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第二章 乙女心と鈍感過保護㉓ 杏奈の決意

 帰り道、騒ぎすぎてすっかり疲れたのか綾乃が眠そうにしていたので、忠弘は福原生花店までおぶりながら杏奈と三人で小町通りを歩いていた。いろいろ企画もしてくれたおかげで楽しむことができた。だが、頑張りすぎてとうとうエネルギー切れだったらしい。


「忠弘。このあと少しだけ時間取れる?」

「ああ、かまわないよ。」


 まもなく生花店に寄ると、


「あらら、寝ちゃったのね。」


 苦笑いしながら香織が出てきてくれた。忠弘は綾乃を自室まで連れていきベットに寝かせると、エアコンの除湿をかけて1時間のタイマーを設定してやった。この時期はもう蒸し暑い。ただ、風邪を引かないようにタオルケットをかけてやると、綾乃は猫のようにうずくまって眠っていた。


「ふふ。綾乃ちゃん、かわいいわね。」

「そうだな。」


 起こさないようにそっとドアを閉めると、もう遅いのでそのまますぐに帰ることにした。


「杏奈を送ってそのまま帰るね。」

「あら残念。久しぶりに杏奈ちゃん来たからお話ししたかったわ。」

「ふふ。ごめんなさい、また来ますね。」

「お仕事頑張ってね。」

「はい。ありがとうございます。」


 二人で店を出て、すっかり人の少ない小町通りを歩いた。海が見たいというので、由比ヶ浜へ向かいながら並んで歩く。こうやって歩くのは本当に久しぶりのことだ。以前は当たり前のようにやっていたことだが、今さらながらにドキドキしてしまう。


「仕事はどうなんだ?」

「順調だよ。ちょっと、忙しすぎるけど。」

「もうすっかり有名人だもんな。こんな二人で歩いていて大丈夫かな。」


 周囲を気にしながら忠弘が言う。週刊誌にでもすっぱ抜かれると、杏奈に迷惑がかかると思っているのだ。むしろ、忠弘としてはどこかからか見張られていると思って歩いている。


「大丈夫だよ。」

「とはいってもさ。どこでマスコミが狙ってるかわからないだろ。いいようにあることないこと書かれて杏奈の評判が下がったら困る。」

「忠弘は、私とツーショットで抜かれるのは嫌?」

「嫌とかいいとかじゃなくてさ。おれたちが良くても、ファンにはそう思わない人だっているだろうよ。」


 由比ヶ浜に出ると、暗がりの海にも関わらずにけっこうな人がいた。夜サーフィンをする人もいれば、海辺で花火をしながら騒いでいる人もいる。まさか、ここに人気女優・橋本杏奈が来ているとは思いもしないのだろう。


 今夜は雲一つない夜で、少しだけ欠けた月がはっきりと見えて、遠くの海面にもそれが映し出されていた。二人は海岸に続く階段に腰を掛けてとめどもない話をしていた。杏奈は最近の撮影の話や、真冬の北海道での吹雪の話、忠弘も大学生活や野球部での話をした。こんなに話したのはいつぶりだっただろうか。時間を忘れて話し続けた。


「忠弘はさ。綾乃ちゃんのことどう思ってるの?」

「綾乃? どしたいきなり。」


 突然の質問に言葉に詰まってしまった。どう思うも何も、綾乃は忠弘にとっては妹みたいなものだ。杏奈だってそれをわかっているはず、質問の意味がわからなかった。


「綾乃は、妹みたいなもんだよ。実際、店長は叔父にあたるわけだから姪っ子みたいなもんだよな。」

「綾乃ちゃんはそうは思ってないんじゃないかな。」

「え、どういう意味?」


 暗がりに月明かりで照らし出される杏奈は、思いつめた様な寂しそうな表情に見えた。杏奈はゆっくり立ち上がると、階段を三段ほど降りて振り返った。月明かりが逆光になって、いっそう杏奈の表情が見えなくなる。


「ずっと考えてたんだ。会えなくなってからずっと。」


 なぜか涙声になってくる杏奈の声に、もしかしたらと思わず忠弘は身構えた。いや、そんなはずはないと、そう考えたかったが、今夜の杏奈の様子はいつもと違う。そして、その嫌な予感は的中してしまうのだった。


「忠弘。・・・私たち、別れましょう。」


 その瞬間、何かで殴られたような衝撃を感じた気がした。心のどこかで予想していたにもかかわらず、最初は言葉の意味が呑み込めなかった。徐々にそれがわかってくると、いや、わかってくればくるほどに混乱していった。


「え、なんでそうなるんだよ。綾乃が、何かあったのか?」

「綾乃ちゃんは忠弘のことが好きよ。それは親戚のお兄さんとか、家族へ向けての好きじゃない。あの子はあなたのことを異性として、一人の男性として愛している。」

「バカ言え。綾乃はまだ六年生だぞ?」

「そう思っているのは忠弘だけかもね。」


 そう言う杏奈の顔つきを見る限り、冗談で言っているわけではなさそうだった。これまで、杏奈に迷惑をかけないように気を使っていたつもりだった。会う時間も減ったし、たまに会っても、それまでのように大っぴらに外を歩いたりはしなかった。そのことで、杏奈に寂しい思いをさせてしまったのだろうか。


「綾乃ちゃんは確かにまだ幼い女の子かもしれない。だけど断言するわ。あの子はこれからどんどんかわいくなる。もっともっときれいになって、そして、あなたを今以上に愛していく。だけど、あの子は優しいから、私たちのことを大好きでいてくれるから、自分の気持ちをぐっとこらえて我慢してしまう。私は、ゴメン。そんな綾乃ちゃんを見ながら忠弘と付き合い続ける強さも図々しさもないの。」

「杏奈・・・。」

「そして、あなたも優しいから。本当に私のことを好きでい続けてくれるから、そんな綾乃ちゃんの気持ちと私に挟まれて悩むと思う。そんなのを見るのもイヤなの。忠弘のことは好き。大好きよ。だから、好きとか恋とかのうちに終わらせておきたいの。愛になったら、私はきっと勝てないし、大好きな綾乃ちゃんを嫌いになりたくない。それに、苦しむあなたを見たくない。」

「だからって、まだそうなったわけじゃないだろ?」

「ううん。きっとそうなるわ。だって・・・。」


 とどめの笑顔の杏奈は、今まで見せたことないくらいかわいく笑った杏奈は、


「私も、忠弘と綾乃ちゃんが誰よりも大好きだから。」


 そう言って、すっと忠弘に近づくと、最後に優しくキスをして、


「ごめんね。ありがとう・・・バイバイ。」


 涙を流しながらそう言うと、忠弘を残してその場を去っていった。追いかけたいとか、別れたくないとか、終わりにしたくないという感情が心にはあった。だが、忠弘も杏奈との付き合いが長いからこそわかる。杏奈の気持ちは固い。そして、もう元には戻せないことも理解できていた。呆然と立ち尽くしながら、寄せては返す波の音だけが忠弘を包み込んでいた。



続く。

まさかの杏奈からの別れの言葉。

間に入って二人を慕う綾乃。


三人のそれぞれの思いが交錯していきます。

本当に夏の大三角のような展開ですね。


恋の三角ベースのお話はもう少し続きます。

また、引き続き読んでやるぞ!

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ぜひ、いいねとブックマークと高評価での応援をよろしくお願いいたします。


次回もどうぞお楽しみに!

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