乃は周りの誰も気が付かなかった車の暴走に気が付き、多分、考えるよりも先に飛び込んでいたんだと思います。あの子はそういう子でした。お子様が無事で何よりです。綾乃はそれを一番喜んでいるはずです。」
そう声をかけた。そうだと思う、綾乃はたとえ自分が命を落としても、男の子が守れたのならいいやと言える人だ。忠弘は膝を付くと男の子に目線を合わせた。男の子も幼いながらに綾乃が死んでしまったことは理解しているのだろう。申し訳なさそうな顔をしていた。忠弘は男の子の方に手を置いて微笑んだ。
「僕のせいで、ごめんなさい。」
「ううん。君が無事でよかったんだよ。それから、青信号でも怖いことがわかったよね?」
「うん。」
「じゃあ、君がお友達に、青信号でも車が来ることもあるから、右と左を見てから渡るのがいいって教えてあげてね。そしたら、お姉ちゃんはきっと喜んでくれるよ。」
「うん! 約束する。」
母親にはもう気にすることはないと声をかけた。母子は焼香を済ませて会場を出ていったが、母親は最後まで泣き続けていた。その後も、経が流れ焼香が続く間、忠弘は背筋を伸ばし、まっすぐに綾乃の遺影を見つめていた。泣くこともなく、取り乱すこともなく、ただ、まっすぐに見つめた。
出棺前、参列者が棺に供花を添えていく。その時、香織が一着の洋服を持ってきた。それは、忠弘が綾乃の11歳の誕生日にプレゼントした水色のワンピースだ。綾乃はそれを気に入ってよく来て見せてくれた。ふわりとなびかせて駆けまわる元気な綾乃。そんな無邪気な姿が思い出された。
「これ。中学生になって背も伸びたからもう着られなかったんだけど、これは初めてお兄ちゃんがくれた大切な洋服だからって、ずっと大事にしまってて、いつか自分の娘に着せるんだなんて、そう言って・・・。」
泣きながら香織が棺の中にワンピースを入れる。参列者で知るものは、誰もがそのワンピースを着たかわいい笑顔の綾乃を思い出していた。
「あの、これ。」
志穂が信和や翔、鎌学野球部のメンバーと一緒に、鎌学野球部の帽子を持ってきてくれた。甲子園のあと、みんなから名誉部員として渡した帽子だ。
「ありがとう。入れてやってくれるかな。」
忠弘に言われて、志穂が代表で帽子を棺に入れる。
「綾乃ちゃん、やだよぉ。」
志穂は綾乃の顔の近くに帽子を添えると、また泣き崩れてしまった。信和や翔たちが支えてようやっと立てるくらいだ。志穂も翔もまだ14歳だ。友人の死を受け入れるには若すぎた。志穂は悲しくて胸が張り裂けそうで、ずっと鳴きながら胸元を押さえていた。翔は現実が受け入れられないのか、涙をこらえながらずっとこぶしを握り締めていた。
そして、とうとう棺に蓋をする際、忠弘は綾乃に歩み寄り、そっとお別れのキスをした。
「綾乃、ゴメンな。・・・大好きだよ。」
そして、白布に覆われた蓋が閉められた。和元が位牌を、香織が遺影を持って歩き、忠弘たちに支えられた棺は霊柩車に乗せられた。葬儀式場を出る時に、少しずつ雨が降り始めた。
続く。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
若い方の葬儀、
遺影を見ると胸が苦しくなります。
つらい回が続きますが、
引き続きお付き合いください。




