第二章 乙女心と鈍感過保護⑪ 綾乃のお願い
試合後、夕方に帰宅した忠弘は綾乃たちの歓迎を受けた。
「お兄ちゃん。準々決勝進出おめでとう!」
「ありがとう。今日は綾乃のおかげで勝てたよ。」
綾乃が作ってくれていたデータから、相模大東海は西村以外に力のある投手が育っておらず、西村一人に頼り切るチームになっていたことがわかったのだ。そのうえ、ここまでの試合は涼しい日に五回コールド。いかに普段練習を繰り返しているといっても、今日の暑さと大会初の九回、それも完全試合がかかっていたことで、西村の緊張も疲れもピークに達していたのだ。だから、忠弘は自分が一本打てれば、あとは勝手に崩れると踏んだのだ。案の定、西村の球は球威が落ち、忠弘の打ったスライダーも変化は甘かった。
「いいマネージャーができるな。」
「えへへ。」
綾乃は嬉しそうに微笑みながら、一つの紙袋から何かを取り出した。それはどうやらお守りで、鶴岡八幡宮の刺繍がしてあった。
「これは?」
「今更かもだけど。お守り。」
鶴岡八幡宮は勝負運や出世を祈願する事でも知られている。試合後、わざわざ買いに行ってくれたようだ。お守りには赤い紐が付けられていて、首から下げることができる。どうやら幸政が、甲子園に出る球児がそうやってお守りをユニフォームの下に身に着けて出場しているという話をしたようだった。
「ありがとう。次の試合から身に着けていくよ。じゃあ、おれからも綾乃に。」
そう言って、忠弘は用意していた袋を綾乃に手渡した。
「これは?」
「綾乃はいいって言ってたけどさ。誕生日おめでとう!」
綾乃は受け取った袋のリボンをほどくと、中の物を取り出した。夏らしいさわやかな水色のワンピース。綾乃はワンピースが好きだった。それを忠弘に話したことはなかったが、普段の服装から推察してくれたのだと思う。
「ありがとう! すごくかわいい!!」
綾乃は大事そうにワンピースを抱きしめた。なんだかんだで嬉しそうでよかった。
「ってか。お兄ちゃん、まさか一人で買いに行ったの? 杏奈ちゃんも一緒?」
「杏奈は忙しいからな。さすがに一人は気恥ずかしかったから、信和に付き合ってもらった。」
「ふふ。男子二人でワンピース探してくるとかウケる。」
「ま、けっこう恥ずかしかったかな。」
聞かれてもいないのに、店員に『妹の誕生日に』と何度も言って笑われてきたことは内緒にしたかった。店員も忠弘たちが気恥ずかしいというのは察してくれたのだろう。何も言わずに丁寧に商品を勧めてくれた。
夕食を一緒に食べ、忠弘は綾乃を福原家まで送っていった。日中、あれだけ暑かったにもかかわらず、夜になって日が沈み星空が見えてくると、海側から流れてくる風が涼しくて心地よかった。
「送ってくれてありがとう。お兄ちゃん。」
「おう。こちらこそ、いつも応援ありがとうな。」
玄関先まで来て、綾乃は夜空を見上げた。今日は空気が澄んでいるのか星がよく見える。デネブ、アルタイル、ベガ、夏の大三角がはっきりとわかった。
「お兄ちゃん。お願いがあるんだ。」
星空を見上げながら綾乃が言った。街頭に照らし出される綾乃の顔は、もともと色白の肌に反射して一層と白く幻想的に見えた。忠弘はその姿を見て思わずドキッとしてしまった。綾乃はもともと美人顔だ。まだ小学生ではあるが、時折見える大人っぽい表情には驚かされることがある。だからこそ、忠弘は過保護に心配するのだが。
忠弘に視線を移した綾乃は、少し間を置いた後に、
「・・・私を、甲子園に連れてって。」
微笑みながらそう言うのだった。今日の忠弘はかっこよかった。最終回の打席に入った時の背中越しに見えた忠弘の真剣な瞳、その時に改めて気が付いたのだ。忠弘が好きであることを。生まれて初めての胸の高鳴りは心地よかった。
もちろん、これまでも忠弘のことは好きだったし尊敬もしていた。ただ、今日の忠弘を見ていて抱いた自分の気持ち、もうそれが『恋心』であるということがわかってしまったのだ。忠弘が自分を一人にしないと宣言したあのころから、きっと想い続けていたそんな気持ち。それが『恋』であると確信できた。でも、言えない。その気持ちを言葉にするにはあまりにも自分は子供過ぎる。忠弘は野球が終われば演劇部の大会もあり、そのあとにはすぐに受験だ。それに、忠弘には杏奈と言う最強の恋人がいるのだ。
ドキドキしながら見上げると、忠弘も笑顔で言うのだった。
「そうだな。仮にうちがいけなくても、夏休みだし甲子園球場まで見に行ってもいいかもな。おれも行ったことないし。」
「え?」
「ただ、泊りになるから香織さんたちの許可取らなきゃな。その時は大阪城とかも見たいよね。」
綾乃の淡い想いとは裏腹に、関西観光に思いを馳せるこの肝心な時に鈍感な男を見て、綾乃が深々とため息を吐いたのは言うまでもなかった。
「大きなため息吐いて、どうかしたのか?」
「この鈍感!! 準々決勝頑張ってね。おやすみ!」
『べ~』と舌を出すと、綾乃は家の中に入ってしまった。なんか間違ったかと首をかしげながら、やれやれと家路に着く忠弘であった。
続く。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
綾乃のカワイイお願いに、
全力で勘違いの過保護な忠弘でした。
行く気あるのか甲子園!?
引き続き読んでやるぞ!
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次回もどうぞお楽しみに!