第二章 乙女心と鈍感過保護㉘ 卒業式にて
その日の夜、鎌学の文化祭ポスターのことなどを信和に電話すると、
『そう言えば、あの志穂ちゃんって子、人懐っこくてかわいかったな。』
と、志穂の話題になった。単純な信和は褒め上手な志穂にすっかりデレデレしたみたいだ。
「人をロリコン扱いしといて貴様もかブルータス。」
『子供は素直でかわいいよなぁ。』
「おまえにもかわいい妹さんがいらっしゃるだろ。」
『どこの優美がかわいいって????』
信和には優美(あおいゆみ)と言う5歳年下の妹がいる。今年14歳の中学二年生だ。綾乃とは、来年になれば鎌倉南中学でいっしょになる予定だ。優美は活発で頭もよくはっきりした性格だ。信和自身、優美には頭が上がらず、忠弘が遊びに行ったときの信和は妹にタジタジだったのを覚えている。おまけに優美は杏奈に負けず劣らずの美少女で、秘かに付き合いたいと思っている男は多いと聞く。
「志穂ちゃんは優しくて純粋な子だからな。がっかりさせるようなことするなよ。」
『うるせー!! おれはファンを大事にする男だぜ?』
「へいへい。」
もうすぐ綾乃たちの卒業式だ。綾乃からは卒業記念にどこか連れて行けと言われているので、春休みを利用して旅行でも行こうかという話になっている。もちろん、和元たちもこの時ばかりは店を休んでいっしょの予定だ。信和や志穂を誘ってみてもいいかもしれないなと考えていた。
「信和。綾乃たちの卒業式の日は開いてるのか?」
『たぶん、練習もないはずだ。開いてるぜ?』
「いっしょに卒業式に行くか?」
『マジで言ってる?』
「ああ、志穂ちゃんも喜ぶだろ?」
ダメもとで誘ったので意外ではあったが、信和は二つ返事でOKしてくれた。卒業式の後は、そのままこまち茶房で食事をする予定を立てた。もちろん、志穂の両親が良ければという話だったが。
3月下旬。今日は鎌倉南小学校の卒業式だ。綾乃はミディアムグレーに裾口がダークグレーになったツートンカラーのワンピース型の正装をしていた。胸元の大きなリボンがとてもかわいらしく、
「綾乃。すっごくかわいいね!」
忠弘は携帯を取り出しては何枚も写メを撮っていた。それもそのはず、この服装は綾乃と香織と三人で買いに行ったものだ。香織はピンク色の乙女チックな物を勧めていたが、忠弘は大人っぽくなってきた綾乃にはシックな方がいいと勧めてみたのだ。そのデザインをすっかり気に入った綾乃は、グレーのワンピースを選んだのだった。
「さすが忠弘くんの方が綾乃ちゃんの好みを良くわかってるわ。」
「へへ、すみません。」
目論見通り、綾乃の今日の姿は大人っぽくもあり可愛らしさもあり、モデル顔負けの姿はイメージしたとおりだった。。
初めて綾乃と会ったあの日、何もかも失い、絶望の黒い渦の中にいた綾乃。失声症で声も出せず、この世の総てに失望していた。それが、こんなに明るくかわいく笑うようになった。ずっとそばにいた忠弘にはそれが何よりも嬉しかった。そのために、自分でも自覚できるが止められないくらいハイテンションなのだ。
「ホントにかわいいぞ! 小町通り中に綾乃がかわいいことを呼び掛けたいくらいだ。」
「絶対やめて。ホント、過保護なんだから。」
綾乃が苦笑いして断ったが、小学校に着くまで終始デレデレの忠弘に、校門で合流した信和も会うなり、
「鼻の下伸び過ぎだぜ、お兄様。」
と、あきれ顔で言ったが、
「信和~。うちの綾乃ちゃん、超絶美少女だろ~。」
締まりのない忠弘に、信和だけでなくみんなが頭を抱えるのだった。
学校内に入り、綾乃は教室へ、忠弘たちは体育館の親族席に移動した。定刻通りに式は始まり、クラッシックの曲と共に卒業生が入場してきた。綾乃は胸を張って堂々と歩いていた。親族席の忠弘に気が付くと、周囲にバレないように一瞬だけだったがウィンクして応えてくれた。
「ちょ、おまえ早すぎだって。」
「だっでぇ。」
綾乃のウィンクの瞬間、ここに来たときのあの無表情ですべてに絶望した瞳をしていた綾乃が、この二年半であんなに明るい元気な女の子になってくれた。その過程をずっと見てきただけに、忠弘の涙腺は真っ先に決壊したのだ。
