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第二章 乙女心と鈍感過保護⑦ 再びマウンドへ

 翌日、忠弘は信和たちに連れられて野球部グラウンドへ来ていた。信和の説明を受けて、忠弘の中学までの活躍を知っているメンバーからは、強力な戦力が増えたと喜びの声が上がったが、一部の少なくない部員からはブランクのある忠弘が、今さら本当に戦力になるのか猜疑の目で見られることになった。


「信和。とりあえずウォーミングアップした後に、少しバッピやらしてくれるか?」


 バッピとは、バッティングピッチャーの略だ。打撃練習用の投手のことである。


「その代わり、最初から全力でやってみるよ。ブランクがあるから、おれだってどれくらい投げられるかわからない。ここでダメなら、本番もダメだ。」

「そうだな。よし、じゃあ一年の堤井を押さえることだな。」

「堤井は常総ボーイズで四番を打っていた奴で、去年の全国大会で優勝している。大会最高打率を記録していて、バットコントロールは天才的だ。春の大会でも一年で唯一レギュラーに入って、二試合だったけど活躍した。」

「そうか。」


 堤井章浩(つついあきひろ)の名前は聞いたことがあった。野球の特待生として千葉から鎌倉に移り住み、春の大会では一年生ながら二塁手で先発し、二試合で9打数6安打。守備のセンスも抜群で、通常の倍の守備範囲を持つと噂されている。野球部の中でも一目置かれている選手だ。その彼を抑えられれば、他の部員も少しは見る目を変えてくれるかもしれない。


「ま、もちろん俺も手加減はしないけどな。」


 そう言って信和は笑った。彼も鎌倉学院野球部では主将で主砲だ。忠弘が復帰するに当たっては、押さえて見せなければいけない強打者の一人でもある。


「そこは忖度してくれないのか?」

「馬鹿言え。俺だって、全力のお前を打ち崩したい生粋のバッターだぜ?」

「はぁ。敵なのか味方なのかわからん奴。」


 忠弘はため息を吐きながらウォーミングアップを始めた。入念にストレッチをして身体をほぐし、グランドを走って身体を温めた。ここでしっかり準備をしておかないと、また怪我をすることになる。相原が付き合ってくれるというので、軽めのキャッチボールを始めた。久し振りに握った硬球の感触。しかし、もう一度野球をやると決めたからか、キャッチボールをしていても肘に痛みや違和感は出なかった。


「大澤くん。監督や青井君から聞いてるけど、くれぐれも無理はしないでね。肘に痛みや違和感が出たらすぐに投げるのを中止して。」


 そう声をかけてきたのは、野球部のマネージャーで三年生の越谷秋菜(こしがやあきな)だ。越谷自身も中学までは野球をやっていたが、高校ではマネージャーとしてみんなのことを支えてくれている。


「わかった。ありがとう。」


 そう言って、忠弘はグラウンドに上がった。捕手は二年生の熊田薫(くまだかおる)だ。大きな体付きはまさにキャッチャーと言える。長打力もあり、今年になってレギュラーに定着した。


「大澤先輩。サインはどうしますか?」

「うん。申し訳ないけど、まともに投げるのは二年ぶりなんだ。最初のうちはストレート一本で行くよ。コースは熊田に任せる。肩が温まってきたら、変化球も混ぜてみよう、その時はまた合図するよ。」

「うっす。」


 熊田が大きな身体を揺らしながらキャッチャースボックスに戻り、マスクをかぶって腰を下ろした。ここから順番に打撃練習になるが、今日だけは素直に打たせるつもりはなかった。


「ふぅ。」


 マウンド上で、忠弘は大きく深呼吸を行った。土の匂い、硬球の感触、グローブの皮の肌触り、芝生の草の匂いや青い空。


(ああ、グラウンドってやっぱりいいよな。)


 そんなことを感じながら、二年ぶりに大きく振りかぶった。そして、熊田のミットを目掛けて思い切り球を放った。


「あちゃ。」


 白球は大きく熊田の頭上に外れ、後ろのバックネットに当たった。力んでしまったのだ。それに、思ったよりも硬球が重く、リリースポイントを見誤ってしまった。バットを持って待ち構えていた何人かがクスクスと笑っていたが、信和と堤井は笑っていなかった。なぜならば、暴投ではあったが相原や水田よりも数段速い球だったからだ。


「肩の力抜いて! リラックス、リラックス!」


 熊田が次の球を返球してくれる。忠弘はそれを受け取ると、両肩を何度か上下させて、右腕をぐるぐる回した。そして、再びマウンドで足を慣らすと、振りかぶって二球目を投げた。


「・・・。」


 今度はまっすぐど真ん中、熊田が構えたキャッチャーミットの中に吸い込まれていった。今度は誰も声をあげなかった。さっきまで笑っていた野球部メンバーも、目を見張って立ち尽くしている。


「ウソ・・・!」


 秋菜が手にしていたスピードガン(球速測定器)を見ながら言葉を漏らした。信和がそれに気が付いてのぞき込むと、液晶表示は『156㎞/h』と表示されていた。それを見た信和は満足そうにニヤッと笑った。



続く。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

\(^o^)/


再びマウンドへ帰ってきた忠弘。

現役野球部員たちにどう立ち向かうのか。


次回もどうぞお楽しみに!

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