第二章 乙女心と鈍感過保護⑰ 鎌学旋風
9月下旬。忠弘は野球部を引退して演劇部へ復帰していた。秋の公演は忠弘たちにとって最後の大会である。今日はその本番の日だ。忠弘は脚本と演出を手掛け、杏奈は演出補助を行った。今回もオリジナル物語を忠弘が執筆し、杏奈がそれを演劇仕様にアレンジしているのだ。今回はミステリー。ある殺人事件を巡って、物語が進むとともに観客にも考えさせながら進めるという趣向にしてみた。前半の40分を事件編、後半の20分を解決編、といった具合だ。高校演劇では前例があまりない分、上手くいけば大きく評価されるはずだ。
杏奈はあれからも続けてドラマ出演を果たし、最近ではバラエティに出演したり、清涼飲料水のCMも決まったようで多忙を極めていた。忠弘と会う時間が少ないのは引き続きだが、学校に来ることもまれになってきてしまっている。当然、売れっ子になればマスコミも騒ぐ。イメージを大事にする大切な時期であると、事務所からも会うことは控えるように指示が出ているくらいだ。そのため、二人が大っぴらに会うのは学校でだけとなってしまっていた。
「忠弘、壁用のベニヤってここでいいか?」
「ああ、サンキュ。下の止め板に固定してねじを締めてくれ。」
「わかった。相原、そっち頼む。」
「おう。」
水田と相原は、引退後に演劇部を手伝ってくれている。信和は次の大会に向け、野球部の後輩たちに鬼指導を行っていて、毎日ヘロヘロになっていると秋菜が教えてくれた。秋菜もギリギリまでは後輩にマネージャー業を教えてから外れるということだった。
「演劇の舞台設定って大変なんだな。」
「こき使うから覚悟しとけよ。」
「へいへい。俺達二人は忠弘に借りがあるからな。」
律儀な二人は精力的に手伝ってくれていた。演劇の大道具は重量があるものも多い。男手は多ければ多いだけ助かるのだ。
甲子園出場が決まったあの日、忠弘は球場を出るなり出待ちしていた綾乃たちに囲まれた。この日は杏奈も駆けつけて保護者に変装しながら一緒に応援していたのだ。
「お兄ちゃん!!」
忠弘を見つけるやいなや、綾乃は駆け寄ってそのまま飛び込んだ。杏奈は素直に自己表現ができる綾乃をうらやましく思っていた。自分だって本当は忠弘に駆け寄って抱きしめてあげたい。大っぴらに勝利を祝福してあげたい。しかし、すっかり芸能人である自分の立場を考え、また今までそれを崩さないように気を使ってくれた忠弘のことを考え、どうしても動けなかったのだ。
「おう。暑い中、応援ありがとうな。」
「うん。甲子園出場、おめでとう!!」
綾乃の頭を撫でてやっていると、杏奈が歩み寄ってきて優勝を労ってくれた。
「まさかホントに勝っちゃうなんてね。おめでとう。」
「ありがとう。杏奈が来てくれるとは思わなかった。」
「当たり前でしょ。自分の学校なんだからさ。」
困り顔で杏奈が言うと、周りに集まってきた学校の友人たちがそれぞれに快挙をたたえてくれた。それを、輪の一番外側から杏奈は見ていた。スタンドにいても大した応援ができず、目立たないように応援をしていた。無意識にそうしてしまう自分に苛立ちながら、恋人である忠弘が頑張っている姿を見ていたのだ。
それに、忠弘を焚き付けたのは自分ではない。すべては綾乃がやったことだ。11歳の女の子にできて自分ができなかったこと、それに苛立ったり悔しさを覚える自分に嫌悪感を覚えたこと、内心は複雑だった。
甲子園へ出場した忠弘たちは、一回戦から善戦を繰り広げて『鎌学旋風』を巻き起こした。一回戦では強豪校で名高い和歌山県代表・理弁和歌山高校との接戦を制し、二回戦では優勝候補の東東京都代表・栄京高校に競り勝った。三回戦でも甲子園優勝経験のある奈良県代表・弁理高校に勝ったのだ。
夏の甲子園大会 1回戦
鎌倉学院(神奈川県代表) 000 020 010 3
理弁和歌山(和歌山県代表) 000 100 000 1
夏の甲子園 2回戦
栄京(東東京都代表) 002 010 010 4
鎌倉学院(神奈川県代表) 001 021 100 5
夏の甲子園 3回戦
弁理(奈良県代表) 000 200 100 3
鎌倉学院(神奈川県代表) 000 011 30× 5
そして迎えた準々決勝。結果から言うと忠弘たちはここで敗退した。相手はこの大会で優勝した大阪府代表・大阪法院高校だった。試合前日、水田が39.8℃の高熱を出し病院に担ぎ込まれた。単なる夏風邪だったが、一人で立ち上がるのも困難なくらいだった。さらに不運は重なり、先発予定だった相原が入浴後に脱衣場で滑り、利き腕である左手首を捻挫してしまったのだ。
これで投げられるのは忠弘だけになってしまった。点差が開けば、中学までに投手経験のある信和や北が投げることになっていたが、よりにもよって大接戦になってしまった。代えたくても代えられない。忠弘も信和たちもそれがわかるからこそひたすらそれぞれのやるべきことを頑張るしかなかった。
両校、時折チャンスは作るものの決め手に欠け、0対0のまま延長戦に突入した。忠弘の球数はとっくに100を超えている。今日の甲子園周辺の気温は36℃、不運は重なる時は重なるもので、夕べにわか雨が降ったせいでマウンド上はサウナのような湿度だった。さすがの忠弘もベンチに戻ると座り込んでうなだれ、打席が回ってきてもまともに振ることもできなくなっていた。
スタンドには、夏休みの旅行を兼ねて綾乃が忠弘一家と観戦に来ていた。昨日からは香織や和元も合流していたが、忠弘が回を追うごとに険しい表情になっていくのを、ただひたすら応援する事しかできなかった。
「いいか。この回に決めるぞ。もう忠弘は限界を超えて投げてくれてる。必ず取るぞ!」
「「おう!」」
「全力一杯!」
「「全力一杯!!」」
主将である信和の檄にみんなが答える。それが効いたのか、延長14回表、相手の送球ミスから出たランナーを北と信和が続けてタイムリーで返し、とうとう二点をもぎ取った。
「忠弘、あとアウト三つだ。」
「ああ、サンキュ。」
かろうじて返答し、直射の降り注ぐマウンドへ。しかし、制球が定まらず、四球を与えた後、ライト前ヒットで無死一二塁となってしまった。次打者には送りバントを決められたが、次は三振で二死二三塁となった。
「お兄ちゃん! 全力一杯!!」
スタンドから綾乃の声が聞こえた。それに触発されたのか、
「忠弘、全力一杯!」
「全力一杯!」
内野陣が口々に声をかけてきてくれた。そしてスタンドからも、
「「全力一杯! 鎌学!! 全力一杯! 大澤!!」」
と、応援団が声を張り上げてくれていた。それまで息が苦しかった忠弘だったが、何度も深く呼吸をして息を整えた。あと一人だ。あとアウト一つで勝てる。忠弘はもう一度だけ大きく深呼吸をして息を整えた。
続く。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
\(^o^)/
いよいよ始まった甲子園。
巻き起こる鎌学旋風!
忠弘の熱投の行方は?
次回もどうぞお楽しみに。




