表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/72

第二章 乙女心と鈍感過保護⑪ 綾乃のお願い

 試合後、夕方に帰宅した忠弘は綾乃たちの歓迎を受けた。


「お兄ちゃん。準々決勝進出おめでとう!」

「ありがとう。今日は綾乃のおかげで勝てたよ。」


 綾乃が作ってくれていたデータから、相模大東海は西村以外に力のある投手が育っておらず、西村一人に頼り切るチームになっていたことがわかったのだ。そのうえ、ここまでの試合は涼しい日に五回コールド。いかに普段練習を繰り返しているといっても、今日の暑さと大会初の九回、それも完全試合がかかっていたことで、西村の緊張も疲れもピークに達していたのだ。だから、忠弘は自分が一本打てれば、あとは勝手に崩れると踏んだのだ。案の定、西村の球は球威が落ち、忠弘の打ったスライダーも変化は甘かった。


「いいマネージャーができるな。」

「えへへ。」


 綾乃は嬉しそうに微笑みながら、一つの紙袋から何かを取り出した。それはどうやらお守りで、鶴岡八幡宮の刺繍がしてあった。


「これは?」

「今更かもだけど。お守り。」


 鶴岡八幡宮は勝負運や出世を祈願する事でも知られている。試合後、わざわざ買いに行ってくれたようだ。お守りには赤い紐が付けられていて、首から下げることができる。どうやら幸政が、甲子園に出る球児がそうやってお守りをユニフォームの下に身に着けて出場しているという話をしたようだった。


「ありがとう。次の試合から身に着けていくよ。じゃあ、おれからも綾乃に。」


 そう言って、忠弘は用意していた袋を綾乃に手渡した。


「これは?」

「綾乃はいいって言ってたけどさ。誕生日おめでとう!」


 綾乃は受け取った袋のリボンをほどくと、中の物を取り出した。夏らしいさわやかな水色のワンピース。綾乃はワンピースが好きだった。それを忠弘に話したことはなかったが、普段の服装から推察してくれたのだと思う。


「ありがとう! すごくかわいい!!」


 綾乃は大事そうにワンピースを抱きしめた。なんだかんだで嬉しそうでよかった。


「ってか。お兄ちゃん、まさか一人で買いに行ったの? 杏奈ちゃんも一緒?」

「杏奈は忙しいからな。さすがに一人は気恥ずかしかったから、信和に付き合ってもらった。」

「ふふ。男子二人でワンピース探してくるとかウケる。」

「ま、けっこう恥ずかしかったかな。」


 聞かれてもいないのに、店員に『妹の誕生日に』と何度も言って笑われてきたことは内緒にしたかった。店員も忠弘たちが気恥ずかしいというのは察してくれたのだろう。何も言わずに丁寧に商品を勧めてくれた。


 夕食を一緒に食べ、忠弘は綾乃を福原家まで送っていった。日中、あれだけ暑かったにもかかわらず、夜になって日が沈み星空が見えてくると、海側から流れてくる風が涼しくて心地よかった。


「送ってくれてありがとう。お兄ちゃん。」

「おう。こちらこそ、いつも応援ありがとうな。」


 玄関先まで来て、綾乃は夜空を見上げた。今日は空気が澄んでいるのか星がよく見える。デネブ、アルタイル、ベガ、夏の大三角がはっきりとわかった。


「お兄ちゃん。お願いがあるんだ。」


 星空を見上げながら綾乃が言った。街頭に照らし出される綾乃の顔は、もともと色白の肌に反射して一層と白く幻想的に見えた。忠弘はその姿を見て思わずドキッとしてしまった。綾乃はもともと美人顔だ。まだ小学生ではあるが、時折見える大人っぽい表情には驚かされることがある。だからこそ、忠弘は過保護に心配するのだが。


 忠弘に視線を移した綾乃は、少し間を置いた後に、




「・・・私を、甲子園に連れてって。」




 微笑みながらそう言うのだった。今日の忠弘はかっこよかった。最終回の打席に入った時の背中越しに見えた忠弘の真剣な瞳、その時に改めて気が付いたのだ。忠弘が好きであることを。生まれて初めての胸の高鳴りは心地よかった。


 もちろん、これまでも忠弘のことは好きだったし尊敬もしていた。ただ、今日の忠弘を見ていて抱いた自分の気持ち、もうそれが『恋心』であるということがわかってしまったのだ。忠弘が自分を一人にしないと宣言したあのころから、きっと想い続けていたそんな気持ち。それが『恋』であると確信できた。でも、言えない。その気持ちを言葉にするにはあまりにも自分は子供過ぎる。忠弘は野球が終われば演劇部の大会もあり、そのあとにはすぐに受験だ。それに、忠弘には杏奈と言う最強の恋人がいるのだ。


 ドキドキしながら見上げると、忠弘も笑顔で言うのだった。


「そうだな。仮にうちがいけなくても、夏休みだし甲子園球場まで見に行ってもいいかもな。おれも行ったことないし。」

「え?」

「ただ、泊りになるから香織さんたちの許可取らなきゃな。その時は大阪城とかも見たいよね。」


 綾乃の淡い想いとは裏腹に、関西観光に思いを馳せるこの肝心な時に鈍感な男を見て、綾乃が深々とため息を吐いたのは言うまでもなかった。


「大きなため息吐いて、どうかしたのか?」

「この鈍感!! 準々決勝頑張ってね。おやすみ!」


 『べ~』と舌を出すと、綾乃は家の中に入ってしまった。なんか間違ったかと首をかしげながら、やれやれと家路に着く忠弘であった。



続く。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


綾乃のカワイイお願いに、

全力で勘違いの過保護な忠弘でした。


行く気あるのか甲子園!?


引き続き読んでやるぞ!

頑張れよ! と応援いただける際は、

ぜひ、いいねとブックマークと高評価での応援をよろしくお願いいたします。


次回もどうぞお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