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第二章 乙女心と鈍感過保護⑲ 杏奈の引退

 時間は戻って演劇大会直前の会場設営。いざというときにケガをした相原と、肝心な時にインフルエンザになった水田が、忠弘の熱闘に報いるべく、今日までの手伝いをしてくれていた。


 大会はと言うと、忠弘の試みがドンピシャにはまり、審査員だけでなく、会場に集まった他校の演劇部員や来場した関係者も、舞台で繰り広げられるミステリーに引き込まれていった。なんせ事件のシーンは黒服を身につけさせ、照明を被害者にスポットして犯人が誰だかわからないような演出をした。これは、某少年探偵アニメを参考にした演出だ。


 前半の40分を事件編、後半の20分を解答編として構成し、主役の探偵OL役の涼代が事件の真相を暴いていった後半部分は特に緊張感が走り、会場を盛り上げていった。


「最優秀賞は、鎌倉学院高校演劇部の『太陽と月の交響曲』です。」


 全参加校が2日間の演技を終え、表彰式において発表がなされた。この結果、鎌倉学院高校は11月の関東ブロック大会に進み、そこでも成績が良ければ、来年夏の全国大会に出られるのだ。


「みんなお疲れさま。大澤も、野球部終わったあとだっていうのにご苦労だったな。」


 顧問の南塚がみんなを労ってくれた。南塚の話では、この県大会の成績は他にだいぶ大差をつけての最優秀だったようだ。脚本の構成と演出が高い評価を受けたらしい。


「さて、11月の関東ブロック大会なんだが、進学組の三年生は受験に専念したい者は今日で引退になる。」


 しかし、涼代も理恵も忠弘も、進学を考えてはいるが関東ブロック大会も頑張るつもりではいた。しかし、杏奈はそうもいかないようだ。事務所から参加していいのは県大会までという条件が付けられてしまっている。関東ブロック大会に関しては、映画撮影などと重なるために許可できないということだった。いわば、今日が鎌倉学院高校演劇部員としての最後の日になってしまった。


「杏奈、お疲れさま。杏奈がいろいろアドバイスしてくれたおかげで最優秀賞が取れたな。」


 忠弘が声をかけると、杏奈は残念そうに頷いた。


「うん。だけど、できればブロック大会までやりたかったってのが本音かな。」

「そうだろうな。でも、杏奈はもう一般人とは違うんだからさ。今抱えているドラマや映画の出演に集中しなよ。こっちはこっちで何とか頑張るからさ。」


 『一般人』というキーワード。忠弘は別に何も気にせずに口にした言葉だったが、杏奈は自分と忠弘の間に大きな距離ができてしまったような気がしてしまった。もちろん、忠弘がそう意図しているわけではないことは十分に良くわかっているが、それでも、大好きな忠弘から言われると、それがそのまま二人の溝になっている気がしてしまう。


 もう、忠弘と二人で小町通りでデートをすることはなくなっていたし、こまち茶房でのアルバイトもとっくに辞めた。自分が選んだ道とは言え、杏奈はさみしく思ってしまった。


「どうかしたのか?」


 気持ちが表情に出てしまっていたのだろう。忠弘が心配そうに声をかけて、自分の顔をのぞき込んでくる。杏奈はせめてそれが伝わらないように笑顔を見せ、


「何でもないよ。ブロック大会頼むね。」


 と言うのであった。その笑顔が何か痛々しかったが、忠弘も精いっぱいの笑顔でうなずくしかできなかった。



 11月の関東ブロック大会になると、さすがに各地区を勝ち上がってきた演劇部だけあって、引き込まれるような舞台を行う学校が多かったが、そんな中でも忠弘たちの『太陽と月の交響曲』は好評で、かなりの高点数で最優秀賞を勝ち取り、見事に全国大会出場を決めたのだった。歓声に包まれる表彰式の中、そこに杏奈の姿はなかった。


『鎌倉学院高校・大澤忠弘、甲子園に続き演劇祭でも全国出場!』


 いくつかのスポーツ紙が、忠弘のことを取り上げていた。杏奈はそれを事務所で見ることになり、一躍時の人になった忠弘の記事を見て、寂しく微笑むのだった。


「お兄ちゃん。すごいことやっちゃったね。」


 今日は忠弘の家で演劇部メンバーなどを呼んで祝勝会が開かれていた。野球部も集まって、30畳あるはずの大澤家のリビングは高い人口密度になっていた。芙美は、香織や涼代たちといっしょになって料理を作ってくれた。


「ホントだよな。野球部と演劇部、運動部と文化部両方で全国行くって聞いたことないぞ?」


 信和がコーラの入った紙コップを片手にニコニコ笑っていた。


「野球部も頑張ったじゃないか。」

「コーチがいいからな。」


 信和がしごきにしごいた新生鎌学野球部は、秋の大会も勝ち上がり、関東大会でベスト4まで進んだ。上手くいけば、来年春の選抜甲子園に出られるかもしれなかった。


「そうだ。綾乃ちゃん、頼まれていたもの持ってきたよ。」

「わぁ。ありがとうございます。」


 綾乃が信和や相原から何かを受け取っていた。


「それは?」

「お兄ちゃんが甲子園出た時のスポーツ新聞。ダブって買ってたものを譲ってもらったんだ。演劇部のことが書かれているものと合わせてスクラップブック作るの。」


 綾乃は胸に抱えながら嬉しそうに言うのだった。


「そうだな。新聞に載るなんてなかなか機会ないからな。次に載るのは手配写真だったりして。」

「おい、こら。」

「ははは。」


 そんなくだらない話で盛り上がっていたところ、理恵が残念そうな顔で近寄ってきた。


「杏奈、やっぱり来れないって。」

「そうか。まぁ、仕方ないよな。ドラマと映画、それにCMも入ってるんだろ? もう、超売れっ子じゃん。」


 杏奈は映画の撮影が一段落すると、休む暇もなく連続ドラマの撮影に入っていた。映画なんかは撮影が完了して終わりではない。それのPRのためのイベントやテレビ出演が入ってくる。CMの起用が決まるとそれも各種イベントが入るようになるだろう。まさに不眠不休で頑張っているはずだ。もう、杏奈と会わなくなって久しい。学校でも最低限の授業を出ては、事務所の人が迎えに来た車で撮影現場に行っている。夜電話をすることもなくなり、数日に一度メッセージの交換をするくらいだ。


「有名人を彼女に持つと大変だね。」

「はは。彼氏らしいことなんてなんもできてねーよ。」


 クラスでもそんなことを笑って話しているが、忠弘にもどうしようもないことだ。それに、杏奈が芸能界でうまくいっているのは嬉しいことだったし応援もしている。『橋本杏奈ファンクラブ』ができた時にも真っ先に入会したくらいだ。会えない分のせめてもの忠弘の応援だった。



続く。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


文化部と運動部両方で全国出場。

そんな方って実際にはいたんでしょうか?


軽く調べたんですがわかりませんでした。

ご存知の方いたら、ぜひコメントで教えてください。


新しい年を迎え、

ここから物語は少しずつ動き出します。


次回もどうぞお楽しみに!

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