第二章 乙女心と鈍感過保護⑮ 高校生最強投手
試合開始二者連続本塁打。そんなスポーツ紙の紙面を飾りそうな文言が頭をよぎったが、集中力を欠かないように、忠弘は大きく腕を広げて声をかけた。
「全力一杯!」
センターが声をかければ守備全体に伝わる。それぞれが『全力一杯』と口にして次の打者に集中した。次は三番打者、ここから四番五番と続いていく。相原が二つボールを投げた後の三球目、再び金属音とともに白球が舞い上がった。左中間、レフトの宇治が走るが間に合いそうもない。しかし、快音と同時に走り出した忠弘は、まるでわかっていたかのように一直線に落下点に走ると、思い切り地面を蹴ってダイビングした。あとコンマ何秒、あるいは数センチ踏み込みが手前だったら抜けていたであろう絶妙のタイミングで捕球した。球場内が歓声に包まれるようなスーパーファインプレーだった。
忠弘は起き上がると、そのまま二塁ベース手前まで走っていって、
「一八、全力一杯!」
笑顔でボールを投げ渡した。
「おう、全力一杯。」
相原は口にしたことで集中力を戻したのか、続く四番と五番を内野ゴロと三振で仕留め、初回の失点を2点に抑えた。
しかし、三塁側横浜学園スタンドは大いに盛り上がり、一塁側鎌倉学院スタンドはどんよりと静まり返っていた。マウンド上で投球練習をする松原の球は、忠弘に匹敵するかというくらいの速球で、この他にも切れ味の鋭いスライダーやカーブ、カットボールのほか、微妙に沈む変化球も投げる。何より、今年度1点しか取られていない松原から3点取らなければ勝てない事実が、スタンド応援団を消沈させていたのだ。
内野スタンド席では、応援に駆け付けた鎌倉学院高校の応援団のほか、保護者席には綾乃や和元たち、そして、忠弘の家族だけでなく、翔や志穂たちも来ていた。特に翔は自分の監督など大人を巻き込んで、鎌倉南ファイターズの希望者が応援に来れるように働きかけたのだ。そのため、ユニフォームを着た翔たちが応援用に作ったうちわを片手に集まっていた。
「松原から3点は無理じゃね。」
ファイターズの誰かがそんなことを話していた。
「おい!」
翔がチームメイトにやめるように注意した。
「だって、横学の松原って春の優勝投手じゃん。去年の夏は甲子園だって投げてるし、鎌学じゃ難しいだろよ。」
「まだ、一回表だ。」
と、口論している間に鎌倉学院は三人で攻撃を終えた。荒川が三振、堤井と北は内野ゴロだった。
「ほらみろ。」
鎌倉南ファイターズのメンバーだって、忠弘にはよく練習に付き合ってもらってるから、彼がどれだけ野球選手として優秀かはわかっている。しかし、野球はチームスポーツだ。横浜学園は鎌倉学院よりも間違いなく数段上の強さを持っている。そのもっともたる選手が松原だ。
二回表は立て直した相原が三人で攻撃を抑え、二回裏は信和が左翼前にヒットを放ったが、後続が続かなかった。忠弘の最初の打席だったが、松原の変化球にタイミングが合わずに空振り三振した。三回、四回も得点にはつながらず、試合は中盤五回表に差し掛かった。この回は相原の直球が冴えていたが、五番に入っている松原がそれを完ぺきに捉えた。快音とともに舞い上がった白球は忠弘のはるか上空をバックスクリーンに飛び込んでいった。
再びスタンドから歓声と悲鳴が上がる。相原の調子は決して悪くない。むしろこの大会で一番いいくらいの状態に仕上げてきているが、横浜学園打線がそれを上回ってくるのだ。後続を何とか断ち切ったが、相手が強い分、いつもの倍疲れるのだろう。もう肩で息をしていて、六回を投げさせるのはためらわれた。
「まだ、行けます。」
とは言っているが、そんな状態ではないことが誰の目にも明らかだった。相原はいい投手だが少し線が細い。今日のような炎天下での体力勝負になると、スタミナ面で少し不安が残る。無理して投げさせて怪我をされては元も子もないし、これ以上の点差は致命的になりかねない。
「一八、あとは任せろ。おまえは外野から全体を指揮してくれ。」
投手であることを除けば、一八のバッティングや守備力は高レベルだ。忠弘は相原の肩に手を置くと、
「黒岩監督、六回からおれが行きます。」
そう言ってみせたのだった。
「忠弘。次、打順だよ。」
宇治に促されて、ネクストバッターズサークルに向かった。気が付けば一二塁に走者を出していた。熊田が安打で出たあと、水田が右打席で必死に食らいついていった。フルカウントから二球ファールで粘った後、とうとう四球を選んだのだった。
「先輩、頼みます。」
堤井が歩み寄ってきて声をかけてくれた。まったく自信はなかったのだが、このチャンスを何とかしないと本当に危ない試合になっていってしまう。
「行ってくる。」
忠弘は胸にかけたお守りを握り締めた。大きく深呼吸をしてバッターボックスに立つ。マウンド上にいる松原が今までのどのピッチャーよりも大きく見えた。初球が内角高めにストライクに決まった時、思わずのけぞってしまった。速い。それに、重そうな球だ。松原にはすでにプロ野球のスカウトが目を光らせていると言う。それもそうだろう。これだけの球威の球を投げ、変化球の切れも抜群、スタミナも十分だ。明日からプロ野球の試合に出ても通用するのではないかとさえ思えてしまう。
二球目は内角低めにわずかに外れた。直球が続いた。今度は変化球が来るかもしれない。一度、バッターボックスを外れて数回素振りを繰り返した。再びバッターボックスで構えた時、松原と目が合った。殺されるかと思った。それくらい闘志むき出しの目をしていた。一瞬たじろいだが、気迫で負けるわけにはいかない。忠弘も負けじと睨み返した。三球目は再び内角低めに直球が入った。間違いなく次は決め球のスライダーが来るはずだ。そして、そのスライダーで先ほどは三振を取られた。
「打て打て大澤!」
スタンドから綾乃の声が聞こえた。準々決勝が終わった後、さすがに『お兄ちゃん』呼びで応援するのは止めるように言ったので、綾乃は渋々それに従ってくれているのだが、それでも球場内で一番大きな声で応援してくれていた。綾乃が音頭を取っているかのように、
「「打て打て大澤!」」
と、応援団の声が響き渡る。その声援に、勇気が湧いてくるような気がした。そうだ、松原は高校生離れした大投手だ。球も速いし変化球も鋭い。でも、同じ人間。同じ高校生のはずだ。
「カウント、ワンボールツーストライク。」
審判がコールした後、松原は大きなフォームで決め球を放った。予想通りのスライダーが来た。併せてバットを動かしたその瞬間、
「お兄ちゃん! 打てーっ!!」
再び、耳に綾乃の声が聞こえ、思わずズッコケてタイミングがずれてしまった。
「やば、、、」
そう思った瞬間、軽く手のひらに衝撃を感じたかと思うと、打球は右翼方向へ舞い上がった。ノーアウトのため、熊田も水田も塁間で動けないでいた。忠弘も一塁へ走り、ベースを回ったくらいに打球を見上げた。フラフラっと舞い上がった白球は頼りない軌道のままライト方向へと舞い上がっていった。
続く。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
\(^o^)/
いよいよ決勝戦のスタートです。
最強松原に忠弘たちはどう立ち向かうのか!
次回もどうぞお楽しみに。




