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PURE STAR ~星に願いを、君に笑顔を~ 【長編完結】(年の差7歳の恋愛とアオハルな物語)  作者: 水野忠


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第二章 乙女心と鈍感過保護④ 杏奈に相談

 日曜日。綾乃はこまち茶房の個室に来ていた。喫茶店内には二部屋だけだが個室が用意してある。もともとは腰を下ろしたいという年配客の要望で作った個室だが、店の一番奥にあるために密談をするにはもってこいだ。


「綾乃ちゃんから呼び出しなんてびっくりしちゃった。」


 そう言って、杏奈は頼んだミルクティーを一口飲んだ。そう、綾乃が忠弘のことで誰に相談するのが一番いいのかと考えた時、やはりそれは杏奈しかいなかった。杏奈だったら、忠弘の傍にずっといたために、彼自身のことをよく理解しているはずだ。


「ごめんなさい。お仕事も忙しいのに。」

「気にしなくって大丈夫だよ。もっとも、この後に撮影だからあんまり時間取れなくてごめんなんだけど。」

「ううん。助かる。」


 綾乃も頼んだオレンジジュースに口を付けてから話を切り出した。


「お兄ちゃんの事なんだけど。」

「どうした? まさか、あいつ綾乃ちゃんに変なこと。。。」

「違う違う!」


 杏奈の怪訝そうな表情に、綾乃は慌てて否定した。


「ふふ、冗談だよ。あいつに限ってそんなことはないと思うけど。もし、そんなことしたらちょん切ってやるんだから。」


 笑顔で言っているが、杏奈の目は真剣だ。紳士的な忠弘なら問題ないのだが、杏奈は怒らせると怖いと言うのは綾乃にもよくわかった。


「さて、冗談はおいて。忠弘がどうかしたの?」

「うん。あのね。」


 綾乃は忠弘と信和のこれまでのやり取りのことを杏奈に話した。そして、忠弘が人知れずトレーニングに明け暮れていることも、時折ため息を吐くようになったことも、最近のことで思い出せることはほとんど打ち明けた。


「そっか。あいつ、まだトレーニング続けてたんだね。それで、綾乃ちゃんはどうしたいの?」

「うーん。お兄ちゃんが野球をやりたいんだったらやってほしいかな。」

「それはどうして?」

「お兄ちゃん。何をするにも周りが優先で、自分のやりたいこととか全部後回しで。お兄ちゃんが野球やりたいんだったら思い切りやってほしい。だって、高校野球って、野球やってる人からしたら特別なんでしょ?」


 高校野球。その名の通り、高校時代にしかできない野球で、その最高峰の甲子園大会は、野球をするすべての少年たちの夢であると言っても過言ではない。無論、綾乃がそこまでわかっているはずもないが、忠弘の練習中に見せた姿は本物だと感じた。それに、いつもニコニコと優しい忠弘の歯を食いしばった真剣な姿にドキドキしたのもあった。もっと、あの姿を見たいと思ったのだ。


「忠弘はね。。。」


 杏奈は忠弘の怪我をしたときのことを話してくれた。小学校中学校と、打者としても投手としても優れた才能を見せていた忠弘だったが、当然、野球をやりたくて鎌倉学院への進学を希望した。信和と一緒に野球部に入り、さっそくその実力が認められ、投手としてやっていくことが決まったころだった。


 二年前の今頃、忠弘には夏の予選でベンチ入りもするかと言う噂が出ていた。そんな時に投球練習をしようと、ブルペンに立って一球目を投げた時に右肘に激痛が走ったのだ。あまりの痛みに腕を押さえたまま動くこともできなくなってしまった。


 そのまま病院へ担ぎ込まれた結果、靱帯に致命的な怪我が見付かった。野球を続けるのであれば手術をする必要があったのだ。紹介状を書いてもらって、都内のスポーツ医学に強い病院へ行き、右肘の手術を受けることになった。手術後の経過は順調だったが、あの日の激痛が怖くなってしまったのか、ボールを握っても右腕が震え、野球ができる状態ではなくなってしまったのだ。


 迷惑はかけられないと退部を申し出て、呆けていたところを杏奈に演劇部へと誘われたのだ。


「でも、お兄ちゃん。私と会った時は少年野球チームに向かって遠投してたし、私の友達が遊びに来た時も、一緒になって野球やってるよ?」

「うん。でも、それはあくまでも遊び相手としての野球であって、高校野球みたいに硬式でやるのは怖いんじゃないかな。お医者様のお話だと、もう投げても大丈夫とは言われているみたいなんだけど。」


 そういって杏奈は和晴がサービスだと言って持ってきたチーズケーキを口にした。


「私もね。忠弘が時折グラウンドの野球部の練習を眺めていることがあったから、戻ってもいいんだよって話したことがあるんだ。でも、そういう時は決まってさみしそうに笑いながら、もういいんだっていうんだよね。」


 忠弘の心うちはわからないが、ここまで野球部に戻らなかったということは、何か思うところがるのだろう。怪我を思い出しての怖さと言うのもあるかもしれないし、それによって周囲を再び落胆させたくないという気持ちもあるのかもしれない。


「でもね。忠弘が野球やってる姿ってかっこいいんだよね。私もずっと好きだった。私だってできればまた野球やってほしい。でも、もう演劇部にきて長くなるし、かけもちも難しいだろうし、野球部にしてみれば今更かってなるかもしれない。演劇部のみんなだって、最後の公演を前に忠弘に抜けられるのは嫌だと思うんだ。」


 杏奈が何を言いたいのかはわかる。今年の演劇部には十人も新入部員が入ったとのことで、かなり人数は充実している。忠弘が抜けたところで公演ができなくなるようなことはないだろうが、それでも、部長がなかなか参加できず、副部長までいなくなるとしたら、ダメージはでかいだろう。


「そうだよね。。。」


 忠弘に野球をやってもらいたいと考えるのは、綾乃のエゴなのかもしれない。でも、忠弘のあのさみしそうな笑顔と、必死になってひっそり練習をしている姿を見て、まだ野球に未練があるということは感じていた。


 その時、杏奈の携帯に着信が入った。


「ちょっとごめんね。はい、橋本です。お疲れ様です。」


 しばらく何か相づちを打っていたが、どうやら仕事の電話だったらしい。


「ごめんね。事務所から連絡来ちゃった。」

「うん。忙しいのにありがとう。」

「いいよ。なんかあったらメッセージしてね。」


 そう言うと、杏奈は伝票を持って支払いを済ませると、またね。と仕事へ向かっていった。帽子にサングラスをかけている姿は、もういっぱしの芸能人に見えた。和晴に礼を言って店を出ると綾乃も自宅に戻ることにした。



続く。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


スポーツの怪我と言うのはけっこう厄介な物で、

それが致命的で二度とプレーできなくなることもあります。


作者も小学生で野球肘になり、

野球をやめてしまった経験があります。

もっとも、やるより見るのが好きなので、

怪我がなくても続けなかったかもしれませんが。。。


忠弘の本心を探りながら、綾乃の奔走は続きます。

次回もどうぞお楽しみに。

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