第二章 乙女心と鈍感過保護㉗ 再スタート
綾乃の頑張りのおかげで、忠弘は翌日、福原生花店に行き久々にバイトに精を出し、週明けから野球部の練習にも参加した。信和がいろいろと根回ししてくれたのだろう、監督はそこまで怒ることはなく、軽く注意するにとどまった。どうやら、怪我が原因で自信を失ってしまったためにグラウンドに立てなくなったとか、そう言うメンタル的なことを伝えてくれたようで、大きなお咎めはなく、先輩たちも無理をしないように声をかけてくれた。練習後に着替え終わると、
「今度、なんかおごれよな。」
と、信和が耳元でぼそっと言ったので苦笑いするしかなかった。元通りの生活に戻るのは早かった。野球でも結果を出し始めた忠弘だったが、少し変化も見られた。今まで投手として練習をしてきたが、鎌倉学院大学は選手層がまずまず厚い。投手一本よりも守備に回った方が出場チャンスがあるのではないかと、得意の外野だけでなく、二塁手や遊撃手の練習もするようになった。
このコンバートが上手くいき、忠弘は二塁手を任されることが多くなった。二遊間は守備力が高ければそれだけ相手の安打を凡打に変えることができる。終盤接戦になればマウンドに上がった。いくつもの試合で結果を残すことができ、来年以降も期待されながら年度末を迎えることが出来そうだった。
あの日の出来事以降、気まずくなるかと思いきや、綾乃はよりいっそう遠慮がなくなった。自分が杏奈の後の彼女候補になるんだと、忠弘への積極的なアプローチが続いた。まだまだ子供だと思って軽くかわしているが、二人の仲睦まじい姿は恋人のようにも見え、兄妹のようにも見え、周囲からは暖かい目線が送られていた。
何度か、大学内で忠弘にアプローチしてくる女の子はいたが、忠弘はそのすべてを断っていた。学祭でミスコンに選ばれた三回生の先輩を振った後のことだ。
「お前も律儀っちゃ律儀だよなぁ。」
「何がだよ。」
「綾乃ちゃんがお前にベッタリなのは前からだけどさ。あの子に操立てしてミスコン優勝者を振るんだから大した男だよ。このロリコン。」
「コンコンうるせぇ。最後の一言だけ余計だ!」
信和に軽く蹴りを入れながら帰り道を歩いた。今日は練習もないので、福原生花店でアルバイトの予定だったが、出勤前に小町通りで何か食べようという話になったのだ。
「あ、お兄ちゃん!」
通りに並ぶ店を見ながら何を食べるか迷っていると、綾乃が志穂と一緒に駆け寄ってきた。ちょうど学校が終わって二人で遊んでいたようだ。
「こんにちは。」
「こんにちは。志穂ちゃん、いつも綾乃と遊んでくれてありがとう。」
「いえいえ。」
駆け寄った綾乃はさっそく忠弘に腕組みしてきた。本当に最近は遠慮がない。人目をはばからずベッタリするのが恒例になってきている。そんな綾乃を志穂はニコニコ見ている。
「これからバイト?」
「うん。その前に、信和と一緒になんか食べようかなって話してて。」
「私たちも一緒に行っていい?」
「はいはい。信和、いいよな?」
忠弘が聞くと、信和はこちらは志穂とは違った意味でニコニコしながら、
「おう。姫の仰せの通りに。」
なんて言って意味ありげに笑っていた。それが冷やかしだということは忠弘以外はわかっていないようだ。四人は近くのファストフード店に入った。傍から見るとこの四人はどう見えているのだろうか。兄妹二組と見えるのかどうなのか。そんなことを忠弘は考えていたが、綾乃は志穂と一緒に座席を確保し、忠弘たちと同じセットメニューを頼んだ。
「夕飯入らなくなるぞ。」
「大丈夫だもん。」
そう言ってポテトを食べる綾乃を見ながら、忠弘もハンバーガーを頬張った。
「あ、あの。鎌倉学院高校野球部の青井選手ですよね。」
志穂が遠慮がちに聞いてきた。
「そうだよ。俺のこと知ってるんだ。」
「は、はい。あの、夏の予選決勝のサヨナラホームランすごかったです。私、感動しました!」
「応援来てくれたんだ。アリガトね。」
「はい。私、青井さんのファンなんです! あの、握手してくださいっ!!」
志穂の言葉に、信和は照れ臭そうに微笑み握手を交わした。こんな小さなファンが付いていたことに驚いたが嬉しかったようだ。その後も、大学での野球の話や、甲子園の時の裏話など、志穂の知らなさそうな話をしてくれていた。志穂は目を輝かせながらそれを聞いていた。また、相づちついでに志穂が褒めるものだから、信和も悪い気はしないのだろう。デレデレしているのが丸わかりだった。
「お兄ちゃん。」
綾乃が顔を寄せてきて耳打ちしてきた。
「青井さんも、まんざらじゃなさそうだね。」
「ははは。」
あの日、綾乃が忠弘にキスをしたことは誰にも話していない。というよりも話せなかったので、次の日にしっかり口止めをしておいた。香織辺りは笑って流してくれるかもしれないが、和元や忠弘の家族は正座の上、お説教タイムが入ることが目に見えていたからだ。
出勤時間になったので、信和とは店で別れ、綾乃たちと一緒に生花店へ入った。綾乃たちは引き続き遊び、忠弘はアルバイトを頑張った。閉店時間間近になって、鎌倉学院高校の制服を着た女の子が二人店内に入ってきた。忠弘が三年生の時の新入部員の子たちで、今は二年生のはずだ。
「大澤先輩。ちょっと、いいですか?」
「おう、どうした?」
「来月文化祭があるので、そのポスターを貼らせてほしいんです。」
そう言って、A2サイズの大きなポスターを見せてきた。夏が終わり、秋も深まってきた。いよいよ冬に向けて動き出すが、今日はいい陽気である。小町通りは観光地のために季節感が出やすい、こういった学園祭の案内を引き受けるのも商店街の風物詩とも言えよう。
「ちょっと待っててね。店長、鎌学の子たちが文化祭のポスター貼ってほしいって言うんですけどいいですよね?」
店の奥にいるはずの和元に声をかけると、
「おっけぇ!」
と、かすかに聞こえてきた。どうやらトイレにでも入っているようだ。タイミングが悪かったことを心で詫びながら後輩たちに許可が出たことを伝えた。
「店長の許可が出たから貼っていいぞ。」
「ありがとうございます!」
忠弘はポスターを受け取ると、出入り口窓の内側にセロテープで貼り出した。中から貼れば大雨になっても濡れないからだ。
「今年のお題目は何をやるんだい?」
「大澤先輩みたいに脚本書ける方がいないので、今までの台本から選んでやる予定です。」
「そうか、頑張れよ。」
「はい!」
二人は深々とお辞儀をして帰っていった。自分が書いた脚本のほか、プロから取り寄せたものなど、50作以上の台本があるはずだ。それは、顧問の南塚が方々手を尽くしてかき集めてくれた功績だった。演劇は奥が深い、演者が変われば同じ台本でも物語の景色はガラッと変わるし、部員がどれだけやりたいと思っても、人数の問題などでできないことも多い。特に忠弘たちの時は部員が少なかったため、既存の台本が使えずに苦肉の策で自作したのだった。
続く。
ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
\(^o^)/
綾乃のおかげで元気になった忠弘の再スタート。
そして、志穂と信和に新たなロマンスか??
次回もどうぞお楽しみに。