そして、続いて翔が堂々とした入場を見せてくれた。初めて会った時よりもすっかり身長が伸び、六年生最後の夏の大会は、全国大会こそ逃したものの、鎌倉南ファイターズを関東大会ベスト4まで導いてくれた。中学でも野球をやると言っていたので、また忠弘と練習する日もあるだろう。
翔のすぐ後ろから志穂が入場してきた。紺のブレザーにグレー基調のチェックのスカートと共生地のネクタイ姿、そのガーリーな姿がいつにも増して可愛らしかった。信和が来てくれたのに気が付き、嬉しそうに微笑むと遠慮がちに小さく手を振ってくれた。
「あうっ!」
その可愛らしさにやられた信和は、どうやら胸を撃ち抜かれたらしい。卒業生が全員着席すると、式次第に則り、教頭先生から卒業式の開式が宣言され、全員での国歌斉唱のあと、いよいよ卒業証書授与へ移った。
「石山綾乃。」
「はいっ!」
元気よく立ち上がった綾乃は、壇上へ上がり、校長先生から卒業証書を受け取った。一人一人の順番はほんのわずかな時間かもしれないが、その時間が、子供達の成長の報告の場でもあり、親族席の保護者達は、これまでの子育てを思い返して涙を流した。綾乃が卒業証書を受け取って振り返った瞬間、今度は香織が潰れた。夫の友人の子を引き取るというのは、計り知れない葛藤もあったであろう。この2年半、忠弘に劣らず綾乃に寄り添い、いい母娘関係を築けたのだろう。香織の涙が何よりの証拠であった。
「香織さん。この二年半、本当にお疲れさまでした。」
「うん、うん。忠弘くんのおかげよぉ。」
その後の校長先生の長い長いお話があり、来賓挨拶、記念品贈呈などと進み、滞りなく卒業式は終了した。校舎から出てきた綾乃は、校庭で待っていた忠弘たちを見付け駆け寄ると、いつもの通り忠弘に飛び込んできた。何度も受けた綾乃の飛び付きは、成長と共にズシンと重くなっている。それも彼女の成長だと思えば嬉しかった。
「卒業おめでとう!」
「ありがとう!」
綾乃はそう言ってほほ笑むと、
「お兄ちゃんがずっとそばにいてくれたおかげだよ。震災の後は、こんなに卒業式が嬉しいものになるなんて考えてもいなかったんだ。お兄ちゃん、いつもそばにいてくれてありがとう。大好き!」
そう言って腕を組むのだった。
「あれ? お兄ちゃん??」
返事がないと思って綾乃が忠弘を見上げると、号泣という名にふさわしく、感動の涙が止まらない忠弘だった。返事もできないほどの泣きっぷりに、耐えられなくなった綾乃はお腹を抱えて笑うのだった。
「ちょっと、お兄ちゃん泣きすぎだってば!」
「だっでよぉ。うう、よがった。おめでとうな!」
東日本大震災から3年。絶望の淵にあった綾乃は、幸せに自然な笑顔を見せられるまでになった。月が替わればいよいよ中学生活の開始になる。未来を考えることなんてできなかった自分が、今はこんなにも好きな人、暖かい家族や友人に囲まれて笑顔でいられる。綾乃は空を見上げると、天国にいる両親に小学校卒業を迎えたことを報告するのであった。
第三章へ続く。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
\(^o^)/
言葉も出せず、
感情を表に出すことすらできなかった綾乃が、
とうとう小学校卒業式を迎えられました。
実際に被災されたお子様たちも、
それぞれの思いを胸に大人へなっていかれたと思います。
震災からもう10年以上が過ぎましたが、
それぞれの心の中で、
癒された傷、癒されていない傷があると思います。
改めてお見舞いを申し上げるとともに、
これからの長い人生を、
できればもう災害に遭うことなく、
少しでも穏やかに過ごしていっていただけたらと願うばかりです。
第三章は、
次第に大人になっていく綾乃と、
その綾乃を思う忠弘の苦悩を描いていきます。
そして、
大事件が発生します。
また、引き続き読んでやるぞ!
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次回もどうぞお楽しみに!




