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第二章 乙女心と鈍感過保護⑫ 受けたケンカはバットで返せ!

 翌々日、今日からはみなとみらいスタジアムを使用して試合が行われる。今日勝てば、一日開けて準決勝と決勝が続く。四日後には甲子園への出場校が決まっているのだ。もう夏休みに入っているため、綾乃は志穂や翔だけでなく、涼代や理恵と言った鎌学演劇部のメンバーと一緒に応援に来ていた。学校も、甲子園出場がかかっているために生徒たちへ応援を呼びかけたのだ。涼代たちが保護者代わりとなって引率してくれるため、和元たちも店を休まなくて済んだ。もっとも、決勝まで行けば休んででも駆け付ける気ではいるらしい。そんな理由で店を休んでいいものかと忠弘が苦笑いしているのは言うまでもない。


 準々決勝の相手は、同じ鎌倉市内にある日大鎌倉高校だった。ここ数年出場はないものの、選抜甲子園には三回、夏の甲子園にも出場経験があり、毎年ベスト16以上には入ってくる強豪校である。


「今日から準々決勝だ。もうそろそろ誤魔化しも利かなくなるレベルになってくる。忠弘、七回以降3点差以内で勝ってたら行くぞ。」

「はい!」


 黒岩がそう言って声をかける。もし仮に今日登板したとしても、他のチームが忠弘の情報を集めるのは難しいだろう。復帰してから約3か月、忠弘は練習試合に出ることはあっても、他校がいる時に投げたことはない。試合はおろかブルペンにも入らなかったのだ。平日の練習中に偵察が来ても、ブルペンは外からは見えにくい位置にある。忠弘が投げるとは思っていない。黒岩のささやかな作戦は成功したと言える。


 試合前にベンチ前で信和を中心に円陣を組んだ。


「残り三つ、絶対に勝つぞ!」

「「おう!」」

「全力一杯、行くぞ!!」

「「おう!!」」


 『全力一杯』とは、黒岩が監督に来た時に部員室に掲げた鎌倉学院高校野球部の座右の銘だ。毎日の練習も、練習試合も公式戦も、その瞬間瞬間はその時だけの取り返しの利かない時間。だったら、全力で精いっぱいやった方がいいという考えだ。


 両校のナインが整列し、主審から試合開始が宣言された。鎌倉学院は先行である。先頭打者の荒川が初球をいきなり三塁線へバントした。セーフティバントだ。油断していた守備陣は反応できず荒川は難なく一塁へ出塁した。黒岩がサインを出す。続く堤井への初球、荒川が盗塁を試みた。と同時に堤井がヒッティングした。セカンドは二塁カバーに入ろうとしていたため、打球は大きく開いた一二塁間を転々と外野へ転がっていった。荒川が俊足を活かして一気に三塁まで進み、無死一三塁から、三番の北大介がフルカウントから四球を選ぶと、無死満塁で四番の信和が打席に入った。


 初回から大量点のチャンスになり、気合十分の信和はバットを構えて相手投手をにらみつけた。甘く入れば必ず打つ。呼吸を整えて、初球の外寄りのストレートを目一杯振り抜いた。


「行けっ!」


 快音と共に打球は三塁線に飛んだ。が、しかし、三塁ベースカバーに入ろうとしていたサードが好捕し、そのままベースを踏み、すかさず二塁へ送球。あっという間の出来事に、荒川も堤井も戻れずにアウトになった。三重殺、そうトリプルプレーだ。絶好のチャンスを一瞬で無にしてしまった。


「ドンマイ! ドンマイ! 切り替えようぜ!!」


 忠弘は戻ってきた信和たちの背中を叩きながら守備へ走っていった。マウンド上では、先発のサウスポーの相原が、大きく振りかぶって左からのストレートを投げ込んだ。相原の投球を見る限り動揺は見られない。忠弘の思った通りで、相原はコーナーを突いた絶妙なコントロールを見せ、相手打線を三人で抑えた。


「さすがエースはわかっていらっしゃる!」


 ベンチに戻って相原の肩を叩いた。チャンスがつぶれた後に一番怖いのは、そのまま相手チームの攻撃に試合の流れを持って行かれることである。相原は初回をピシャリと押さえて、その流れを断ち切ったのだ。これで、ようやく試合が開始になったといえよう。


 二回表の鎌倉学院の攻撃は5番熊田から、しかし、熊田の打球は大きく飛んだがフェンスギリギリ手前で失速して外野フライになった。続く水田は二塁ゴロ。二死となって忠弘の打順が回ってきた。


「お兄ちゃん! 打てーっ!!」


 スタンド席から、綾乃の声がグラウンドまで響いてきた。そして、そのあと続けて、


「「お兄ちゃん! 打てーっ!!」」


 と、涼代たち十数名が声を合わせて応援してきた。それを聞いて、忠弘はズッコケそうになるのを堪えつつ打席に入り、息を短く吐いた。涼代たちのおふざけのおかげで緊張が取れ、肩の力が取れるのがわかった。


「お兄ちゃ~ん。」


 忠弘が打席に入ると、相手キャッチャーがバカにするように小声でささやいた。挑発しているのだろうが、あいにく忠弘はその程度でいら立つような子供でもなければ、むしろその一言でやる気が起きる。するべきことは決まった。忠弘が全く無反応だったため、キャッチャーはわざと忠弘の頭の位置に投げるようにサインを出した。もちろん当てるつもりはないが、あいさつ代わりに上体を起こしてやろうと思ったのだ。


「あっ!」


 綾乃が声を小さく上げる。初球はサイン通り、忠弘の頭を掠めそうなくらいの位置を通り過ぎてバックネット前に転がった。忠弘は上体を起こして避けたついでに背中から転がり、そのまま後ろ周りをして立ち上がった。


 ピョンピョンとジャンプして、周りに無事を知らせると、無言無表情のまま打席に戻った。何事もなかったかのように打席に立ち、次の球を待ち構えた。そして、第二球が外角低めに入った時だった。


 快音を響かせて、打球は高く舞い上がり、右翼席のギリギリにあるフェアとファールを分けるポールに直撃した。『コーン』という音が響き、白球は芝生の上に転がった。ポールに直撃するのは本塁打とされる。忠弘はバットを置くと、ゆっくりと一塁へ走り出した。三塁側スタンドから歓声が上がり、忠弘は手を挙げてそれに応えた。そして、ダイヤモンドを一周して戻ってきた時、相手キャッチャーとすれ違いざま、


「ケンカ売るんなら野球で語れよ。あと、配球が単純すぎ。」


 そう言ってベンチに戻った。相手キャッチャーが悔しがったのは言うまでもない。


「ナイスバッチ、お兄ちゃん。」

「うるせ!」


 ハイタッチの代わりに信和の頭を叩くと、忠弘はベンチに腰を下ろして大きく息を吐くのだった。続く宇治は三振に倒れ、休む間もなく攻守交替になった。その後、1点を取り合い、試合は2対1で鎌倉学院リードのまま終盤戦へ突入するのであった。



続く。

ここまで読んでいただいてありがとうございます。

\(^o^)/


忠弘、シビレますね~!

かっこいい!!


綾乃たちの必死の応援は鎌学ナインに届いていくか。

次回、試合は佳境に入っていきます。


どうぞお楽しみに!

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