第二章 乙女心と鈍感過保護① 映画デート
第二章登場人物
大澤忠弘・・・主人公、演劇部副部長。
石山綾乃・・・もう一人の主人公。声を取り戻して活発に。
橋本杏奈・・・忠弘の恋人で幼馴染。女優になった。
青井信和・・・忠弘の幼馴染、野球部主将。
相原一八・・・野球部のエース。
水田雄大・・・野球部の投手。
堤井章浩・・・野球部一年生。打撃の天才。
熊田薫 ・・・野球部二年生。捕手。
北大介 ・・・野球部二年生。一塁手。
荒川悟志・・・野球部三年生。遊撃手。
宇治直樹・・・野球部三年生。左翼手。
近田比呂・・・野球部二年生。
黒岩剛俊・・・野球部監督。
越谷秋菜・・・野球部マネージャー。
西村幸次郎・・相模大東海高校の投手。
松原大輔・・・横浜学園のエース。
朝倉慶斗・・・大阪法院の主砲。
小橋涼代・・・演劇部員。
伊藤理恵・・・演劇部員。
玉木健司・・・陸上部員。長距離の選手。
福原和元・・・忠弘の叔父、福原生花店の店長。
福原香織・・・和元の妻。
大澤直也・・・忠弘の父。
大澤芙美・・・忠弘の母。
大澤幸政・・・忠弘の兄。
朝霧翔 ・・・綾乃の友人、野球少年。
佐倉志穂・・・綾乃の友人、野球好き。
狩野和晴・・・喫茶店『こまち茶房』の店長。
石山春樹・・・亡くなった綾乃の父親。
石山博美・・・亡くなった綾乃の母親。
季節は巡って春。当たり前だが学生はよっぽどの理由がない限り勝手に一学年進級していく。忠弘は無事高校三年生に、綾乃は小学校五年生になっていた。言葉を取り戻した綾乃は、持ち前の運動神経の良さと、勉強面でも各教科をそつなくこなし、まさに優等生と言えた。しかも、志穂と一緒にお菓子作りをしたり、香織と一緒に料理や裁縫をしたりと、どこへ出しても申し分ない女の子になっていた。
忠弘はと言うと、相変わらず福原生花店でアルバイトをする傍ら、次第に難易度の上がってくる授業に必死になってくらいついていた。
そんな中、動きがあったといえば杏奈だろう。鶴岡八幡宮へ初詣に出かけた帰り、忠弘と綾乃が人ごみにもみくちゃにされて、福原生花店前のベンチにぐったりと座り込んでいた時、ある芸能会社のスカウトから声をかけられた。そして、先月行ったある推理ドラマの出演オーディションに、難なく合格して見せたのだ。演劇部で鍛えられた演技や表現力だけでなく、その見た目も手伝って、審査関係者の目は釘付けになったと言う。主人公である刑事の娘役ということで、そこそこ出番もある役のようだ。
もともと、杏奈自身も芸能界、とりわけ映画関係の仕事に就きたいとは考えていたらしい。もっとも、本人が考えていたのは裏方で、演出や構成の仕事がしたかったようだが、まさか自分が演じる側で声がかかるとは思っていなかったようだ。
「お兄ちゃん。そろそろ行くよ!」
「あ、はいはい。」
忠弘は、携帯の杏奈が出演するドラマに関する記事を閉じると、それをポケットにしまって立ち上がった。今日は綾乃に付き合って映画を見に行くことになっている。
由比ヶ浜での出来事から、綾乃はそれまで話ができなかったのを取り戻すかのように、忠弘を捕まえてはいろいろな話をした。また、杏奈も手が空いている時は、綾乃や志穂に付き合って買い物やお菓子作りをして遊んでくれていた。すっかり仲良し姉妹になったような感じだ。もっとも、最近では撮影が忙しいのかめっきり機会は減ったようだが。
忠弘と杏奈の付き合いは今でも続いている。特に大した進展はなかったが、杏奈が芸能界入りしてからは、なかなか時間が取れていなかった。ただ、マメに連絡だけはするようにしていた。今は連絡手段がたくさんあるため、今までよりも会えない分、メッセージアプリなどでのやり取りは格段に増えた気がする。
「杏奈ちゃんが忙しくなったから、代わりに私が付き合ってあげてるんだから感謝してよね。」
「はいはい。」
「もー。返事が適当!」
杏奈はドラマの撮影が始まってから、学校に部活に仕事に多忙を極めていた。学校も休みがちになり、たまに部活で顔を合わせられるだけいい方だった。杏奈もそれは気にしているのか、毎日メッセージやら電話やらをしてくれるし、繋がりが絶たれたわけではないので心配はしていないが、二人きりで出かけるということはほとんどなくなった。
「あんまり急ぐと転ぶぞ?」
「大丈夫だもん! きゃっ!」
と言ったそばから歩道の出っ張りに蹴っつまずいてバランスを崩したので、慌てて忠弘が抱きかかえた。
「ほら、言わんこっちゃない。」
「むー!」
