第二章 乙女心と鈍感過保護㉔ 自己嫌悪
その後の忠弘は酷いものだった。大学の模試では散々な結果に終わり教授からこってり叱られ、野球では何度もあり得ないようなミスを連発し、挙句の果てには試合中に相手選手と交錯して手首を捻挫してしまい、しばらく休むことになってしまった。
杏奈と別れたことは、綾乃はもとより信和にも誰にも話していない。自分の中で完結させようと努力したが、思っていたよりも心のダメージは大きかったようだ。何事にも集中できない毎日が続いていた。そして、講義にはかろうじて出てはいたが、怪我が治っても野球部の練習には出なくなってしまった。最初はアルバイトも休むようになっていたが、何か状況を察したのか、香織が気分転換をしろと出勤を促した。
「おいおいおい。いったいどうしちまったんだよ。」
何度か信和が福原生花店に顔を出しては忠弘の様子を確認していたが、
「すまん、今は無理だ。」
それだけ言って練習に出ようとはしなかった。店が終わると、だいたい忠弘は由比ヶ浜に出て、砂浜に寝転がっては波の音を聞きながら星空を眺めて物思いに耽った。1ヵ月もすると、だいぶ落ち着いてはきたが、どこか心にぽっかり穴が開いてしまったような気がして、何をするにもやる気が起きなかった。
あれから杏奈からの連絡はない。何度か差し障りのない内容のメッセージを送ったが、既読マークが付くだけで返信はなかった。既読が付くということは少なくともメッセージは見ているはずだが、返信がないと言うのはつらいものだ。もう杏奈との関係は終わったとわかっているが、消化しきれていない自分の未練がましさに情けなくなってきてしまう。こんなにも女々しい男だったのかと言う自己嫌悪感も膨らんでしまう。黒い感情だ。
「おれが何をしたっていうんだよ。」
その呟きは波の音にかき消されていった。今夜は雲がなく澄んでいるようで、夏の大三角がきれいに見えていた。それが自分と杏奈と綾乃を示しているように思えた。はくちょう座のデネブ、わし座のアルタイル、そしてこと座のベガ。アルタイルとベガは七夕の主役『織姫と彦星』だ。二つの星は自分と杏奈だと思っていたが、そうではなかったようだ。何度目かのため息を吐いた時、忠弘に歩み寄る気配を感じたために身体を起こした。
「お兄ちゃん。」
こんな夜遅い時間に聞こえる声とは思っていなかったので、忠弘は驚いて立ち上がった。振り返ると、暗がりに心配そうな面持ちで綾乃がたっていた。
「こんな時間に何やってんだよ。一人で来たのか?」
「う、うん。」
「もう22時過ぎてるんだ。子供が出歩いていい時間じゃないだろ。」
勤めて冷静に言ったつもりだったが、少し語尾が強くなってしまった。こんな時間に一人で出歩いて、何かあったら一大事だ。そう心配してのことだったが、その原因が自分にあるということに思い至り、
「さ、帰ろう。香織さんたちが心配するよ。」
立ち上がって帰宅を促した。
「杏奈ちゃんと、何かあったの?」
「なんで?」
「だって、杏奈ちゃんの卒業記念パーティの後からずっと元気ないじゃん。杏奈ちゃんにメッセージ送っても、はぐらかす様な返事しか来ないんだもん。」
綾乃には返信するんだな。そんなことを考えながら、忠弘は綾乃の手を取った。自分には既読しか付けなかったが、綾乃に返信があったことに、余計に言いようのないツラさが襲ってきた。またまたの黒い感情だ。
「心配しなくても大丈夫だよ。とりあえず帰ろう。」
「でも!」
「いいから帰るぞ!」
いらだちを抑えるようにしていたが、どうしても言葉が強くなってしまう。杏奈と別れたのは綾乃のせいじゃない。そうわかっていても、心の中はぐちゃぐちゃだった。綾乃を家まで送って香織や和元に状況を説明して謝ると、しばらくアルバイトを休みたいとだけ伝え、足早にその場を離れた。忠弘を見送る綾乃の寂しそうな顔を見た時、今までにないくらいに忠弘の胸は痛んだ。
(おれ、最低だ・・・。)
その夜から忠弘は、自室に籠もって外に出なくなってしまった。
続く。
失恋から立ち直れない忠弘。
心配するもどうしていいかわからない綾乃。
それぞれの想いはどう進んでいくのか。
次回もどうぞお楽しみに。
また、引き続き読んでやるぞ!
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