第一章 声を失った少女⑯ 守ってあげたい
自分がいろいろ連れまわして気分転換させても、志穂など友人たちがどれだけ話しかけても、綾乃の心の闇はみんなが思っているよりもずっと深く暗いものなのかもしれない。でも、だからこそ。縁あって同じ場所、同じ時間を過ごせて、綾乃に歳も近い自分が何とかしたいと思った。心の底から、彼女の幸せを願ったのだ。
「綾乃ちゃん。」
忠弘の声掛けに、うつろな瞳のまま綾乃がこちらを向いた。
「そばにいれなくてゴメンな。」
それを聞いた綾乃は、ベットから飛び降りると医師を押しのけて忠弘に駆け寄り、そのまま飛び込んだ。よっぽど怖かったのと、忠弘たちが来た安心からと、いろいろな感情がごちゃ混ぜになって綾乃は嗚咽を漏らしながら泣き始めた。自分でもなんで倒れてしまったのか理解が追い付いていないのだろう。無理もない。綾乃はまだ10歳の女の子なのだ。忠弘は綾乃を抱きとめながら、安心させるように何度も何度もその髪をなでてやった。
「あ・・・。う・・・。」
何かを訴えたいようだったが、やはり声は出せない。声の代わりに出てくるのは涙ばっかりだ。今はメモパッドもないために伝える手段はなかったが、忠弘には綾乃が何を言いたいのかわかったような気がしていた。
「情けないよな。これだけ大人がそろっていても、綾乃ちゃんのことちゃんとわかってなかったよ。ゴメンね。不安だったし、寂しかったろ?」
そこまで言って、忠弘は膝をついて目線を綾乃に合わせた。
「綾乃ちゃん。君のお父さんとお母さんの代わりに、店長と香織さんはいつも君のそばにいてくれる。おれも、綾乃ちゃんを妹みたいに思っているからさ。もっと、遠慮しないで、わがままになっていいんだよ。寂しかったら寂しいって、怖かったら怖いって、伝えていいんだ。おれ達は、絶対に綾乃ちゃんを守ってあげるから。」
綾乃の頭を何度か撫でてやると、綾乃は安心したのか、そっと忠弘に抱きついてきた。忠弘は優しく綾乃を抱きしめ、安心させるように背中をポンポンと叩いてやった。
幸い、調子もすぐよくなり、綾乃はその日のうちに帰宅することが許可された。診察が終わるころには、心配して志穂やほかの友達、そして、杏奈までもが集まり病院の外で待っていてくれた。
「綾乃ちゃん! 大丈夫?」
志穂達が駆け寄ってきた。綾乃は少しだけ笑顔になると、いつもよりも大きくうなずいた。
「学校に置いてあった綾乃ちゃんの荷物持ってきたんだけど。」
志穂はそう言うと、後ろにいた男の子に、
「ほら、早く出しなよ。」
と、声をかけた。志穂に背中を押された男の子は、
「これ。教室に置いてあったから持っていこうと思って、教頭先生に言って許可もらってきた。勝手に持ってきちゃったけど、いいよな?」
そこまで言って、綾乃にランドセルなどを手渡した。しかし、志穂はその男の子の頭を軽くはたくと、
「それだけじゃないでしょう!」
と言ってにらみつけた。志穂がおっかないのか、ばつが悪そうに頭をかくと、
「いってぇなぁ。今からちゃんと言うっての。」
そう悪態をつきながら、一度、軽く咳払いをして、綾乃に向き直った。
「石山、あ、あのさ。この間は、お前が声が出せないからって、からかって悪かった。お前が東北の地震ですごい大変な思いしたって、俺、知らなくて。いや、知らなくてもからかっていいことにはならないんだけど。今日、海見て倒れたの見てさ、なんつーか、ホント、ごめん!」
まとまらない言葉を勢いでくくった男の子の謝罪に、綾乃は思わず笑顔になった。そして、受け取ったランドセルからメモパッドを取り出すと、何やら急いで書き始めた。そして、
『気にしてないよ。それよりも、ランドセル持ってきてくれてありがとう。』
そう書いたメモパッドを男の子に見せた。それを見た男の子は、ニッカリと笑うと、
「これくらい。なんでもねーし。」
と、得意そうにふんぞり返ったのを、
「調子に乗るな。」
と、再び志穂がはたいたため、その場にいたみんなが笑った。
「よし。綾乃ちゃんも元気になったし、お友達とも仲直りしたし、お姉ちゃんのバイト先でケーキでも食べよっか。そこのお兄ちゃんが何でも奢ってくれるからね。」
「おい。杏奈!」
「はーい。みんな車に気を付けて移動開始~!」
いうが早いか、みんな杏奈に付いてぞろぞろと歩き始めた。結局、愛純は学校へ報告へ帰ると戻っていったが、残ったみんなはこまち茶房に移動して楽しいお茶会を開いたのだった。
あの日を境に、志穂以外にも、あの日謝りに来た男の子・朝霧翔(あさぎりしょう)が、たまに顔を出しては綾乃と遊んだり、忠弘にキャッチボールをせがむようになった。綾乃と会った日に南小にいた少年野球のメンバーに翔もいたそうだ。忠弘の返球を目の当たりにしてびっくりしたという。
「お前の兄ちゃんスゲーよな。大人だって、あんな距離投げるの難しいんだぜ。」
そう言って、忠弘の投げた球の何がすごいか、鎌倉南ファイターズが全国大会に行ったのは伝説だとか、その時の投手が忠弘だったのがどれだけすごいか、綾乃が返事をメモパッドにまとめる間も与えずに語ってくれた。熱烈な褒め言葉の連発に忠弘は気恥ずかしくなり、綾乃は話についていくのが精いっぱいで、翔が帰るといつもぐったりしていたが、とても楽しそうだった。
志穂や翔と遊びに行くと、綾乃たちは鉄棒、翔は忠弘と野球の練習をしていた。時折、少年野球の友達を連れてくるので、忠弘一人で十人近い小学生をまとめて遊ぶこともあった。そんな面倒見のいい忠弘の姿を見ながら、
「あんたはいいお父さんか、いい先生になれるよ。」
と、デートが子供たちの面倒を見ることになって、苦笑いしながら付き合う杏奈がよく言っていた。綾乃との付き合いが深まってくると、志穂達は会話がなくても綾乃が何を考えているのかわかることが増えたようで、子供同士の意思疎通の能力はすごいと気が付かされた。
病院での一件以来、綾乃はどんどん忠弘に甘えるようになった。今まで我慢していたのか、それとも心を開きつつあるのか、生花店に用意された忠弘の部屋で何かしているときは、常に綾乃が隣に座っていた。今まで弟も妹もいなかった忠弘にとっては、綾乃が懐いてくれたことが何だかくすぐったくてとても嬉しかった。
続く。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
m(__)m
暗闇に飲み込まれそうになった綾乃。
それを救い出したのは忠弘の優しさでしたね。
次回、いよいよ第一章最終話です。
綾乃は声を取り戻せるのか!?
どうぞお楽しみに!




