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第二章 乙女心と鈍感過保護㉖ おまじない

 しゃくりあげる綾乃の呼吸が整うまでに、たっぷり時間がかかった。その間、忠弘はずっと綾乃の髪を撫でてやった。そうすることで少しずつ冷静さを取り戻すのだった。


「少しは落ち着いたか?」

「・・・うん。」

「ごめんな。ずっと綾乃に気を遣わせていたんだな。」


 今の子はマセているというか、情報が溢れる今、野球一筋だった忠弘からしてみればずっと早熟なのかもしれない。


「綾乃の気持ちはすごく嬉しいよ。おれも綾乃のことは大好きだよ。綾乃が鎌倉に来た時には、そのままいなくなっちゃうんじゃないかって心配でしょうがなかったんだ。表情もなかったし、声も出せなかった。それが今ではこんなに感情一杯に話してくれて、周りにも気が遣える子になってくれた。それが、すごく嬉しいんだ。」

「それは、お兄ちゃんが私を助けてくれたから。」

「ううん。綾乃が一生懸命がんばったからだと思うよ。おれはきっかけを与えたに過ぎない。」


 ようやく涙も収まったようだ。少しだけ、綾乃の顔から不安な様子が無くなった気がした。


「おれはさ。兄貴はいるけど下に兄弟がいなかったから、ずっと弟か妹が欲しかったんだ。だから、綾乃が鎌倉に来て、おれと仲良くなってくれて、すごく嬉しかったんだ。綾乃はおれにとって、かけがえのない大事な人になってるんだ。そんな綾乃にも大事に想ってもらって、すごく嬉しい。」

「うん。」

「だけど、おれは綾乃の気持ちに応えることはできない。綾乃がどれだけおれを好きになってくれても、それが異性に対しての好きなのか、憧れから慕ってくれているのか、まだはっきりできないと思うんだ。」


 忠弘がそう言うと、綾乃は少し納得のいかない顔をし、


「異性の好きだもん!」


 と言ったが、その表情がすでに子供っぽくて思わず笑ってしまった。


「ははは。まぁ、ごめんな心配かけて。でも、これだけは言っておくけどさ。杏奈と別れたのは杏奈に寄り添えなかったおれが不甲斐なかったからで、綾乃のせいじゃないからな。それに、綾乃の想いは素直にすごく嬉しかった。おかげで少し元気が出たよ。」


 さっきまで心の中に合った黒い感情が、綾乃と話しているうちにすっかりなくなっていったことを感じていた。この子はきっと天使なんだ。あれだけ何日も悩み、自分を取り巻いていた黒い感情をすっかり浄化して無くしてくれた。自分の綾乃への想いが何なのかはわからない。家族愛なのか、父性愛と呼ばれるものなのか、言葉で表現はできないが、間違いなく言えることは、綾乃が自分にとってかけがえのない大事な人であるということだ。


「週明けから、また学校に行くよ。バイトも行くし、野球部の練習にも戻る。監督にはスゲー怒られるだろうけど。」

「うん。あのさ、お兄ちゃん。」

「なんだ?」

「私にも、女の子としてチャンスはある?」


 上目遣いに聞いてくる綾乃の表情が、なんだかとても大人びていて、それでいて魅力的にも見えて思わずドキッとしてしまった。あざといというか、自分がわかっていらっしゃるというか、かわいく見せる方法を無意識に会得しているのは末恐ろしいとさえ思ってしまった。


「そうだな。いつかはそう言うこともあるかもしれないな。」

「なに、それ。」


 曖昧な返事に納得がいかなかったのか、綾乃は膨れて見せた。


「そうむくれるなよ。仕方ないだろ、色々不味いんだよ。大学生が小学生と付き合うとか。」

「あー。」


 気まずそうに話す忠弘を見て、ようやく合点がいったのか綾乃がいやらしく笑う。


「そうだよねぇ。私がここに来た頃、よくお兄ちゃんロリコンに間違えられてたもんねぇ。そう言う気配が昔からあったってことだよねぇ。今、私と付き合ったらやっぱりかって言われちゃうもんねぇ。」


 じとーっと絡みつくような言い回しで言うと、綾乃は満足したのかケタケタと楽しそうに笑った。考えてみればもっともで、7歳の歳の差は今の二人には少し大きい。19歳と12歳。例えば、せめて27歳と20歳とか、35歳と28歳とか、それくらいの年齢と比べればだいぶ意味が違ってくる。


「お兄ちゃんとの最大の障害は年齢かぁ。」


 残念そうに言う綾乃を見ると、苦笑いするしかなかった。


「綾乃。」

「なぁに、お兄ちゃん?」

「ありがとな。今度、なんかお礼しなくちゃな。」

「じゃあ、一つお願いがあるんだけど。」

「なんだ? こまち茶房でスペシャルパフェとか。」

「違うよ~。おまじないするからちょっとだけ目を閉じてくれる?」

「おまじない?」


 忠弘は綾乃に言われるがまま目を閉じた。何をするのだろうかと待っていると、不意に何かが近付く感覚がしたその瞬間、自分の唇に何か柔らかい物が触れたのがわかった。思わず目を開けると、目の前に綾乃の顔があったのだ。


「お、おい!」

「へへっ、元気の出るおまじないだよ~!」


 冗談っぽく言いながらも、綾乃の顔は真っ赤だった。そして、自分がした大胆な行動に今さら恥ずかしくなったのか、


「じゃあねっ!」


 と、部屋を飛び出して階段を駆け下りるのだった。忠弘が呆然としたまま部屋に取り残されたのはいうまでもない。我に返ると頭をかきながら、


「あの、マセガキめ。」


 と言いつつも、自分も頬が熱くなり、顔が真っ赤になっているのがわかった。子供だと思っていた綾乃の大胆な乙女心に、鈍感で過保護な忠弘も思い知らされ、落ち着くまではリビングへ下りることができないのだった。一方の綾乃も、


「キスしちゃった。それも口にしちゃった!!」


 と、小声でつぶやきながら口元を手で押さえた。ドキドキが強すぎて、心臓が口から飛び出しそうなほどになっている。リビングに行くと、そんな綾乃の様子を察知したのか、


「どうかしたの? 忠弘くんは?」


 香織に言われたが、


「う、うん。お兄ちゃんは、多分大丈夫! ちょっとトイレお借りします!」


 その場にもいられないくらい恥ずかしくて、トイレに避難する綾乃であったのだ。



続く。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

\(^o^)/


マセた綾乃ちゃんの、

お兄ちゃんが大好き過ぎての大胆な行動なのでした。


淡い乙女心と鈍感な忠弘の恋の物語、

ようやくスタート地点に立ったのかもしれないですね。


今後もあたたかく見守ってやってください。


それでは、次回もどうぞお楽しみに。

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