ふくれっ面になった綾乃だったが、
「でも、お兄ちゃんが助けてくれるから平気だもん。」
と言って腕を組んできた。最近はずっとこの調子である。最初こそ、気恥ずかしくて敬遠していたが、綾乃があまりにしつこいので最近では好きにさせている。
べったり、という言葉がぴったりだったが、何せ忠弘と綾乃の歳の差である。周りからは、お兄ちゃん大好きな妹ちゃんと、歳の離れた面倒見のいいお兄ちゃん。という風に見られているようだ。街行く見知らぬ人が、二人を見て微笑んでいるのを見かけることもすっかり慣れてしまった。
まあ、誤解されて犯罪的な目で見られるよりはよっぽどいいだろう。
「綾乃。」
「なぁに、お兄ちゃん?」
お気に入りの薄緑のワンピースをふわりとさせながら、満面の笑顔で振り返る彼女を見て、忠弘はため息を吐いた。笑顔が増えた綾乃は本当にかわいらしい。いや、かわいらしいを通り越して美少女と言う言葉がぴったりくる。まだ10歳だと言うのに、立ち振る舞いや顔立ちなど、全身総合して女性らしくなっているのが恐ろしかった。
「なんでもねぇよ。明るくなってくれて安心しただけ。」
何と言うのだろうか。子供のころからでも、美人になる要素のある女の子はたまにいる。バラエティ番組などで、人気女優の幼少期の写真などが出されると思わず頷いてしまうくらい可愛かったりするが、今の綾乃はまさしくそれだ。子供特有のかわいらしさに加え、美人属性とでも言うのだろうか、大人っぽさや美人が引き付ける魅力をすでに身に付けているように感じる。
だからこそ、忠弘には気がかりがあった。美少女がゆえに変な輩に目を付けられないように、綾乃を見守る必要があった。事実、こちらに向けられている大多数の好意的な視線の中に、時折ねっとりとしたいやらしい視線を感じることもあった。実害がないので何とも言えないし、気のせいと言われれば気のせいなんだろうが。
「なぁ、綾乃。」
「だからなぁに、お兄ちゃん?」
「学校帰りとかで、変な人に付け回されたりしてないよな?」
「なにそれ。」
「心配なんだよ。」
「はは。お兄ちゃん、過保護すぎだってば。大丈夫だよ。」
綾乃の笑顔を見る限り、実際には大丈夫なのだろうが、忠弘としては気が気ではなかった。
「なんかあったら、すぐに相談するんだぞ?」
「はいはい。」
鎌倉駅から乗り換えること30分。港南台にあるこじんまりとした映画館へとやってきた。鎌倉周辺にはなぜか映画館が少ない。観光地だからなのか、映画を見るときは電車を乗り継いでいかなければいけないため、よっぽど見たい映画でもない限り行くことがない。忠弘も演劇部であるがゆえに映画鑑賞は好きだが、もっぱらレンタルビデオ専門で、映画館にわざわざ見に来るというのは、小学校の頃に杏奈と一緒に行った猫型ロボットのお話し以来だった。
季節は春、もう半月もすると5月に入り、夏の暑さが始まりかけるだろう。文化部の忠弘は、秋の文化祭が終わるまで部活をするつもりだったが、場合によっては11月の地区演劇コンクールまでは面倒を見るつもりでいた。昨年度は神奈川県大会で最優秀賞を取ったが、関東大会では三位に終わり、全国出場は果たせなかった。
「う~ん。」
綾乃は上映スケジュールとにらめっこしながら何か考え込んでいる。
「どうした?」
「何でもない。」
そうは言っているが、その目線の先を見ると、名探偵の少年が出てくるアニメ映画と、もう一つ見ていたのは、この映画館が復刻上映としてやっている昔の恋愛映画だった。もっとも、今日は子供に人気の少年探偵のお話を観る予定だったが、
「お兄ちゃん。気が変わった。やっぱりこっちにしよう。」
そういって指さしたのは古き良き恋愛映画だった。
「マジで? けっこう大人向けだと思うぞ?」
「いいからこっち!」
そういう綾乃に引っ張られ、忠弘は恋愛映画のチケットを二枚購入した。窓口のお姉さんが、二人の姿を見てニコニコとしている。いったい自分たちはどういう風にみられているのか、兄妹なのか、それとも恋人同士、はないかと苦笑いした。
続く。
ここまでお読みいただきありがとうございます。\(^o^)/
いよいよ第二章がスタートしました。
声を取り戻して活発になった綾乃と、
演劇部だけでなく野球部との間でも揺れ動く忠弘。
そして、芸能界入りした杏奈との、
三人の恋の行方はどうなっていくのか。
引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです。
どうぞ次回もお楽しみに!