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第二章 乙女心と鈍感過保護② 信和の誘い

 座席につくと、綾乃は楽しそうに大画面を見ていた。今日の物語は1990年代に大ヒットした洋画で、強盗に襲われて命を落とした青年が、恋人のために幽霊となって成仏までの限られた時間を使って想いを伝えていくというガチガチの恋愛映画だ。どちらかといえば、忠弘の両親が夢中になった世代だといえる。そんな大人な映画が10歳の女の子にどう映るものか、少し心配だった。


 場内が暗くなり、いよいよ物語が始まる。冒頭の恋人同士のラブシーンでは、恥ずかしいのかなんだかモジモジしているように見える。忠弘は映画よりも、一喜一憂して動きを見せる綾乃が面白くて、横目でずっと見てしまっていた。しばらくして、強盗によって青年が殺されるシーン。なかなかショッキングなシーンだったためか、綾乃は思わず忠弘にしがみついた。そりゃ、今までアニメがほとんどで、ドラマだって見ないような生活だ。


 幽霊になった青年は、悲しむ恋人に寄り添って慰めようとするが、触れることはできない。声が届くこともない。そんな切ないシーンに、綾乃はごそごそとハンカチを取り出すと涙をぬぐっているようだ。意外と感受性豊かだというのは発見だった。


 青年はある黒人のふくよかな霊能力者に協力を求める。霊能力者の女性は協力はできないとしつつも、青年の必死の思いを汲み取り、嫌々ながらも全力で協力をしていくようになる。


 ラストでヒロインが霊能力者の女性の身体を使って青年に抱きしめられるシーンでは、綾乃は号泣と言っていい泣き方をしていた。その隣で忠弘は、映像だから演出として青年と主人公が抱き合っているけど、実際にはふくよかな黒人霊能力者とヒロインの抱擁なんだよなと考えると、シュールなシーンが頭に浮かんで笑いをこらえた。


「素敵な映画だったなぁ。」


 映画を見終わった後、近くのファストフード店でポテトをつまみながらうっとりと綾乃がつぶやいた。いくつだろうが恋愛物語は女性の心を打つものらしい。一方の忠弘は恋愛映画は苦手なので、どちらかというとSFやアクション、戦争の映画の方が好きだった。


 中学の頃、忠弘が小学校に入る前に大流行した豪華客船を舞台に繰り広げられる悲劇の恋愛を描いた物語が周囲で話題になった。杏奈にねだられて一緒にDVDを借りて観たものだが、二人の出会いのシーンまで見たところで見事に陥落し、気が付いた時には主人公が海に沈んでいくところだった。隣で号泣しながら観ていた杏奈が、


「あの映画で寝れるとか人でなし!」


 と怒っていたのを思い出した。女性は恋愛ものを否定するとえらく怒るような気がする。今日は綾乃に合わせて面白かったといっておこうと、忠弘は心に決めておくのだった。


「あんな恋愛してみたいなぁ。」

「何をマセたこと言ってんだよ。」


 今日の映画のような恋愛だと、君の彼氏は死んじゃうんだよ? と、言いたくなったのをぐっとこらえて、忠弘は綾乃をたしなめた。


「お兄ちゃんは、杏奈ちゃんとどうなの? 最近、全然会ってないみたいじゃない。」

「しょうがないだろ。杏奈はもうプロの女優になっちゃったんだから。そうそう気楽に会えるものじゃないよ。週刊誌にすっぱ抜かれたら大変だし、事務所にも迷惑がかかる。」

「でも、杏奈ちゃんの事務所って恋愛禁止じゃなかったと思うけど。」

「そういう問題じゃないんだよ。」


 週刊誌はあることないこと書くと考えている忠弘は、万が一にも杏奈に迷惑が掛からないように細心の注意をしていた。学校も来たり来なかったりが続いている。せめて高校はしっかり卒業したいという本人の意向もあって、撮影の他にもボイストレーニングや演技指導のレッスンなど多忙ではあったが、卒業できなくなるような通い方はしていない。だが、学校が一緒でも、なかなか一緒にいる時間は少なくなった。最近二人で会っているのは、もっぱら学校内と杏奈の自宅だ。それも、ご近所にお願いして隣の家の庭を通って杏奈の家の裏口から入る徹底ぶりだ。


「まるで間男だわ。ここまでする必要ある?」

「んなこと言ったって、せっかくのキャリアをゴシップネタにされて壊したくないだろ? おれだって演劇始めて役者で活躍する杏奈がどれだけすごくて大変か理解できる。頑張ってほしいんだよ。」

「忠弘の気づかいは嬉しいけどね。たまにはカラオケでも行きたいよ。」


 みんなで行くならいつでも行けるさ。と言ってはみても、納得しない杏奈であった。


 そして、春の演劇公演での杏奈の出演は見送られた。地域の何校かが集まって60分程度の台本を演じるのだが、杏奈が出演することで関係者以外が会場入りする懸念が出たため、学校と事務所が話し合って判断したのだ。したがって、図らずも文化祭での公演が杏奈の高校演劇ラスト公演となってしまった。忠弘は副部長として、杏奈の不在時の部活を回さなければいけない。今までよりもずっと忙しくなった。


 それから、最近ではもう一つ頭を悩ませていることがある。


「あれ? 大澤じゃん。」


 その悩みの種が今しがた声をかけてきた青井信和(あおいのぶかず)だ。野球部の主将を務めていて、年明けくらいから忠弘を野球部に誘っている。信和は小学校から一緒の友人だ。鎌倉南ファイターズで一緒に全国大会に出場し、鎌倉南中学でも共に戦った。忠弘は投手で、信和は四番打者として。


「妹さん? こんにちは。」

「こ、こんにちは。」


 何度かアルバイト先にも来ているし、部活のない日は一緒に遊んだこともあるので面識はあるが、どうにも綾乃は信和が苦手だった。体育会系の気質が合わないのかもしれない。


「忠弘、いい加減考えてくれたか?」

「無理だっての。演劇部もあるし、それにそもそもおれは・・・。」


 そう言って右肘をさする忠弘に、信和は笑顔で答えた。


「お前の肘はもう大丈夫だって聞いてるぞ。もし、違和感が出るのなら、それはお前が精神的に乗り越えていないだけだ。」

「ほっとけよ。」

「こっちも必死なんだよ。去年はベスト8で負けたけど、今のチームは調子がいいんだ。お前が投げてくれれば、もしかしてもあるんだぜ?」


 昨年夏の神奈川県予選は、優勝した横浜学園高校に準々決勝で敗れた。それも1対3の僅差だ。三年生が抜けた秋の大会では準決勝で敗れた。この春の県大会は運悪く横浜学園とは3回戦で当たる。今のエースは相原一八(あいはらかずや)だが、いかんせん線が細く体力に欠ける。二番手にも水田雄大(みずたかつひろ)がいるが、長い戦いを乗り切るにはもう一枚切り札になる投手が欲しいところだ。


「信和、悪いけど諦めくれ。」


 そう言うと、忠弘は綾乃を促して席を立ち、逃げるように去っていった。



続く。

ここまで読んでいただいてありがとうございます。

\(^o^)/


新キャラ信和の誘いを断った忠弘。

何やら抜き差しならぬ理由がありそうです。


どうぞ次回もどうぞお楽しみに。

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